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10 この世界で初めての
しおりを挟む下心は無かった……と言えば嘘になります、はい。
さっきの黒い馬……うちのコになってくれないかなと思っていました。
飼い主がいないなら連れて帰りたかった……
馬がいればもう少し遠出もできるし……
あの家に住んでいた人もたぶん動物を飼っていたと思う。
家の外にある小屋と柵……直しておこう、次に会った時のために。
ランプ用のオイルを集めて早歩きで家に向かう。
少し時間がかかってしまった……ルウはまだ眠っているかな。
家のドアを開けると琥珀色の瞳と目が合う。
起きていた。
「おはよう、ルウ。昨日の夜はごめんね。私、思っていたよりも街ではしゃいでいたみたい」
買い物楽しかったね、と言うと
「……自分の物は一つも買っていないのに」
……二人のものは買ったし……毛布とかラグとかクッションとか……
「そ、そうだ、さっき」
「どこに行っていたの。起きたらいなかった」
「ランプのオイルをとりに……ルウが寝ている間に行ってしまおうと思って。それでね」
「また一人で森に行ったの? そういうときは僕の事を起こして欲しい」
これは……心配してくれているのかな……嬉しい。
「うん、そうするよ」
とはいったけれど、夜中にうなされているルウがようやく寝付けたところを起こすことはできないと思う……
「……何も……なかった?」
ルウは一人になるのが不安なのかな……
「うん、サンドイッチを作ったから一緒に食べよう」
何となくあの馬の事を言いそびれてしまった。
ルウと一緒に朝食を取りながら窓から外を見る。
「きょうは外の小屋と柵を直そうと思う」
「…………」
おーい、さっきまであんなにしゃべっていたのに……
「材料と道具はあるものでどうにかなるかな」
ちゃんと見てみないとわからないけれど今日中に……は無理かなぁ。
「寒いからルウは家の中にいてね」
「…………」
「サンドイッチ美味しいね」
コクリ…………よしっ反応あり、また作ろう。
一緒に後片付けをしてからルウには家の掃除をお願いする。
私は寝室へ行きサイドテーブルの引き出しにあの馬の金の輪をしまってから外へ出る。
さてさて、小屋も柵も今あるものを直すだけだけれども私には建築の知識がない。
つぎはぎだらけの不恰好な小屋になるかもしれないけれど……何となくでもしっかり補強もしておこう。
材料を運びながら、柱の補強をしてから壁や屋根を直して行こうと考える。
では、金づちを構えて釘を打ち付ける。
トン トン ト
「イタッ」
くぅっ……
もしかして……私って……不器用……?
サバイバル系は得意だから器用なのかと……
いやいや、まだ始めたばかりじゃないの。
板を打ち付け自分の指も打ち付けながら、いろいろなところを引っ掻きながら棘も刺さりながら作業を続けていく。
何てこと……思っていたよりも時間がかかりそう。
……よし、一旦落ち着いてお昼ごはんの準備をしよう。
ルウは掃除をしてくれて布団も干してくれたみたい。
「ルウ、掃除と布団も干してくれてありがとう」
ソファーで本を読んでいたルウがこちらを……二度見する。
「……どうしたの……それ」
アハハ……お恥ずかしい……
「今までやった事がなかったから……でも少しずつ上達しているから午後からは大丈夫」
手を洗いながら傷だらけの手や腕の説明をする。
水がしみるぅっ……
見せて、と近づいて来るルウ。
えー恥ずかしいなぁ、と手を後ろに隠してモジモジしていると
「いいから」
おふざけに付き合ってはくれなかった……
相変わらずの無表情でジッと……睨んでる?
「わ、わかったよー」
はい、と両手を出すとルウがその手を取り、見つめてから小さな声で歌のような言葉を呟く。
「温かい、魔力を流してくれたの? 痛みもましになった気がする」
傷も痛みも変わりはないけれどルウが流してくれた魔力が温かくて心地いい。
ありがとう、とルウに微笑むけれどルウはなぜか険しい表情。
「とりあえずお昼ごはんを作ったら薬を塗っておくよ」
そう言うと
「食事は僕が作る」
……えっ!?
