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番外編

なごり雪 12

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セビーリャ族の侵入があった村への視察やその他のダーヴィゼルド領内のあちこちを訪問しながら私の短い休暇はいよいよ終わろうとしていた。

最後に残された視察先はグノーデルさんの加護がつき、いまや聖地扱いされるようになってエリス様もいるあの山だ。

私がグノーデルさんの雷で大穴を開けた後に湧き出させた泉とそこに建てた小さな神殿への供物を確認しながらシェラさんが気遣ってくれる。

「まずオレとレジナスが神殿へ入り、あの女がいないのを確かめてからユーリ様にお入りいただきましょうか?それともあの女を神殿の一室に閉じ込めてからユーリ様をお呼びしましょうか。」

・・・うん、気遣いの仕方がちょっと間違っている。

「閉じ込めるとかとんでもない!何言ってるんですかシェラさん、今のエリス様は魔力も全然ないから大丈夫って説明されてましたよね⁉︎」

話聞いてた?と声を上げたら、レジナスさんが落ち着けと私の肩を抱いてさすった。

「シェラの心配も分からないでもない。何しろ俺達はあのエリスという元聖女がユーリの力で倒れた後は一度もその姿を目にしていないんだ。俺達は意識を失ったユーリにかかりきりで、彼女のことは全てシグウェルに任せていたからな。だから実際にこの目で今の姿を確かめるまでは安心できない。」

そう説明された。そういえばエリス様がどういった状況でこのダーヴィゼルドに送られたのか全然知らない。

だから今さらながら改めてその辺りの話を二人に聞いた。

それによるとシグウェルさんは深く眠ってしまった私に魔力を補充した後、私には眠っている以外の異常がないことを確かめると同じように意識を失ったままのエリス様の所在と処断をどうするかリオン様と話し合ったらしい。

いつ目覚めるのか、また私に危害を加えようとするのではないのかと危惧したため、万が一に備えてルーシャ国では私の次に魔力のあるシグウェルさんがずっとエリス様を見張りその魔力がどうなっているかを調べていたという。

その後、目を覚ましたエリス様が以前とはまるで別人のようになってしまい記憶も無くし、魔力も全くといっていいほど失ってしまっているのを確認したので、更に念のためグノーデルさんの力の強いダーヴィゼルドのあの山へ預けることにしたらしい。

そんな話を改めて聞くと、全ての事情を分かった上でよくヒルダ様はエリス様を受け入れてくれたなと思う。

「もしエリス様の中に少しでもヨナスの力が残っていてそれが目覚めれば、ここに迷惑をかけることになったかも知らないのに・・・。ありがとうございます。」

山へと向かう私達を見送りに来ていたヒルダ様へそうお礼を言えばとんでもない、と笑われた。

「これしきのこと、カイを救っていただいたご恩に比べれば何ほどのものでもございません。それにもし万が一、彼女にヨナス神の力が残っていてそれが目覚めたところで、我らが信奉するイリューディア神様のご慈悲とユーリ様がこの地に降ろしてくださったグノーデル神様の御加護が必ず助けて下さると信じておりますから。」

ですから何も気にせず参拝なさってください、と送り出された。

そうして前回はシェラさんと二人、ヨナスに操られたカイゼル様の後を追って寒風吹き荒ぶ中を馬で駆けた山道を馬車に乗って進めばその道は以前と違って綺麗に整備されている。

「前はもっと山道、って感じで馬車が通るどころか馬同士がすれ違うのもやっとな細い道じゃなかったですか?」

コトコトと走る馬車の窓から見える道はなだらかでデコボコも少なく、馬車もそれほど揺れない。

向かいに座るシェラさんも

「あの時はヒルダ様が魔法で凍らせた魔物を踏み砕き乗り越えて行きましたねぇ」

と懐かしそうに目を細めている。

・・・シェラさんはなんかすごくいい思い出みたいな顔してるけど、肉食コウモリとか凍り狼とかトゲトカゲとか魔物がいっぱいいる中を必死でヒルダ様の後を追いかけて行った大変な記憶しか私にはないよ?

