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44 ノヴァルト

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 窓を開けると甘い香りと爽やかな空気が部屋へ流れてきた。
彼女が近くにいる。そう思いバルコニーを見回すと……

見つけた。

何も見えないけれど、そこにガラスのドームがあるかのように雨がよけて降っている場所がある。

気を付けて見なければ気が付かなかっただろう。


真っ直ぐとそちらに向かって歩く。
逃げられるかと思ったが動かない。

私には見えていないと思っているのだろう。
確かに見えていないが居場所はわかる。

何とも可愛らしい女神様だ。

目の前に立つと、緊張感とわずかに恐怖を感じる。

姿を消す程の能力を持っているのに……そもそもここへはどうやって来た?

このタイミングで現れたのはノシュカトと何か関係があるのだろうかと……都合よく考えてしまう……


この香り。間違いなく彼女だ。ようやく会えた。

そして…………

「捕まえた」

姿を見せて欲しいと頼んだが躊躇している。
弟の事を聞くと姿を現してくれた。

やはり何か知っているようだ……


…………なぜ彼女はバスローブなのだろう?
抱き締めた時の柔らかさから薄着だろうとは思ったが、バスローブ1枚とは……

思考が散漫になってしまう。

雨に濡れるからと彼女を横抱きにする。
またどこかへ消えてしまわないように捕まえておきたい気持ちもあった。

すると彼女から私に抱きついてきた。
あぁ、高くて驚いたのか。

部屋に入りソファーに掛けても彼女は動かない。
恥ずかしいのだろう。可愛い。
しかし、バスローブ1枚で膝の上に座られては……

「……あ……の、降ります。ソファーに座ります」

良からぬ思いを抱いてしまった事を見透かされたのかそう言われてしまった。残念だ。


まずは名前を名乗り、名前を聞く。

「…………私は……冬華です。神木 冬華。姓が神木で名前が冬華です」

彼女はそう答えた。

姓があるということは貴族…………いや、姓を先に名乗る国などあったか?
名前の響きも聞いたことがないし発音も気を付けなければならない。

トウカの事はもっと広い視野で考えなければいけないのかもしれない。

私の事を呼ぶときも

「ノブァ……ノブ…ブァ…………ノバルト殿下、私のことはトウカとお呼び下さい」

まるで子供のように発音が出来ないようだった。

それが可愛いくて可笑しくて肩を震わせてしまったが、笑っては失礼なので何とか堪えた。

それから誰かを呼んでは彼女が警戒してしまうと思い、私が紅茶を入れる。

「王子様って紅茶入れられるんだ……」

彼女がポツリと呟く。思わず声に出してしまったようだった。

私が一通りの事は出来るというと、しまった、というような顔をしていた。
面白い。警戒心があるのかないのかよくわからなくなってきた。我慢できずに笑ってしまった。


お互い落ち着いたところで弟の話を切り出す。

一瞬トウカが寂しそうな表情をした。どうしたのだろう。

「彼は……ノシュカトさん……はおそらく私が保護している男性です」

やはり……しかしトウカは「おそらく」と言った。

その事を問いただすと、ノシュカトのケガを治したけれど
保護をして2日間意識が戻らないと……

ということは、ノシュカトは行方がわからなくなってから2日間は山の中にいたのか。

ケガの程度を聞くと右足を失う程酷いものだった。
どうやって治したのかは今は聞かないことにした。

ケガはトウカが治したと言ったから治っているのだろう。
早くノシュカトに会いたいが、弟はトウカの元に居なければいけない気もする。

トウカもノシュカトの意識が戻るまで預かると言ってくれている。

彼女と目が合う。

彼女をみていると遠くへ行く事を考えているような気がする。正確には行かざるをえないような寂しさや孤独を感じる。

この国に家族や友人は居ないのだろうか。それともこの世界に…………?

彼女の迷いが見える。考える時間が必要なようだ。

ならば、とノシュカトを任せることにし家族に無事は伝えるが、しばらくはトウカの事は伏せておくことにする。

ただ、ノシュカトの意識が戻った時、私達家族にはトウカの事を話して欲しいと言うと……

彼女を泣かせてしまった。

トウカは自分が泣いていることに気付いていなかった。

私が孤独に気付かせてしまったのか。

可愛いトウカ愛しいトウカ私の腕の中でならいくらでも泣いてほしい。1人では泣かないでほしい。

ひとしきり泣くとチラリとこちらを見上げてきたが目が合うと顔を赤く染めて再び私の胸に顔を埋めて来る。

っ……可愛すぎる。何だこの気持ちは……抱き締める腕に力が入りそうになる。

今度はひざ掛けで顔を隠しながら、ゆっくりと離れていく。


「トウカ……トウカ、ゆっくり一緒に考えよう」

そう言うとまた泣きそうになりながらコクリと頷く。

彼女の孤独は私が癒したい……

紅茶を入れ直し、温かいものを飲んで落ち着いてもらう。
私が少しふざけるとトウカは笑ってありがとうと言う。

私の方こそ……私の前に再び現れてくれてありがとう。
私だけでなく弟も救ってくれてありがとう。

「ところで……どうしてバルコニーで私の居場所がわかったのですか?」

…………トウカ………………

「それは……またいつか教えるよ」


だからどうか遠くへ行ってしまわないでくれ…………


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