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番外編

西方見聞録 41

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ルーシャ国にあまりないタイプのお菓子に興味を持っているユーリ様のためにジェン皇子は勝手にお菓子職人やその食材に関係するもの一式を送る約束をしてしまった。

レジナス様に頼んで紙を一枚貰うとさらさらっ、と一筆書いて自分のサインまで入れ

「とりあえずこれが契約書代わりで!詳しいところは帰国してからシーリンが詰めてくれるから‼︎」

なんて言って「誰にしようかなあ、父上にお願いして皇宮の厨房から副料理長を連れて行こうかなー、あっ!そういえば下町で甘味処やってるアリンも海外に興味がありそうだったなあ‼︎」と勝手に人選をし始めている。

いや、それ副料理長・・・っていうか皇宮の厨房にも下町の人達にもえらい迷惑だし。

何より「詳しいところはシーリンが詰める」って、結局めんどくさいところは全部僕に丸投げするつもりじゃん⁉︎

相変わらずこの皇子は・・・!と肩を震わせていたら、それまで静かにお茶を飲んでいたシグウェル様がちらりとこちらを見た。

「菓子職人の派遣はともかく、君達も半年に一度はこちらに来なければならないというのは忘れていないだろうな?」

念押しをするようなその言葉にうぐっ、と息を呑む。

そうなのだ。例の海上に設置する航路安定用の魔石に込める魔力に必要な50人近くの魔導士。僕と皇子の魔力を使えば、シグウェル様の計算ではその数をぐっと減らして10人にも満たない人数でそれを済ませられるらしい。

ただ、魔石には定期的に魔力の補充が必要なので僕と皇子がそれに協力するとなると、僕ら二人はおおよそ半年に一度はルーシャ国へ通うことになる。

ちなみに期間は今のところ特に決まっていない。皇国とルーシャ国の間により安全な航路が見つかるまでの当分の間、となっているからそれは数ヶ月なのか数年なのか。

・・・皇子のせいで随分と高くつく迷惑料を払うことになってしまった。しかも僕だって皇子の被害者みたいなものなのにその後始末に付き合わされるなんて。

ああいやだ、メンドくさいなあと思う気持ちから返事を返せないでいる僕とは裏腹に、

「勿論だよ!半年ごとにこうしてお茶を飲む機会があれば、ボクもユーリ様ともっと打ち解けて親しくなって、今日のキミ達みたいに息ピッタリでユーリ様のお世話が出来るようになるだろうし。まずは友達から始めようってやつだね‼︎」

皇子は意気揚々と親指を立ててシグウェル様にパチリとウインクまでしてみせた。ちなみにそんなバカみたいな仕草も様になるくらいウチの皇子様と来たら顔がいい。

それにしてもよくあの氷の無表情で恐ろしいくらい愛想のないシグウェル様に気安くウインクなんて出来るなあ。

さすがのシグウェル様もそんな皇子に面食らったのかちょっと呆れている。ユーリ様も

「シグウェルさんにウインクするような人、初めて見ましたよ。怖いもの知らずですねぇ・・・」

と目を丸くしてるし。するとシグウェル様が

「ユーリ、君が気にするところはそこではないと思うぞ。彼はまだあわよくば友人から伴侶へ成り上がろうとしているらしい。」

ちろりとユーリ様を見た。シェラザード様も

「友達から始めようも何も、残念ながら友人以上の進展はこの先何年かかってもあり得ないと思うんですがねぇ。あ、お茶のおかわりをどうぞ。」

本心の読めない色気が乗った笑顔でにっこり辛辣な事を言って皇子のティーカップにお茶を注いだ。・・・ら、皇子が「熱っつ!熱いよこれ⁉︎」と声を上げてシェラザード様が素知らぬ顔で「おや、失礼。」とカップから皇子の手に跳ねたお茶を丁寧に拭いている。

いや、わざとでしょそれ。なんて陰湿な嫌がらせだ。

僕と同じくシェラザード様の意地悪に気付いたレジナス様は申し訳なさそうに眉間に皺を寄せながらごほんと一つ咳払いをすると

「半年に一度の訪問はあくまでも親善交流のためだ。ユーリともその都度、友人としては親しく交流することにはなるだろうが・・・友人以上になれるというのはあまり期待しない方がいいだろう。」

そんな事を重々しく口を開いて言いにくそうに話した。

ええと、ここまでユーリ様の伴侶四人中三人までに「お前がこの先どんなにルーシャ国を訪問しようと、友人から伴侶になるなんて絶対ないから」と言われたも同然だな?

