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番外編

なごり雪 2

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「・・・ええ、そうです。ですから前回通った道よりは格段に時間がかかるんです。オレ達の後から来たシンシアは到着まで三日ほどかかっていたでしょう?」

ほら、と言ってシェラさんが指し示した地図を見る。

現在、ダーヴィゼルドへと向かう馬車の中で私はシェラさんに今回の行程を教えてもらっていた。

ちなみにこの馬車には私とシェラさんの他にレジナスさんも乗っている。

マリーさんとシンシアさんは私達の後方の馬車に乗り、エル君はリオン様が付けてくれた数名の護衛騎士さん達と一緒に馬で並走していた。

「本当だ、こうして見ると前回の道ってほぼまっすぐ北へ直進してたんですね。それは早かったはずですよね。」

ルーシャ国の地理の勉強よろしく、旅の道すがら地図を広げて指で辿れば今回の私達の馬車は前回の急峻な崖下りや川の飛び越えをした山々を避けるようにやや東回りに進んでいた。

「あれは旧街道といいますか、本当に初期の頃に北方を開拓する際まず最初に切り開かれた道ですので。今はもっと平坦で大きな道が出来たので緊急時でもなければなかなか使われていないんですよ。ですから初期の頃には架かっていた吊り橋も壊れればそのままで補修もされず、あのような崖下りになったわけです。」

ユーリ様と初めての遠出が乗馬での二人乗りだったのは良い思い出です、と私の隣に座っているシェラさんはあの時を思い出したかのように目を細めて微笑んだ。

と、腕組みをしたまま向かい合わせに座りそれまで私達の話を目を閉じて黙って聞いていたレジナスさんがスッと目を開けた。

「・・・あんな道を日常的に使っているのはダーヴィゼルドへの道中、山越えの訓練も兼ねてわざとそこを通るキリウ小隊くらいのものだ。それをいくら本人が望んだからと言ってユーリを連れて行くお前の気が知れない。万が一ユーリに何かあったらどうするつもりだったんだ。」

「おや、オレがユーリ様に怪我を負わせるような男に見えますか?それにユーリ様が道中を楽しんでくださったのはあなたもご存知でしょう?」

その言葉にレジナスさんは苦虫を噛み潰したような渋い顔をした。

そうだよね。ダーヴィゼルドに着いて初めて王都に鏡の間で連絡を取った時、心配していたリオン様とレジナスさんに道中のご飯が野営みたいで美味しかったって話したら目を丸くされたなあ。

崖下りや川を飛び越えたのも面白かったって言ったらリオン様には『ユーリって小さいのに肝が座ってるよね』と呆れたように言われたし。

そしてレジナスさんもその後ろから『本当に怪我はないのか?自分で気付かないうちに痛みや疲労が出るかも知れないから今日はもう休め』なんて顔色を変えて心配していたっけ。

2年近く前のことなのに、つい昨日のことのように懐かしく思う。

「今回、野営はなしなんですよね?」

私の問いかけにレジナスさんが頷く。

「途中、きちんと宿を取っている。一応休暇だからな、立ち寄り先の町で大っぴらに癒しの力を使う公的な任務は組んでいない。」

「そうなんですか・・・」

完全に魔力が回復していないとはいえ、重病人や重傷者の数人は回復させられるんだけどなあ。

一応使える力があるのにただ黙って泊まるだけなのは申し訳ないと思っていたのが声色に現れていたのか、そんな私にレジナスさんはフッと笑った。

「とはいえ、どうしても治して欲しい者がいる場合は上限を設けて申し出るようにと通達は出してある。・・・何人くらいならいけそうだ?一応こちらからは十名までと言っておいたが。」

