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番外編

医者でも湯でも治せぬ病 1

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「お姉さんお姉さん、ちょっとお願いなんだけどいいかい?」

「はい?」

がやがやと賑やかな温泉宿の一角に備え付けられた大きくて広い食堂で、その宿の女将さんにそう声を掛けられた。

「私ですか?」

小首を傾げて振り返れば、やっぱり私のことだったらしく笑顔の女将さんが大皿に大盛りの料理を手に立っていた。

「そう、お嬢さん!旅の人にこんな急なお願いは申し訳ないと思うんだけどね・・・」

「えっと・・・」

なんだろう。困ったな、一緒だったレジナスさんは料理を注文した後、乗って来た馬の様子を見に席を外している。

今、私とレジナスさんは新婚休暇で王都を離れてちょっとした小旅行に出ていた。

目的地は山深い秘湯の隠れ宿で、自然の景色を活かした露天風呂が素晴らしいという。その帰りにはレジナスさんのご両親が現在住んでいる辺境にも立ち寄って何日か過ごす予定だ。

そしてその秘湯までの道中で、今はちょうど中間地点にあるこれまた温泉がある宿泊地に着いて町中を少し見て歩き、宿で夕食を取ろうとひと息ついたところだったのだ。

「この町、今お祭りをやってるでしょう?」

「あ、はい。そうですね」

それを見るのも楽しそうだから道中の宿はこの町に決めた。

「それでね、お祭りの一環で明日やる予定の腕自慢大会の花女神はなめがみ役の子が病気になっちゃって。お姉さん、綺麗だし代わりにやってくれないかなあって。」

旅の人にこんなお願いをするのは本当に申し訳ないんだけどね、と女将さんは申し訳なさそうにしながらも私しか頼る人がいないといった風に見つめてきた。

「いや、えーと・・・」

そもそも花女神ってなんだろう?聞いた感じだと私が召喚者だとか癒し子だって身元がバレてるわけでもなさそうだけど。

「先は急ぐ旅なの?もしそうでなかったらぜひ!花女神は大会の勝者に花冠を贈る役目で、優勝者が決まるのは明日の夕方なんだよ。だから明日の夜も泊まってもらうことになるけどどう?引き受けてくれたら今日と明日、二日分の宿代はお礼にタダにするよ!」

あとこっちもサービスだ、と女将さんは手にしていた山盛りの料理が乗った大皿を私の前にドンと置いた。

私達が頼んだ料理じゃなかったから別のお客さんに運ぶ途中で話しかけたかと思いきや、どうやら最初から私に声を掛けて役目を引き受けるお礼代わりに渡そうとしていたものだったらしい。 

「別に私じゃなくても若くてかわいい女の子は他にたくさんいるんじゃ・・・」

「いやいや、お姉さんが一番美人だから!それにこの町は元々男が多くて力があり余ってる奴らが多くてね。そんな奴らの発散も兼ねてるから、大会に出る若い奴らもお姉さんみたいな綺麗な人から花を贈られたら嬉しいし大会も盛り上がるんだ、頼むよ!」

まあ確かに、断り文句で他に若い子がー、とは言ったけどわりと辺鄙な場所にあるこの町に若い女性はそれほど見当たらない。

温泉目当てに来るのは若者よりもそれなりに歳を重ねて落ち着いた人達だし、若い子がいると思えば祭りに誘われて別の町から遊びに来ている子たちらしい。

私達も特に先は急がないけど、もしお祭りに参加したら元々の目的地である秘湯に着くのが一日遅れることになる。それにそんなイベントに出てもいいのかどうかレジナスさんにも聞いてみないと。

そう思っていたら、

「お姉さん、さっき一緒にいたあのガタイのいい男の人は護衛かい?それとも恋人?」

女将さんにふいにそう聞かれた。ええと・・・

「だ、旦那さんです・・・」

そう言ってもいいんだよね?自分から他の人にそんなことを言うのは初めてだからなんかすごく照れるけど。

赤くなってそう言った私に女将さんはあらまあ!と目を丸くした。

「そうなの!その様子じゃまだ新婚だね?ならちょうどいい、もし花女神を引き受けてくれたら旦那さん用にお姉さんには謝礼として更にプレゼントをあげるよ!」

「え?」

「ほらこれだよ」

そう言って懐から綺麗な布に包まれた真っ黒な短剣を取り出して見せてくれた。それは木や鉄じゃない、石のような物で出来ている。

「宝石・・・?魔石・・・?」

周りの光を吸収して鈍く黒光りするその真ん中には更に宝石のような黒い石が嵌っていて十字型の金色の光も閉じ込められているし、言っちゃあなんだがこんな温泉宿にはなんだか不釣り合いな高価さを感じる。

「そう、魔石!さすが、いいとこのお嬢さん風なだけあって目が高いね。これは前に宿代と食事代を払えなかった客が代金代わりに置いてったやつなんだよ!もらったはいいけど使い道もなく持て余しててね。こんな田舎じゃよく分からないけど高そうだろ?お姉さん、旦那さんへの旅のプレゼントにどうだい?きっといい記念になるよ!」