「ダメだよ、包丁とか危ないし火傷もしたら大変……」
ルウはため息をついて魔力を使い始める。
なんかいろいろ勝手に動き出したんですけど!?
もう……魔法じゃん……魔法か……
美味しそうな食事ができた、凄い。
テーブルにセットもしてくれた、凄い。
「凄い」
席に着いて呆然としていると食べよう、と言われ食事を始める。
「美味しいね」
「ハルが作った方が美味しい」
おや? サラッと嬉しいことを言ってくれたような……
「ルウ、今……」
「小屋も……」
ん?
「外の小屋と柵も僕が直す」
え……
「え!? でも……」
「僕が、直す」
うっ……強めに言ってきた……
この際ちゃんと聞いておこう。
「ルウ、あのね。私、魔力のこととかよくわからないのだけれど……」
ルウが見つめてくる。
「魔力を使うと疲れたり……なんかこう……命が削られる……みたいな負担とかはないのかな」
少しでもルウのマイナスになるような事があるのなら自分のため以外には使って欲しくはないのだけれど……
「別に、僕は魔力量が多いし。使いすぎたところで回復はするし」
人間が走ったりしたときに休めば息が整うのと同じような感じらしい。
「命が削られるって……なに? 怖いこといわないでよ」
すみません。
「まぁ……命は削られないけれど………………」
? 声が小さくて聞こえない……
「とにかく、大丈夫だから小屋と柵は僕に任せて」
そう言われてしまった。
「じゃぁ……絶対に無理はしないでね」
お願いします、と言うと頷くルウ。
午後、ルウと一緒に外へ出て私は見学をさせてもらう。
ルウは小屋と柵をあっという間に直して、エサ箱や水入れを魔道具にしてくれた。
これだけの事をしてもいつもと変わらない様子……
「ルウは凄いね」
ありがとう、と言って頭を撫でてから、さっき私に流してくれた魔力がルウの回復の役に立ちますように、と抱き締めた。
「今夜の食事も僕が作る」
ルウが分かりやすく優しい。
「風呂も。手が治るまで僕がハルの髪を洗う」
ん?
「えっと……一日くらい洗わなくても……」
今夜、薬を塗って寝ればちょっとは良くなると思うし……
「僕が、洗う」
あ、はい。お願いします。
ルウが優しい……嬉しくてウフフ、と笑うとルウの眉間にシワが寄る。
その日の夜、私は結局ご飯も食べられなかったしお風呂にも入れなかった。
「……ハァ……ハッ……ごめん……ルウ……」
傷口は綺麗にしたつもりだったけれど……熱が出た。
ルウが不安そう……
「寝たら……良く……なるから……」
汗をたくさんかくから、ルウは今日だけソファーで寝てくれるかな、と言うと頷いてくれた。
この世界に迷い込んだときに持っていた鞄に解熱鎮痛剤はあったかな…………いや……使いきって買っておかないとと思っていたから…………
傷口には山に生えている薬草で作った塗り薬を塗ったけれど……作り方を間違えたのかな……
「ハル……」
ルウがお水を持ってきてくれて私が起き上がるのを手伝ってくれた。
節々が痛い……これは……傷のせいだけじゃないのかも……
元の世界でも寝込むことなんて滅多になかったから油断していた。
もっと備えておけば良かった……
お水を飲んで横になるとルウが私の頬を両手で挟む。
「冷たくて……気持ちいい……」
ちゃんと笑えたかな……ルウがいてくれて良かった……
こういうときに気付いてしまう孤独をルウが埋めてくれている。
泣きそうな顔のルウと目が合う……
「ハル……どうして……」
心配かけてごめん……
目を閉じるとまた呟くようなルウの歌声が聞こえてきて……ルウの温かい魔力がジンワリと身体に流れてくる。
その温かさに……いつの間にかまた眠ってしまっていた。
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