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第十九章 聖女が街にやって来た

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私の手を包んでいた両手を離し、二杯目の紅茶もちゃんと飲んで水分補給をしているのを確かめながらシェラさんはニコニコと続ける。

「国境の獣退治の任務から帰って来た時に、あのおかしな獣達が最初に増え始めたのはファレルでの騒ぎがあった頃だと言ったのを覚えていますか?」

「そういえばそんな事を言ってましたね。」

ここの庭園で木陰に座りながらそんな話を聞いた。

「おそらくその頃からあの聖女は自分に取り入れた力を試し始めたのでしょう。捕まえた魔導士に吐かせたところ、時期的にヨナス神の魔石を加工して彼女に服用させ始めた頃と重なりますから。」

「その魔導士が魔石を手に入れたんですか?」

「そのようですよ。・・・オレとユーリ様がファレルの神殿まで行くことになった元々の原因は覚えておられますか?」

シェラさんにそう聞かれて思い出す。

「ええと確かあそこの神殿に泥棒が入って祭具を壊したせいで、近くの集落にあるヨナスを祀っている結界に綻びが出たから・・・」

だからその結界の綻びを直しつつ新しい祭具も届けることになったんじゃなかったかな?

記憶を掘り起こしながら答えれば、リオン様がため息をついた。

「そうだよ。そしてそのファレルの神殿に入った泥棒が今回捕まえた魔導士だったんだ。」

「ええ⁉︎」

まさか同一人物だとは思わなかった。目を丸くして驚けば、レジナスさんも苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「・・・元々の狙いは集落にあったヨナス神の魔石だったそうだ。それを手に入れるため、わざとファレルの神殿に盗みに入り皆の目がそちらに向いている間に魔石を砕いてその欠けらを手に入れたということだ。」

「じゃあファレルの神殿の泥棒騒ぎは囮のためだったんですか?」

レジナスさんは苦々しげに頷いた。

「そういうことだ。本来の目的であるヨナス神の神殿から目を逸らすためにファレルの神殿の中を適当に荒らし、価値のありそうな物をわざと盗んだり壊したりしたと言っていた。その中にヨナス神の力を抑える結界を保つための祭具が混じっていたのは不幸な偶然だった。」

それを聞いたシェラさんはおや、と嬉しそうに微笑んだ。

「ですがあの騒ぎでファレルに行かなければ恐らくオレはいまだにユーリ様の伴侶になっていなかったかも知れませんからね。その点だけはあの魔導士に感謝するべきでしょうか?」

「しなくていい」

シェラさんの軽口にレジナスさんの眉間の皺がぎゅっと深まった。

・・・どうしてエリス様があそこまで大きなヨナスの力を持ってしまったのか、その原因の魔石はどこから来たのか。

知りたいことはこれである程度聞けた。だけど・・・

「もしこれから先も、今回みたいにこの国のどこかにあるヨナスの力がこもった祭具や魔石が見つかって、それが悪用しようとする人の手に渡ったらどうしましょう?第二、第三のエリス様のような人が現れるんですかね?」

ふと疑問が口をついて出れば、そのことだが・・・とシグウェルさんに見つめられた。

「君、あの聖女を止めようとする時に何を願いながらグノーデル神様の力を使った?」

「・・・はい?」

嫌な予感がする。シグウェルさんがこういう物の聞き方をする時は大抵私がその力を制御し切れずにやらかした時だ。

「なんでそんな事を聞くんですか?」

恐る恐る尋ねれば、何か心当たりがありそうだな?とシグウェルさんは目をすがめて私を見てきた。

すると横からユリウスさんが、

「凄かったんすよ⁉︎グノーデル神様の魔力がこもった雷が二回目に落ちた時の壮観さと言ったら‼︎森林の中だけでなく見渡す限りの視界のあちこち、遠く地平線の向こうまでいくつも雷が落ちてたんすから‼︎」

と興奮したように教えてくれた。

エリス様の周囲だけでなく王都から離れたところにも雷が落ちた?

