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番外編

かわいい子には旅をさせよう 2

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私の前に跪いたシェラさんがうやうやしく両手で白い封筒を差し出していて、それを私が受け取ろうとしているところを目にしたレジナスさんは何か誤解している。

確かに、シチュエーションだけ見ればシェラさんが私にラブレターを渡してるみたいに見えるかも知れないけど。

「「「違いますよ!」」」

レジナスさんの勘違いに声を上げたら、私の声になぜか護衛の騎士さん達の声も重なった。

ついでに「頑張ってくださいレジナス様!」だとか「この隊長よりも俺達はレジナス様を応援してるっす!」とか「どうせならレジナス様がユーリ様にお手紙を!」なんて意味不明な掛け声まで騎士さん達はかけている。

いや、なんで騎士さん達がレジナスさんの応援を?単純に騎士さん達のレジナスさん人気が高いってこと?

騎士さん達のそんな意味不明な謎の応援を不思議に思ったのはレジナスさんもだったらしく、何を言っているんだお前達は、とシェラさんに一瞬向けた圧のある不穏な空気が幸いにもそのおかげで削がれてしまったのでほっとする。

良かった、なんだかケンカになりそうな感じだったもん。

すると私に封筒を渡したシェラさんは立ち上がってレジナスさんに向き直ると、

「仮にこれがオレからユーリ様への恋文や思いの丈を綴った手紙だったとして、それがあなたに何の関係が?ユーリ様へオレの気持ちをお伝えするのを止める何がしかの権利があなたにおありで?」

わざとらしく小首を傾げてそう聞いた。その顔は面白そうに薄く色っぽい微笑みを浮かべている。

と、そんなシェラさんにレジナスさんはぐっと言葉に詰まると

「権利、も関係も・・・特にないな・・・」

と歯切れ悪く言って眉間に深い皺が寄った。

すると周りの騎士さん達からがっかりしたようなため息がもれて、あー歯痒い。という声が聞こえてきた。一体さっきから何の話なんだろう?

思わず私もシェラさんのように小首を傾げそうになっていたら、それ以上シェラさんに文句を言ってもはぐらかされるばかりと思ったのかレジナスさんは私に話を振って来た。

「それでユーリ、それは何だ?」

シェラからの恋文じゃないのか?と暗に目が訴えている。

「これはそこで騎士さんに取り押さえられている人が私に渡してくれたもので、シェラさんからのものじゃないですよ?中身はえーと・・・多分、恋文?」

まだ読んでないから何とも言えないけど。でも私に手紙を渡して来た時のあの様子からしてそうだよね?

そう答えたら、

「なぜ嬉しそうなんだ⁉︎」

とレジナスさんに言われてしまった。え?そんな顔してた?

するとそれを聞いたシェラさんがまた

「ユーリ様が嬉しそうな顔をしたのをなぜあなたが咎めるんでしょうね。嫉妬ですか?まさかですよね、恐れ多くもユーリ様に愛を告げたわけでもなければ恋人でもあるまいし。」

挑発するようにそんな事を言ったものだからレジナスさんも、

「こ、告白?恋人⁉︎そんなわけないだろう、別に嫉妬したわけじゃない!俺はただ、身元もはっきりしない者から簡単に何かを受け取るべきではないと・・・!」

シェラさんに噛み付くような勢いでそう言った。そんな様子を眺めていると複雑な気分になる。

あー・・・ウン、確かにレジナスさんは私にちゃんと告白していないからね。無意識に、ポロッと自分の気持ちを言っただけな上にそんな事をしたのにも気付いていない。

言われたこっちはそんなレジナスさんの気持ちに気付いていないふりをしなきゃいけないのが大変だけど。

リオン様にも

『レジナスのことだから、心を決めてユーリにきちんと告白するまでは時間がかかると思うけど・・・。気長に待ってもらえると嬉しいな。』

って、できればレジナスさんの気持ちを尊重して欲しいと頼まれている。

だけどリオン様、この感じだとレジナスさんが私に告白するまでまだまだかかりそうですよ・・・とまだシェラさんと何ごとかを言い合っているレジナスさんを眺めていたら、

「とにかく、もしユーリへの告白などの類いの手紙であれば、それは一応癒し子の保護者でもあるリオン様の立ち会いの下で開封してだな・・・!」

とレジナスさんが言ったのでええっ、と驚く。

私への個人的なラブレターを・・・しかも初めてもらったそれをリオン様と一緒に見るなんてダメダメ!

こういうのは一人でじっくり読んで噛み締めたい。

それにもしそれを一緒に読んだリオン様がそれこそ焼きもちでも焼いてこの人に怒って何かしたらどうしよう?

「だ、ダメですよ、これは私一人で読みたいです!それでちゃんとこの人にお返事して・・・」

と反対したところで

「あの!」

と取り押さえられていた人が声を上げた。

「お騒がせして申し訳ありません!それは恋文の類いではございません‼︎私のような者が癒し子様へ恐れ多くもそのような気持ちを抱くなど、決してございません・・・‼︎」

「え?」

必死に訴えられてポカンとする。ラブレターじゃないの?だってあんなに顔を真っ赤にして、プルプル震えながら渡して来たのに?どう見ても告白でしかなかったよね?

