上 下
575 / 709
番外編

指輪ものがたり 12

しおりを挟む
 案内されて到着した宴会場は、眩しく輝く水晶のシャンデリアが空中にふわふわ浮かび、チェロやバイオリンが奏者もいないのに自動で音楽を奏でている。

 まるでファンタジー映画の世界の中に入り込んだみたいだ。

「すごいですね・・・これ全部、魔法ですか?」

 頭上のシャンデリアを見上げて感嘆の声を上げていたら、

「ようこそいらっしゃいましたシグウェル様、ユーリ様。心より歓迎いたしますわ。」

 艶のある華やかな声がかかった。ミアさんだ。

 そちらを見れば、赤い髪を綺麗に整え同じような真紅のドレスに身を包んだミアさんが、あの大輪の薔薇の花のような美しい笑顔で立っていた。

 そのドレスの胸元や髪飾りに、シグウェルさんの髪の色のような白銀色に輝く薔薇の花を模したアクセサリーを付けている。

 そしてそんなミアさんの後ろには恰幅のいい赤髪の男性が同じくにこやかに笑って立っているので多分あれが赤ダヌキ・・・もといミアさんの父親のクレイトス大公なんだろう。

 大公とは初対面なので挨拶をするべきなんだろうけど、それにしても・・・と思わずまじまじとミアさんを見つめる。

 華やかな赤いドレスにシグウェルさんの髪色を思わせる装飾品を身に付けたその姿は、宵闇のように濃い紺色のドレスにシグウェルさんの瞳の色の宝石をあしらった私の姿とすごく対照的だ。

 なんていうかこれ、お互い張り合って対照的なドレスを選んで着てきちゃったみたいに見えてないかな・・・。

 そう思ったら華やかな雰囲気のミアさんに気押されて、自分が陰気な感じがしてちょっと怯んでしまった。

 シンシアさん達が色々と考えて準備してくれた格好だからそんな卑屈になることはないんだけど。

 すると私のその一瞬の戸惑いの間にシグウェルさんが私の腰をぐいと引き寄せぴったりと密着して抱き締めた。

 その動きに、挨拶のためシグウェルさんに一歩踏み出し握手をしようとしていたクレイトス大公の歩みが止まり、ミアさんも笑顔が固まる。

 そんな二人に向かってシグウェルさんの口から出てきた言葉は、ミアさんやクレイトス大公への挨拶や夜会に招待されたことへ対するお礼じゃない。

「ー・・・レディ・ミラ・アンジェリカ・クレイトス、君との婚約は破棄させてもらう。」

 誰も予想していなかったその言葉に、目の前のクレイトス大公とミアさんの目が大きく見開かれ、周囲の人達はざわめいた。

 そして私達の後ろにいたユリウスさんは、

「今この場でそれを言うっすか⁉︎」

 さっきまで散々注意したっすよね⁉︎と青くなった。

 だけどシグウェルさんはそんなユリウスさんや周囲の反応に構わず続ける。

「今回の俺達の訪問の目的はそれだ。茶番のような夜会に付き合わされ時間稼ぎをされるのは無駄以外の何物でもないし、これだけ証人がいれば君と俺の婚約破棄が速やかに知れ渡るから効率いいことこの上ないだろう?」

 鼻で笑うようにそう言ったシグウェルさんは、ミアさん達の背後にちらりと視線を向けた。

 そこは周りよりも少し高くなっていて、その壇上にあるテーブルの上にはあの婚約の誓書が額縁に入れられてイーゼルのような物に立てかけてある。

 今夜の夜会に招待された人達は誰でもそこに近寄ってその誓書を見れるようにしてあった。

 そうしてシグウェルさんとミアさんの婚約は二人の同意に基づいたものであることを披露し、お祝いしてもらっていたらしい。

「でもシグウェル様、約束を反故にして婚約破棄をなさるなら誓書に基づきあなたの総魔力の半分に相当する魔力をいただくことになりますわよ?」

 挑戦的な眼差しで、こちらをきつく睨みながらミアさんが口を開いた。それに対してシグウェルさんは、

「ユーリの指輪の件はどうなる?あの指輪を持ち去ったことは違法行為に当たるのでは?」

 と聞いた。

「指輪でしたら、元からお返しする約束でお借りしたものです。その証拠にいつでも指輪をお返し出来るよう、こうしてお二人が自由にクレイトス領へ出入りできる魔法陣を準備していたではありませんか。」

 ミアさんのその言葉にクレイトス大公も咳払いをする。

「うむ、そうだ。昼間も話したが、ミアは『指輪を借りていくがいつでも取りに来ていい』と言ったそうだからそれは強奪ではなく貸借だ。違法行為というのは少々強引だと言ったはずだな?」

 ・・・なるほど、ここについてからクレイトス大公との話し合いをしていたシグウェルさんはそんなへ理屈みたいな主張をされていたんだ。

 まあ確かにリオン様も、少し強引な主張になるけど略取持ち去りという形で婚約破棄に持って行ければいいねと言っていた。

 だけどやっぱりそれは通じなかったということだ。

 ということは残された婚約破棄の手段は一つだけ。誓書の条件通り魔力を渡すことだけど・・・。

 シグウェルさんもそれが当然分かっているようで、

「・・・なるほど、承知した。では違法行為での婚約破棄はせずに魔力を対価とした破棄でいいんだな?あとで後悔はしないでもらおうか。」

 と我が意を得たりとばかりに不敵に笑った。その態度にユリウスさんがひぃっ!と後ろで息を呑む。

 自分の魔力の半分相当を渡すと言うのにどうしてシグウェルさんはこんなに余裕なんだろう。

 その態度やクレイトス大公と交わした言葉からは、違法行為を理由にした婚約破棄よりもむしろ魔力を対価にした婚約破棄を望んでいるようで、それでいいのかとミアさん達に念押しをしているのだ。

