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番外編
西方見聞録 6
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何理不尽なことを言ってるんすか団長!
そう声を上げて、歩こうとしないもう一人の男を引きずっているのは赤毛でくせっ毛の男だ。
そして団長、と呼ばれて引きずられている方は長身で顔の整っている見事な銀髪の男だった。
・・・どちらも魔導士団の団服を着ているから宮廷魔導士なんだろう。そしてその片方が銀髪で整っている容姿、団長とくれば。
思い当たるのは一人だ。間違いない、この銀髪の人が例のシグウェル様だ。
ハッとして馬車から降りようとした時、そのシグウェル様とおぼしき人がため息をついて
「よし、分かった。」
そう言って自分を引きずっていたもう一人の人の手を一瞬で振りほどいた。
「へ?何が分かったんすか?」
もう一人の男がぽかんとしている。するとおもむろに振りかぶったシグウェル様は、
「ー・・・こういう事だ」
いうが早いかその人に殴りかかった。
「ヒェッ⁉︎」
殴られそうになったその人は、間一髪それを避ける。と、避けられた勢いのままシグウェル様は殴りかかっていた手を地面に付くと、その片手を支点に低い位置から赤毛の人に回し蹴りをした。
「な、何するんすか!」
赤毛の人は慌てながらもさらにそれを避ける。
あ、二人とも凄いぞ。
シグウェル様の不意打ちの拳も、その後に続いた回し蹴りも、どっちも流れるような早さだ。
しかも早いだけじゃなくちゃんと重さも乗っていそうだし、相手の顔を狙ったすぐ後にぐんと低い足払いのような回し蹴りという高低差のある攻撃にもその体を支える片手や体幹はしっかりしている。
そしてそれを避けたもう片方の赤毛の人も、きちんと攻撃を見切っていて離れすぎないギリギリのところでシグウェル様の攻撃を躱していた。
きっとスキを見てシグウェル様を捕まえようとしてるんだな。
ていうか、どっちも魔導士なのになんでこんなに体術に優れてんの?
そう思っていたら身を起こしたシグウェル様は地面について汚れた手をぽんと叩いてほこりを落とした。
相手の赤毛の人は少しだけそこから距離を取って声を上げている。
「何なんすか急に!説明して欲しいっす‼︎」
「どうだ、いい訓練になっただろう」
「はい⁉︎」
「見ての通り俺の体捌きはたった数ヶ月体術訓練をしない程度では少しも鈍っていない。それを今、お前も身をもって確認できただろう?その確認ついでに、これが今回の俺の体術訓練だ。もう騎士団に行く必要はないな?さあ戻るぞ。」
「はぁぁ~?」
くるりと踵を返して魔導士院の方へとすたすた歩き出す、鮮やかな銀髪の後ろ姿に呆然としていた赤毛の人は、一瞬の間の後に我に返ると
「へ、へ理屈!とんでもないへ理屈っすよ団長‼︎」
と慌ててその後を追って行く。そんな二人に呆気に取られて思わず見送りかけていたら、僕の隣で使用人が思い切って声をかけた。
「あの!恐れながら魔導士団長のシグウェル様とお見受けいたします!」
その呼びかけに魔導士院の中へと消えようとしていた二人の足が止まる。
そのまま振り向いた二人のそれぞれの反応の違いに僕は戸惑った。
赤毛の人はそばかすの浮いた顔に人好きのする明るい笑顔を浮かべて
「あー、もしかして裁縫室の人っすか⁉︎金毛大羊の羊毛を取りに来るって話は聞いてるっす!」
とこちらに足を向けてくれた。対してシグウェル様はその赤毛の人が対応している僕達をジッと観察するように見ていた。
・・・ていうか無表情でこちらを見るその冷たい目つきは観察というよりかはこう、『なんかそこの木立が風に揺れてざわめいたみたいけど何だ?』的な、自然現象の一つとして見られているみたいな感じだ。
