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番外編
なごり雪 1
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私にその招待状が届いたのは、エリス様の件から目覚めた数ヶ月後のことだった。
魔力こそ完全に戻っていないものの体調自体はほぼ回復して、いよいよ本格的にリオン様達との結婚式の準備に入ろうかという頃のことだ。
薄水色の封筒に銀色の豪華な飾りが入っていて、露草みたいな小さくて可愛い青い花が添えられている一枚の封筒。
「ダーヴィゼルドのヒルダ殿からだよ」
私にそれを手渡しながらリオン様がそう言った。
「ユーリが回復途上なのを知って、式の準備で忙しくなる前に涼しい北国で避暑をしながらゆっくり過ごすのはどうだろうかという誘いみたいだ。」
「わ、いいですねそれ!」
折しも季節は春を過ぎて夏へ向かう頃だ。真夏の日本のあの蒸し暑さに比べれば、湿度も低いルーシャ国の王都の夏にそれほど不快感はない。
だけど暑くなり始めるこの時期を涼しいところで数日でも過ごせるならそれに越したことはないだろう。
前回ダーヴィゼルドを訪れた時は真冬だったけど、今回は緑が輝く初夏の北海道・・・じゃなくてダーヴィゼルドに行けるんだ。
招待状の封を切り、ウキウキして中身を確かめる。するとリオン様がそんな私を見ながら
「ただね、」
と少しためらった。
「・・・?何か問題でもありますか?」
「ダーヴィゼルドに行くとなると、きっとあのグノーデル神様の加護がついた山を訪れることにもなるでしょ?あそこにはエリス様がいる。」
「ああ・・・」
確かにダーヴィゼルドに行くなら私が雷を落としたあの山もきちんと見ておきたい。あれ以来一度も行ってないし。
だけどあそこではエリス様を預かってもらっている。
エリス様はもうすっかり無垢な子供のようになってしまって、ただニコニコと人に頼まれた仕事をするだけの状態らしいけど・・・。
「もしユーリに会って、それが何らかの影響を及ぼしたらまた元の記憶を取り戻して以前の彼女に戻らないかが心配でね・・・」
リオン様の心配はもっともだ。ずっと寝込んでいた私はその状態のエリス様に会ったことがないので、再び顔を合わせた時になんの影響もないとは言い切れないのだから。
でも大丈夫な気がする。ヨナスの力に乗っ取られて暴走したエリス様を止める時にイリューディアさんに願った、『ヨナスの力を全部壊して』という祈りは強力で、ルーシャ国内のヨナスの影響を受けたものをほぼ一掃してしまったのだから。
・・・まあそのせいでヨナスに完全に乗っ取られていたエリス様の精神まで壊してしまって今のあの子供のような状態なんだけどね。それを思うとちょっと胸が痛い。
そんな風なことをリオン様に説明すれば、
「確かにそうかも知れないね・・・。まあ万が一、彼女に何らかの変化があればグノーデル神様のご加護の力も黙ってないか。」
と納得したように頷いてくれた。
そう。あの山にはヨナス絶対殺すマンなグノーデルさんの加護がばっちりついているので、もし何かあればセコムよろしく何らかの加護の力が働くはずだ。
「じゃあリオン様も一緒に行きますか?ダーヴィゼルド‼︎」
前回は緊急事態でシェラさんと一緒に早駆けの馬に二人乗りで山越えをしたけど今回はのんびり馬車移動で行くことになるだろう。
リオン様とダーヴィゼルドに行ったことはないので何気なくそう誘ったら、そのリオン様は悲しげな笑顔を浮かべて首を振った。
「残念ながら政務の都合と結婚式の準備で何日も王都を空けることは出来ないんだ。ユーリと出かけるのは新婚休暇の楽しみに取っておくよ。」
あ・・・。なんかすいません、自分の結婚式なのに私だけ遊びに遠出するとか。
ちょっと申し訳なく思ったらリオン様は慌てて言葉を重ねた。
