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164※ 冬華 ノヴァルト

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 ーーー 冬華 ーーー

 部屋の中には……恐怖が充満していた……

みんなが寝静まっている部屋の中は静か……かと思ったけれどマーサと同じようにうなされている人、帰りたいと繰り返し泣く人、ベッドの端に小さく小さく丸まっている人…………

私とノバルトと三毛猫さんは部屋の真ん中に立つ。
そしてここにいる全員の……あの古びた屋敷での記憶を私へ……

鎖に繋がれていた女性達もひどい目にあっている……恐怖が……怒りが……絶望が押し寄せて自分の意識と混乱しそうになるけれど……

ノバルトが抱き締めてくれる温もりが私の意識を引き止めてくれている。

それに……そんな感情に混ざって感謝の気持ちが……
マーサに対する感謝の気持ちが流れてきて……涙が溢れる……

マーサは男達が部屋に入って来たら必ず手を伸ばして足を掴んで他の人達から注意を逸らしていたんだ……

男達はマーサがまだ抵抗してあきらめていないと思い……面白がってその心を折ってやろうと酷い目にあわせる……
マーサの心はとっくに折れてしまっていたのに……

「ノバルト……私、この国で自慢の友達ができたよ」

と微笑むと、そうか……とノバルトも微笑み私の頬を両手で優しく包みおでこにキスをする。

そして全員の記憶が全て流れ終わると……私は気を失った。


ーーー ノヴァルト ーーー


 トウカに頼んでフライをかけた状態のままにしてもらった。

不思議な力だ…………空を飛んでいると虫や鳥にぶつかってしまうこともあるかもしれないから……と柔らかい結界も張ってくれた。
これならどちらもケガをしないでしょう? と可愛らしく微笑むトウカ。

お陰で気兼ねなく空を飛ぶ練習をする事ができた。飛ぶ、という事にはすぐに慣れたので、速さを上げることに意識を向けた。

それからノクトとオリバーにも協力してもらいその速さから剣を抜き戦えるよう……トウカを守れるように訓練をした。

ノクトの剣はリアザイアで一番だ。オリバーも気配を読むのがうまい。二人同時に相手をして戦えるようなら大抵の事からはトウカを守る事が出来るだろう。

ノクトとオリバーからは私が消えたように見える、と言われるまでに速く移動することが出来るようになった。
この速さでならば隣国への往復もゲート程ではなくとも速く済む。

レクラス王国へ向かう事はすでに決まっていた。

表向きはノシュカトとザイダイバのリュカ殿、レクラス王国の植物研究者でもあるイアン殿の交流を目的としたものだ。

私はコリンヌの失敗に終わった計画の後始末のため、行方不明者が増えている事件の解決と協力を仰ぐため、レクラスの王族に会いに行く。

ザイダイバでリュカ殿と合流する時にセオドア殿も一緒にレクラスへ向かう事となった。我が国も無関係ではない……と。

レクラスの城に着いてからはロイク殿と状況の整理をした。やはりここ数ヶ月で増えた行方不明者は犯罪に巻き込まれているようだ。
ロイク殿の妹のローズ姫の友人も行方不明になってしまったらしい。

