66 / 100
3章
65話 アンハッピーバースデー
しおりを挟む
今後語り継がれる魔王軍と妖精族の大戦。
その終幕を飾るのはママと四天王の吸血鬼。
対峙してから一分が経過。
未だ戦況は動かない。
「氷漬けにしてあげる。≪天使の囁き≫」
ママが攻撃すると、
「おっと、危ないですね」
吸血鬼が避ける。
ママの攻撃は一発一発が当たれば即死級の奥義。
攻撃範囲も広く、火力も申し分ないのに避けられたり防がれたりしている。
メメの目にもこの敵が強いとわかった。
「引きこもりのくせにちょこまかと。≪紅の炎≫」
太陽のような灼熱地獄。
その業火が吸血鬼を包み込む。
……しかし結果は動かなかった。
「チートすぎでしょ」
「ワタシをその辺の下等吸血鬼と一緒にしないでください。弱点なんてとうの昔に克服してますよ」
「そっか、でもちょっとは効いてるみたいだね」
ママは攻撃の手を止めず、大技を連発する。
吸血鬼は防ぐのがやっとの状態。
お互い一瞬でも隙を作れば負ける。
「驚きです。もう魔力が尽きてもおかしくないと思いますが」
「さあ、なんでだろうね」
「このままではジリ貧ですね。近づきたくても近づけない。こんな楽しい戦いは初めてです。さぁ、どうやって攻略しましょうか」
ママのユニークスキルは≪底無しの魔力≫。
どんなに魔力を消費しても無くならない。
「ふぅ……、このまま押し切ってあげる」
でも、無くならないのは魔力だけ。
発動するたびに集中力は削られていく。
ママの肩が微かに上下し始めた。
「ママ?」
「平気よこれぐらい」
嘘。
背中がすっごく熱い。
それに、メメに気を使ってるせいで魔力の練りが甘くなってる。
やっぱりメメがいるとママは弱い。
メメがいない方が絶対いい。
「またバカな事考えてるでしょ」
「ぇ?」
「メメのことなんて顔見なくてもわかるよ。メメのせいじゃない」
「でも、メメがいるとママは……」
「でもじゃない。逆だよ」
「ぎゃく?」
「そ。メメがいるからママは強いの。ママが一番強いのは、メメを守ってる時なのよ」
「ほんと?」
「ほんとだって。ママがメメに嘘ついたことある?」
「なぃ」
「でしょ。だからママの応援してて」
「……うん。わかった。ママ、頑張って」
ママの雰囲気が変わった。
覚悟を決めたような、そんな感じ。
「くだらないですね。あなたが本気を出せばもっとワタシを追い詰められたはずですよ」
「ふふっ、何年生きてるのか知らないけど意外と無知なんだね」
「ほう、と言いますと?」
「常識さ。世界で一番強くて怖いのは母親なんだよ」
瞬間、メメの視界が一変した。
1ナノ秒前に見ていた景色とは角度が違う。
瞬間移動からの近距離攻撃。
防ぐ術はない。
「≪爆ぜる血潮≫」
「ガハ……ッ!」
内部から破壊する爆裂魔法。
吸血鬼が口から血を吐いた。
ママは畳みかける。
瞬間移動で翻弄し、一撃入れて距離を取る。
無限の魔力とママの意地がそれを可能にした。
吸血鬼を圧倒する。
「随分タフだね。でも、そろそろ終わりかな?」
「ゴホッ。フ……フフ、そうですね。我慢比べはもう終わりにしましょう」
一方的にやられていた吸血鬼。
それなのに余裕の笑みを浮かべている。
逆にママは焦っていた。
「次で終わらせてあげる! ≪瞬間移動≫」
また目の前が変化した。
これで最後。
ママもそう言ったし、メメもそう信じてた。
なのに、どうして?
