上 下
627 / 709
番外編

なごり雪 23

しおりを挟む
失礼します、と言って部屋へ入って来たシェラさんはソファに押し倒されている私と押し倒しているリオン様、その両方を交互に見ると

「・・・今からでもオレも混ぜていただけませんか?」

と心底羨ましそうな顔をして言ってきた。いや、ないから!

リオン様も呆れて、私を抱き起こしながら

「何を言ってるんだ、ダメに決まってるだろう?そもそもこれはただふざけていただけで君が考えているような不埒な真似はさすがにしないよ。」

と言ったけど。ふ、ふざけてたってことはからかわれた?ていうかしないって言われるのもなんか後が怖いんですけど⁉︎

私を抱き起こした後もしっかりと肩を抱いてくっついているリオン様を赤くなって見つめれば、シェラさんが

「まだ挙式前ですので本番なしだとしても、殿下との合意の上でユーリ様をかわいがり夢見心地にしてさしあげられる良い機会かと思ったのですが違いましたか・・・。」

とさっきまでの羨ましそうな顔から一転して残念そうな顔になった。

「何言ってるんですかシェラさん⁉︎」

本番⁉︎本番って何?いやナニなんだろうけども‼︎

思わずリオン様からシェラさんへと視線を移して注意すればリオン様も、

「君ねぇ、捻挫したユーリにお風呂であれこれした挙句に湯当たりさせて僕に叱られたことをもう忘れたの⁉︎あれだけのことをしておいて本番がどうとかよく言えるね?まだ懲りてないの⁉︎」

と声を大きくした。お風呂であれこれって・・・思い出させないで欲しい。

「ちょ、ちょっとリオン様、声が大きいです!」

本番がどうのとか部屋の外にいる護衛の人達やエル君に聞こえたらどう思われることか。

慌ててあわあわとリオン様の服を引くとさすがにリオン様も我に返ってごめんと声のトーンを落としてくれた。

そして気持ちを切り替えるようにため息を一つつくと、

「・・・それで?夜分にわざわざ訪ねて来るだなんてよっぽどの用なんだろうね?その手に持っているものが理由?」

とじろりとシェラさんを見つめる。

「そうでした、あまりにもお二人の仲が良くて用件を忘れるところでした。」

リオン様の苦言と渋い顔を物ともせずにシェラさんはいそいそと、その手にしていた大きな包みを開けた。

中から出てきたのは銀色の大きな毛皮だ。あ、これは。

リオン様もシェラさんが広げて見せたそれにふむ、と頷いた。

「銀毛魔孤だね。もしかしてこれ、ダーヴィゼルドで君とレジナスが討伐した例のもの?」

「ええそうです。ダーヴィゼルド領を混乱させるためにセビーリャ族が無謀にも己の命を賭けて魔石に封じ込めて持ち込んだものです。」

まあ結局は命懸けで捕らえた魔孤はオレ達に倒されて当の本人も死んでしまった訳ですが、と肩をすくめながらシェラさんは魔孤の毛皮を大事そうに撫でて話を続けた。

「ようやく洗毛後のなめしと加工が終わりましたので少しでも早くお見せしたく持参しました。殿下もどうぞ、お手に取ってご覧ください。」

そう言われ手渡された毛皮を広げてまじまじと見たリオン様は感心したように声を上げる。

「へえ、確かに見事だね。部屋の灯りにすら光を弾くように輝いているし手触りもなめらかだ。それにかなり大きいけど、これはこの後ユーリの衣装にするの?」

リオン様が両手に持って広げた毛皮はシングルサイズより少し大きいくらいの毛布みたいな四角い形だった。

そんなリオン様にシェラさんは残念そうに首を振る。

「それでも毛皮の上等な部分を残すためにだいぶ端の方を裁断しましたし、状態の悪かった尾や手足の部分も切り落としました。それに頭を落として倒したために首の部分もありませんし。本当は一枚皮で頭から尻尾までまるごと全てユーリ様に捧げたかったのですが。」