「いいんだよ、せっかく招待されたんだからユーリはダーヴィゼルドへの訪問を楽しんで来て。ついでにほら、カイゼル殿とヒルダ殿の間に生まれた子どもにも祝福を与えてくるといいよ!」
そうだ、そういえば私が眠っている間にヒルダ様は二人目の子を産んだんだった。あの舌ったらずでかわいいフレイヤちゃんもお姉ちゃんになったのだ。
「じゃあお言葉に甘えて・・・。てことは私の同行者は護衛のエル君にシンシアさんとマリーさんですか?」
そう尋ねた私にリオン様は今度は苦笑をその顔に浮かべた。
「僕にその招待状を手渡したのは誰だと思う?いつの間にか侍従からそれを抜き取っていたシェラだよ。僕にそれを渡しながら、当然のように自分も行くと言ってきたからね。」
「な、なるほど。」
うん、シェラさんなら私が出掛けると知れば当然そう言うだろうなあ。
「まあユーリはまだ病み上がりみたいなもので魔力も完全に回復していないからね。手練れの騎士が同行するに越したことはないけど、シェラだけだと素行の面でどうにも不安だからレジナスにも同行を頼んだよ。」
「えっ?レジナスさんもですか⁉︎」
それは大丈夫なんだろうか。王都の街を二人と歩いた時には犬猿の仲というほどではないけどそれなりに大変だった。
混ぜるな危険という言葉が思わず頭に浮かぶ。
「ケンカしないでうまくやってくれますかね・・・?」
「ユーリに対するシェラの過剰なちょっかいを防ぐには多少いがみあっていてもいいさ。それにあの二人だって正式に式を挙げれば、この先ユーリの伴侶として様々な場に一緒に同席することも増えるんだし今回はそのいい練習になるんじゃない?」
「はあ・・・」
リオン様の話を聞きながら、私の脳裏には王都のケーキ屋さんでわざとレジナスさんの足を蹴ってしれっとしていたシェラさんが思い浮かんだ。ああいうこと、またしなきゃいいけど・・・。
多少不安になりながらもダーヴィゼルド行きを決めた私はヒルダ様に返事を出して、数日後に控えた出発のためにさっそく旅の準備に入り始めたのだった。
魔力こそ完全に戻っていないものの体調自体はほぼ回復して、いよいよ本格的にリオン様達との結婚式の準備に入ろうかという頃のことだ。
薄水色の封筒に銀色の豪華な飾りが入っていて、露草みたいな小さくて可愛い青い花が添えられている一枚の封筒。
「ダーヴィゼルドのヒルダ殿からだよ」
私にそれを手渡しながらリオン様がそう言った。
「ユーリが回復途上なのを知って、式の準備で忙しくなる前に涼しい北国で避暑をしながらゆっくり過ごすのはどうだろうかという誘いみたいだ。」
「わ、いいですねそれ!」
折しも季節は春を過ぎて夏へ向かう頃だ。真夏の日本のあの蒸し暑さに比べれば、湿度も低いルーシャ国の王都の夏にそれほど不快感はない。
だけど暑くなり始めるこの時期を涼しいところで数日でも過ごせるならそれに越したことはないだろう。
前回ダーヴィゼルドを訪れた時は真冬だったけど、今回は緑が輝く初夏の北海道・・・じゃなくてダーヴィゼルドに行けるんだ。
招待状の封を切り、ウキウキして中身を確かめる。するとリオン様がそんな私を見ながら
「ただね、」
と少しためらった。
「・・・?何か問題でもありますか?」
「ダーヴィゼルドに行くとなると、きっとあのグノーデル神様の加護がついた山を訪れることにもなるでしょ?あそこにはエリス様がいる。」
「ああ・・・」
確かにダーヴィゼルドに行くなら私が雷を落としたあの山もきちんと見ておきたい。あれ以来一度も行ってないし。
だけどあそこではエリス様を預かってもらっている。
エリス様はもうすっかり無垢な子供のようになってしまって、ただニコニコと人に頼まれた仕事をするだけの状態らしいけど・・・。
「もしユーリに会って、それが何らかの影響を及ぼしたらまた元の記憶を取り戻して以前の彼女に戻らないかが心配でね・・・」
