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番外編

癒やしこの夜 1

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※時系列としては新婚休暇も終えて数ヶ月が経ちユーリの力も戻った頃、番外編「二虎が追う者~」よりも後あたりになります。




「え?シェラさん、風邪を引いたんですか?」

とある昼下がり、三時のおやつを楽しんでいた私は予想外の話を聞いた。

そして思わず聞き返した私にシンシアさんは、はいと頷く。通りで今朝はシェラさんの顔を見なかったはずだ。

てっきり早朝訓練か何かで姿を見せないのだと思っていた。

「じゃあ魔導士さんを呼んで治してもらわないと。それはもう手配済みですか?」

そう尋ねたらシンシアさんがそれが。と頬に手を当て、ため息をついた。

「ご本人が拒否されまして。訓練や任務での怪我ならまだしもご病気で弱っている姿はあまり他人に見せたくないようです。それほどひどい風邪でもないので薬でも飲んで寝ていればいいと仰られて。」

「そんな事言ってたんですか⁉︎」

「はい。あまり魔導士に頼り過ぎても自己治癒能力や免疫力が落ちるからなどと仰っておりましたが、あれは他人にあまり自分の身を任せたくないんでしょうね・・・。ですから、そのための薬湯を頼まれたんですが一応ユーリ様のお耳にも入れておこうかと。」

私の代わりにシェラザード様へ薬湯をお渡しに行かれますか?と聞かれた。

人払いをしてじっと寝て治すとか野良猫か。

・・・そういえばコーンウェル領の火山が噴火した時の騒ぎでも、相当酷い怪我を負ったのにユリウスさんに応急処置をしてもらっただけで後は部屋で寝てたっけ。

シェラさんの小さい頃の記憶を断片的に読み取った時も、薄暗い部屋で血に汚れた包帯やら何やらが転がってるのが見えた。

レジナスさんとの模擬試合で骨折した時はさすがに治癒魔法をきちんと受けていたけど、普段の怪我や病気は人に頼らず一人で治すタイプだったとは・・・。

でも今は私がいるからそうはいかないよ、放っておくわけがない。

「でもおかしいですね。シェラザード様にはリオン王弟殿下やレジナス様のようにユーリ様の強いご加護がついていて病気知らずなのだとばかり思っていました。」

シンシアさんが不思議そうにマリーさんと顔を見合わせた。

「あー、それは・・・」

初めて私が全力で癒しの力を使った時、リオン様だけでなくレジナスさんもその場に立ち会っていたので二人には特別強い加護がついている。

それにあの時、奥の院の敷地内にいた騎士さんや侍女さん、侍従さん達にももれなく全員ちょっと強めの加護がついた。

そういえばある程度の怪我や病気に強いその加護は、あれから2年近くが経っていても変わりないようだけどまだ切れないのかな?

「その頃にはまだシンシアさんもマリーさんも私に会っていませんでしたもんね。」

二人にお世話されるようになったのはリオン様の目を治してこの奥の院に住むようになってからだ。

いつだったか金の矢を飛ばしてシェラさんや騎士団のみんなに付けた無病息災の加護はわりと軽めのものだったし、そっちについてはそろそろその効力が切れて普通に怪我や病気をするようになっていてもおかしくないはず・・・。

だからもしかするとシェラさんも風邪をひいたのかもしれない。

ていうか、シンシアさんに薬湯を頼んだら私の耳にまでシェラさんが風邪を引いたってすぐに伝わっちゃうと思うんだけど。

これはもしかして遠回しにお見舞いに来て欲しいとか構って欲しいと言ってるのかな?

ふーん、と考えてシェラさんのところには私が薬湯を持って行くことにした。

同じ奥の院、それも回廊を挟んでななめ向かいにあるシェラさんの部屋へはすぐに行ける。

「シェラザード様、ボク達のお世話もいらないって言うんですよ。ユーリ様、よろしくお願いします!」

リース君とアンリ君からも薬湯や水差し、クッキーの乗ったトレイやタオルを受け取りながらウルウルした目でそんな事を訴えられた。

この二人、なんか知らないけどシェラさんの私に対するあの過剰なお世話っぷりをやたらと尊敬して慕ってるよね・・・。癒し子原理主義の宗派に染まっているんだろうか。将来が心配だ。

そう思いながら、シェラさんて厚着をしたりふかふかの布団で眠っているイメージがないからこんな時も薄い布団にくるまってるんじゃないだろうかと暖かい毛布もエル君に持ってもらった。

前に奥の院の改装祝いでナジムート前陛下から羊のぬいぐるみとセットでもらったやつだ。エル君も、

「あの人は真冬の夜でも平気で軽装のまま外で訓練をしてますからね。暑さ寒さに無頓着なところがあるから風邪を引いたのかも知れませんし、今も薄着で寝ていそうな気がします。」

と頷いた。そんな訓練の仕方をしてるとは知らなかった、そんなの体に悪いに決まってる。

そういえば真冬でも屋根の上に登って星を見るのが好きだっけ?むしろ「冬の方が空気が澄んでいて星の輝きがよく見えるんですよ」とか言って寒い時ほど好んで外にいそうだ。

「誰か注意してあげなかったんですか?」

「あの人が他人の忠告を聞くように見えますか?当然、養父のベルゲン様も注意してると思いますけど。いい機会だからユーリ様から言って下さい。さすがにユーリ様に叱られたら言う事を聞くんじゃないですか?」

シェラさんの部屋までの短い距離を歩きながらエル君がそんな事を言う。

「病人にお説教したらますます具合が悪くならないですかね・・・?」

「あの人ならユーリ様に言われることはいつどんな時でも喜んで聞くと思います。・・・まず先に僕が中を伺ってきますからユーリ様はここでお待ち下さい。」

話しながらシェラさんの部屋の前に着くと立ち止まったエル君にそんな事を言われた。

そのままエル君は毛布を手にシェラさんの部屋の扉をノックすると、返事も待たずに僅かに開けた扉の隙間へするりと体を滑り込ませた。素早い。

ていうか、お見舞いに来たのになんでそんな盗っ人が侵入するようなことを?

