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27 ノクト

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 教会の前で俺の馬に乗る前、トーカは馬の名前を聞き挨拶をしている。わざわざこんなことをする女性は見たことがない。

俺の馬、メイヒアもトーカを気に入ったようで甘えている。
メイヒアに乗り、あの小高い丘に行きたいというのでそちらへ向かう。

馬には乗り慣れていないようだ。どこに捕まろうかと迷っている姿が可愛らしい。俺が支えるように抱き込むと最初は慌てていたがゆっくりと進むうちに慣れてきたのかいつの間にか落ち着いていた。

丘に着きメイヒアから降りるとお礼を言いながら顔を撫でている。
どうやら彼女は動物が好きで、動物にも好かれるたちらしい。
満足したのかこちらを振り返り話し始める。


「私は、私と三毛猫さんはこの世界とは異なる世界から来ました。どうやって来たのかはわかりません。気が付いたらこの世界に来ていたので。湖でノクトに会った時、初めてこの世界の人と話をしました」

彼女の話は信じられない内容だったが、実際俺は彼女が現れるところを見ている。

こことは違う世界からミケネコサンと共にきたと言っていたが、どうりで見かけない毛色の猫だと思った。

そして、この世界で初めて話したのが俺だと言う。
お互いあんな姿で……俺だから無事で済んだのだとトーカは気が付いているのだろうか。


…………俺でも危うかったと……気が付いているだろうか。


トーカの力はこの世界に来てから身に付いたものだと言う。
だがこの世界にそういった力を使えるものはおそらくいない。

物語の中以外では。

城に戻ったら一度過去の文献を読み返してみる必要がありそうだ。

トーカはこの世界の希望かもしれない。魔獣化してしまった動物たちの救いになるかもしれない。

だから彼女が帰り方を知らないと……そう聞いたとき、正直ホッとしてしまった。

トーカを元の世界には帰したくない。と思ってしまったのだ。

この世界には家族も友人もいないのに……

その罪悪感から家を用意すると言ったが、すでにあると言われ、場所も教えてもらえなかった。

彼女はちゃんと警戒心を持っていて頭もいいのだろう。
おそらくこちらが思っている以上に物事を考えていそうだ。

その警戒心を俺には向けて欲しくはないのだが……そこは俺が努力をすべきなのだろう。

トーカに会いたい時は教会に手紙を送ることになった。

この世界の事を知りたいだろうから、なるべく早く会って話す時間を作ろう。
その時は地図と歴史書を持って行こう。

それから菓子も買って行こう。

良かった。また会えるとわかると安心する。

今回は、魔獣討伐という仕事で来ているのでゆっくり話す時間がない。

討伐するはずの魔獣はすでにトーカに救われているのだが……
そうだ、魔獣がもういないことを皆にどう説明するか。

トーカは俺が討伐したことにしていいと言ってくれている。

昨夜オリバーが言ったように伝えるか……

野営の際、湖近くで既に弱っていた魔獣に遭遇し、致命傷を与えた。
おそらく相当弱っていたので、感覚も鈍り湖近くまで来てしまったのだろう。

ということにするか。


「……彼らが魔獣化するのは人間のせいだというのは本当ですか」

知らなかったのだな。あまり聞かせたくない話だが説明をしなければならない。
あの時、彼女はあの魔獣の心に触れて泣いていた。
知らなければならないだろう。

彼女の表情からは何も読み取れない。怒っているようにも悲しんでいるようにも感じられる。


あの熊の魔獣を救ってくれたことに礼を言うと、トーカは怒ったような恥ずかしがっているような……可愛い……表情を見せた……

またあの美しい黒髪に触れたくなり、頭のベールを外すと花の香りとともにフワリと長い髪が舞う。
湖でみた時よりも髪色が明るくなっている。

湖では黒かったように思うが……と言った瞬間、髪と瞳の色が黒くなる。

驚いた。こんなことも出来るのか。

まだ知らない能力がたくさんあるのかもしれない。

興味の尽きないトーカとは離れがたいが、今日二度目の討伐対象探索に森へ入る時間が迫って来ている。

戻って皆に説明をし、今夜はゆっくり休んでもらおう。

明日の朝、この街を出て王都へ帰ろう。

湖で野営をして、王都へは明後日の昼頃には着く予定だ。

トーカには必ず手紙を送るから、必ず教会に確認するよう約束をしてから別れた。

帰りに教会に寄り、俺からトーカ宛に手紙を送るので預かっておくよう頼んでおこう。


一先ず、トーカとまた会える手段があって良かった。


でなければ……………………


早く王都へ戻り、不在の間に溜まった仕事を片付けトーカに会う時間を作ろう。

さっき別れたばかりなのにもう次に会う事を考えているのが可笑しくてメイヒアを走らせながら笑ってしまう。


こんな風になるのは初めてだ。


不思議なトーカ、次はどんな話をしてくれるのか楽しみだ。




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