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番外編

西方見聞録 39

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「・・・やっぱり君は工房の技術管理責任者というよりも皇子殿下の側近の役目の方が板についているようだね」

ユーリ様の住まいの奥の院、その広々とした庭園の中にある東屋でジェン皇子と僕を出迎えたリオン王弟殿下はその膝にユーリ様を乗せて、にっこりと微笑みながら僕にそう言った。

王弟殿下はにっこりと微笑んでいるけど、その微笑みはいつもの柔らかさに比べてよく分からない凄みがある。こ、怖い。

なぜか迫力のあるその微笑みにびびったのは僕だけでなく、王弟殿下の膝の上でユーリ様も

「リオン様の笑顔が黒いんですけど何でですか⁉︎」

と声を上げている。僕もその訳が知りたいよ!ついでにどうしてユーリ様は殿下の膝の上なんだろうっていうのもね!

だって今この場は、僕が提案させてもらったジェン皇子とユーリ様のお茶会のはずなんだよ。

そりゃあ『伴侶同席の上でのお茶の席でも構わない』とは言ったけど、まさか王弟殿下の膝の上に座ったままのユーリ様とお茶や会話をしろと?

言いたいことは色々あるけど、そのどれもがリオン王弟殿下の圧を感じる微笑みのせいで言葉にならない。

と、そんな微妙な空気感を読まないウチの皇子がつかつかとリオン王弟殿下の方に歩み寄り、

「やあリオン殿下、昨日の夕食会ぶりだね!さっそくユーリ様とのお茶の席を設けてくれてありがとう‼︎」

と笑顔で握手を求めた。

「まあ、兄上にも頼まれれば僕にそれを断る術はないからね。・・・これさえ済めば早急に帰国をしてもらえるらしいし。」

リオン王弟殿下はそう言って皇子の握手に渋々応えている。

そうなのだ。昨日シグウェル様は僕らを海での実験に付き合わせた後、さっそく僕が提案したユーリ様とのお茶会の件をリオン王弟殿下に伝えてくれた。

だけどあまり良い返事をもらえなかったので、第二案としてイリヤ国王陛下との夕食会の場で皇子にもう一度その件を切り出させたのだ。

イリヤ陛下は皇子がユーリ様を褒め称えた事にいたく気を良くして、皇国へ帰る前の良い思い出と土産話になるだろうとお茶会をするようリオン王弟殿下に勧めたらしい。

今リオン王弟殿下が僕に会うなり工房の責任者よりも皇子の側近の仕事の方が板についているなんて言い出したのも、夕食会でお茶会の件を持ち出したのは皇子だけの考えではなく僕がそうするように進言したからだと分かっているからだろう。

ちなみにジェン皇子はリオン王弟殿下の皮肉げなその言葉を額面通りに受け取って、

「そうなんだよ!シーリンはボクには勿体無いくらい仕事の出来る側近なんだ!さすがリオン殿下、シーリンの価値を分かってくれているなんてボク自身が褒められるよりも嬉しいよ!」

なんて喜んでいる。僕が褒められたことを自分のことのように喜んでくれるのはありがたいし側近冥利に尽きる。

だけど王弟殿下の発言は皮肉だ。残念ながら純粋に僕を褒めてるわけじゃないんだよなあ・・・。

「・・・急な申し出にも関わらず、ユーリ様を始めとして伴侶の皆様にもお時間をとっていただきありがとうございます。」

なんて言えばいいか分からないから、とりあえずお礼を言えば王弟殿下の膝の上でユーリ様が

「こちらこそ、昨日はシグウェルさんの無茶振りに付き合わせてすみませんでした!」

と頭を下げてくれた。そして

「じゃあそろそろ降ろしてもらいますからね⁉︎このままじゃ落ち着いてお茶も飲めなければジェン皇子と話も出来ませんから!」

とリオン王弟殿下に文句を言いながらその膝から降りて隣に座り直している。

そんなユーリ様に王弟殿下は

「別に膝の上にいたままでもお菓子は食べさせてあげるのに。」

とつまらなさそうな顔をして

「レジナス、ユーリの背中にクッションを入れてあげて」

と頼んでいる。王弟殿下の膝を降りたユーリ様は、ちょうどそのリオン王弟殿下とレジナス様の間にちょこんと腰掛ける形になっていたので、レジナス様もユーリ様の座る場所を整えてあげている。

そんなレジナス様を見ながら、ユーリ様とは反対側のリオン王弟殿下の隣に座っているシグウェル様は

「今日はうちのタウンハウスから差し入れられたブランデーケーキもテーブルに乗る予定だ」

と優雅な仕草でお茶を飲みつつユーリ様に話しかけている。

まったく、昨日あんなに僕らから魔力を搾り取ったっていうのにそれに対してご苦労様の一言もない上に、素知らぬ顔でユーリ様にお菓子の説明をしているよ?

