上 下
640 / 709
番外編

西方見聞録 12

しおりを挟む
僕の目の前に立つ、すらりと均整のとれた体付きの男性はどう見ても全身包帯だらけのケガだらけだ。

だけどそんな風体だというのに黒い眼帯でふさがれた片目とは別の、長めの前髪の間から覗くもう片方の金色の瞳をすっと細めて

「先に中へ入っていただけますか?ここを片付けてすぐに向かいますから」

と微笑んだ。それだけでも何とも言えない人を惹きつけるような色気があるし、目の下の泣きぼくろもその色っぽさに拍車をかけていて、思わずぼうっと見とれてしまう。

男なのにただ立っていてちょっと笑うだけでもこんなに色っぽい人がいるんだぁ・・・しかも片目しか見えてない状態で。まるで人を惑わす妖しい魔物の類のようだ。

そんな事を思ってボヤッとしている僕の反応の鈍さに構わず・・・もしかするとそんな反応をされるのは日常茶飯事で慣れているのかもしれないー・・・シェラザード様は、傍らの騎士に何事かを指示していた。

そして僕と使用人はその騎士に案内されるまま、訓練場の近くの建物の中へと案内された。

「ここはキリウ小隊専用の宿舎になっているので、他の騎士達に用件の邪魔をされる事もありません。時間の許す限り隊長とじっくり打ち合わせが出来ますよ。」

そう説明されて通された部屋は、広々とした中にすでに色とりどりのいくつもの布見本があったり、宝石が無造作に並べてある。

そしてさっと目を走らせて盗み見た、大きなテーブルの上にある地図はなぜかルーシャ国ではなく小さな島々が転々としている海沿いの国のものだったりする。

なんていうか、およそ騎士らしくない部屋だ。まるでそう、強いて言うなら商人ぽい。

そんな僕の考えに気付いたのか、案内してくれた騎士さんは苦笑している。

「驚かれましたか?現在この部屋はユーリ様のために隊長があれこれ準備したり下調べしている物をまとめておく部屋になっておりまして。この通りユーリ様にふさわしい物を国内はおろか近隣国からも、ありとあらゆる物を取り寄せています。ですからまあ・・・うん、あなた方も頑張ってください。」

どういうこと?シェラザード様が納得できる物を見せられないと今日はここから帰れないとか?

気になることを言いっぱなしにしたまま、僕達を案内してくれた騎士はいなくなってしまった。

「ええ・・・大丈夫かなあ」

不安を漏らしながら持って来た見本を出していれば、それを手伝いながら使用人が

「それにしても、ほとんど顔は見えていませんでしたが噂通りの色男でしたねぇ」

と感心したようにため息をついた。

「ちょっと微笑まれただけなのに、男である私でもどきどきしてしまいました。」

と言っているから見惚れていたのはどうやら僕だけじゃなかったらしい。

「うーん、でもあんなにケガだらけで大丈夫なのかな?挙式は半年後なんですよね?」

疑問を口に出せば、使用人も首を傾げた。

「あ、そうなんですよ。さっきはあの雰囲気にのまれて気付きませんでしたが、そもそもシェラザード様がケガをしていること自体が不思議です。」

「そっか、国でも有名な小隊の隊長で強いはずなのにあんなにケガをしてるのは変ですよね?」

「いえ、それ以前にユーリ様のご加護があるはずなのでケガをするわけがないと思います。」

へぇ、それは知らなかった。ユーリ様の力はケガや病気を治すだけじゃなく、そもそもそんな事にならないようにも出来るんだ。だけどそれなら確かに変だ。

「じゃああのケガは一体・・・?」

布見本を並べる手を止め、使用人と二人で顔を見合わせた時だ。

「さあ、それではさっそく見せてもらいましょうか?」

さっき聞いたあの艶やかな声がして、振り向けばティーセットを持って立つシェラザード様がいた。

服装はさっきと同じ黒い騎士服だけど、優雅な仕草で片手にティーセットの乗ったお盆を持ち、もう片方の手でパタンと扉を閉めるその姿のどこにもさっきの包帯は見当たらない。

それどころか、両手を使ってるし大型の猫型の獣みたいな軽やかな足取りでこちらに歩いて来るし、その金色の瞳は両方ともしっかりこちらを見つめて微笑んでいるし。

「あ、あれ?ケガは・・・」

思わずそう言うとああ、と頷いたシェラザード様は僕らに座るように促すと自らもその正面に腰掛けた。

そのまま流れるように優雅な手付きでお茶を入れるシェラザード様はまた一つ色っぽい笑みをこぼす。

「あれですか。訓練の一環ですよ。ユーリ様をお守りするには、どんな状況であっても対応出来ませんとね。いくらユーリ様のご加護があろうとも、いつでも己が五体満足の万全な状態でお側にいるとも限りませんし」

「五体満足」

バカみたいなおうむ返しをすれば、艶然と微笑まれる。

「たとえ目を抉られようとも手足の一、二本を無くそうともユーリ様をお守り出来ませんと。そのための訓練ですよ。ただ、もう少し強度を上げても良さそうでしたので明日は両腕は後ろ手に拘束して、足も重り入りの捕虜用の拘束具を使ってもいいかもしれませんねぇ・・・」

ふむ、と長い指先を顎に当てて考えているその姿にも思わずうっとり見惚れてしまいそうになる。

だけど言ってることはちょっとおかしい。いくらユーリ様を守るためだからって、そこまでする?

