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番外編

西方見聞録 25

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かろうじて僕の名前を覚えていてくれたらしいユーリ様に、笑顔で迎えられたのでほっとして大事に抱えてきた荷物を近くのテーブルに置かせてもらった。

両手で抱える程度の大きさで青い布のかかっているそれにユーリ様を始めとしてリオン王弟殿下とレジナス様も興味を向けている。なのでさっそく、

「こちらが僕らの国の皇族、第三皇子のジェンファン・ダーファオ殿下から賜ったユーリ様への贈り物になります。」

間違ってガラス鉢を引き倒さないようにそっと青い布を取ってみせた。

相変わらずガラス鉢の中では小雨が降り続いていて紫陽花の花が鮮やかな色もそのままに濡れている。

「噴霧器もないのに、何もない空中から霧雨みたいな雨が降ってますよ!不思議ですねぇ・・・」

さっそく間近に近寄ってそれを見ているユーリ様は目を丸くして鉢に釘付けだ。

ていうか、近くで見るとあの特徴的な瞳がキラキラ輝いていてすごく綺麗で目を離せない。

「お花・・・紫陽花ですか、これも見たことのない青紫色がすごく綺麗ですね!」

そう言ってにこっと笑いかけてくれたものだから、ユーリ様の顔を見ていたと気付かれるのが気まずくて慌てて目を逸らし、ガラス鉢に手をかけてそっちを見ながら説明する。

「こちらは水魔法の得意なジェン皇子がユーリ様のために特別に作ったものです。一、二ヶ月の間はこうして皇子殿下のかけた水魔法による雨が降り続き給水されて、その間は特段なんのお世話をしなくても綺麗な花を楽しめるようになっています。」

「そうなんですか?ただ飾っておくだけでいいんですか?」

「はい。あえて気を付けるならば、あまり日当たりの良過ぎるところには置かない方がいいくらいで。水魔法の効果が薄れますから。」

そう教えると、

「じゃあ寝室のテーブル・・・それとも鏡台の横に置こうかな?シェラさんに髪を整えてもらってる間もずっと見ていられそうだし。」

ううん、とユーリ様は悩んでいる。ちょっと難しい顔をしたその姿も微笑ましくてかわいいけど・・・今何て言った?

シェラザード様、騎士団で会った時はユーリ様の日々身に付ける衣装も選んでいるような口ぶりだったけど、まさかそれどころでなくユーリ様の朝のお化粧の支度の段階から関わってるのか?一体どんだけだ。

いくらユーリ様のことが好きだからってそこまでする?いや、普通の夫はそこまでしないよね・・・?

そういえばさっきユリウス様はシェラザード様のことを狂信者だとかなんとか言ってたなあ。

一応ここまでユーリ様の四人の伴侶全員と多少なりとも話をしてその人となりが何となく分かったような気になっていたけど、その中でシェラザード様のことだけが関わるほどよく分からなくなってきた。

そんな事を思いながら、ガラス鉢をまだ熱心に見つめているユーリ様を何となく見守っていた僕の耳にリオン王弟殿下とレジナス様のやりとりが聞こえてきた。

「・・・ねぇ、彼は工房の技術管理責任者なんだよね?ということは政務官や武官じゃなく、技師のような者だと思えばいいんだよね?」

「はい。俺も直接聞いて確かめましたが、本人は工房の責任者で職人のような者だと申しておりました。」

え、何それまずいぞ。やっぱりなんか疑われてる?

そういえば騎士団の訓練場で初めてレジナス様に会った時もこの人は僕に「工房の責任者なのか」「それは職人のようなものなのか」って何故かしつこく聞いてきていたっけ。

あの時は単純に、ユーリ様の夜着を含む諸々の衣装制作に関わる者としてくれぐれもよろしく頼むって意味合いかと思っていたんだけど・・・まさかあの時から疑われてた⁉︎

今更ながらそう気付いて背中を冷たい汗がつたう。

な、なんで?僕、何かしたっけ?服装も話し方も、一応職人とか商人らしく見えるように気を遣ってたつもりだけど。歩き方や所作も貴族らしさが出ないように、この国に来てからは気を付けてわざと変えていたし魔力も抑えていたし・・・。

ぐるぐると色んな記憶を総動員して不審な点がなかったか思い出すけど、どこもおかしくなかったはずだ。

なのに今、リオン王弟殿下にすら疑われているような・・・?

するとふいにその殿下本人から話しかけられた。

「ねえ」

「は、はィ⁉︎」

びっくりして思わず声がひっくり返って意図せず怪しさが増してしまった。

王弟殿下はソファに座って肘をついたままじいっと僕を見つめている。その深い青色の瞳を見ていると僕の正体を見透かされているような気分になる。

「君、ジェンファン殿下とは親しいの?」

「は・・・いえ、親しいというほどでは。皇宮に反物を納める関係上、特別な注文を直々に受ける時などは皇子殿下を始めとして皇后陛下とも何度か言葉を交わしたこともありますが。今回はそんな全く知らない仲ではない僕がたまたまこのルーシャ国へ出向くことになったので、ユーリ様への贈り物も殿下から直接頼まれたというか・・・」