ノシュカトがリュカ殿とダンストン伯爵家の茶会に行きトウカが元気そうだったと教えてくれたが……近々トウカはこの城へ来るだろう…………


そしてロイク殿と行方不明者が集められている森の古い屋敷を突き止め調べ始めた頃、トウカは城にやって来た。

ロイク殿が護衛と共に私の部屋へやって来て

「ノヴァルト殿、先程私の部屋に不審な男が現れた。護衛もつけるが警戒して欲しい」

「彼はどこへ?」

ロイク殿は護衛達に部屋の外で待つように言い

「それが……私の執務室のバルコニーに突然現れ……行方不明になっている者達の事を聞かれ……そして消えた……」

ロイク殿が気まずそうに

「何を言っているのかわからないかもしれないが本当なんだ……」

トウカが来た……次に行く先は……

「信じるよ。ローズ姫の部屋へ案内していただけるか」

「ローズの? なぜ? ……っまさか!?」

「あぁ、ローズ姫は大丈夫だよ。トウカは……彼は私の……知っている人だから」

「ノヴァルト殿が知っている……? 確かにトーカと名乗っていた……一体彼は……では突然現れ消えたというのも説明ができる……と?」

ここでは曖昧にしておこう。

「今はローズ姫の部屋へ急ぎませんか」

ロイク殿がハッとして

「急ぎましょう」

こちらです、と歩き出す。

ローズ姫の部屋のドアをノックする。

ドアが開いてトウカと目があった瞬間、トウカの目からポロポロと涙が溢れる。
私はたまらず真っ直ぐにトウカの元へ行き涙が流れる頬に触れる。

「……っノバルト……お願い……っ」

彼女から頼み事をされるのは初めてだっただろうか……

私の腕の中で震える小さなトウカ……
少し早いが動き出すことにした。

トウカには少し待っていてもらい、別室でロイク殿に今後の説明をしておく。

ロイク殿とローズ姫にはトウカの事は後で説明すると言い、トウカとミケネコサンと私はバルコニーから飛び立った。

そして森のあの屋敷に着く。
まだあまり調べられていないので中の様子を見に行く。
念のためトウカとミケネコサンには外で待っていてもらう。

屋敷の中には十数人程の男達がいたが街から連れ去られた者達の姿はなかった。
そして外にいるはずのトウカとミケネコサンの姿もなかった。

連れ去られた者達は地下にいるのだろう。トウカとミケネコサンも。

地下の一番奥の部屋へ行くと男がトウカに手を伸ばしている。トウカに触れる寸前で男の手に剣を振り下ろす。

トウカはとても驚いていて……驚いた顔も愛らしかった。
彼女は男に触れられたとしてもここまでするつもりはなかっただろうが……私が許せない。

騒ぎを聞きつけ男達の仲間がこの部屋に集まってきてしまった。
そして私とトウカを侮辱する。トウカを侮辱する事は許さない。

男の目の前に行き足に剣を突き立てる。
男が痛がる叫び声を合図に男達が逃げ惑う……が、トウカがそれを許さない。

トウカは……かなり怒っている。だが怒りに任せて人を殺めてしまう心配はもうないだろう。

だから、私は今のうちに出来ることをしておこう。
私が足を刺した男のポケットから鍵を取り出し女性の足枷を外し、鉄格子の鍵を開けておく。

トウカが男達の足の腱を切り全員を床に沈めるとレクラス王国の騎士団が部屋に入って来た。

部屋の中の様子に戸惑いながらも仕事をこなす騎士団を横目に、トウカとローズ姫の友人のマーサという女性と私達は城に戻ることにする。

被害にあった女性達はユキツクミ草で眠っている。
彼女達はあの場からは救われたがこれからも苦しみは続くだろう……トウカもその事には気が付いているはず。

となると…………また一人で無茶をする。

トウカが友人と休んでいる部屋に早朝ノシュカトと向かう。
女性が寝ている部屋に入ることはマナー違反だが今だけは許して欲しい。

部屋へ入るとトウカと友人のマーサは涙を流していたがマーサの方は穏やかな顔をしている……トウカは……苦しそうだ。

涙を流し続け身体も強ばり何かに必死に抵抗しているように見える。
やはりトウカはこうしたのだな。あの様な場所は見せたくはなかった。

トウカはマーサに殺して欲しい、と頼まれたのだろう。
あの場で彼女だけ牢屋に入れられていなかったし繋がれてもいなかった。一番辛い目にあわされたのだ……

それをトウカは見てしまった。そして今、マーサが受けた全てを見ている。
他人の記憶とはいえトウカが汚されているように見えてしまい……腹が立つ。

トウカの身体がビクリッとはね

「殺してっ……もう帰れない……お願いっ……もう生きていけないの……」

絞り出すような声でそう言うトウカを宥めようと手を伸ばすとゆっくりと目が開く。

目が合いホッとする私とは対照的に恐怖で目を見開き泣き出すトウカ……

「いや……いやぁっ……ノアっどこ!? お願い! もう終わらせて!!」

意識が混乱している。そうだとわかっていても……トウカから拒絶されるのは……辛い。

暴れるトウカを抱きしめて落ち着かせる。
トウカは他の被害者達にも同じことをすると言う。
まるで彼女は自分を罰しているようだ……
知っていたのに何もしなかった……と。

多くの者が当事者にならなければ気が付かない事ではないだろうか。

トウカは一人で抱え込み過ぎる。
本当はして欲しくはないが一人でされるよりは……と私も一緒に向かう。

トウカ……君はこの世界に来て辛い目にばかりあってはいないだろうか……泣いてばかりいないだろうか……


出来ることなら私が…………


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