うろんげな目で見つめている私に気付いたのかシェラさんには

「ユーリ様とお二人で経験した出来事であれば、例えそれがどんなに大変なことであってもその全てがオレにとっては美しく大切な思い出ですので。」

とにっこり微笑まれた。

「そうそう、お酒を飲んで大きくなりグノーデル神様の加護の力を得たユーリ様のあの星の輝きのように美しい金色の瞳も、全てが終わりオレの背に自らおぶさりそのお体を預けてくださったことも、その時のあの柔らかで暖かだった半裸の豊かな肢体の感触まで、全てをまるで昨日の出来事のように思い出せますよ。」

うっとりした顔でそんな事まで言ったものだから、シェラさんの隣に座ってそれまで黙って話を聞いていたレジナスさんは手にしていた木彫りのコップをバキッと割った。

それは私に飲ませようとこれから果実水を注ごうとしていたもので、幸いにも中身はまだ空だった。

バスケットの中から取り出そうともう片方の手にしていた果実水の入ったビンをレジナスさんがドンと置いて怖い顔をする。

「お前・・・何を言ってるんだ?」

「おや失礼。あれはオレとユーリ様との二人だけの美しい思い出でしたが、あまりの懐かしさについ口が滑ってしまいました。いやあ、あなたにも見せてあげたかったですねぇ。あの時のユーリ様の美しくも畏怖せずにいられなかった神の雷を操るお姿を。」

「そこじゃない、なんだ半裸のユーリをおぶってどうこうというのは⁉︎」

「あ、あのレジナスさん?声が大きい・・・」

シェラさんをギロリと睨んだレジナスさんにあわわ、と声をかければ御者台に御者さんと一緒に座っているエル君が馬車の前方の小窓をパカッと開けた。

そしてそのままそこから顔を覗かせたエル君に

「何してるんですか、馬が驚くので痴話喧嘩をして騒ぐのはやめて下さい。」

と注意されてしまった。

「ごめんなさい!ほらあ、怒られたじゃないですか。シェラさんも、今さら酔った私がした事を蒸し返して話題にしないで!」

と言えばレジナスさんが

「そう言えば鏡の間で通信をした時に酔っぱらっていた大人のユーリがリオン様に絡んでいたが、あの時か・・・」

と頭痛をこらえるように額に手を当てた。

「酔ってた時のことはあんまり覚えてないので許してもらえると嬉しいです!」

ご機嫌になった陽気な酔っ払いのしたことだ、しかも過去の話だから許して欲しいとなだめるようにレジナスさんの手に自分の手を添える。

ここ最近、シェラさんを牽制してレジナスさんと手を繋いでばかりいたのでその程度のスキンシップにはすっかり慣れてしまった。

と、額に当てた手の隙間からチラリと私を見たレジナスさんが

「もうそんな事はしないな?」

と確かめるように聞いて来た。

しないしない、ヨナスの呪いから解放されて元の姿に戻ったらお酒を飲んでグノーデルさんの力を制御出来なくなることはなくなったし、酔って暑いからと服を脱ぐような真似もしなくなった。酒量もわきまえるようになったし。

「もしそんな事をしたら一週間おやつ抜きでいいです!」

こくこく頷けば、私が添えた手をぎゅっと握り返したレジナスさんに

「そんな可愛げのある罰は全然罰になっていない気がするんだが・・・まあいいか」

と呟かれた。そんな私達にシェラさんは、

「ユーリ様との美しい思い出を語っていただけなのに、なぜレジナスの手を取り二人が見つめ合うことになるのか全く理解できませんね。ユーリ様、オレの手も取ってオレにも何か約束してください。」

と訳の分からないおねだりをされた。いや、話の流れ分かってる?

「そもそもシェラさんが半裸の私がどうとかおかしな事を言い出さなきゃ良かったんですよ・・・⁉︎」

「おかしな事などと・・・。あの時の半裸のユーリ様の魅力的な美しさは、あの場の騎士達が気絶していたからいいものの、そうでなければそのお姿を目にした者どもを一人残らずその目を抉り出さねばと思ったほどで全くおかしなことではありません。」

「ま、また言った・・・!」

「おいシェラ、いい加減その口を閉じて黙れ」

ウワァ!と恥ずかしさに赤くなりかけたその時、ゴトンと馬車が大きく一度揺れて止まるとまた御者台の小窓からエル君が顔を覗かせた。

「着きましたよ。結局ずっと痴話喧嘩をしてたなんて、三人とも全くおとなげない・・・」

そう言うエル君はかぶりこそ振っていないものの、その目はいつもの無表情じゃなくて気のせいか少し呆れているようだった。



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