この人の中では上から順にユーリ様、魔法関係の事象、その他大勢、みたいに優劣順位でも決まってるのかね?なんて思っていれば、

「お待たせしました、これがそのブランデーケーキですよ。相変わらず高級な酒を使っているようですねぇ、香り高さも一級品です。」

とユーリ様の後ろからシェラザード様が給仕係のようにスッ、と切り分けられたブランデーケーキをその目の前に置いた。

リオン王弟殿下はそんなシェラザード様を振り仰いで

「君は座らないのかい?」

と聞けば、あの色気たっぷりの笑顔を振りまいて

「ユーリ様の両側に殿下とレジナス、殿下の隣にシグウェル殿・・・となればオレはレジナスの隣に座るしかないでしょう?この大男に視界を遮られてユーリ様のお姿が見えにくくなるよりは、こうしてあれこれとそのお世話をしている方がよっぽど幸せですよ。何しろオレは家庭的な男ですから。」

そう胸を張り、

「君、まだそんな事を言ってるのかい・・・」

と殿下を呆れさせている。ユーリ様も

「家庭的っていうよりもそれ、ただの侍従さんなんですけど?」

と首を傾げているけどシェラザード様はニコニコ上機嫌だ。まあ本人が納得してるならそれでいいのかな?

それにしても東屋の中、円卓で僕やジェン皇子の目の前でユーリ様を中心に、あれこれと話しているこのルーシャ国の面々の壮々たる顔ぶれよ・・・。

それぞれ趣きの違った男ぶりの良い人達にユーリ様が取り囲まれて世話を焼かれている様子はまるで話に聞く遠い砂漠の国にあるという

「ハレムの逆転版みたいだなあ・・・」

思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。

と、そんな僕の呟きを聞き逃さなかったらしいユーリ様がハッとあの綺麗な瞳を見開き、みるみる頬を赤くした。

「やっ、やっぱり知らない人達からするとそう見えますか⁉︎自分では四人も旦那様がいるのはもう納得したつもりなんですけど、改めてそう言われると恥ずかしいですね・・・⁉︎」

その言葉にユーリ様の周りの四人が途端に色めき立つ。

「え?ちょっとユーリ、まさか今さら恥ずかしいから僕らと結婚しないとか言わないよね?」

「ユーリ、東国はルーシャ国と違って皇族以外は貴族も一夫一婦制だから違和感があるだけだ、シーリンの言葉に惑わされるな。」

リオン王弟殿下とレジナス様がそれぞれそう言い募ればシグウェル様も

「どうやら側近もその主人に似て余計な事を言うらしいな。昨日君の主人に話したように、魔法で余計な口を聞けなくしてやろうか?」

とアメジスト色の瞳を冷たく光らせた。そしてシェラザード様は

「まさかユーリ様がオレに傾けてくださったそのお心を無に帰そうとする者がいるとは思いもよりませんでした。これでもしユーリ様が心変わりをされて婚儀を考え直したり伴侶の数を減らすと言い出したらと思うと胸が張り裂けそうです。きっとその悲しみは皇帝を始めとした東国の全ての者を血祭りに上げ、その皮を剥いだところで決して癒えることはないでしょうねぇ」

と悲しげに首を振っている。その悲しそうな表情とは裏腹の、殺害予告みたいな話の内容の恐ろしさに僕だけでなくさすがにユーリ様もひえっ、と声を上げた。

「何言ってるんですかシェラさん!あと、恥ずかしいのは恥ずかしいけど大丈夫です、結婚を考え直すとかないですよ!ちゃんと4人みんなと・・・け、結婚しますから‼︎」

顔を真っ赤にしたユーリ様が声を張り上げてヤケクソ気味にそう言うと

「あーもう、なんでこんな恥ずかしい事をお客様の前で言わなきゃならないんですか・・・。ただのお茶会のはずだったのに・・・もうホント、恥ずかしい!」

と両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏した。

ご、ごめんなさい。僕が皇子ばりに変な事を言っちゃったから・・・。この主人にしてこの部下ありだ。

申し訳なく思って身を縮めている僕の前でユーリ様はリオン王弟殿下やレジナス様によしよしと頭を撫でられて慰められている。

そしてたった今までジロリと僕を刺すような視線で見つめていたシグウェル様は

「久しぶりにユーリの口から俺達に対するはっきりとした気持ちめいたものを聞いたな。君はもっと頻繁にそういう事を俺達に言うべきだ。」

と上機嫌になっている。シェラザード様も

「照れておられるユーリ様の可愛らしさは格別ですね。お顔を隠されてしまったので、その上気した頬に口付けられないのが残念です。どうかそのお手をどけてください。」

なんて言ってリオン王弟殿下とレジナス様の二人に「どさくさに紛れて何をしようとしているんだ」と怒られている。

・・・ユーリ様とその伴侶全員が揃った場というのは初めて目の前にしたけど、毎回こんな感じなのかな?

「なんていうか、息ぴったりで微笑ましいねぇ・・・」

隣でジェン皇子が僕にこっそりそう言ってきたけど、まったくもって同感だった。










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