「これでも充分じゃない?」

「やはり滅多にない銀毛魔孤との戦闘の経験不足は大きいですね。手間取ったため思っていたよりも毛皮の損傷が大きかったです。ユールヴァルト家には本家当主夫妻のまとう頭の部分がついた毛皮のコートや襟巻きもあると聞いておりますので、銀毛魔孤を倒すのはやはりあの一族が優れているのだと改めて思い知りました。」

「確かにね。魔法を弾く特殊な魔物なのに毛皮の状態が良いまま魔法で倒してしまうあたりがシグウェルの家の凄いところだし、それが主にユールヴァルト家がほぼ占有で誇らしげに銀毛魔孤の毛皮を身に付けている理由だけど・・・。でもこれは君達が狩った獲物だから別にユールヴァルト家に許可を取って使わなくてもいいんだよ?」

私もリオン様と一緒にツルツルツヤツヤの毛皮を撫でながら二人の会話を聞いていればそんな事を話している。

そう言えば私もシグウェルさんの家から贈られた銀毛魔孤の毛皮をコートにする時は一応シグウェルさんに確かめたっけ。迂闊に使うと怒られたりユールヴァルト家の本家の人だと思われたりする貴重な代物だ。

するとシェラさんは頷いて、

「一応念のためダーヴィゼルド滞在中にシグウェル殿にも魔孤の毛皮の使用については確認しました。所有権も使用権も討伐した者にあるということでしたのでこうしてお持ち出来たというわけです。」

そう言うと私に向き直りにこりと微笑んだ。

「裁断した尾と手足の部分も加工して、そちらはダーヴィゼルドのフレイヤ様の付け襟や小物、ジークムント様のおくるみにして献上して参りました。ユーリ様には事後確認になりますがよろしかったでしょうか?」

あ、そうなんだ。銀毛魔孤はダーヴィゼルドでも滅多に出ないらしいからきっとヒルダ様達に喜んでもらえただろうなあ。勿論異論はない。

「全然構わないですよ、むしろ気を利かせてもらってありがとうございます!それが少しでも滞在中お世話になったことのお礼になっていればいいんですけど。」

「喜んでいただけて何よりです。ちなみにこの毛皮はそれが完成品になりますので。」

微笑んでいるシェラさんの言葉にリオン様が不思議そうな顔をした。

「これで完成?ここからユーリのものを何か仕立てるんじゃなくて?」

「それも考えたのですが・・・ちょっと失礼、お二人とも立ち上がっていただいてもよろしいですか?」

私達に立つように促したシェラさんはリオン様から銀毛魔孤の毛皮を受け取り、今まで私達が座っていた大きなソファにそれをふわりと掛けた。

毛布サイズのそれはゆったりと大きなソファの背もたれから腰掛ける部分を余裕で覆って下の部分は床につきそうなほどだ。

「さすがのユールヴァルト家でも毛皮をまるごとソファの敷き物には使っていないでしょう?王族とユーリ様にふさわしい贅沢な使い方だと思いませんか?」

うーん確かに。シグウェルさんちの本家当主が正装の時に身に纏うような代物をお尻の下に敷くなんてとんでもなく贅沢な使い方な気がする。

「そんな使い方をしてるのをドラグウェル様やシグウェルさんに見られたら怒られませんかね・・・?」

「ドラグウェル殿の絶句する姿が目に浮かぶよ・・・。さすがのシグウェルも目を丸くしそうだし、もしユリウスがそこに同行してたら間違いなく騒いでシェラの正気を疑われるだろうね。」

戸惑って顔を見合わせた私達だったけど、シェラさんは相変わらず機嫌良さげにニコニコとそんな私達を見て微笑んでいた。
しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

王太子妃、毒薬を飲まされ意識不明中です。

ゼライス黒糖
恋愛
王太子妃のヘレンは気がつくと幽体離脱して幽霊になっていた。そして自分が毒殺されかけたことがわかった。犯人探しを始めたヘレン。主犯はすぐにわかったが実行犯がわからない。メイドのマリーに憑依して犯人探しを続けて行く。 事件解決後も物語は続いて行きローズの息子セオドアの結婚、マリーの結婚、そしてヘレンの再婚へと物語は続いて行きます。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。

処理中です...