どうして、
どうして……
「ぐぅぅぅぁぁ!」
「これだから狩りはやめられません」
さっきみたいにママが吸血鬼の死角を突いた。
そして魔法を放とうとした。
瞬間に、メメの背後にいなかったはずの悪魔が現れた。
ママはメメが攻撃される心配をして、魔法を吸血鬼ではなくメメの後ろにいる敵に放った。
その結果、ママが吸血鬼に攻撃された。
「勝ち筋が見えると乗りたくなりますよね。わかります」
「な、何したの……」
「簡単な召喚魔法ですよ。自ら弱点を連れ歩いてるから悪いんです。攻撃する瞬間にこちらも死角を突きました」
「あー、まずったなぁ……。そんな手に引っ掛かるなんて……」
「あなたなら子どもを守ると思ってましたよ。さすがの反応速度です」
「ふふっ、そっかぁ。私、守れたんだ……」
ママの声がどんどん小さくなっていく。
なんで?
何が起きてるの?
どうしてママが。
ママが……。
「うっ、うえええええん!」
「もぅ……泣かないの。よしよし」
「だっで、だっでぇ!!!」
「ケガ、してない? どこも痛く、ない?」
「メメなんていいよぉ! ママは? ママは平気だよね!?」
「メメが平気なら平気だよ。全然、痛くない」
「わあああああぁぁぁ!」
熱い。熱いよママ。
そんなにぎゅってされると熱いよ。
血が、血がそんなに出てるんだよ……?
「なおす……メメが治す! 治れ! 治れ! な゛お゛れ゛ぇぇぇぇぇ!」
「ふふっ、ありがとぉ。治ったかも」
「やだあああああ! やだよおぉぉぉぉぉぉ!」
冷たい。ママの手が冷たい。
「メメ、前に言ったこと覚えてる?」
「うぐっ、あっ、ぐえぇぇ」
「メメの力は、ママを笑顔にすることなの」
そんなのいらない。なんにも役に立ってない。
「メメが笑ってなきゃ、ママも泣いちゃうな」
「じゃあ死なないで! 死んじゃヤだよぉぉぉ!」
「ごめんね、メメ。ごめんね」
メメには何もできない。
もう泣くことしかできない。
どんなに願ってもママの怪我は治らない。
この悪魔も倒せない。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「最後に聞いて、メメ……」
「いや! 聞かない! 聞きたくない!」
「ママは、幸せだったよ。メメの、おかげ」
「違う! メメのせい! メメのせいでママは!」
「ううん。これだけは、覚えてて……」
メメの頬に手を当てると涙を拭ってくれた。
呼吸を整え、残り火が燃え尽きるように。
じっとメメの目を見て、小さく口を動かした。
「生まれてきてくれて、あり──」
ビチャリ。
最後までその言葉を聞くことはできなかった。
メメの視界は真っ赤に染まる。
ママの血で前が見えなくなって、頬を撫でるみたいにすとんと手が落ちた。
「…………………………」
言葉が出なくなった。
何が起きたのかわからない。
目でも頭でも理解してるのに、その現実を受け入れたくない。
そしたら本当に、ママが消えちゃう……。
「フ、フフフ、フハハハハハハハハハハハ!」
ママの声の代わりに響く騒音。
耳にこびりついて離れない。
「あー楽しかったです! 最後の最後にぶち壊すのはたまりませんね。その絶望した顔は大好物です」
何を言ってるの?
ふざけるなよ。
「がえせ! 返せよ! メメのママを返せ! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね! お前なんか死んじゃえええええぇぇぇぇぇぇ!」
「フフフ、うるさいですよ。あなたは殺してあげませんっ。一生苦しんでくださーい」
必死に殴っても相手すらしてくれない。
「あなたのママには感謝してますよ。これでワタシのコレクションが一つ増えました」
「かえせえええええ゛!」
「そうですねぇ。あなたがワタシを楽しませるぐらい強くなったらいいですよ」
「殺す! ぶっ殺してやるううううぅぅぅ!」
「はいはい、わかりました。もううるさいので寝ててください」
「うっ────」
そこでメメは気を失った。
これがメメの最悪の誕生日。
「おや、サタナ様。いらしてたんですか。お望み通り『力』を持った妖精族は全員根絶やしにしましたよ。これからどうしましょう。残りも殺しますか?」
「んー、もう飽きたからいいや。好きにしていいよ」
「そうですか? ならワタシの研究に使わせてもらいます」
「面白いこと?」
「そうですね。100年後にお花見しましょう」
◇◆◇◆◇◆
目が覚めたのは一週間後。
気づいた時にはすべてが終わっていた。
種族の数は三分の一に減り、家屋や森もほとんど燃え尽きた。
愛する人を失い、住処を失い、守ってくれる存在も失った。
メメが気を失っている間に『力』を持った人たちは吸血鬼によって全員殺された。
あの日新しく『力』が宿った赤ちゃんも死んだ。
なんてことをケットシーのお爺ちゃんに聞かされた。
空想のお話を聞かされてるみたいで実感がなかった。
積み上げてきたものが一夜にして一瞬で崩れ去ってしまったのだ。
生き残った人々の顔に光は無い。
けど、そんなことどうでもいい。
ママは?