うまく説明できないけど、同じ人間として見られている気がしない。
そして近くでよくよく見てみれば、なるほどシグウェル様は氷の美貌と言われるだけあって、もの凄く整った顔をしている。
すっと通った鼻筋に白い肌、切れ長の涼やかな瞳の色は極上のアメジストみたいな紫色で、そこに見事な純銀の長髪が更にその美貌を人間離れしたものに押し上げていた。
そんな人に無表情でこちらを見つめられていると、まるで凍りついた氷の彫像か雪の精霊を目の前にしているみたいでちょっと近寄りがたい雰囲気だ。女性たちが遠巻きに見るのも分かる気がする。
・・・そしてそんなシグウェル様を見て確信した。これ、人見知りじゃないな?人見知りだと思っていたのは完全に僕の勘違いっぽい。
むしろ人を人とも見ていないその眼差しは人間嫌いの方に近いかも。
そう思っていたら、僕と使用人から視線を外したシグウェル様は再び魔導士院へと足を向けた。
「あ、ちょっと団長⁉︎」
赤毛の人が声を上げたら、ちらりとこちらを見て
「ユリウス、お前に任せた」
と言った。ユリウス、てことはこの人が副団長だ。
裁縫室長が間をとりなしてもらえって言っていたけどなるほど、さっきのやり取りを見ても僕らに対する塩対応とユリウス様に対してでは、態度が全然違うなあ。
「あの羊毛から作った糸は団長の魔法で鍵をかけてる保管庫にあるでしょうが!俺に任せたじゃないっすよ、自分の結婚式に使う物なんだから自分でちゃんと対応するっす!あとこれで体術訓練をうやむやにしようとしてるっすね⁉︎騙されないっすよ、また後で騎士団に行ってもらうっす!」
くわっ、とユリウス様が目を見開いて叫んだ。
うーんこのやり取りは何だか見覚えがある。まるでサボりたがるジェン皇子を叱り飛ばしている僕みたいだ。そう思ったら初対面のユリウス様に急に親近感が湧いてきた。
分かるよ・・・と人知れず同情するような目でユリウス様を見ていたら、
「・・・?とりあえず中に入るっす。糸はすぐ団長に保管庫から出してもらってくるんで!」
と不思議に思われながらも団長室へと通された。
「いやぁ、わざわざこんなとこまで来てもらってすまないっすね。モノがモノだけに迂闊にあちこち動かせなくって。」
団長室で僕らにお茶を勧めながらユリウス様は愛想良くそう笑う。その向こうの大きな執務机ではシグウェル様が無言でお茶を飲んでいる。
相変わらず無表情だし、さっき入り口でユリウス様に「任せた」と言って以来、僕らには一瞥もくれないし一言も口を聞いていない。まるで透明人間になった気分だ。
なるほどこれではユリウス様がいなければ話にならない。
『こんなに取りつく島もない人じゃ、さすがのジェン皇子でも仲良くなるのは難しいかも・・・。そもそも人見知りじゃないしなあ。』
むしろジェン皇子のあのふわふわした雰囲気と性格はこの人と相性が悪い気がする。誰だよ、仲良くなれるかもって言った奴。いや、僕だよ!
一人心の中で突っ込みを入れていたら、いつの間にかユリウス様が僕に顔を向けていた。
「で、そっちの人が例のユーリ様のための工房の責任者なんすよね?作業は順調っすか?」
「あ、ハイ。まあ何とか・・・」
シェラザード様にダメ出しをくらってこれから大変な仕事量になりそうだけど。
愚痴を言いたくなるのをぐっと堪えた。だってそんな事を言おうものならシェラザード様が飛んで来て酷い目に遭わされるって脅されたし。
あいまいな笑顔を浮かべればユリウス様には
「なんか大変そうっすね?ユーリ様の衣装だと、それにめちゃくちゃこだわるおっかない人が一人いるんで、なんか分かる気もするっすけど・・・」
と言われた。鋭いな。それはシェラザード様のことか?
