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番外編

西方見聞録 4

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「ええっ、作り直し⁉︎」

耳を疑う言葉に僕は呆然とした。

例のレジナス様との初対面を果たし、選んでもらった布見本を元にさっそく布地を一つ工房で織ってみたところだった。

それを持って王宮に上がり、衣装室で出来映えを確かめてもらおうとしたらありえない事を言われてしまった。

「で・・・でもこれは間違いなく先日レジナス様に直接選んでいただいた色と織り地なんですけど⁉︎それにこの後もシェラザード・イル・ザハリ様にお会いして、同じように布地を選んでもらわないといけないのに・・・!」

それなのにせっかく作ったレジナス様の衣装用の布を織りなおせだなんて。

幸いにもリオン王弟殿下の衣装は王族への献上品として織ってある布地がすでにありそれを使うことになっていたし、もう一人の伴侶である魔導士団長からも衣装には特にこだわりはないので宮廷魔導士団の団長服の礼装と同じような感じでいいという伝言を受けている。

だから後は特殊部隊の隊長だかっていうシェラザード様に会ってレジナス様と同じように布地を選んでもらえれば余裕を持って王宮へ布を納められると思っていたのに。

「なぜですか?うちの工房の品に何か不手際でも?」

数日前に会った騎士団でのレジナス様の様子を思い出しても、あの実直そうな人が布地が気に入らないと文句を言ってわざわざ作り直させるようには思えない。

王宮専門の裁縫係や仕立て係の判断だろうか?それとも式典を仕切っている誰かが布を気に入らなかった?はたまた、ウチの皇子殿下みたいな気まぐれを起こして命令を下した誰かでもいたんだろうか。

いずれにせよ、今からまた布地の見本を作り直してそれを確認してもらい、それから本格的な生産に入るとか間に合うだろうか。

ご伴侶様方だけでなくユーリ様ご本人の衣装用にも数種類の布地を織らなければいけないのに。

頭の中で布地を納める締切日と作らなければいけない布地の種類を計算していたら、布地を手にしている裁縫室の室長と、僕にくっ付いてきていた使用人の両方に気の毒そうな顔をされた。

「いや、あなたには本当に申し訳ないと思います・・・。しかしそれが、他ならぬシェラザード様からのご指示ですので我々もそれを断ることは出来ず、従うしかないのです。」

「え?」

裁縫室長の言葉に首を傾げる。シェラザード様?まだ一度も面識はないし布見本も見せていないのに。それがなぜ?

不思議に思えば、

「シェラザード様はユーリ様に関する全てのことに対していたく情熱を傾けるお方です。また、たいそう美意識も高くそのセンスも人並外れて素晴らしい、そんなお方が今回のお式に関する衣装や装飾品全てをチェックして最終的な判断をくだしているということもありまして・・・」

なんかグダグダ言ってるけど、だから要は何が問題で作り直しなんだ?そのシェラザード様がウチの工房の作った品に不満があるってことか?

「こちらの納めた品に何か不満でもあったんでしょうか?レジナス様の選ばれた見本と寸分違わずまったく同じ品質と色合いで、より丁寧に仕上げたのですが。」

その手に持ってる僕が今日納めた布をよく見ておくれよ!そう思いながら言えば慌てて否定された。

「いえ!とても良い手触りと色合いで大変素晴らしい出来だと思います!そうではなく、シェラザード様が仰るにはユーリ様の花嫁衣装の色に合わせて伴侶も全員同じ色の服装にした方が統一感があって良いのでは、とのことで。」

ですので伴侶の皆様も全員白に統一した布地で・・・と言う。

本来この国の花嫁衣装は金色や赤など明るく華やかな色が多い。

だけどユーリ様は自分の生まれ育った場所での花嫁衣装の伝統的な色に合わせて白を希望したと聞いている。

それに合わせるなら確かに騎士服の黒や魔導士団の団服の紺色の布はそぐわないだろう。

「でもどうせならもっと早く言って欲しかった・・・!」

おかげで日程に余裕がなくなったじゃないか。くぅっ、と思わずグチを漏らしたら裁縫室長だけでなく使用人まで慌てて僕を諌めてきた。

「しっ!そんな事を口に出してはいけませんよ!シェラザード様のお耳に入ったらどうするんですか⁉︎」

「そうですよ、ユーリ様のお式に不満を漏らしたと聞けばシーリン様が外国の方だろうと何だろうとあの方がすぐにやって来て恐ろしい目に遭わせられますからね、滅多なことは言わないでください!」

何だよそれ、シェラザード様ってそんな怖い人なの?

おかしいな、小耳に挟んだ噂ではぶつかっただけでも女の人が妊娠しそうになるだとか、女だけじゃなくて男までその色気に惑わされて見惚れるくらいの色男だって話だったぞ?

怖いのはコワモテのレジナス様じゃないのか?それともしょせん噂は噂だから、情報がごっちゃになってるのかな?

