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番外編

好きだと言って 1

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「また妙なものを作りましたねシグウェルさん・・・」

『面白い魔法薬を作ったから見に来い』と言うシグウェルさんの伝言を受けて、いつものようにマリーさんとエル君を伴って魔導士院を訪れた。

あのシグウェルさんが、「便利」でも「画期的」でもなく「面白い」って自ら言ってしまう魔法薬って何?絶対とんでもない物に違いない。

そう思って周りに被害が出る前に私が先に確かめ、場合によっては大量生産を阻止しなければとやって来たのだ。

エル君には

「リオン殿下かレジナス様にも同席してもらう方がいいと思いますけど」

なんて私以上に不信感たっぷりの忠告をされた。

「ユリウスさんもいるでしょうし、きっと大丈夫ですよ!」

「あの人が立ち会っていて、今まで魔導士団長の被害を食い止められたことがありますか?事が起きた後の尻拭いしかしてないじゃないですか・・・」

分かってない、といつものように小さくかぶりを振られた。相変わらず辛辣だ。

でもこんな些細な用事に多忙な二人の同席を頼むのは申し訳ないし。

ちなみにいつもなら私にくっついてどこにでも一緒にやって来るシェラさんも今日はいない。

大声殿下の隣国訪問への護衛という大事な任務が入り、朝方私の髪を整えながら今生の別れみたいに大袈裟な挨拶をして出かけて行った。日帰りなのに。

・・・そういえば、

『今日のおやつはよく冷やしたゼリーと糖蜜に漬け込んでから凍らせた果物を用意させています。美味しいからと食べすぎてお腹を冷やしたり壊したりしないで下さいね。念のため膝掛けも用意しました。それからおやつの時の紅茶は三杯まででお止めください、それ以上飲みますと目が冴えて昼寝に障りますから』

なんて注意をしていくあたり、母親か?って感じだ。本人はそれをオレは家庭的な男ですから、なんて胸を張っているけどそのうちうっかりお母さんって呼んでしまいそうで怖い。

なぁんて考えながら歩いていたらいつの間にか魔導士院に着いていて、いつもの団長室に通されれば目の前にことりと置かれたのがその「面白い魔法薬」だった。

綺麗なエメラルドグリーンの液体が三角フラスコの中で日の光を反射してゆらゆらと揺れている。

まじまじとそれを見つめる私にシグウェルさんが説明したのが

『思っていることと正反対のことを口にしてしまう薬』

だ。そして冒頭の私のセリフに戻る。

「どうしてこんな妙な薬を作ったんです・・・?」

まるでマンガみたいな薬だ。何の役に立つのか凡人の私にはさっぱり理解出来ない。何かシグウェルさんなりの考えで作り出した薬なのかな?

それにしても私達の結婚式まであと数ヶ月といよいよその日が近付いて来ているのに、こんな薬を作り出すなんて意外とヒマなんだろうか。

確かつい最近までシグウェルさんは、王都とは別にユールヴァルト領で開く結婚披露宴やら何やらの打ち合わせで、実家と王都を忙しく行き来していたと思ったんだけど・・・。

怪しい魔法薬の由来も気になるけどそちらの事情も気になって訊けば、

「とりあえず俺たち二人に関する必要な事は全て決めて済ませてきた。後は両親やセディ、アントン叔父上が王家に負けない婚儀にするのだと張り切っていたからな。面倒なのでその他の細かいところは全て任せて来た。」

と言われた。ついでに思い出したように

「君が見たがっている金毛大羊も、ちょうど俺たちが新婚休暇でユールヴァルト領に滞在中、年に一度の大移動の時期を迎える。運が良ければ羊肉のサシミを食べられるだけでなく、その大移動も見られるだろう。」

そう付け足して薄く微笑んでくれた。

「ホントですか⁉︎」

やった。アフリカ辺りに海外旅行にでも行かなければ見られないような大迫力の動物の大移動を目の前で見られるかも知れないなんて、今からワクワクする。

「近くで見られるんですか?」

「見られないこともないが、大移動は夜だからあまり近くで見ると暗くて足元が悪い。それにその移動に巻き込まれると危険だから、恐らく高台から全体を眺めることになるだろう。一応夜用の外出着も向こうでは準備させておく。」