さすがレジナスさん、私のことを良く分かっている。

「十人と言わずに、疲れて眠くなるまで頑張りますよ!さすがにお世話になる町の人達全員とか、広場に集まってくれた人達みんなに広く加護を付けるのは難しそうですけど。」

こぶしを握り、勢い込んでそう力説すればシェラさんに

「あまり頑張り過ぎてまた魔力を限界まで使い倒れるようなことはなさらないで下さいね。とりあえず町に着く前に腹ごしらえをどうぞ。」

クッキーと、器用にも揺れる馬車の中でこぼさないように水筒から温かなお茶を出された。

窓の外には初夏の新緑が広がっていて、空も青く澄んでいる。そして遠くに見える大きく連なった山脈にはまだうっすらと白い残雪ものぞいていた。

この辺りはもうダーヴィゼルド領らしいけど、今はまだ遠くに見えるあの山脈のすぐ近くまで行かないとヒルダ様のお城には着かない。そこでふと思い出す。

「そういえば、山にはまだ雪が残っているみたいですけど氷瀑竜とか氷雪系の魔物って冬以外にも出るんですか?」

日本でいえば妖怪だけど雪女が夏に出るとは聞かないし、氷瀑竜もそうなのかな?それなら安心してあちこち出かけられるんだけど。

そんな私の疑問にレジナスさんが頷いて教えてくれた。

「隣国との境界線を兼ねている北方の大山脈の中腹以上は万年雪に覆われていて、そのどこかに氷瀑竜の巣があるとは言われている。だが中腹以下に雪がなくなる夏場は竜がそこから下に降りて来たという話は聞かない。勿論、凍り狼も同じだ。雪国の夏は氷雪系の魔物の脅威から解放される貴重な季節と言っていいだろう。」

シェラさんもそんなレジナスさんの言葉を引き継いで

「そうですね。ですから越冬訓練と氷雪系魔物への対応訓練も兼ねてキリウ小隊がダーヴィゼルドを訪れるのは決まって冬場ですし、オレも夏のダーヴィゼルドを訪れるのは久しぶりです。」

ふむ、と思案顔でそう言い

「あ、ですがいくら氷雪系の魔物が出ないと言っても前回の騒動の際に手こずったトゲトカゲや肉食コウモリは変わらずおりますので。洞窟や洞穴のような所や陰気な水辺などには近付かないようお気を付け下さい。」

と付け足された。

「何も好んでわざわざ洞穴やら陰気な水辺になんか行きませんよ?」

「小休憩で森林などで馬車を降りた時にキノコに誘われてうっかりそういう場に遭遇しないとも限りませんので」

「な、なんで私がキノコを見付けるのが得意って知ってるんです⁉︎」

「レジナスや殿下とピクニックに出かけた際、見付けた毒キノコでうっかり殿下を毒殺しそうになったと聞いております。ユーリ様にキノコ狩りを教えたのはお前だろうとレジナスにいたく怒られまして・・・」

シェラさんにちらりと流し目で見られたレジナスさんが慌てて声を上げた。

「おっ、お前!何もそれを今、ユーリの前で言うことはないだろう⁉︎違うんだユーリ、別にお前がキノコを見付けるのが悪いと言っているんではなくて・・・!」

ふーん。エル君だけでなくてレジナスさんまで私は毒キノコしか見付けられないと思ってるんだ?随分と信用がないなあ。

半目でちらりとレジナスさんを見れば、またレジナスさんが違う!と声を上げシェラさんはそれに嬉しそうに微笑んでいる。

「ユーリ様にキノコの見分けはまだ難しいだけですからね、森の中で行動される際はキノコ狩りを禁止しようとするレジナスではなくオレを必ず側に置いて下さい。いくらでもユーリ様のお好きなキノコ狩りに付き合いますし、お止めしませんよ。」

「お前・・・‼︎」

それが目的か、とレジナスさんがギリギリと歯軋りしそうに悔しそうな顔をした。

どうやらこの狭い馬車の中、シェラさんはわざとまたレジナスさんの足でも蹴るかと思っていたけど、今回はレジナスさんの悪口を言って印象を落とそうとしたようだ。

まあ陰でなくレジナスさん本人がいる前でそんな事をする辺り悪ふざけの延長みたいなものなんだろうけど子どもか。

「今はいいですけど、二人ともヒルダ様の前でそんな事するのだけはやめて下さいね・・・?」

こんな二人の間に挟まれている私を見てヒルダ様がどう思うか。絶対面白そうな顔をしてからかわれる。それだけは避けたい、と心の中でこっそりため息をついた。


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