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 あの夜から数日後、私は突然クレメン侯爵家からルルーカ公爵家に行くことになった。


ルルーカ公爵家? 覚えがないけれど……
カイル様が言うには公爵家のお嬢様が私を見かけて欲しい、と言ったのだとか……私は物かい……

それにしても、どこで見かけたのだろう? と思っていると

「公爵家当主が父に会いにきたときに付いて来ていたらしい」

とカイル様がため息混じりに教えてくれた。

「それにしても見かけただけでどうして……」

「知らないよ、ただ……向こうは公爵家だからね。こちらは従うしかないね」

カイル様……寂しそうに見えるのは私が居なくなるから……と自惚れたりはしません。イアン様との繋がりが無くなってしまうから、ですよね。

「最後に私と思い出を作るかい? 忘れられない夜にしてあげるよ」

……カイル様からなにかを授かりそう……

「もうたくさん思い出は頂きましたので遠慮させていただきます」

そうか? 残念だよ、と残念じゃなさそうに笑うカイル様。
まぁ……いろいろあったけれど、ダンストン伯爵家に戻れたらイアン様にカイル様にも良いところがあったと伝えておいてあげようかな。

リアム様からローガン様にすでに謝罪はされているから私がクレメン侯爵家に戻ることはないだろう……そう思うと何だか少し寂しい。

短い間だったけれども仲良くしてくれたミア。せっかく可愛い後輩が出来たと思ったのに、と言ってくれた。
けれども訳を話すと

「それは……仕方がないわね。時々いらっしゃるのよ。見た目のいい使用人を見かけてご自身のお屋敷に移動させる方が」

見た目……あれ? そうか、それならその公爵家でもメイドさんということか。
どんどんダンストン伯爵家から離れて行っているような気がする。

マリアナメイド長にもご挨拶をすると、

「貴方はお仕事が出来るからどこへ行っても大丈夫でしょう」

寂しくなりますが……と言ってくれた。

ルルーカ公爵家の方がわざわざ迎えに来てくれるというので待っていると使用人の方と一緒にお嬢様も来てくれたらしい。
なんでまた……と思っていると

「カイル様付きのメイドを引き抜くのだから……一応ご挨拶というところかしらね?」

そうミアが教えてくれた。

馬車が到着して私も着替えをして荷物をまとめて応接室に来るように言われた。
ちなみに着替えはカイル様がシンプルなワンピースを用意してくれていた。

ノックをしようとすると、中から話し声が聞こえてきた。

「ずいぶんとわがままになったようだね。そんなコではなかったと思うのだが」

カイル様……

「あら、わがままかしら? よくあることではなくて? それにカイル様、貴方が私のところに行く許可を出したのでしょう?」

なかなか言うねぇ……お嬢様。逆らえなかったとわかっているはず。

「どうやらご立派な貴族令嬢になられたようだ」

「これからもっと磨きをかけていきますわ」

何か入りにくいけれど入らなければ……

コン コン コン

「失礼いたします」

「あぁ、ノア。来たか」

カイル様が私の腰に手を回す。近い近い。

「こちらがノアを連れていってしまうルルーカ公爵家のルシェナ嬢だよ」

言い方よ、挨拶しにくいって……あれ? 何か聞いたことある名前……

!! 思い出したっ、ダンストン伯爵家のお茶会で会ったリアム様の同級生の……あの気の弱そうなお嬢様!
公爵家のご令嬢でしたか……

それにしてもこれは……私もカイル様と同じことを思ってしまった。こんな感じのコだったかな……

「ようやく来たのね。ご挨拶は済んでいるわ。行きましょう」

え、本当に印象が違いすぎなんだけれど……
年の近いお姉さんか妹さんいます?

