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23 狩猟本能
しおりを挟むーー 騎士団長 イーライ ーー
城の中が慌ただしい。
使用人が騒ぎだし、何事かと思っているうちに王子の側近に呼び出された。
「イーライ騎士団長、かけてくれ」
王子の側近、ローガンとは幼い頃からの知り合いだが友人と呼べるほど仲がいいわけではない。
彼は公爵家の次男で幼い頃から王子に取り入ろうと必死だった。
親にそうするよう言われていたのだろうが、兄が家を継いだ後の自分の居場所を作ることに必死だったのだと思う。
反対に私は街へ行く事が好きで同年代の貴族よりも街の子供達と遊ぶことが好きだった。
ローガンから見たら私は気楽な立場で楽しんでいるように見えたのかもしれない。
私から見たローガンが家格に縛られて息苦しそうに見えたように。
相容れない幼少期を過ごした私達は共に城勤めとなるのだが、大人になっても必要最低限、仕事の話ししかしたことはなかった。
「騒がしいが何かあったのか」
ローガンは少し躊躇い
「あぁ……」
ずいぶんと疲れた様子だ……
「魔族がいなくなった」
知っている。
「一人いなくなったことはすでに聞いているが」
ローガンが首をふる。
「違うっ……全員いなくなったのだっ」
珍しくイライラした様子だ。
それにしても……
「それはあり得ないだろう。部屋からいなくなったとしても城のどこかに隠れているのではないか?」
ローガンはため息をつき
「最初の一人がいなくなったとき、城を隅々まで探したが見つからなかった。結界内の城の庭まで探したがどこにもいなかったのだ」
結界から出たと? 信じられないがもしそうだとしても……
「マカラシャをつけているのだろう?」
あれは外せないはずだ。
「どこかに隠れているとしても魔力は確保できる。それに魔力を吸われ続けて弱っている彼らは外では生きられないだろう」
だからなのだよ、とローガンが私を睨む。
「結界の中で死んでくれればまだいいのだが、万が一結界の外で行方が知れないまま死んだらマカラシャの回収が困難になる」
もしバラバラに行動を始めたら回収はさらに難しくなる、か……
「それに、これから先の魔力の確保はどうなる!? 城にある蓄えも今まで通り使っていたら一年と持たないのだぞっ」
おいおい……
「まるで魔力の供給が止まってしまったかのような言い方ではないか」
ローガンが再び私を睨み……ため息をつく。
「そうなのだよ、昨日から魔力の流れが止まった」
なっ!?
「なぜ!?」
「死んだのだろう、全員」
死ん……
「急いでマカラシャを回収して早く替えの魔族に嵌めなければ大変なことになる」
持っている魔道具の空になった魔石にも魔力を補給することができなくなるし、魔道具も高騰するだろう……
「そうなると魔道具に頼りきっている我々の生活はどうなると思う」
混乱が起きる……魔道具が手に入らなかったり魔石の魔力補給ができないままでは……この冬を越せない者も出てくるかもしれない。
「この件を知る者は最小限の人数に留めながら、マカラシャを探すための人員はいくら割いても構わないから必ず見つけてくるように、と言われたよ」
王から王子へ、王子からローガンへ命令が下り、そして今……しかし
「その命令は矛盾している。部下達には何を探せと言えばいい」
探しているものを言えないなら探しようがない。
それに大人数が動き出すとどうしても目立ってしまうだろう。
「王都の民には騎士団の訓練の一環と、上官以外の騎士団員にはとりあえず、魔族の子供を見かけたら保護するように、と言っておくといい」
彼らが街へ逃げたとしたら目撃されているかもしれないし何か情報があれば足取りを追える、マカラシャの行方も探れるというわけか。
「それに、どちらにしろ魔族の子供は必要だ。逃げ出した彼らの後釜はまだ用意できていないからな」
そういえば、
「確か……ローガンの家でも城に来る前の魔族の子供を預かっていなかったか?」
ローガンの顔が歪む。
こんなに表情が豊かな男だったか……
「あぁ、今回いなくなったミアという少女の魔族が屋敷にいた」
それでは、
「その子の特徴を教えて欲しい。わかるなら他の魔族のものも」
手がかりは多い方がいい。
「魔族は容姿が優れている。ミアも幼いながらも作り物のように美しく、その容姿だけて人を惑わすほどだった」
もう少し彼女の特徴が知りたかったのだがそこから先はローガンが独り言のように話し続けた。