だけどお腹は弱いがメンタルは強いウチの皇子ときたらそれでもめげずに

「そういえば次にボクとシーリンがここを訪れる半年後って、ちょうどユーリ様とみんなの結婚式の頃だよね?後学のためにボクも来たいなあ!」

なんて言っている。だからリオン王弟殿下に

「残念ながら招待状はすでに各国へ発送済みなんだ。ルーシャ国の儀礼式典と法律によって、国王以外の皇族の婚姻については客の格式も各国の皇太子かそれに準ずる者を招待する事になっていてね。だから申し訳ないけれど今回は我慢してくれるかな?」

と笑顔でズバンと一刀両断に断られていた。それを聞いた皇子はそんなあ、と声を上げて「じゃあ皇国からは兄上が行くってこと⁉︎」なんて悲しんでいたから、リオン王弟殿下が続けて

「・・・まあ後学も何も、君がユーリと結婚とか絶対ないから見なくてもいいと思うんだけど」

と言ったのはどうやら聞いていないらしい。

一応ユーリ様とのなごやかなお茶会になるはずが、気付けばいつの間にかユーリ様の伴侶四人がかりで新しい伴侶立候補者を増やさないように牽制する流れになっている。

いや、それもこれも諦めの悪いウチの皇子のせいなんだけど。

「往生際が悪いですよ皇子。とりあえず、早く国に帰って騒動の顛末を陛下や皇太子殿下に伝えないと。あなたが突然ルーシャ国に来たからみんなきっとすごく心配しているはずです。」

ため息をついて、お茶会を終えたら早く帰るぞと伝える。すると皇子はえっ⁉︎と驚いたように目を見開いて僕を見た。え?何?

「待ってシーリン!お土産も持たずに帰国はないよ‼︎昨日の夕食会でも皇国では食べたことのない美味しいデザートや果物が出たんだ!それが買えるお店も厨房で聞いてきたから帰る前に王都に寄らないと!」

「は?厨房⁉︎アンタまさか、人様の国に来てまでズカズカ勝手に城の厨房に出入りしたんですか⁉︎」

この皇子、国では街歩きで入った食堂で美味しいものに出会って感激するとシェフを呼んでくれどころか自分からその調理場に出向いて行って食事の礼と握手をする人なのだ。

それをまさかここでもやっていたとは。しかも王宮の厨房で?

目を剥いて怒った僕に皇子はそうだよ?と頷いた。

「侍従づてで食事の礼を言われることはあってもわざわざ厨房まで降りてきて直接礼を言う客人は初めてだ、ってすごく喜んでくれたよ?だからお土産を買うのにオススメな場所も教えてくれたんだ!」

「まあ確かにそんな客人は珍しいよね。料理長も戸惑ってはいたけど感激していたのに間違いはないかな」

皇子の言葉を受けてリオン王弟殿下もお茶を飲みながら頷いている。その声色に若干の呆れが潜んでいたと思うのは僕の気のせいじゃないと思う。

「ほ、ホントにウチの皇子が何から何までご面倒をおかけしてすみません・・・‼︎」

申し訳なさにテーブルにおでこをつける勢いで頭を下げれば、そんな僕の頭の上に皇子の呑気な声が降ってきた。

「あっ、そうだシーリンお金貸して?お土産を買うにもボク、慌てて来たから何も持ってきてないや!」

・・・いや、本当にいい加減にして!




こうしてルーシャ国の壮々たる面子に恥だけ晒して僕と皇子は皇国へと帰って来た。

一年以上ぶりに皇国の地を踏んで空気を吸ったら、もう子供じゃないのになんだか懐かしくて涙が出て来たし。

だけどその後、半年ごとに僕と皇子はルーシャ国との最初の取り決め通りに何度も向こうの国と行き来をすることになる。

そして皇子はその度にルーシャ国で目にする珍しい食べ物や風土を楽しげにメモしていた。

ヒマだなあ、なんて僕はそれを横目で眺めていたんだけどある日突然皇子が

「見てシーリン!君の手紙で書かれていたことやボクが記録したルーシャ国のことを一冊の本にまとめてみたよ!ユーリ様に見せたくてね、喜んでくれるかなあ。あとあわよくば売れるといいなあ‼︎」

なんて言って茶色い革表紙の厚い本を一冊僕に見せて来た。

「・・・は?売れ・・・?」

「旅行記って形で出版したんだ!もちろん筆者がボクってことは伏せて偽名を使って一介の旅人ってことにしてるよ!」

でも印税はボクのもの!なんて言っている。

「な、何してんですか皇子!まさかルーシャ国の機密事項とか書いてないですよね⁉︎」

「ええー?まさかあ、そんな事しないよ。ちゃんと父上の事務次官に内容をチェックしてもらってから出してるし?」

多忙な陛下の事務官を自分の出版物みたいな個人的な都合に使うとか何考えてんだ。

「各方面に迷惑過ぎる・・・!なんで僕に相談しないんですか、側近なのに!」

「ビックリさせたくて?」

子供か。だけどその「西方見聞録」という名の旅行記は思いのほか評判が良かった。

交流が始まったとはいえ皇国ではまだまだ未知の国であるルーシャ国の風土や住民、食べ物などが生き生きと書かれたそれは国民達にルーシャ国に対する興味と親近感を持たせた。

また意外な才能だけど、皇子の書く文章は平易な表現で読みやすく、人を惹きつけて読ませるものがあった。政務で書く形式ばった報告書や文書では分からなかったものだ。

だからか、瞬く間にその旅行記は国のあちこちで読まれるようになり、ルーシャ国へ渡る交易船はおろか団体旅行船まで登場することになる。

それは今からまだほんの少し先のことで、そうなると船の往来が増えてより安定した航路の確保に僕や皇子は多忙になるんだけど、この時の僕らはそんな事はまだ知るよしもないのだった。
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