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番外編

西方見聞録 31

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「あーっ、思い出した!どっかで見た事あると思ったら、さっき通信に割り込んで来たあの人ってユーリ様にガラスの鉢植えを贈って求婚して来た皇子様じゃないっすか⁉︎」

雷の落ちた魔導士院の魔法陣がある場所へ向かう途中、そう言ってユリウス様が立ち止まった。

「アレがそうなのか?」

ユリウス様の先を歩いていたシグウェル様がそう言ってちらっと後ろを見やる。

そう言えばシグウェル様はあの求婚騒ぎの時、同席していないからウチの皇子の顔を知らないんだっけ。

ユリウス様の後ろにはリオン王弟殿下とユーリ様が連れ立って歩いていて、僕はその後ろをレジナス様と一緒について行っていた。

だからユリウス様の言葉にリオン王弟殿下が

「今気付いたの?あの口ぶりからして魔法陣を使ったのはその皇子だと思っていいはずだけど・・・。君はどう思う?」

そう答えて僕に話を振ってきたので言葉に詰まる。

『今行くからね!』というあの言葉と、皇子がたまに魔力のコントロールが出来なくなった時に生じる天候の変化と同じ、この悪天候。

魔法陣へと向かう僕らの歩いている回廊から見やる外はまだ雨が降っている。雷もまだなんかゴロゴロいってるし。

「高確率でジェン皇子が直接やって来た可能性が高いかと・・・。ウチの皇子がなんか色々とすみません・・・。」

もう先に謝っておいた方がいいような気がして頭を下げた。

「ええ?ホントに来ちゃってるんですか?」

僕の言葉にユーリ様は目を丸くしている。

「はい。この感じは多分・・・」

縮こまってそう言った僕の肩をレジナス様はため息をつくと、まるで慰めてくれるようにぽんと叩いた。

「何故か君が酷い目に遭わされていると勘違いをして慌てたようだな。向こうの国とやり取りをする中で、どこかで話が行き違ったか?いずれにせよ、もし皇子本人が来訪したのなら早く会って無事な姿を見せて誤解を解いた方がいい。」

うう、レジナス様、相変わらず顔は怖いけど優しい人だなあ。

気遣いに感謝して促されるままにまた歩き出せば、一番先頭にいるシグウェル様は

「なるほど、東国の皇族の魔力か。通信後に魔法陣が発動するまでの時間の短さと、感じられた魔力の大きさからすると他地域の魔法陣は介さずに本国から直接ここに来たのかも知れない。さすが皇族だな、面白い。」

とその背中からも面白がっている雰囲気が伝わってくるし、心なしか足早になったような気がする。

ホントこの人は、一般人のことは石ころを見るような目で見るくせに魔力持ちとか強力な魔法持ちだって分かると途端に口数が増えるよね・・・。

「団長、面白がってる場合じゃないですよ!相手は皇子様なんすからね、いつもみたいに魔力を調べようとしていきなり顔を近付けるとか掴みかかるとかはやめるっすよ⁉︎国際問題になってしまうっすからね‼︎」

どう考えても大人しくしていそうにない自分の上司にユリウス様は嫌そうな顔をしている。

「だがもし先に相手が何か仕掛けて来たら正当防衛になるだろう?幸いにも俺達は軟禁している彼を処刑しようとしていると思われているようだしな。」

「幸いって!完全にシーリンさんを助けようとした皇子様が攻撃してくるのを待ってるじゃないっすか!」

口の端を僅かに上げてにやりと笑ったシグウェル様にひぃ、とユリウス様が息を呑んだ。

え、あのへなちょこ皇子にそんな気概があるかな?でも僕のことを心配してわざわざやって来るくらいだから、もしかするといつもと違って頑張るのかな?