 訳が分からないでいる私の背後ではまだユリウスさんがぶつぶつと、

「あ・・・これはもう終わったっす。もう絶対穏便に済まないし碌でもないことになるっす・・・」

 と呟いている。その様子があまりに挙動不審なので、シグウェルさんに腰を抱かれたまま振り向いてこっそりと

「ちょっと落ち着いてくださいよ、何をそんなに心配してるんです?」

 と聞けば、すでにユリウスさんは涙目になっている。

「いいっすかユーリ様。誰も加工が出来ない氷瀑竜の心臓の魔石を鐘に変えたり、そのウロコを護符もどきに変えたりをたった半日で簡単にやってのける団長が、今回は二日もかけて何かを企んでるんっすよ?てことは、あの氷瀑竜の魔石加工以上に大掛かりな何かの魔法を仕込んで来てるって事じゃないっすか、これが恐ろしくなくて何なんです⁉︎」

「・・・‼︎」

 言われてみればそうだ。そう説明されて初めて「シグウェルさんが準備に二日もかけた何か」が怖くなった。

「それ、この場にいる全員に関係する魔法とか・・・?」

「分からないっす、ていうかむしろ知りたくないっすよぉ‼︎」

 だから今からでも団長を止めてユーリ様!と背後から泣きつかれたけど、その間にもシグウェルさんとミアさん達のやり取りは進んでいた。

「まず一つ。ミア嬢には俺が作ったこの指輪をやろう。そのかわりユーリの指輪は返してもらう。」

 そう言ったシグウェルさんがぱちんと指を弾けば、ミアさんの前にはワインレッドのビロード張りされた小箱が現れた。

 その中にはミアさんを連想させる美しい赤色の・・・ルビーやピジョンブラッドのように赤く輝く宝石が金環の真ん中に嵌まって箱の中に鎮座している。

 それを見たミアさんは嬉しそうにさっそくそれを指にはめシャンデリアの光にかざしながら

「まあ、シグウェル様がお作りになった指輪を私もいただけるなんて。勿論、元よりユーリ様へ指輪はお返しするつもりでここにも持ってきておりますわ。」

 と目配せをすればその背後に私の指輪をクッションの上に乗せた侍従さんがサッと現れた。

「ですがシグウェル様、いくら手作りの指輪をいただいたところで婚約破棄に魔力をいただくのは変わりませんわよ?」

 とミアさんは自分の指にはめた指輪を撫でながら慎重に、シグウェルさんの心情をはかるように話す。

 指輪を貰えたのは嬉しいが、それがただの贈り物ではないと思っていそうだった。

 するとシグウェルさんは、

「勿論分かっている。だが魔力を渡すためには少々準備が必要だ。・・・ユーリ、あの指輪を撃てるか?」

 おもむろにそう私に聞いてきた。あの指輪、と言ったシグウェルさんの視線の先には侍従さんが持っている私の指輪がある。

「え?あれですか?私の指輪、壊しちゃうんですか⁉︎」

 せっかくもらったのに。しかもあれを壊したら中からシグウェルさんの魔力が漏れ出す。だけど、

「そうだ。指輪はまた新しく、もっと良い物を贈るから気にするな。それより今ここで、これまでの訓練の成果を見せてもらおうか?」

 と言われてしまった。

「訓練の成果って・・・」

「あの指輪はそれを作った俺以上の魔力の持ち主でなければ壊せないと言っただろう?君の扱うグノーデル神様の雷撃でなければ無理だからな。」

「あの指輪にグノーデルさんの雷を落とせって事ですか⁉︎」

 とんでもない事を言う。あんなに小さな指輪の、さらに真ん中の宝石にピンポイントで雷を?

 呆気に取られていたら、

「魔導士院で散々練習しただろう?最近はビンの口のコルク栓めがけて正確に雷を落とせるようになっていた、その応用だ。」

 となんの問題もないとばかりに頷かれた。確かにシグウェルさんのスパルタと要求の高さに泣く思いでそれは最近やっと出来るようになっていたけど。

 でもビンの口よりも指輪の真ん中の宝石を狙う方が難しい。下手をしたら侍従さんを怪我させる。

「まずあの指輪を壊して中に閉じ込めた魔力を自分に戻す。それが出来なければ婚約破棄に持って行けないからな、頼んだぞ。」

 人の気も知らないで、私の腰を抱き寄せていた手でぽんと頭を一つ撫でられた。






しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

王太子妃、毒薬を飲まされ意識不明中です。

ゼライス黒糖
恋愛
王太子妃のヘレンは気がつくと幽体離脱して幽霊になっていた。そして自分が毒殺されかけたことがわかった。犯人探しを始めたヘレン。主犯はすぐにわかったが実行犯がわからない。メイドのマリーに憑依して犯人探しを続けて行く。 事件解決後も物語は続いて行きローズの息子セオドアの結婚、マリーの結婚、そしてヘレンの再婚へと物語は続いて行きます。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

処理中です...