それなのに、「そんな気持ちを抱くなど決してございません」なんて告白されたと思っていたらフラれたような気分だ。

「とにかく、それに目を通していただければ分かりますので・・・!」

お願いします、と取り押さえられたままその人には頭が地面につく位の勢いで土下座もどきまでされてしまった。



「・・・騎士の一人が慌てて政務室までやって来たと思ったら、血相を変えてレジナスがあっという間に飛び出して行ったものだから何ごとかと思っていたけど、そういう訳だったんだね。」

王宮の一角での騒動を経て、私は今リオン様の部屋にいる。

目の前に座っているリオン様は、おかしそうにそう言いながら私が受け取った手紙に目を落としていた。

「ユーリ、恋文じゃなくて残念だった?」

手紙からチラリと目を上げたリオン様にそう聞かれて言葉につまる。

「べ、別に・・・」

「そのわりに顔が赤いよ」

リオン様から視線を外してどこを見るともなく目を泳がせてうそぶけばすぐにそう指摘されてしまった。

くっ・・・。恥ずかしい。人生初のラブレターだと浮かれて、それを取り上げたシェラさんにもあんなに必死で飛びついてそれを取り返そうとしたのに。

それなのに、結局それはあの取り押さえられていた人の言う通りラブレターじゃなかった。

それはどちらかと言えば直訴状っていうか嘆願書に近いものだったのだ。

「そんなに恋文が欲しいなら、今度僕が書いてあげるから。そうしたらユーリもそれにちゃんと返事を書いてね?」

「も、もうその話はいいですから!それより、この手紙に書いてあることについて話をしましょう⁉︎」

このままだとずっとこのネタでからかわれ続ける。

それは勘弁と、慌ててリオン様が手にしていた私宛ての手紙を指差した。

そこに書いてあったのは、あの取り押さえられていた人の故郷で最近起きた不審な出来事と、それを私にどうか解決して欲しいというようなことを切々と訴える内容だった。ラブレターよりもよっぽど深刻なものだ。

最近起きた地滑りで地形が変わったところに白い霧のようなものが立ち込めて空気も悪くなり、今までに嗅いだことのない何かが腐ったような匂いも立ち込めているだとか、

たまに風が吹いてその霧がうっすらと晴れたところに見えるのは半身が白骨化した鳥や動物の死骸だとか、その周りでは植物も立ち枯れているだとかの不穏な話だ。

「先日ユーリが王都の全ての者を癒して治してしまった話を聞きつけた様々なところからは、ぜひ癒し子に自分のところへ来てもらって問題を解決して欲しいとか病人を治して欲しいっていう、この手紙と似たような訴えは随分とたくさん来ているんだ。」

パサリと手紙をテーブルに置いたリオン様はそう言ってため息をついた。

「せっかく大神官からユーリにあまり負担をかけないようにというお触れまで出してもらったのに、それもあまり効果がなくてね。こんな訴えがたくさん来すぎているから、その内容を精査した上でユーリには後でその中から視察先を選んでもらおうと思っていたんだけど・・・」

まさか王宮内で直訴にまで及ぶような者が出るとは思わなかったよ。とテーブル上の手紙をリオン様は青い瞳を冷たく輝かせてとん、と指でついた。

あ、まずい。ちょっと怒ってる。このままだと取り押さえられた後に騎士団へ連れて行かれたあの人が大変な目に遭うかもしれない。

リオン様の話だとあの人、とりあえず今のところは個人収監室に押し込められて取り調べを受けているって話だけど。

「た、確かにそれはいけないことかも知れないですけど、それだけ切羽詰まっていたってことですよね?それに書いてある内容がほら、ダーヴィゼルドでヨナスの力がこもった物が壊された時の山の状況と似ているような気もするし、これって結構大変な状況じゃないですか⁉︎」

ダーヴィゼルドではヨナスの力のこもった物を壊した場所には魔物の湧いてくる泉みたいな物が出来た。

この手紙には魔物が出て来たとは書いてないけど、怪しい白い霧が立ち込めて空気が悪くなり色んな動物がその近くで死んでいるなど、ヨナスが関係していることも考えられる状況だ。

もしかすると私への癒しの嘆願書が殺到したせいでこの深刻な状況の訴えが届きにくくなっていて、それに焦れた結果あの人はあんな風に私に直接手紙を渡そうとしたのかも知れない。

「・・・ユーリ、ここに行きたいの?」

必死であれこれ訴える私にリオン様は心配そうに眉を顰めた。

「これも何かの縁ですから!こんな手紙をもらって大変な状況を知ってしまったのに、知らんぷりは出来ないですよ。」

ついでに、もしたくさん来ている嘆願書の中に他にもこんな風に深刻なものが来ていたら教えてくださいとお願いした。

幸いにもイリューディアさんの癒しの力を自分に使えばどんなにたくさんの嘆願書が来ていても疲れ知らずで対応出来る。

イリューディアさん本人とも、この世界を豊かにする手伝いをすると約束しているし、出来る限りその約束は守りたい。

それにダーヴィゼルドであの魔物の出て来る泉を浄化するのに苦労して、結局グノーデルさんの力を借りてその雷で消し飛ばした。

そんな力不足を痛感して、ダーヴィゼルドから帰って来てからは魔導士院に通ってシグウェルさんやユリウスさんから浄化についてもう一度習いながら練習しているのだ。

だからいくらでも頑張りますよ!とリオン様にアピールして見せれば、

「だからユーリには依頼がたくさん来ているのを知られるのはイヤだったんだよ。ユーリがそうしたいと言えば、僕らは出来るだけ癒し子のその要望に従わなければいけないから。」

と心配そうにリオン様に手を取られた。

「もう少しすればあの男の聴取に行っているレジナスとシェラが戻って来るから、どうするかはとりあえず二人の話を聞いてからにしようか?」

「はい!勿論です‼︎」

勢い良く頷いた私にリオン様は、「まあユーリの中ではもうどうするか決まってはいるみたいだけどね」と困ったように苦笑いをしたのだった。






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