まあそんなことは正直に言えないので、
「ご伴侶の皆様がたの布地もユーリ様のものも、上質の絹を使っています。そこに繊維質も太さも使う羊毛から作られた糸を一緒に織り込むのはなかなか大変な作業になりそうですが頑張ります!」
とそれらしい事を話す。するとユリウス様は
「頼んだっすよ。そうそう、金毛大羊の羊毛から作られる糸は見た目のわりにめちゃくちゃ軽いんで扱いに気を付けるっす。油断するとすぐあっちこっちに転がっていくんで。」
と言ってくれた。へえ、あの羊毛から作られる衣類はすごく暖かいわりに羽のような軽さだって聞いたことがある。やっぱり糸の段階でもそれはそんなに軽いんだなあ。
そう思いながら頷く。
「分かりました。大丈夫です、いざとなれば僕の魔法で飛んで歩かないように固定しておきます。」
僕の得意は風魔法だ。貴重な羊毛があっちこっちに行かないよう、工房の中の一か所に風魔法で集めてまとめてから鍵のある部屋にしまっておこう。
と、そこでふいに
「なんだ君、魔法が使えるのか?」
と声がかかった。見ればつい今まで全く僕らに無関心だったはずのシグウェル様が、あの冷たい眼差しで僕をじっと見つめていた。
そう声を上げて、歩こうとしないもう一人の男を引きずっているのは赤毛でくせっ毛の男だ。
そして団長、と呼ばれて引きずられている方は長身で顔の整っている見事な銀髪の男だった。
・・・どちらも魔導士団の団服を着ているから宮廷魔導士なんだろう。そしてその片方が銀髪で整っている容姿、団長とくれば。
思い当たるのは一人だ。間違いない、この銀髪の人が例のシグウェル様だ。
ハッとして馬車から降りようとした時、そのシグウェル様とおぼしき人がため息をついて
「よし、分かった。」
そう言って自分を引きずっていたもう一人の人の手を一瞬で振りほどいた。
「へ?何が分かったんすか?」
もう一人の男がぽかんとしている。するとおもむろに振りかぶったシグウェル様は、
「ー・・・こういう事だ」
いうが早いかその人に殴りかかった。
「ヒェッ⁉︎」
殴られそうになったその人は、間一髪それを避ける。と、避けられた勢いのままシグウェル様は殴りかかっていた手を地面に付くと、その片手を支点に低い位置から赤毛の人に回し蹴りをした。
「な、何するんすか!」
赤毛の人は慌てながらもさらにそれを避ける。
あ、二人とも凄いぞ。
シグウェル様の不意打ちの拳も、その後に続いた回し蹴りも、どっちも流れるような早さだ。
しかも早いだけじゃなくちゃんと重さも乗っていそうだし、相手の顔を狙ったすぐ後にぐんと低い足払いのような回し蹴りという高低差のある攻撃にもその体を支える片手や体幹はしっかりしている。
そしてそれを避けたもう片方の赤毛の人も、きちんと攻撃を見切っていて離れすぎないギリギリのところでシグウェル様の攻撃を躱していた。
きっとスキを見てシグウェル様を捕まえようとしてるんだな。
ていうか、どっちも魔導士なのになんでこんなに体術に優れてんの?
そう思っていたら身を起こしたシグウェル様は地面について汚れた手をぽんと叩いてほこりを落とした。
相手の赤毛の人は少しだけそこから距離を取って声を上げている。
「何なんすか急に!説明して欲しいっす‼︎」
「どうだ、いい訓練になっただろう」
「はい⁉︎」
「見ての通り俺の体捌きはたった数ヶ月体術訓練をしない程度では少しも鈍っていない。それを今、お前も身をもって確認できただろう?その確認ついでに、これが今回の俺の体術訓練だ。もう騎士団に行く必要はないな?さあ戻るぞ。」
「はぁぁ~?」
くるりと踵を返して魔導士院の方へとすたすた歩き出す、鮮やかな銀髪の後ろ姿に呆然としていた赤毛の人は、一瞬の間の後に我に返ると
「へ、へ理屈!とんでもないへ理屈っすよ団長‼︎」
と慌ててその後を追って行く。そんな二人に呆気に取られて思わず見送りかけていたら、僕の隣で使用人が思い切って声をかけた。
「あの!恐れながら魔導士団長のシグウェル様とお見受けいたします!」
その呼びかけに魔導士院の中へと消えようとしていた二人の足が止まる。
そのまま振り向いた二人のそれぞれの反応の違いに僕は戸惑った。
赤毛の人はそばかすの浮いた顔に人好きのする明るい笑顔を浮かべて
「あー、もしかして裁縫室の人っすか⁉︎金毛大羊の羊毛を取りに来るって話は聞いてるっす!」
とこちらに足を向けてくれた。対してシグウェル様はその赤毛の人が対応している僕達をジッと観察するように見ていた。
・・・ていうか無表情でこちらを見るその冷たい目つきは観察というよりかはこう、『なんかそこの木立が風に揺れてざわめいたみたいけど何だ?』的な、自然現象の一つとして見られているみたいな感じだ。
うまく説明できないけど、同じ人間として見られている気がしない。
そして近くでよくよく見てみれば、なるほどシグウェル様は氷の美貌と言われるだけあって、もの凄く整った顔をしている。