ママはどこにいるの?
朝起きてもおはようって言ってくれないの。
呼んでも返事が聞こえないの。
あったかいご飯がどこにもないの。
家の中がとっても寒くって、広くって。
ボロボロ涙がこぼれてくる。
嫌だ。信じたくない。
ママにもう会えないなんて……。
「がああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫んだ。
とにかくずっと泣いた。
何回も吐いて感情を発散しても気持ちは全く晴れなかった。
目を瞑ればママの殺されたシーンが永遠に再生される。
目を開けていればママがいないという現実を突きつけられる。
メメが殺した。
メメが死ねばよかった。
メメさえ生まれてこなければママは死ななかった。
やっぱり全部メメが悪かったんだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
懺悔することしかできない。
ママの後を追おうとしたけどできなかった。
そんなことすらできなかった。
一月ほど泣いて吐いてと繰り返してるうちに町のみんなは前を向き始めていた。
復興作業が始まり、徐々に活気を取り戻しつつあった。
過去を忘れようと必死なのだろう。
メメにはそれができない。
ある日、気を紛らわすためにメメもできることを手伝おうとした。
ようやく家から一歩外に出て前を向こうと行動できた。
メメもママみたいに誰かの役に立とうとした。
誰かに会うのは久しぶりだし苦手だけど頑張ろうって思ってた。
なのに、メメは受け入れてもらえなかった。
「なんでこんな無能だけ生き残ったんだ」
「あーあ、頭首様が生きてればなぁ」
「使えない。この子に何ができるのよ」
怒りや不安を全部メメにぶつけてきた。
メメは生きていてはいけない。
そんなこと自分が一番わかってる。
でも、みんなから言われるのは本当に辛かった。
ぎゅってしてくれるママはいない。
メメのために怒ってくれるママはいない。
ケットシーお爺ちゃんが心配してくれたけど信じられなかった。
みんなの視線が怖い。
心の中でどう思われてるのか怖い。
暴力は無かったけど胸がとっても痛かった。
だからメメは引きこもり、いつしか仮面を被り、この町を出て行った。
一人は寂しかったけど寂しいだけで済む。
その寂しさもいつしか慣れた。
ママの残した魔導書を読み漁って食べて寝るという日々をひたすら繰り返した。
けど、ママへの想いは少しも無くなってくれない。
あと何百年こんな生活をすればいいんだろうと悩んでいたその時、もうすぐ200歳になろうというタイミングで三人組の人間に出会った。
久しぶりに会う他人。
三人は無愛想で生きてちゃダメなメメに優しくしてくれた。
すっごく嬉しかったけど罪悪感もあった。
メメがこんなに幸せになってはいけないから。
楽しかった。
メメに初めてできた友達で、メメのことを想ってくれる人たち。
メメも普通に生きたかった。
でも、今更ダメ。
◇◆◇◆◇◆
「みんな、ありがと。最後に会えてよかったよ」
走馬灯のように流れてきた記憶。
なんど振り返ってもやっぱりメメは死ぬべきだ。
だから……リィちゃん、ルナちゃん、リっくん。
ごめんね。約束守れなくって。
メメはもう死ぬね。
目を瞑って、食人鬼の口の中に吸い込まれていく。
このままメメは死ぬ。
そのはずだったのに。
そう願ってたのに。
「ごめん、メメ。遅くなった」
リッくんがメメを助けた。
これでまたメメはママに会えない。
アンハッピーな、バースデー。
その終幕を飾るのはママと四天王の吸血鬼。
対峙してから一分が経過。
未だ戦況は動かない。
「氷漬けにしてあげる。≪天使の囁き≫」
ママが攻撃すると、
「おっと、危ないですね」
吸血鬼が避ける。
ママの攻撃は一発一発が当たれば即死級の奥義。