「ノア、辛くなったらいつでも帰って来るのだよ」

ルシェナ様はカイル様をチラリと見たけれどその言葉は聞こえなかったかのように

「それでは、失礼いたしますわ」

そう言ってお部屋を後にする。本当にあの時のコかなぁ……

お世話になりました、と私もカイル様にご挨拶をしてルシェナ様の後に続く。
ドアが閉まる瞬間カイル様が小さな声ですまなかったね、と言ったような気がした……


こうしてクレメン侯爵家での私の生活は突然終わってしまった。

前を歩くルシェナ様は凛としていてお茶会の時とは別人のよう……違いすぎて不安になってくる。
公爵家のご令嬢……実はわがまま……とか?

一度も振り返ることも、私に声をかけることもなく従者の手をかりて馬車に乗り込むルシェナ様。
従者の方が私にも手を差し出して馬車に乗るよう促す。

馬車には二人きり……三毛猫さんは膝の上。

ツンと澄ました顔で窓の外を見たまま私と目を合わせてはくれないルシェナ様。

き、気まずいっ……助けて三毛猫さんっ。

馬車が走りだしてしばらくするとルシェナ様がため息をつく。

何か心なしか震えているような……

「……ルシェナ様、大丈夫ですか?」

そっと問いかけてみる。
するとバッと勢いよくこちらを見るルシェナ様と目が合う……なぜか涙目……

「……きっ……」

き?

「緊張しましたわっ……」

緊張しましたわ…………緊張しましたわ?
そう言って大きく息を吐きハンカチで目を覆う。

……え?

ハァ……ハァ……と肩で息をするルシェナ様……
少し待ってルシェナ様の呼吸が落ち着いたころ、もう一度話しかけてみる。

「ルシェナ様……どういうことですか?」

ふぅ……と深呼吸をしてから

「リアム様とカイル様に頼まれたのです。あ、でも誤解はしないでくださいね。お二人とも爵位を盾にわがままを押し通すようなことはお嫌いですから」

イアン様が呟いていた強引な手って……

「それに……元々私はノアにお礼をしたいと思っていましたので、お力になれてよかったわ。カイル様は手強いと聞いていたのでわがままで強引な感じにしてみたの」

感じが悪かったでしょう? ごめんなさい、とフワリと微笑むルシェナ様……そう……お茶会でのルシェナ様はこんな感じだった。ようやくあの時のルシェナ様の印象と合致する。

「私は……私がしたことでこんなに皆さんに迷惑をかけてしまって……」

申し訳なさと嬉しさでうつ向いてしまう私に

「お話はリアム様から聞きましたわ。私はノアが間違っているとは思っていないけれど……手が出てしまったことは良くなかったわね……」

おっしゃる通りです。

「そして、その場をカイル様に見られてしまったことは運が悪かったとしか……」

そう言って改めて私の服装を見る。

「私の家族や使用人達にはクレメン侯爵家のカイル様付きのメイドを引き抜いたと言ってあるから……ごめんなさい、もうしばらくの間女性として過ごしていただくことになるわ」

クレメン侯爵家にはお父様と来ていたらしいからもしその時私を見かけていたら……と、そう言わざるを得なかったのだろう。

少しの間ルルーカ公爵家で働いてからダンストン伯爵家に帰る、ということにしてくれているらしい。
本当に何から何まですみません。

「ルシェナ様、ありがとうございます」

そう言って微笑むとルシェナ様の頬が少しだけ染まる。
可愛い……お茶会で見たルシェナ様だ。

「うちにいる間、表向きは私のメイドということにしておくけれども好きなように過ごしていただいてかまわないので……」

「ルシェナ様付きのメイドとして頑張ります」

そう言うと嬉しそうに微笑み

「ありがとう、よろしくお願いします」

と言ってくれた。

「それにしてもルシェナ様、演技がお上手ですね。驚きました」

そうかしら、と恥ずかしそうにけれども嬉しそうに

「私、演劇が大好きなの」

と……めちゃくちゃ才能あると思います。


そんなお喋りをしているといつの間にかルルーカ公爵家に到着した。


 
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