あの青い瞳を見つめたまま話すとうっかりボロが出そうだったので殿下からの質問に頭を下げたまま答えれば、

「でもかなり親しいよね?」

次の質問が飛んできた。

「え?」

なぜそう思ったんだろう。不思議に思って思わず頭を上げれば、

「ジェン皇子って呼んでたじゃないか」

にっこりと微笑むその顔は、今までと変わりない穏やかな笑顔なのにその目が怖い。まるで僕の少しの変化も見逃さないとでも言うように、ひたと僕を見据えていた。

その殿下の言葉にヒュッと息を呑む。しまった、鉢に興味津々なユーリ様になごんでしまって気が緩んだんだ。ついいつものクセで、殿下を愛称呼びしてしまったか。

そんなの、一介の町工房の職人風情が呼べる呼称じゃない。しかも僕、たった今自分で「殿下とそんなに親しいわけじゃない」って言ったばっかりなのに。

「そうでしたか?申し訳ありません、皇子は優しく誰にでも気楽に接してくれ、皇宮に出入りする僕らのような者にも愛称で呼んで構わないと言ってくれているのでつい」

我ながら苦しい言い訳だ。リオン王弟殿下の後ろに立っているレジナス様の眼光が気のせいか鷹のように鋭くなったような気がする。

なぜか突然部屋の空気が尋問部屋の様相を呈してきたみたいになって、それに着いてこれてないユリウス様とユーリ様の二人はぽかんとしている。

そこで僕はなんとか話題を変えようと、失礼にもリオン王弟殿下との会話を途中にユーリ様へと向き直った。

「えっと、あの!ガラス鉢の説明が途中だったので続けてもいいですか?」

「あ、はい」

訳も分からないままユーリ様はこくこく頷いてくれた。ありがたい。

「これは水魔法が切れた後もしばらくそのまま放置していただければ、数週間後には綺麗に水気が抜けてドライフラワーになりますので。」

「そうなんですか?咲いている間だけでなくその後も楽しめるんですね?」

へぇ、と感心しているユーリ様。そしてそんなユーリ様に懸命に説明している僕にリオン王弟殿下は何も言って来ない。

その沈黙が怖いけど、とりあえずこのまま説明を続けてさっきの話題をうやむやにしてしまいたい。

そう願いながら僕は話を続けた。

「この鉢は中に魔法が満ちている関係上、それが外へ漏れ出さないように密閉されています。ですが花がすっかり乾燥してしまう頃にはその中に充満している魔力も全て消えているはずなので、そうしたら鉢のここを押すと継ぎ目のないように見えるガラス鉢が真ん中から開きますので・・・」

とガラス鉢の下の方にあるわずかな出っ張りを指し示した。

「魔法が鉢の中に充満している間はいくら押しても開きません。中に魔力がなくなったのを感知して、押すと開きますので」

そう教えれば、ユリウス様もへぇ!と声を上げた。

「その容器の中に魔力が残っていると開かないんすか!鉢そのものにもそれはまた随分と精巧な魔法がかけられているんすねぇ。この場に団長がいなくて良かったっすよ、あの人そんな事聞いたら絶対すぐにそれを分解しようとしますから!」

その言葉にはは、と愛想笑いをする。

そうなのだ。小さなガラス鉢の中に雨を降らせる水魔法を使うだけでなく、鉢全体にもまた別の魔法がかけてある。種類の違う魔法を重ね掛けする、緻密で繊細な魔力操作が必要なシロモノだ。

だからこそ今回ジェン皇子は随分と気合いを入れたプレゼントをユーリ様に贈ったなと感心した。

あの普段はポヤポヤしている呑気な皇子のことだから、これだけ気合いの入った贈り物を作り終えた時はきっと疲労困憊だっただろう。

やっぱり次に送る手紙ではうんと皇子を褒め称えてあげよう。

そう思いながらユリウス様に愛想笑いをしたまま

「ですから、中に魔力が残っている状態でここを押しても絶対に開くことはありませんので、間違えて魔法が外へ漏れることもありませんよ。ほら」

と、試しに鉢の下の方のその出っ張りを押してみせた。

それはカチッ、と軽い音を立てたけど当然ながらガラス鉢は開かない。

だけどその代わりに、ぱあっと明るい光が部屋の中に広まった。

「・・・え?」

これ、こんな仕様だっけ?少なくとも前に祖国でジェン皇子がこれと同じものを作りながら僕にその仕組みを説明してくれた時はそんな事言ってなかったぞ。

と、部屋に広がった光は徐々にその範囲を狭めていき、やがてガラス鉢の上に扇形になるときらきらと何かが光り始めた。

光の粒・・・?いや違う、まるで霧のように細かい水分の集まりだ。

水分、てことはまさか水魔法?と気付いて嫌な予感に全身が震えた。

その霧のようなものはやがて幻影のような人影のシルエットをぼんやりと形作り始める。

い、いやいやちょっと待ってまさか・・・!

どうやったらこれ消えるんだ⁉︎とカチカチとあの出っ張りを押すけどうんともすんとも言わない。

その間にも、僕以外の全員がそのシルエットに注目する中ついにそれは黒髪を一つに結ったとある人物像をはっきりと形作った。

『こんにちはお姫様、初めましてだね!ボクは東煌皇国の末皇子、ジェンファンだよ!親しみを込めてジェンって呼んでくれると嬉しいな!』

あの気の抜けた言い方と共に皇国民みんなに好かれている愛嬌のある美しい笑顔を浮かべたジェン皇子の画像が喋り出した。

・・・ああ、国に帰ったら不敬罪で処されてもいいから今すぐこの鉢を叩き割ってしまいたい!
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