すっと通った鼻筋に白い肌、切れ長の涼やかな瞳の色は極上のアメジストみたいな紫色で、そこに見事な純銀の長髪が更にその美貌を人間離れしたものに押し上げていた。
そんな人に無表情でこちらを見つめられていると、まるで凍りついた氷の彫像か雪の精霊を目の前にしているみたいでちょっと近寄りがたい雰囲気だ。女性たちが遠巻きに見るのも分かる気がする。
・・・そしてそんなシグウェル様を見て確信した。これ、人見知りじゃないな?人見知りだと思っていたのは完全に僕の勘違いっぽい。
むしろ人を人とも見ていないその眼差しは人間嫌いの方に近いかも。
そう思っていたら、僕と使用人から視線を外したシグウェル様は再び魔導士院へと足を向けた。
「あ、ちょっと団長⁉︎」
赤毛の人が声を上げたら、ちらりとこちらを見て
「ユリウス、お前に任せた」
と言った。ユリウス、てことはこの人が副団長だ。
裁縫室長が間をとりなしてもらえって言っていたけどなるほど、さっきのやり取りを見ても僕らに対する塩対応とユリウス様に対してでは、態度が全然違うなあ。
「あの羊毛から作った糸は団長の魔法で鍵をかけてる保管庫にあるでしょうが!俺に任せたじゃないっすよ、自分の結婚式に使う物なんだから自分でちゃんと対応するっす!あとこれで体術訓練をうやむやにしようとしてるっすね⁉︎騙されないっすよ、また後で騎士団に行ってもらうっす!」
くわっ、とユリウス様が目を見開いて叫んだ。
うーんこのやり取りは何だか見覚えがある。まるでサボりたがるジェン皇子を叱り飛ばしている僕みたいだ。そう思ったら初対面のユリウス様に急に親近感が湧いてきた。
分かるよ・・・と人知れず同情するような目でユリウス様を見ていたら、
「・・・?とりあえず中に入るっす。糸はすぐ団長に保管庫から出してもらってくるんで!」
と不思議に思われながらも団長室へと通された。
「いやぁ、わざわざこんなとこまで来てもらってすまないっすね。モノがモノだけに迂闊にあちこち動かせなくって。」
団長室で僕らにお茶を勧めながらユリウス様は愛想良くそう笑う。その向こうの大きな執務机ではシグウェル様が無言でお茶を飲んでいる。
相変わらず無表情だし、さっき入り口でユリウス様に「任せた」と言って以来、僕らには一瞥もくれないし一言も口を聞いていない。まるで透明人間になった気分だ。
なるほどこれではユリウス様がいなければ話にならない。
『こんなに取りつく島もない人じゃ、さすがのジェン皇子でも仲良くなるのは難しいかも・・・。そもそも人見知りじゃないしなあ。』
むしろジェン皇子のあのふわふわした雰囲気と性格はこの人と相性が悪い気がする。誰だよ、仲良くなれるかもって言った奴。いや、僕だよ!
一人心の中で突っ込みを入れていたら、いつの間にかユリウス様が僕に顔を向けていた。
「で、そっちの人が例のユーリ様のための工房の責任者なんすよね?作業は順調っすか?」
「あ、ハイ。まあ何とか・・・」
シェラザード様にダメ出しをくらってこれから大変な仕事量になりそうだけど。
愚痴を言いたくなるのをぐっと堪えた。だってそんな事を言おうものならシェラザード様が飛んで来て酷い目に遭わされるって脅されたし。
あいまいな笑顔を浮かべればユリウス様には
「なんか大変そうっすね?ユーリ様の衣装だと、それにめちゃくちゃこだわるおっかない人が一人いるんで、なんか分かる気もするっすけど・・・」
と言われた。鋭いな。それはシェラザード様のことか?
まあそんなことは正直に言えないので、
「ご伴侶の皆様がたの布地もユーリ様のものも、上質の絹を使っています。そこに繊維質も太さも使う羊毛から作られた糸を一緒に織り込むのはなかなか大変な作業になりそうですが頑張ります!」
とそれらしい事を話す。するとユリウス様は
「頼んだっすよ。そうそう、金毛大羊の羊毛から作られる糸は見た目のわりにめちゃくちゃ軽いんで扱いに気を付けるっす。油断するとすぐあっちこっちに転がっていくんで。」
と言ってくれた。へえ、あの羊毛から作られる衣類はすごく暖かいわりに羽のような軽さだって聞いたことがある。やっぱり糸の段階でもそれはそんなに軽いんだなあ。
そう思いながら頷く。
「分かりました。大丈夫です、いざとなれば僕の魔法で飛んで歩かないように固定しておきます。」
僕の得意は風魔法だ。貴重な羊毛があっちこっちに行かないよう、工房の中の一か所に風魔法で集めてまとめてから鍵のある部屋にしまっておこう。
と、そこでふいに
「なんだ君、魔法が使えるのか?」
と声がかかった。見ればつい今まで全く僕らに無関心だったはずのシグウェル様が、あの冷たい眼差しで僕をじっと見つめていた。
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