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番外編

夢で会えたら 5

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リオン様の用意したおやつをおいしいと言って喜んで食べたシャル君は、その後レジナスさんに連れられて湖まで食後の腹ごなしを兼ねた散歩をしに行った。

「かあさまは来ないんですか?」

とあの青い瞳でじっと見つめられて、ちょっと心が揺らいだけど

「お仕事があるんです、夕食の時間までレジナスさんと一緒にいてくださいね。」

とお願いすればシャル君は残念そうにしながらも聞き分けよくこくりと頷いて、レジナスさんと手を繋いで散歩へと向かった。

リオン様と二人で見送ったけど、何度も振り返りながらばいばい。と手を振る姿も可愛い。

「はぁ・・・かわいいですねぇ。しかもすごくいい子です!」

「笑顔もユーリに似ているよね。ずっと手元に置いておきたいけど、そうもいかないしなあ・・・」

シャル君を見送る間、あの子の記憶している夫婦仲の良さに違和感を抱かせないためにずっとリオン様に肩を抱かれて更には手も繋いでいた私はもういいですよ、とリオン様に伝えたけどなぜか離してもらえない。

「あの、もうシャル君の姿は見えなくなったのでこんなにくっついている必要はないと思うんですけど?」

「え?どうして?この先の未来での僕らは今よりももっと仲睦まじいみたいだし、今から慣れておいた方がいいんじゃない?」

にっこり微笑んだリオン様は肩を抱く私をぐっと引き寄せて額に口付けてきた。

「こういう日常的な触れ合いは、『あなたを大切に思っています』っていう明確な意思表示と愛情表現の方法でとても素敵だと思うけどなあ。それともユーリは恥ずかしさの方が愛情表現を上回るほど、僕のことはそれほど大切には思っていない?」

「そ、そんなことはないですよ⁉︎」

ただ純日本人としては日常的に愛してるって言ったり外国の人みたいにどこでもしょっちゅうチュッチュしたりするのに慣れていないっていうだけで。

「じゃあ証明して?」

リオン様がシャル君のように青い瞳を煌めかせる。

「え?」

「僕にもお返しのキスをしてくれる?」

そう言ったリオン様はとん、と自分の頬を指で突くと少し身をかがめた。

私の額に口付けたお返しをそこにしてくれということらしい。

「こうして今から慣れておけば、やがてシャルの言っていたような仲良しな姿の未来の僕らに近付くんじゃないかな?それは今ここにいるシャルにとっても安心する姿だと思うよ?」

それ、単純に私からキスをしてもらうための口実とか言い訳じゃないの?

そう思ったけど仮にも夫婦なんだから頬への口付けくらい騒ぐほどでもないか、そもそも私が口付けるまで離さないつもりだろうし・・・と諦めてリオン様の頬へ唇を寄せる。

と、それまで片方の頬を差し出していたリオン様が突然こちらを向いてしっかりと口付け、唇を奪われた。

「ふぁ・・・っ⁉︎」

驚いてパチクリと瞬いているその間にも、僅かに開いた口の中へ侵入したリオン様の舌に舌の根から撫で上げられた後にジュッ、と強く舌を吸われてくらりとし、甘い痺れが背中を走る。

一瞬、足から力が抜けかけたけどリオン様はそんな私の様子を見逃さずにしっかりと抱きしめたまま唇を離すと

「どうもありがとう」

爽やかな笑みを見せた。

「なっ・・・何するんです?ほっぺに口付けるんじゃなかったんですか⁉︎」

真っ赤になって抱きしめられたまま文句を言う。

「気が変わっちゃった、この方がもっと仲良しに見えるしね」

「むしろ子供には見せられませんよ⁉︎」

「だから未来の僕はシャルの前でユーリに口付ける時にシャルの目を塞いでいたのかもね」

そう考えると未来の僕らに一歩近付いた口付けだったね、なんてリオン様は言っている。

「も、もう!ふざけてる場合じゃないですよ‼︎シャル君が出掛けている間に、何が原因でシャル君がここに来たのかうまく聞き出す方法や安全に帰してあげる方法を考えるんですよね⁉︎」