「だから兄上は……あの日から何をした? 俺は……? 毎晩……まだ幼い彼女の部屋へ行き……王子もだ……王妃がいるのに何を考えているのかっ……そもそも魔族となんか関わらなければこんなことにはっ……」
よく聞こえない……しばらくブツブツと呟き頭を抱えて顔を上げると何事もなかったかのように私をみる。
「一月だ。一月でマカラシャを見つけられなければ我々で探し出すことは難しくなるだろう」
そのまま見つからないか……大金を払うことになるか……
「魔族に協力してもらうことはできないのか」
マカラシャがなくても数人の魔族が魔力を溜めている魔道具に魔力を流してくれたら、とりあえず混乱は避けられる。
「はっ、魔族に協力? そんな奇特な魔族がいるわけがない。現状を知られたら協力どころか面白がるだけだろう」
それができたら始めからマカラシャは要らないだろう、と……確かに……
冷酷で残忍な魔族……魔力の少ない魔族は街の郊外に住んでいるが人間とは必要最低限の付き合いしかしないという。
魔力の多い魔族は滅多に人間の前には姿を現さない……というか用がないのだ……向こうがこちらを必要としていない。
だからなのか、私は冷酷で残忍と言われている魔族らしい魔族には会った事がない。
それに、我々の生活は魔族の魔力に支えられているところが多い。
魔族の子供にマカラシャを嵌めて、人間のために彼らの魔力を搾取する……冷酷で残忍なのはどちらなのか……
その子供を売りに来るのは魔族だが、子供はわけが分からないままマカラシャを嵌められ一生閉じ込められる。
これまで誰か、その子達に問いかけたことはあったのだろうか。礼を言い、感謝を伝えたことは……
私もだ。城で働き、こんなに近くに彼らがいたのに。
ここでどのような生活をしていたのか……
ローガンはいなくなったと言っていたが……
死ぬ覚悟で逃げ出したくなるほどこの城での生活は酷いものだったのか……?
こうなるまで考えた事が、疑問に思うことがなかった。
いや……自分もその恩恵にあずかりながらどこか遠いことのように思っていたのかもしれない……
「とにかく探すのだ。見つからなかったら……二人ともどうなるか、覚悟をしておいた方がいい」
そう言われたが、考え始めてしまった私が彼らを見つけたとき……どうするのかは自分にもわからなかった。
そんなことを考えながら部下達を連れて街へ出る。
それぞれ担当区域を割り振り捜索を開始する。
街の住民との会話からもさりげなく情報を収集する。
困っていることはないか、変わったことはないか、最近の街の様子をきいてまわる。
私は幼なじみの店へ行き話を聞くために皆に少し離れることを伝えてファルの肉屋へ向かう。
「おっ、イーライ。珍しいな制服で。仕事中か?」
仕事柄ということもあるのだろうが相変わらず逞しい身体つきをしている。
騎士団にも誘ったことはあるが、柄ではないと断られてしまった。
「見回りだ。訓練も兼ねての」
ここへ来るまでに聞いてきたようにファルにも変わったことはないかと聞いた。
「変わったことねぇ、特にないな。いつも通り平和な街だ」
そう言って笑っていたがふと、そういやぁ……と呟いた。
「珍しいヤツなら少し前に店に来たぜ。女の子の狩人だ」
女の子の狩人……確かに珍しいが……
店のドアが開き
「よぉっ、ハル。また来てくれたな」
どうやら今話していた本人が来たようだ。
確かに狩人の格好をしているが……どこか品があり不思議な空気を纏っている。
興味が湧き名前を名乗ると……少し怖がらせてしまった。
女性を相手にする時はつい警戒をしてしまう。
貴族は少女と言える年齢でも品定めを始める。
彼女は貴族ではないがそんな目で見られるのはうんざりだった。
しかしハルは礼儀正しく控えめで、これまで会ったどの女性にもない雰囲気だ。
狩人の生活とはどのようなものなのだろう……
両親はおらず一人で暮らしているらしい……近くに頼れる者はいるのだろうか。
家がわかれば見回りのついでに様子を見に行くこともできると思ったが、送らせてはもらえなかった。
今日会ったばかりだ……あまりしつこくするのも良くない。
しかし……騎士団の制服を着ている男にこれほど頼らない女性もいるのだな。
不思議なことに、この手を避けられれば避けられるほど構いたくなる……
これが男の狩猟本能というものなのだろうか……
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