言われてみれば、私が今までレジナスさんにプレゼントしたことがあるのは手作りの剣の下緒しかない。

レジナスさんからは高そうな髪飾りをもらったりしてるのに。

それに旅の記念かぁ・・・。考えたこともなかったけどいいかも。帰ってからも旅のことを思い出せるのは素敵だ。

「花女神って、優勝した人に花冠をあげるだけでいいんですか?」

「そうだよ。まあ競技の間は備え付けられた壇上の席に座ってそれを見ながらたまに周りに手を振って愛想を振り撒くとかしなきゃいけないけど」

「何か喋ったり、お言葉をひと言、みたいなのは?」

「ないない、まあいいとこ花冠を渡しながらおめでとうございますって言うくらいかね?」

それくらいなら、今まで癒し子として他の人の前や訪れた地方で注目されながら何か話したり力を見せたりしなければならなかったのに比べて余裕だ。

黒い短剣を手にするレジナスさんの姿を想像したらとても良く似合っていそうで、なんだかそれがすごく欲しくなってしまった。我ながら単純だ。

「・・・やってもいいですけど、その短剣を貰うっていうのはレジナスさんには内緒でお願いします。」

「あらいいね、秘密のプレゼントかい?分かったよ、じゃあさっそく町の連中にお姉さんのこと伝えてくるからね!えーと、お名前は?」

「ユーリって言います。よろしくお願いします。」

王都から遠く離れたこういう地方なら癒し子の名前と特徴は知られていても、まさかこんな所にいるとは思わないだろうと私とレジナスさんは偽名も使わなければ変装もせず、普通に過ごしていた。

だから大丈夫かな?そう思いながらぺこりと頭を下げれば

「かわいい名前だね、癒し子様とおんなじだ!お礼に宿代の他に滞在中のご飯も全部タダで面倒みるから遠慮なくね、それじゃ‼︎」

やっぱりそれほど気にも留めずに女将さんは私の元から離れると宿の従業員に私や宿屋の上の方を指差して何やら話している。

もしかしてさっそく宿代をタダにする話をしてくれているのかな?

大きな木製のジョッキに入っているワインをちびちび飲みながらそれを横目で眺めていれば、

「おいユーリ、空きっ腹にアルコールを飲んで大丈夫なのか?」

レジナスさんが小声で気遣いながら隣に座った。

「あ、おかえりなさい!ちょっと薄味だし少しずつ飲んでるから大丈夫ですよ!」

さすがに今までお酒で失敗してきた分、なんとなくだけど自分の酒量は分かってきたような気はする。

そんなことを話しながら笑いかければ、それでも頬に手をひたりと当てられた。

「それでもだいぶ顔が赤くなっているし熱も持っている気がする。何か別のものを腹にいれた方が・・・」

そう言いかけてテーブルの上を見たレジナスさんはぴたりとその動きを止めた。

「・・・俺たちが注文したよりもかなり量が多くないか?間違った料理が運ばれてきたのか?それとも追加で頼んだのか?」

「あ、それはですねー・・・」

レジナスさんが席を外している間の出来事をかいつまんで説明する。

宿の女将さんに頼まれて町のイベントを手伝うことになったこと、お礼に宿代とご飯代がタダになること、その代わりもう一日この町に泊まらなければならなくなったこと。

もちろん、謝礼にレジナスさんにプレゼントする黒い短剣を貰うことは内緒だ。

目的地にも一日遅れで着くことを話せば、

「それはいいが・・・町の祭りの女神役?本当に大丈夫なのかそれは。」

と眉を顰めて心配された。

「最後にお祭りの優勝した人に花冠を渡すだけですよ、簡単じゃないですか?」

「・・・俺も出る方がよくないか?」

「ええー?レジナスさんが出たらぶっちぎりで優勝しちゃうからダメですよ‼︎」

国一番の騎士が田舎のお遊びみたいなイベントに出たら優勝するに決まってる。そんなことになったらせっかくのお祭りの雰囲気が盛り下がらないだろうか。

たくさんの料理の山をレジナスさんに半分以上片付けてもらいながらようやくたいらげ、宿の部屋への階段を登りながら話す。

「いや、だけどな・・・」

一体レジナスさんは何を心配しているんだろうか。

「どうしたんです?何がそんなに気掛かり・・・うわ‼︎」

私の後ろをついて来ていたレジナスさんを振り向いたら、思わずよろけて階段から足を踏み外しかけた。

危ない、と抱き留めてくれたレジナスさんにお礼を言って見上げれば顔が近い。

思わず赤くなると、

「・・・そういう祭りの優勝者に褒美を与える役目の女性は、祝福の口付けも贈るのが通例だ。俺に黙ってそれを見ていろと言うのか?」

じっと見つめられてそう言われた。



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