どうしてまた・・・。

「ちょ、ちょっとまって下さいね?今思い出しますから‼︎」

二回目にグノーデルさんの力を使った時といえば、倒れているエリス様からまだヨナスの力が出ていて何とかしなきゃと思ったんだった。

あの時私は・・・。と必死で思い出していれば、ヒントを与えるようにシグウェルさんが

「君が眠っているこの一年間、目視と雷が落ちた時に感じられた魔力の位置から推測される場所に魔導士を派遣した。全ての場所を確かめたわけではないが、雷が落ちた痕跡のある場所には必ず何かの遺跡や祠、黒焦げになった祭具らしいものがあったぞ」

そう教えてくれた。その言葉でやっとあの時の私がなんて祈ったのかを思い出す。

「あっ・・・‼︎」

そうだ。あの時私は『ヨナスの力を』って願った。

そして森を破壊するように祈ったのはその後だ。

その『全部壊す』は、エリス様の中にある力と森林に漂うあの紫色の霧みたいなのを消して欲しいって意味だったんだけど・・・。

まさかそれを、『ルーシャ国の中に存在するヨナスの力が感じられる物を全部壊して欲しい』という願いに受け取られたんだろうか。

あわあわしながらその可能性についてシグウェルさんに説明すればあっさりと

「そうだろうな」

と頷かれた。それどころか

「君のその願いと祈りはルーシャ国全土に散らばる今も未発見のヨナス神に繋がる遺物や遺跡をことごとく破壊したんだろう。なるほど戦いと破壊の神の加護だけあって凄まじいな、容赦ない。」

面白そうにそう言って感心する始末だ。

ユリウスさんは

「イリューディア神様の加護の力だけでも充分すごいのに、グノーデル神様の力もあそこまで強力に使えて国土全域に雷を落とすとかエグすぎっす・・・」

とちょっと引いている。

だけどアドニスの町で実際にグノーデルさんの力を目の当たりにしたことのあるリオン様やレジナスさん、エル君なんかは

「グノーデル神様のあの力を使いこなせるならそれも納得だ」

と驚きもしない。

「私だってあの雷がまさかルーシャ国中に降り注いだなんて思っても見なかったですよ!」

思わず言い訳めいたことを口にしてしまう。

谷を作ったり大穴を開けたりするいつもの大雑把なものと違って、あの雷はヨナスの力が宿るあれこれだけを正確に貫いているはず。

だってシグウェルさん、私の雷で国のあちこちに穴があいたとか言ってないよね⁉︎と思いながら続ける。

「私が一年も眠ってしまったのって、今まで一度も制御したことのないグノーデルさんの力をいきなり二連発したからだとか、グノーデルさんとイリューディアさんの力を連続で使ったせいだけじゃないんですね⁉︎国中に雷が落ちたなんて、通りで回復まで一年もかかるはずです!」

すると私のその言葉を聞いたシグウェルさんの、腕組みをしていた手がピクリと反応した。

・・・ん?今の私の言葉、どこかおかしかったかな?

「シグウェルさん?」

そう聞けば、リオン様もシグウェルさんを見てハッとしている。

「シグウェル、まさか?」

え?何それ。どういうことかと私に見つめられてシグウェルさんはため息をついた。

「・・・ええ、殿下の仰る通りです。正確には全く魔力がないわけではありません。」

リオン様に答えて、シグウェルさんはそのまま私の疑問にも口を開いた。

「・・・今の君から感じられる魔力だが、オレやユリウスにも及ばない。それどころかその辺を歩いている魔導士よりも魔力は少ない状態だ。」

「つまりまだ完全に回復していないってことですか?」

「そうだ」

そう頷くとシグウェルさんはユリウスさんに向かってパチンと指を一つ弾いて見せて、同時にユリウスさんが

「あ痛たぁ‼︎」

と飛び上がった。見ればその手の甲にシュッと薄く、血を滲ませた切り傷が一つ出来上がっている。

「ちょっと団長ぉ⁉︎俺で試すとかヒドくないすか⁉︎」

「うるさい、ユーリのために少しは役に立て」

ブーブー文句を言うユリウスさんの切り傷が見ているだけで痛そうだったので急いで手をかざす。

だけどなんの手応えもない。・・・あれ?

「癒しの力が使えない・・・?」

呆然として私はユリウスさんにかざした自分の手を見つめた。
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