そのためにレジナスさんには別邸の庭園じゃなくてわざわざ少し離れた湖までシャル君を連れ出してもらったのに。

突然過去に飛ばされたシャル君が不安に思わないように、ここが自分の知らない世界だと混乱させたりせずになるべく穏便に未来に帰せないかと思った。

だからラーズ君がここにいないこともナジムート前陛下のせいにして誤魔化して、私達はシャル君の知る未来の私達夫婦を演じてみせたのだ。

そうして落ち着いた頃合いを見てから少しずつ、一体何が原因でこの世界に迷い込んだのかを探りシャル君を元の世界に返す手立てを考えようとしている。

「私とレニ様の時は、生まれてくるレニ様の妹のために魔石が欲しいって願いをイリューディアさんに関係した泉のそばで願ったのが原因だったから・・・。シャル君も、選女の泉の近くでただシカを追いかけただけじゃなくて何か願ったはずなんです。だからその願いを叶えてあげればいいんじゃないかと思うんですけど。」

それをあの小さな子からうまく聞き出せるだろうか。

「散歩から楽しく帰って来て、おいしいご飯を食べたりあたたかいお風呂に入って気持ちが緩んだ時に何か教えてくれればいいんだけどね。」

とリオン様も思案顔だ。

「ただ思ったよりも聡明そうだし、何かのきっかけで警戒させると僕らにも心を開いてくれなくなる可能性もあるから気を付けないといけないなあ。」

「そろそろ奥の院からマリーさん達が来てくれる頃ですし、それで安心してくれるといいんですけど。マリーさんのこと、ねえやって言ってたんでシャル君が赤ちゃんの時から一緒にいたはずなので・・・。」

いつも慣れ親しんだ人が来たらシャル君ももっと気を許して何か帰るヒントになりそうなことを言うかも。

そう期待したのに、マリーさんやシンシアさんと会ってからなぜかシャル君は元気がなくなった。

マリーさん達はシャル君が散歩から戻る前に来てくれたので、ごく簡単な説明をリオン様からしてもらった。

ちなみにマリーさん達は私とレニ様が過去の時代に飛ばされたことがあるのも知っている。

あの時、突然いなくなった私達を探すためにエル君は奥の院まで行きマリーさん達にも行方を聞いていたので、無事に帰って来てから何があったのかをマリーさん達にも教えていたからだ。