リオン様の心配はもっともだ。ずっと寝込んでいた私はその状態のエリス様に会ったことがないので、再び顔を合わせた時になんの影響もないとは言い切れないのだから。
でも大丈夫な気がする。ヨナスの力に乗っ取られて暴走したエリス様を止める時にイリューディアさんに願った、『ヨナスの力を全部壊して』という祈りは強力で、ルーシャ国内のヨナスの影響を受けたものをほぼ一掃してしまったのだから。
・・・まあそのせいでヨナスに完全に乗っ取られていたエリス様の精神まで壊してしまって今のあの子供のような状態なんだけどね。それを思うとちょっと胸が痛い。
そんな風なことをリオン様に説明すれば、
「確かにそうかも知れないね・・・。まあ万が一、彼女に何らかの変化があればグノーデル神様のご加護の力も黙ってないか。」
と納得したように頷いてくれた。
そう。あの山にはヨナス絶対殺すマンなグノーデルさんの加護がばっちりついているので、もし何かあればセコムよろしく何らかの加護の力が働くはずだ。
「じゃあリオン様も一緒に行きますか?ダーヴィゼルド‼︎」
前回は緊急事態でシェラさんと一緒に早駆けの馬に二人乗りで山越えをしたけど今回はのんびり馬車移動で行くことになるだろう。
リオン様とダーヴィゼルドに行ったことはないので何気なくそう誘ったら、そのリオン様は悲しげな笑顔を浮かべて首を振った。
「残念ながら政務の都合と結婚式の準備で何日も王都を空けることは出来ないんだ。ユーリと出かけるのは新婚休暇の楽しみに取っておくよ。」
あ・・・。なんかすいません、自分の結婚式なのに私だけ遊びに遠出するとか。
ちょっと申し訳なく思ったらリオン様は慌てて言葉を重ねた。
「いいんだよ、せっかく招待されたんだからユーリはダーヴィゼルドへの訪問を楽しんで来て。ついでにほら、カイゼル殿とヒルダ殿の間に生まれた子どもにも祝福を与えてくるといいよ!」
そうだ、そういえば私が眠っている間にヒルダ様は二人目の子を産んだんだった。あの舌ったらずでかわいいフレイヤちゃんもお姉ちゃんになったのだ。
「じゃあお言葉に甘えて・・・。てことは私の同行者は護衛のエル君にシンシアさんとマリーさんですか?」
そう尋ねた私にリオン様は今度は苦笑をその顔に浮かべた。
「僕にその招待状を手渡したのは誰だと思う?いつの間にか侍従からそれを抜き取っていたシェラだよ。僕にそれを渡しながら、当然のように自分も行くと言ってきたからね。」
「な、なるほど。」
うん、シェラさんなら私が出掛けると知れば当然そう言うだろうなあ。
「まあユーリはまだ病み上がりみたいなもので魔力も完全に回復していないからね。手練れの騎士が同行するに越したことはないけど、シェラだけだと素行の面でどうにも不安だからレジナスにも同行を頼んだよ。」
「えっ?レジナスさんもですか⁉︎」
それは大丈夫なんだろうか。王都の街を二人と歩いた時には犬猿の仲というほどではないけどそれなりに大変だった。
混ぜるな危険という言葉が思わず頭に浮かぶ。
「ケンカしないでうまくやってくれますかね・・・?」
「ユーリに対するシェラの過剰なちょっかいを防ぐには多少いがみあっていてもいいさ。それにあの二人だって正式に式を挙げれば、この先ユーリの伴侶として様々な場に一緒に同席することも増えるんだし今回はそのいい練習になるんじゃない?」
「はあ・・・」
リオン様の話を聞きながら、私の脳裏には王都のケーキ屋さんでわざとレジナスさんの足を蹴ってしれっとしていたシェラさんが思い浮かんだ。ああいうこと、またしなきゃいいけど・・・。
多少不安になりながらもダーヴィゼルド行きを決めた私はヒルダ様に返事を出して、数日後に控えた出発のためにさっそく旅の準備に入り始めたのだった。
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