万が一、僕を助けようとシグウェル様達に攻撃なんかしたらますます話がこじれるだけなんだけど。

だけどいつもふにゃふにゃしている皇子が僕のために頑張るかも、と思ったらなんだかちょっと心が弾んだ。囚われのお姫様が助けに来てくれた王子様にときめく気分ってこんなだろうかと不謹慎にもそんな考えが頭をかすめた時だ。

「さて、皇子様本人のご尊顔を拝するとするか」

ふっ、と不敵で皮肉げな笑みを顔に浮かべたまま見上げるほど大きな扉の前で立ち止まったシグウェル様はパチンと指を弾いた。

そうすれば目の前の扉が重々しい音を立ててゆっくりと左右に開いていく。

と、やっと人ひとりが通れるほどの隙間が開いたかと思うと

「シーリン‼︎」

皇子の声が聞こえた途端にドバッ、と水の塊が僕目掛けて襲いかかって来た。

そうすればすぐに僕はその水の塊に全身を包まれてしまいその水圧に息が出来なくなる。

「もがっ⁉︎」

ぶくぶく溺れるみたいになった僕の耳に、水を隔ててシグウェル様がチッと舌打ちをして

「早いな」

と言ったのが聞こえた。びしゃっ、と水が溢れるような音も聞こえたけど水の膜に包まれたまま僕は物凄い速さで体がそのままぎゅんと引かれながら移動して持って行かれるのを感じる。

くっ、苦しい。息が出来ないまま強制的に動かされるとか死んじゃうから!

と、突然僕を包みこんでいた水がバシャバシャと床に落ちて息を吸うことが出来たと同時に

「良かったシーリン、生きてた!」

ぎゅうっと抱きしめられて耳元でジェン皇子の声がした。

いやぁたった今、他でも無いアンタに殺されそうになってましたけどね・・・?

だけど水の膜に包まれたせいで雨に濡れる以上に全身びしょ濡れになった僕を抱きしめたまま、ジェン皇子はポロポロと涙をこぼしている。

何なんだよ、もう・・・。一年以上会っていなかったけど、相変わらずマイペースだな。

なんだか気疲れしてぐったりと抱きしめられたままでいれば、そんな僕の後ろで

「魔法で作り出した水蛇か。俺としたことが反応が遅れてうまく切り離したつもりが先端部分にしか触れられなかった」

と言うシグウェル様と

「いやいや、俺なんか反応すら出来なかったっすよ。アレは団長の反応が遅れたっていうよりもあの皇子様の魔法の方が早かったんす。さっすが皇子様っすねぇ」

と感心しているユリウス様の声が聞こえてきた。

あー、さっきのビシャっていう水音はシグウェル様が水魔法で攫われた僕を切り離そうとして別の部分を落とした音だったのか。

シグウェル様は反省してるけど、そもそもあの皇子の水魔法を切り落としたこと自体が凄い。

あれは皇帝陛下や皇子の兄弟殿下方のような、よっぽど強力な魔力の持ち主じゃないと切り落とすどころか弾かれてしまうくらいなのだ。さすがルーシャ国の魔導士団長。

そう感心していたら

「シーリン、大丈夫⁉︎さっきからひと言も話さないけど、お腹空いてるの⁉︎ま、まさか絶食とかさせられて体力がなくなった・・・⁉︎すまないけど誰か彼に暖かい毛布とスープを!」

ハッとして恐ろしいものを見るような目でジェン皇子が僕を見た。

・・・いや、なんでだよ。

この状況でなんで僕がハラヘリでぐったりしてると思うんだよ。そんでもって、ルーシャ国の壮々たる面子に囲まれている中でどうしてこうも図々しく食べ物を要求出来るんだよ。

「ホントに、ウチの皇子がなんか色々とすみません・・・。」

こんな皇子を見て、みんな呆れていないだろうか。

ぐったりしたまま、恥ずかしくなった僕はその日二度目の謝罪をした。

そんな僕ら主従のやり取りを黙って見守っていたリオン王弟殿下は、レジナス様と一緒にその背にユーリ様を隠したまま

「・・・何はともあれ、話は暖かい部屋に移動してからにしようか。ルーシャ国へようこそジェンファン皇子。」

社交辞令と共ににっこりと、美しい微笑みをその顔に浮かべて心にもない歓迎の挨拶を述べたのだった。


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