首を傾げていたら中から二言三言、シェラさんとエル君のやり取りする声が聞こえてきて

「どうぞユーリ様、もう入ってきてもいいですよ」

とエル君の声がした。シェラさんの部屋なのにエル君が入室の許可をするとか変じゃない?と思いながら部屋に入れば、

ベッドの上に起き上がり、エル君のあの細い糸状の武器でベッドごと縛り付けられてにこにこと微笑んでいるシェラさんがいた。

「エル君、何やってるんですか⁉︎病人を武器でベッドに縛りつけるなんて!」

びっくりして病人の前なのに思わず大きな声が出てしまった。

「こうしないとユーリ様が来たと知ったシェラザード様は起き上がって迎え入れて、なんならお茶まで淹れようとしますから。先手必勝です。」

およそお見舞いらしくないセリフをエル君が淡々と言う。先手必勝とかどこの模擬試合だ。

それに対してシェラさんも、

「多少弱っているとはいえ鮮やかな手捌きでした。腕を上げましたねぇ。ようこそユーリ様、こんな姿で失礼します。」

とさして気にする風でもない。ただ、そう話しているその声が普段より少し掠れているし、こほっと一つむせるような咳もした。

気のせいかいつも色白なその顔が少し赤いような気もする。

「熱もあるんじゃないですか⁉︎」

慌てて側によって額に手を当てればいつも私の手の方が暖かいはずなのにシェラさんの方が熱い。

「やっぱり!それになんでこんな薄い布団で寝てるんですか、あったかくして汗をかいた方がいいですよ⁉︎」

案の定、シンシアさんやエル君の話していた通りだった。

ラフで簡素な白い寝巻きのようなものは薄手だし、布団に毛布もかかっていない。

こんなんじゃ寒いだろうし、良くなるものも良くならない。

自分の額に手を当てられたまま目を細めて私を見つめているシェラさんはお小言を言われているのになぜか嬉しそうにしている。

だけどその目がいつもより潤んでいるからやっぱり熱があるんだろう。

「いつもこんなものですよ。薬を飲んでじっとしてれば治ります。」

「いつも⁉︎」

治し方が野生的過ぎる。やっぱり野良猫療法だ。

「今すぐ治癒の力で治しますよ⁉︎」

「それは・・・少し困りますねぇ。」

なぜか治すのを拒否された。予想外の言葉にぽかんとしたら、額に当てていた手を取られた。その手もいつもより熱い。

「せっかくこのように色々と持ってきていただいたのに、あっという間に治ってしまってはユーリ様のお見舞いを堪能できません。」

さすがに風邪を引いている身で手に口付けるのは悪いと思ったのか、取られた手はきゅっと握られただけだったけどそんな事を言われた。

「やっぱりシンシアさんに薬湯を頼んだのは私が来ると思ったからですか⁉︎」

「半分期待はしておりましたが、まさか本当にこんなにも早く来ていただけるとは思っておりませんでした。おやつの時間だったのでは?」

確かにおやつは中断してきたけどおやつよりシェラさんの方が大事に決まってる。

だけどシェラさん的には自分よりもおやつの方が優先されると思っていたらしくなんだか凄く嬉しそうにされた。

私、自分の大事な人を放ってまで食い気を優先しないよ⁉︎

「私にお見舞いや看病をして欲しいから病気のままでいるとかやめて下さい、何してるんですか!」

「わざと病気になったわけではないのですが・・・このところあまりにも幸せで気が緩んでいたせいかも知れません。」

そんなことを言われてまた微笑まれた。熱に浮かされたように気だるげなその笑顔がいつも以上に艶を放っていて色っぽい。

「そ、そんなこと言われても誤魔化されませんよ・・・!」

そうは言ったものの、幸せだと言われてちょっとだけ怯んだ。

私と一緒にいることを幸せだと言うのなら、こうして看病されたいというのももしかしたらシェラさんなりの甘え方なのかもしれない。

ふと脳裏にシェラさんの記憶の断片がよぎった。

あの寒そうな薄暗い部屋の治療の跡。どう見ても自分一人で治していそうだった。

そんな子供時代を送っていたら誰かに頼ったり弱味を見せるとかは確かにしなくなるかも知れない。

仕方ない。はあ、と小さくため息をついて

「・・・今日の夜までですよ?夜、シェラさんが眠る時間まで私はここにいて看病しますから。そしたらその後は癒しの力で治しちゃいますからね?」

期限付きの看病ごっこみたいなものだ。そもそも私なら有無を言わさずすぐにでもシェラさんを治せるんだから。

それを聞いたシェラさんは嬉しそうに頷いてお願いしますとまた微笑んだ。




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