目を輝かせた私とシグウェルさんの会話に、後ろに控えていたマリーさんとエル君との会話が耳に入ってきた。

「ねぇエル君、シグウェル様が魔法に関係すること以外でこんなにもお話になっているの、初めて聞きますね」

「ユーリ様にだけですよ・・・そういえばこういう時に絶対この手のことに突っ込みを入れてくるユリウス副団長がいません」

あれ?本当だ、そういえばユリウスさんがいない。

着いて早々、怪しい魔法薬を見せられたせいですっかりその存在を忘れていた。どおりで団長室がいつもより静かなはずだ。

きょろきょろと部屋の中を見回してユリウスさんの姿を探す私にシグウェルさんが

「ユリウスなら今ちょうど出払っている。王宮へ提出する決済書類の期限が過ぎていたので魔法での転送ではなく直接走らせた。」

と、ユリウスさんがものすごくかわいそうな目に遭っていることを教えてくれた。相変わらずお疲れ様です・・・。きっと今頃、王宮の文官さん達の前で必死に頭を下げているに違いない。

「だから俺がユーリに魔法薬の話をしている間、君達がお茶を淹れてくれないか?茶器の類いはユリウスが準備していったからお湯を入れるだけでいいはずだ。」

マリーさんとエル君にそう話しながら、シグウェルさんがくいと顎で指し示した先を見れば確かにいつも私がここで使っているティーセット一式とお菓子が準備してあった。

かしこまりました、と頭を下げたマリーさんがエル君とそちらに向かったのを確かめて、私はまたシグウェルさんに向き直る。

「それで、これはどういった理由で作ったんですか?」

「作ろうと思って作ったわけではない。偶然の産物だな。」

「え?」

「王宮に頼まれて作っていた自白剤の失敗作みたいなものだ。捕らえてある犯罪者で試してみたら、自白どころか訳の分からない事を言い出したのでその効能に気付いたんだ。」

「人体実験⁉︎」

「仕方あるまい、元はと言えばその犯罪者のために作った物だ。念のため、その効果が他の者でも同じかはユリウスを始めとした数人の魔導士や騎士でも試してみたが間違いなかった。」

「ええっ、ヒドイ!犯罪者じゃない人でも実験してるじゃないですか!」

遅かった、怪しい魔法薬の被害を食い止めるどころかすでにその犠牲者が出ていた。

うわあ、と思ったけどシグウェルさんは平然として

「新薬の開発に王宮所属の者が協力するのは当然だ。ただ、偶然の産物とはいえもう少しデータが欲しいのでエルにも協力してもらいたい。」

と言った。どういう意味?

「エル君がなんでこんな怪しい薬の実験に協力しなくちゃいけないんです?」

「魔力のある魔法耐性に優れた者は魔導士に、体力に優れた者は騎士に協力してもらった。残るは毒耐性に優れた者からの協力だ。身近にいて一番手っ取り早く協力してもらえそうなのはエルだろう?」

当たり前のような顔をしてシグウェルさんは頷いた。

そりゃあエル君は自分でも「剣としての訓練の一環で多少の毒は飲み慣らしてあります」なんて事をいつぞや言っていたけれど。

「毒にも強い特殊部隊の連中は王族の護衛や影をしているからな。捕まえて協力を頼むのはなかなかに難しいが、幸いにもユーリの側にエルがいてくれて助かった。」

「なんて事言うんですか、エル君⁉︎今の話聞きました?危なそうなんで絶対に協力しちゃダメですよ!」

シグウェルさんの恐ろしい言葉に、慌ててお茶を淹れているエル君の方を振り向く。

だけどシグウェルさんはのん気にも

「別に毒を飲ませるわけではないから安心しろ。気持ちと裏腹の言葉が口から出るというだけだ。」

なんて言っている。

「元から魔導士に対して不信感を持っているエル君がますます魔導士嫌いになっちゃいますよ!」
 
エル君がかわいそうだとその姿を探せば、

「ユーリ様、このお茶・・・飲まない方がいいです」

エル君は手にしたティーカップの中身をじっと見つめたままぽつりとそう言った。
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