攻撃範囲も広く、火力も申し分ないのに避けられたり防がれたりしている。
メメの目にもこの敵が強いとわかった。
「引きこもりのくせにちょこまかと。≪紅の炎≫」
太陽のような灼熱地獄。
その業火が吸血鬼を包み込む。
……しかし結果は動かなかった。
「チートすぎでしょ」
「ワタシをその辺の下等吸血鬼と一緒にしないでください。弱点なんてとうの昔に克服してますよ」
「そっか、でもちょっとは効いてるみたいだね」
ママは攻撃の手を止めず、大技を連発する。
吸血鬼は防ぐのがやっとの状態。
お互い一瞬でも隙を作れば負ける。
「驚きです。もう魔力が尽きてもおかしくないと思いますが」
「さあ、なんでだろうね」
「このままではジリ貧ですね。近づきたくても近づけない。こんな楽しい戦いは初めてです。さぁ、どうやって攻略しましょうか」
ママのユニークスキルは≪底無しの魔力≫。
どんなに魔力を消費しても無くならない。
「ふぅ……、このまま押し切ってあげる」
でも、無くならないのは魔力だけ。
発動するたびに集中力は削られていく。
ママの肩が微かに上下し始めた。
「ママ?」
「平気よこれぐらい」
嘘。
背中がすっごく熱い。
それに、メメに気を使ってるせいで魔力の練りが甘くなってる。
やっぱりメメがいるとママは弱い。
メメがいない方が絶対いい。
「またバカな事考えてるでしょ」
「ぇ?」
「メメのことなんて顔見なくてもわかるよ。メメのせいじゃない」
「でも、メメがいるとママは……」
「でもじゃない。逆だよ」
「ぎゃく?」
「そ。メメがいるからママは強いの。ママが一番強いのは、メメを守ってる時なのよ」
「ほんと?」
「ほんとだって。ママがメメに嘘ついたことある?」
「なぃ」
「でしょ。だからママの応援してて」
「……うん。わかった。ママ、頑張って」
ママの雰囲気が変わった。
覚悟を決めたような、そんな感じ。
「くだらないですね。あなたが本気を出せばもっとワタシを追い詰められたはずですよ」
「ふふっ、何年生きてるのか知らないけど意外と無知なんだね」
「ほう、と言いますと?」
「常識さ。世界で一番強くて怖いのは母親なんだよ」
瞬間、メメの視界が一変した。
1ナノ秒前に見ていた景色とは角度が違う。
瞬間移動からの近距離攻撃。
防ぐ術はない。
「≪爆ぜる血潮≫」
「ガハ……ッ!」
内部から破壊する爆裂魔法。
吸血鬼が口から血を吐いた。
ママは畳みかける。
瞬間移動で翻弄し、一撃入れて距離を取る。
無限の魔力とママの意地がそれを可能にした。
吸血鬼を圧倒する。
「随分タフだね。でも、そろそろ終わりかな?」
「ゴホッ。フ……フフ、そうですね。我慢比べはもう終わりにしましょう」
一方的にやられていた吸血鬼。
それなのに余裕の笑みを浮かべている。
逆にママは焦っていた。
「次で終わらせてあげる! ≪瞬間移動≫」
また目の前が変化した。
これで最後。
ママもそう言ったし、メメもそう信じてた。
なのに、どうして?
どうして、
どうして……
「ぐぅぅぅぁぁ!」
「これだから狩りはやめられません」
さっきみたいにママが吸血鬼の死角を突いた。
そして魔法を放とうとした。
瞬間に、メメの背後にいなかったはずの悪魔が現れた。
ママはメメが攻撃される心配をして、魔法を吸血鬼ではなくメメの後ろにいる敵に放った。
その結果、ママが吸血鬼に攻撃された。
「勝ち筋が見えると乗りたくなりますよね。わかります」
「な、何したの……」
「簡単な召喚魔法ですよ。自ら弱点を連れ歩いてるから悪いんです。攻撃する瞬間にこちらも死角を突きました」
「あー、まずったなぁ……。そんな手に引っ掛かるなんて……」
「あなたなら子どもを守ると思ってましたよ。さすがの反応速度です」
「ふふっ、そっかぁ。私、守れたんだ……」
ママの声がどんどん小さくなっていく。
なんで?
