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しおりを挟むその日の夜…………
コン コン コン
お風呂も済ませてあとは寝るだけの状態の私の部屋のドアをノックする誰か。
誰だろう? ミアかマリアナメイド長かな、こんな時間にカイル様からのお呼び出しだったら嫌だなと思いながらドアを開けると
「……カイル様」
ご本人登場……
「やぁ、ノア。じゃまするよ」
どうぞ、と言っていないのに入ってくるカイル様の手にはお酒のボトルとグラスが二つ……
「ちょっと付き合ってよ」
微笑みながらそう言うカイル様は……
「もしかして……酔ってます?」
「……少し飲んでいるけれど酔ってはいないよ」
酔っぱらっている人ってどうして酔っていることを認めないのか……
ベッドの上の三毛猫さんはチラリとカイル様を見て毛繕いを続ける。三毛猫さんが警戒していない……
部屋にある小さなテーブルをカイル様が勝手に動かしている。椅子は一つしかないからベッドに寄せているのだ。
カイル様が椅子に座る。仕方がないので私はベッドに座る。
グラスにお酒を注いで私の前に置くカイル様。本当は私がしなければいけないのだろうけれど……カイル様は酔っているし機嫌もよさそうだからいいか。
カイル様がグラスに口を付けたのをみて私も一口いただく。このお酒……
「……美味しいですね」
カイル様が嬉しそうに微笑む。
「よかった。飲みやすくて美味しいものを選んできたんだ」
なんか……今夜のカイル様は調子が狂う……
「今日はイアンが来てくれたね」
嬉しかったかい? と聞かれたけれど……
「カイル様は嬉しかったですか?」
質問を質問で返してしまって怒られるかな……と思ったけれどカイル様はそうだねぇ……と呟きお酒を飲む。
「学園を卒業してからは個人的に会うこともなかったから……嬉しかったかな……」
クスクスと笑い
「イアンは相変わらずだったな」
またお酒を飲むカイル様……私の部屋にくる前に一体どれくらいお酒を飲んでいたのか……なんか眠そうだけれどここで寝られては困る。
「学園に入学する前から何度か会ってはいたんだ。父が仕事に私を連れていってくれた時は大抵イアンも父親と来ていたからね。だからイアンのことは知っていたんだ」
懐かしいなぁ……と
「学園の方針で学生のうちは身分は関係ない、となっているけれど実際はそうできない者の方が多い。そんな中でイアンは……」
イアンだけは……とフニャリと笑うカイル様。
……どうしたの!? カイル様が別人のよう。
それにしても、カイル様ってもしかして……
「……イアン様の事がお好きなのですか?」
聞いてしまった後でさすがに怒られるかと思ったけれど……カイル様はいつもの作り笑いではなく少し幼くみえる程の笑顔で
「あぁ、イアンのことが大好きなんだ」
言葉に出して言えることが幸せだと言うような表情……
……素直なカイル様……可愛いじゃないか……
そのままテーブルにもたれてスヤスヤと寝てしまったけれど起こすのも可哀想な気がしてきた。
もう少ししたら結界とフライをかけてカイル様の部屋へ運ぼう。
いつもこんな感じで素直ならいいのに……
……でも……何となくわかってしまった……
カイル様はイアン様が好き……それはもう大好きなんだと思う、恋愛的な意味で。
けれどもカイル様は侯爵家の後継ぎ、イアン様は伯爵家の後継ぎ。そう育てられ、教育され、決められた人生。
……いや、本人達も望んでいることなのかも。
カイル様がどんなに想っても……二人が愛し合ったとしても後継ぎとなる子供はできない。
ならば……と女性と結婚してイアン様とも、という訳にもいかない。イアン様はダンストン伯爵家の後継ぎだから。
その逆も然り。
リアム様もローガン様も自分が後継ぎに、というよりは兄を支えたいと思っていそうだし……
要はカイル様もイアン様も優秀でどちらの家にも必要な存在なのだ。
どうしようもないことなのだと思う。
同じように侯爵という身分でありながら弟のローガン様はとても自由に見えるのだろう……生まれた順序が違っただけなのに。
イアン様の気持ちはわからないけれど……カイル様はこのどうしようもない気持ちを抱えながら……成長して……今のカイル様に……
それにしてもひねくれ過ぎな気もするけれど……
いい兄でありたい、と言うのも本当なんだと思う。
けれども、弟であるローガン様が羨ましい……
自分がその立場ならイアン様に思いを伝えて、もしかしたらイアン様と……そんな未来があるかもしれないのだ。
ローガン様はカイル様のそんな気持ちをうっすらと感じ取っているのかもしれない。
カイル様の頭を撫でる……
この人は……このどうしようもない気持ちとどう折り合いをつけていくのだろう。
きっとこのお屋敷の使用人の人達が言うように優しい人なのだと思う。
私にはどうしようもない事だけれど……
イアン様を好きなままでも……そのままのカイル様を愛してくれる人と……カイル様も……カイル様が大切に思える人と出会って欲しい。
ふぅ……そろそろお部屋に連れて行こうか……と考えていると
コン コン コン
ノック? 誰だろう? ドアを開けると今朝、意図せず私を助けてくれた使用人の男性が立っていた。
「夜分遅くに失礼いたします。カイル様をお部屋にお連れします」
おぉ、気が利くけれどもこの人……タイミングが良すぎない? 今朝のこともだけど……そしてカイル様がここにいると知っていたのか。
まぁいいか、私ももう眠い。彼に連れていってもらおう。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そう言ってドアを開けてどうぞ、と彼を部屋の中に入れる。カイル様より小柄だけれど大丈夫かな。
そんな心配をよそに、彼はカイル様に声をかけてから肩を貸して立ち上がる。
……意外と力があるね。
「それでは、失礼いたします」
「あ……はい、ありがとうございます。お休みなさい」
彼がお休みなさい、と言いドアを閉める。
寝ている三毛猫さんに失礼しまーす、と言ってベッドに入る。
今夜はカイル様の意外な一面を知ることができた。
もしかしたら明日からの主従関係も改善されるかもしれない。
フフフッ、と美味しいお酒を飲んだこともあって気分良く眠りについた。
翌朝、気分良く目覚めた私は気分良くカイル様を起こしに向かった。
薄暗い寝室でカイル様はまだベッドの中だ。
カーテンを開けて声をかける。
「おはようございます、カイル様」
ベッドの中でモゾモゾと動くカイル様。
フフッ、朝は弱いのかな……やっぱり子供みたい。昨夜のことを思い出して頬が緩む。
「カイル様、起きてください」
そう言ってベッドに近づくと
「チッ」
ん? 舌打ちした?
ギロリ、と私を睨むカイル様……メチャクチャ機嫌が悪そう……全然子供じゃない……ふ、二日酔いかな?
「お……お水飲みます?」
おそるおそる聞いてみる。
「うるさいぞっ……早く寄越せ」
中2男子の反抗期か……どうすりゃいいのさ。
とりあえず黙ってコップを渡す。
空になったコップを受け取ると、カイル様は再びベッドにもぐる……
私にはこれ以上何も出来ない、と判断して部屋を後にする。
起こさなかったことを理不尽にも後で怒られた……
昨夜のカイル様はなんだったのか……覚えていないのかなぁ……
そして主従関係は特に改善されることもなく数日が過ぎていった……
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