だからシャル君が私のように未来からここへ迷いこんできたらしいことを説明した時も、

「そんな不思議なこと、二度もあるんですね。でもユーリ様の血をひいたお子様ならあり得るんでしょうか?」

と目を丸くしながらもあっさりとその事実を受け入れた。それどころか二人とも

「どんなお洋服を着せましょう?お帽子も準備しましょうか?」

「マリー、それより今夜の夜着も必要よ。小さな子供用のものはここにないからすぐにサイズを調べて準備しないと」

「ユーリ様やリオン殿下とお揃いの衣装も着せてみたいですね!」

なんてうきうきとやり取りをしていた。そしていざ散歩から帰ってきたシャル君が二人の姿を見て

「マリー!シンシア!来てくれたの?ボクねぇ、レジーとうさまと一緒にリスさんに触って来たんだよ!」

と駆け寄ってきたところへ

「お帰りなさいませシャル様、お散歩は楽しかったようで何よりです。」

「か、かわいい・・・!笑顔がとっても素敵で楽しかったのがよく分かりますよシャル様‼︎」

と満面の笑みで話しかけた。するとなぜかシャル君はピタッと止まるとレジナスさんの陰に隠れたのだ。

「シャル?」

不思議に思ったレジナスさんが見やると、

「・・・んーん、何でもありません。ボク、ちょっとつかれちゃった。」

そう言ったシャル君はレジナスさんにしがみついたまま顔を見せない。

「ではお部屋に案内しましょう、寝室も一応整えておきましたので」

と話すシンシアさんに頼む、と頷いたレジナスさんがシャル君を抱き上げる。

「シャル、一人で眠れるか?」

「レジーとうさま、一緒にいて・・・」

やっぱりなんとなく元気がない。シンシアさん達に案内されて部屋を後にするシャル君を見送って、

「なんでしょう?突然人見知りにでもなったんですかね?」

突然の変化に大丈夫かなと心配すれば、

「さっそく何かおかしなところに気付かれたかな・・・。シャルを安心させようとマリー達を呼んだのはまずかったかな?」

とリオン様はテーブルを指でとんとんと打っている。

「夕食の時までもう少し様子を見てみようか。場合によってはそれとなく事情を聞き出すどころか何があったかをあの子にきちんと説明しなきゃいけないかもね。」

「えっ⁉︎大丈夫なんですか?」

突然自分の慣れ親しんだ世界と似ているけど全然違うところに一人で迷い込んだと知ったらショックを受けないだろうか。

「さっきの様子だと、ここが自分の居場所じゃないとうすうす気付きかけているようだし、今頃昼寝を理由に布団の中で考えを整理しているかもよ?」

「あんな小さい子がですか?」

「四歳でしょ?それならそろそろ基礎的な礼儀作法や王族としての心構え、読み書きに剣術なんかを習い始めるから市井の子供達よりも少し大人びた思考力を持っているかもしれない。」

まだ幼稚園児くらいなのにもう勉強が始まってるの?王族って大変だ。

「リオン様もそうだったんですか?」

「そうだね。特に王族として小さい時から皆の前に出ることも多い立場だったから、まずは礼儀作法から厳しく教えられたなあ。」

そう笑っていたリオン様が、そこでふと何かに気付いたように

「ああそうか・・・」

と呟いた。

「シャルがどうして急に態度を変えたのか分かったような気がするよ。多分マリー達の自分に対する言葉か態度がいつもと違ったんだ。もしかするとシャルの呼び方自体が違ったのかも知れない。それか、そもそも名前が違うのかも」

「名前?だってシャル君は自分からシャルって名乗ってましたよ?」

「それが普段から呼ばれ慣れている愛称で言いやすいからじゃない?」

「あっ・・・」

家族である私やリオン様達が愛称で呼ぶ分にはなんとも思わなかったかも知れないけど、侍女であるマリーさん達にシャルと呼ばれて礼儀作法を習い始めているだろうシャル君は絶対にあり得ないそれに違和感を持ったのか。賢い。さすがリオン様の子供だ。

「やだ、天才・・・!」

思わずぽろりとこぼしてリオン様に

「親バカだね」

と笑われた。

「まあ僕のこの考えがあっているかは夕食の後にでも改めて確かめるとして。もしシャルが自分の置かれた状況に気付いているようなら、きちんと事情を話してあげるのがいいだろうね。」

「大丈夫ですかね・・・」

たった一人で知らない世界にいると知ったら小さなあの子はどれほど心細いだろうか。

そう心配する私の両手をリオン様が取った。

「多少ショックを受けるかも知れないけど大丈夫、ユーリに似てきっと芯は強い子だよ。説明する時にユーリはシャルを膝の上に座らせて、こうして両手を握ってあげていて。それだけでも心強いはずだから。」

あの子は一人じゃないよ、と言うリオン様に握られている手を見つめる。

確かに、時代は違うけどシャル君が私達の子供なのには変わりない。

無事にシャル君を本来の居場所に戻してあげるまで、せめて不安にならないように未来の私達の分までたくさんの愛情を与えてあげよう。リオン様の手をぎゅっと握り返しながらそう思った。


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