やっぱり百聞は一見にしかずだな、一度ホンモノをちゃんと見てみないと。

そう思っていたら室長が雰囲気を変えるように明るい声を上げた。

「でも、考えようによっては良かったのでは?衣装は変更になりますが布地は白一種類だけを織れば良いわけですし。それに朗報もありますよ!」

「朗報?」

「伴侶の皆様が着る衣装が白でシンプルになる分、その礼装に織り込む糸やマントの裏地に入れる刺繍は華やかな金糸でということもシェラザード様は仰られて、それに使う金糸としてなんと金毛大羊の羊毛をご用意くださったのです!」

「金毛大羊⁉︎」

その言葉に耳を疑った。それはルーシャ国の東側の、ある特定の場所にしか生息していない希少な羊だ。

そしてその羊は生息している領地とルーシャ国がガッチリ管理していて、僕らのような外国人は滅多にお目にかかれないどころかその羊毛一束すら手にすることは困難だ。

今回僕らの国から織り機に関しての革新的な技術を輸出するに当たってルーシャ国が交渉の道具の一つに持ち出してきたくらいそれは貴重なものだった。

ちなみにウソかホントか、その羊が生息している領地では贅沢にも羊毛を取るどころかその羊肉まで食べているらしい。

まあとにかく、そんな貴重な羊の毛を使った糸を衣装や刺繍に使わせてくれるだって?しかも礼服だけでなくマントの裏地・・・そんな人目につきにくい部分にまで!

「・・・え?ホントですか?そうなると結構たくさんその貴重な羊毛を使うことになりますけど?」

信じられない、といった面持ちの僕に室長はニコニコする。

「使用量は気にせず、ふんだんに使ってよいとシェラザード様は仰っておりました。それを躊躇することによってユーリ様のお式の華やかさに水を差すことのないようにと。」

すごい。まるで王様みたいな大盤振る舞いと判断だけど、シェラザード様って王族じゃなくて騎士だよな?

なんでまた一介の騎士があの貴重な金毛大羊の羊毛をそんなに大量に手に入れられるんだ?と聞いてみれば思わぬことを言われた。

「ユーリ様のご伴侶の一人、魔導士団長シグウェル様のご実家が治めておられる領地にその金毛大羊は生息しているんですよ!ですのでシェラザード様からの依頼でシグウェル様がご実家のユールヴァルト家に直接掛け合って、ある程度の量の羊毛はすでに糸に加工した状態で王都へ送ってもらっているそうです。」

これはまた意外な話だ。ああ、でもだからこそユーリ様のための工房を建てたいからと技術とその技術者の派遣を交渉する時にルーシャ国は金毛大羊を交渉道具に出して来たのか。

なんか色々と納得がいったぞ。

一人ふむふむと頷いていたら室長の話はまだ続いていた。

「ですのでシーリン様、これからすぐに金毛大羊の糸を受け取りに魔導士院へ行ってもらえませんか?お式までの日にちを考えれば、少しでも早く受け取ってきた方が良いでしょう?」

「魔導士院?糸は衣装室に送られて来てるんじゃないんですか?」

魔導士院って同じ王宮の敷地内だけどここからちょっと離れてたような・・・。

なんでまた王宮から離れたそんな所に送ったんだ、と思っていれば

「ユールヴァルト領からここまで、少しでも早く糸を取り寄せるためにシグウェル様が魔導士院へ魔法で直接転送させたそうです。ですので今、その金糸は魔導士院にあります。それにその希少性からシグウェル様ご本人が直接管理されているはずですよ。」

そう言われた。てことは・・・。

「え、じゃあそのシグウェル様から直接糸を受け取ってくるってことですか?」

「そうですね。あ、向こうに行きましたらまずは副団長のユリウス様にご連絡を。あの方が同席しなければ、場合に寄ってはシグウェル様とお話することが難しいかも知れません。」

「へ?それは一体・・・」

「あの方と初対面の相手が二人で話が弾むことはそうないと言いますか、場合によっては一言も口を聞いてもらえないこともあり得るというか・・・」

これ以上のことを言うのは失礼ですので・・・まあ頑張ってください、となんか言葉を濁された。

なんだそれ、誰か同席してないと話が出来ないとか極度の人見知りか何かかな?

おかしいな、聞いたことのある話では国一番の魔導士で氷みたいな無表情で冷たく整った顔立ちの人だってことだったんだけど。

それって人見知りをなんかこう、イイ感じに誤魔化した噂だったのかな?

シェラザード様の事といい、相変わらず噂で聞いているだけではその人となりはよく分からない。

まあ人見知りなら、仮にウチの皇子殿下が伴侶に加わったとしてもその時には仲良くなれるかも。

あの人、中身のフワフワしてる感じとその人畜無害さが話し出すと途端に全身から溢れ出てきて人の警戒心を解くのだけはうまいから。

レジナス様とは相性が悪そうだけどシグウェル様はウチの皇子と仲良くなれるかも知れない。

そんな僕の考えが大いに間違っていたと気付くのは魔導士院を訪れてすぐのことだった。

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