何が起きてるの?
どうしてママが。
ママが……。
「うっ、うえええええん!」
「もぅ……泣かないの。よしよし」
「だっで、だっでぇ!!!」
「ケガ、してない? どこも痛く、ない?」
「メメなんていいよぉ! ママは? ママは平気だよね!?」
「メメが平気なら平気だよ。全然、痛くない」
「わあああああぁぁぁ!」
熱い。熱いよママ。
そんなにぎゅってされると熱いよ。
血が、血がそんなに出てるんだよ……?
「なおす……メメが治す! 治れ! 治れ! な゛お゛れ゛ぇぇぇぇぇ!」
「ふふっ、ありがとぉ。治ったかも」
「やだあああああ! やだよおぉぉぉぉぉぉ!」
冷たい。ママの手が冷たい。
「メメ、前に言ったこと覚えてる?」
「うぐっ、あっ、ぐえぇぇ」
「メメの力は、ママを笑顔にすることなの」
そんなのいらない。なんにも役に立ってない。
「メメが笑ってなきゃ、ママも泣いちゃうな」
「じゃあ死なないで! 死んじゃヤだよぉぉぉ!」
「ごめんね、メメ。ごめんね」
メメには何もできない。
もう泣くことしかできない。
どんなに願ってもママの怪我は治らない。
この悪魔も倒せない。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「最後に聞いて、メメ……」
「いや! 聞かない! 聞きたくない!」
「ママは、幸せだったよ。メメの、おかげ」
「違う! メメのせい! メメのせいでママは!」
「ううん。これだけは、覚えてて……」
メメの頬に手を当てると涙を拭ってくれた。
呼吸を整え、残り火が燃え尽きるように。
じっとメメの目を見て、小さく口を動かした。
「生まれてきてくれて、あり──」
ビチャリ。
最後までその言葉を聞くことはできなかった。
メメの視界は真っ赤に染まる。
ママの血で前が見えなくなって、頬を撫でるみたいにすとんと手が落ちた。
「…………………………」
言葉が出なくなった。
何が起きたのかわからない。
目でも頭でも理解してるのに、その現実を受け入れたくない。
そしたら本当に、ママが消えちゃう……。
「フ、フフフ、フハハハハハハハハハハハ!」
ママの声の代わりに響く騒音。
耳にこびりついて離れない。
「あー楽しかったです! 最後の最後にぶち壊すのはたまりませんね。その絶望した顔は大好物です」
何を言ってるの?
ふざけるなよ。
「がえせ! 返せよ! メメのママを返せ! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね! お前なんか死んじゃえええええぇぇぇぇぇぇ!」
「フフフ、うるさいですよ。あなたは殺してあげませんっ。一生苦しんでくださーい」
必死に殴っても相手すらしてくれない。
「あなたのママには感謝してますよ。これでワタシのコレクションが一つ増えました」
「かえせえええええ゛!」
「そうですねぇ。あなたがワタシを楽しませるぐらい強くなったらいいですよ」
「殺す! ぶっ殺してやるううううぅぅぅ!」
「はいはい、わかりました。もううるさいので寝ててください」
「うっ────」
そこでメメは気を失った。
これがメメの最悪の誕生日。
「おや、サタナ様。いらしてたんですか。お望み通り『力』を持った妖精族は全員根絶やしにしましたよ。これからどうしましょう。残りも殺しますか?」
「んー、もう飽きたからいいや。好きにしていいよ」
「そうですか? ならワタシの研究に使わせてもらいます」
「面白いこと?」
「そうですね。100年後にお花見しましょう」
◇◆◇◆◇◆
目が覚めたのは一週間後。
気づいた時にはすべてが終わっていた。
種族の数は三分の一に減り、家屋や森もほとんど燃え尽きた。
愛する人を失い、住処を失い、守ってくれる存在も失った。
メメが気を失っている間に『力』を持った人たちは吸血鬼によって全員殺された。
あの日新しく『力』が宿った赤ちゃんも死んだ。
なんてことをケットシーのお爺ちゃんに聞かされた。
空想のお話を聞かされてるみたいで実感がなかった。
積み上げてきたものが一夜にして一瞬で崩れ去ってしまったのだ。
生き残った人々の顔に光は無い。
けど、そんなことどうでもいい。
ママは?