僕らの国でも日常訓練では自分に不利な状況を考えた鍛錬はするけど、せいぜい目隠しするとか耳栓をするくらいだ。

普段からそんな自虐行為めいた訓練はしない。

そもそも自分の手足や視覚を犠牲にしてまで誰かを守る事を念頭においた訓練自体しないし。

シェラザード様という人はユーリ様に対して普段からそこまで考えるほど献身的なんだなあと感心した。

多分ウチの皇子には一生かかっても出て来ない発想だ。

と、そこで

「なるほど、これが作り直した布地ですか。」

シェラザード様の声にハッとする。気付けばシェラザード様は真剣な目で僕の持って来た布地をじっと見つめていた。

「ああ、やはり金毛大羊の糸が入ると面白いですね。見たことのない輝きです。手触りも軽さも素晴らしい。」

その言葉にホッとする。どうやらこれ以上の作り直しはなさそうだ。

「これはユーリ様のものではなくオレ達の礼装服用ですよね?」

「そ、そうです。同じ白の布地でも金糸の混入割合によって反射する光の色味が変わるので、その辺りも選んでいただこうと思いまして!」

僕の説明を聞きながらふむ、とシェラザード様はその隣に並べてあったパッと見は全く同じ白い布を手に取った。

「なるほど、こちらは淡い緑がかった輝きですね。緑はユーリ様もお好きな色ですが、ユーリ様の清廉さと白い肌の美しさを際立たせるならば隣に立つオレ達もやはり青みがかった白地の方が良いのか・・・」

呟きながら、数種類の布地を真剣な目で見比べているそれはまるで一流の商人に目利きをされているようで緊張する。あれ?この人って商人じゃなくて騎士だったよね?

「・・・ではオレ達の礼装と手袋はこちらの布で。それからユーリ様の衣装はこちらの金色の光を反射する布地を。そうそう、ユーリ様の手袋は同じ色味でドレスよりも薄手で柔らかな布地を使ってください。握力の弱い方ですからね、ブーケを持つ手や指先が動かしにくくてはかわいそうです。」

「あ、え、はい・・・!」

しばし考え込み、どの布地にするか迷っていたと思ったら顔を上げたシェラザード様は自分やユーリ様の衣装をてきぱきと選び出した。

なんていうかその判断の速さも商人ぽい。商人と違うのはまとっているその雰囲気がやたらと色っぽいってことだけど。

しかもユーリ様の手袋の話をしながらブーケを持つその姿を思い描いたのか、手にしている布地をまるで愛しい人を見るかのような目で見て見つめて微笑んだら、また更に周りに振りまく色気が増した。

おかげでシェラザード様の言葉をメモっていた使用人がそれに見惚れて手が止まっている。

なるほど、こんな色気をしょっちゅう振りまいて歩いていたらぶつかるだけで妊娠するなんて言われるわけだ。

ていうかこんな色気ダダ漏れな人といつも一緒にいるユーリ様ってどうしてるんだろう。僕ならぼーっとして会話にならなくなりそう。

そんな僕らにシェラザード様は

「きちんと書き留めていますか?間違いがあってはいけませんよ。ユーリ様の一番美しい姿を国民に見せる場なのです。その輝くばかりに美しい女神のようなお姿で、見る者全てを圧倒するようなドレスの元となる布地を作る重責は理解していますか?」

と布を織る重責をさらに重くするようなプレッシャーをかけてきた。

「わ、分かりました」

身を固くしてコクコク頷くと、シェラザード様はふと僕の横に視線を移した。

「その小箱はなんです?」

「あ!これは」

まだ並べていなかった。慌てて箱を開けて見せる。その中身は布じゃない。

「レースの見本ですか」

箱の中から小さなレース編みの見本を手に取ったシェラザード様へ慌てて説明する。

「はい。ユーリ様の手袋の裾やドレスに付けるレースです。お色はドレスに合わせますが、模様の種類やレース地の厚さも様々ですのでどれにするか選んでいただこうとお持ちしました。」

もちろん全て職人の手編みだ。シェラザード様もそれは理解しているらしく、

「東国の職人達の手仕事の見事さには感心するばかりですね。これほど細くこまやかで目の揃ったレースを編めるとは」

と感心している。やったね!早く帰って工房のみんなに褒められたって教えてあげたい。

浮かれた僕は、それまでシェラザード様の振りまく色気に圧倒されていたこともあって、その小箱の奥に見せるつもりのない物を隠し入れていたのをすっかり忘れていた。

思い出したのはシェラザード様が小箱の奥深くに突っ込んで隠していたはずのそれを目ざとく見つけて手に取ったからだ。

「おや、これは・・・。素晴らしいですね。」

そう感嘆の声をもらしたシェラザード様がその色気がただよう指先で掬い上げたのは僕が工房の職人達に無理やり持たされた、例の金糸で出来たネックレスだった。
しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

王太子妃、毒薬を飲まされ意識不明中です。

ゼライス黒糖
恋愛
王太子妃のヘレンは気がつくと幽体離脱して幽霊になっていた。そして自分が毒殺されかけたことがわかった。犯人探しを始めたヘレン。主犯はすぐにわかったが実行犯がわからない。メイドのマリーに憑依して犯人探しを続けて行く。 事件解決後も物語は続いて行きローズの息子セオドアの結婚、マリーの結婚、そしてヘレンの再婚へと物語は続いて行きます。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

処理中です...