ママはどこにいるの?
朝起きてもおはようって言ってくれないの。
呼んでも返事が聞こえないの。
あったかいご飯がどこにもないの。
家の中がとっても寒くって、広くって。
ボロボロ涙がこぼれてくる。
嫌だ。信じたくない。
ママにもう会えないなんて……。
「がああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫んだ。
とにかくずっと泣いた。
何回も吐いて感情を発散しても気持ちは全く晴れなかった。
目を瞑ればママの殺されたシーンが永遠に再生される。
目を開けていればママがいないという現実を突きつけられる。
メメが殺した。
メメが死ねばよかった。
メメさえ生まれてこなければママは死ななかった。
やっぱり全部メメが悪かったんだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
懺悔することしかできない。
ママの後を追おうとしたけどできなかった。
そんなことすらできなかった。
一月ほど泣いて吐いてと繰り返してるうちに町のみんなは前を向き始めていた。
復興作業が始まり、徐々に活気を取り戻しつつあった。
過去を忘れようと必死なのだろう。
メメにはそれができない。
ある日、気を紛らわすためにメメもできることを手伝おうとした。
ようやく家から一歩外に出て前を向こうと行動できた。
メメもママみたいに誰かの役に立とうとした。
誰かに会うのは久しぶりだし苦手だけど頑張ろうって思ってた。
なのに、メメは受け入れてもらえなかった。
「なんでこんな無能だけ生き残ったんだ」
「あーあ、頭首様が生きてればなぁ」
「使えない。この子に何ができるのよ」
怒りや不安を全部メメにぶつけてきた。
メメは生きていてはいけない。
そんなこと自分が一番わかってる。
でも、みんなから言われるのは本当に辛かった。
ぎゅってしてくれるママはいない。
メメのために怒ってくれるママはいない。
ケットシーお爺ちゃんが心配してくれたけど信じられなかった。
みんなの視線が怖い。
心の中でどう思われてるのか怖い。
暴力は無かったけど胸がとっても痛かった。
だからメメは引きこもり、いつしか仮面を被り、この町を出て行った。
一人は寂しかったけど寂しいだけで済む。
その寂しさもいつしか慣れた。
ママの残した魔導書を読み漁って食べて寝るという日々をひたすら繰り返した。
けど、ママへの想いは少しも無くなってくれない。
あと何百年こんな生活をすればいいんだろうと悩んでいたその時、もうすぐ200歳になろうというタイミングで三人組の人間に出会った。
久しぶりに会う他人。
三人は無愛想で生きてちゃダメなメメに優しくしてくれた。
すっごく嬉しかったけど罪悪感もあった。
メメがこんなに幸せになってはいけないから。
楽しかった。
メメに初めてできた友達で、メメのことを想ってくれる人たち。
メメも普通に生きたかった。
でも、今更ダメ。
◇◆◇◆◇◆
「みんな、ありがと。最後に会えてよかったよ」
走馬灯のように流れてきた記憶。
なんど振り返ってもやっぱりメメは死ぬべきだ。
だから……リィちゃん、ルナちゃん、リっくん。
ごめんね。約束守れなくって。
メメはもう死ぬね。
目を瞑って、食人鬼の口の中に吸い込まれていく。
このままメメは死ぬ。
そのはずだったのに。
そう願ってたのに。
「ごめん、メメ。遅くなった」
リッくんがメメを助けた。
これでまたメメはママに会えない。
アンハッピーな、バースデー。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る
神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】
元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。
ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、
理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。
今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。
様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。
カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。
ハーレム要素多め。
※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。
よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz
他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。
たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。
物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz
今後とも応援よろしくお願い致します。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる
シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。
※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。
※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。
俺の名はグレイズ。
鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。
ジョブは商人だ。
そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。
だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。
そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。
理由は『巷で流行している』かららしい。
そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。
まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。
まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。
表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。
そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。
一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。
俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。
その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。
本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる