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第十九章 聖女が街にやって来た

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・・・自分の耳元で物凄い轟音がしてハッとして目を開ける。

パチパチと瞬いて、目の前の景色を私は確かめた。

あ、危ない、気絶してた⁉︎どれくらいの間⁉︎

慌てるけど、目の前の景色はちょうど白一面から徐々に緑の木々や砕けた地面がぼんやりと形作られてきたところだった。

雷の音がまだ反響している。

どれほど長く気を失っていたのかと思ったけど、自分の落とした雷の音で目を覚ましたみたいだし、気絶していたのはどうやら一瞬だったらしい。

「ぜ、絶対死んだと思った・・・!」

気付けば私はまだあの金色の雷槍を握りしめていた。

それを握りしめ、もたれかかるように気絶していたみたいだけど段々と見えて来た景色の中、さっきまでそこに深々と突き刺していた狐の姿はない。

かわりに私の足元には、あちこち傷付きぼろぼろになった人間の姿のエリス様が裸で倒れていた。

僅かにその体が上下しているからまだ息はあるみたいだ。

「良かった・・・」

私の祈りが通じたんだろうか。槍から手を離し、着ていたレジナスさんの上着を脱いでその体の上にかけようと近付く。

かなりひどい怪我を負っているけどイリューディアさんの力ならまだ助けられるかも知れない。

なんだか私も頭痛がするのは、シェラさんが持って来てくれたお酒が混ぜこぜのちゃんぽんだったせいかも。

「シェラさんには元気になったら一度お説教です・・・!」

いや助かったけども。だけど、せめてお酒は混ぜないで欲しかった。

緩慢な動作でエリス様のそばに座り込み、上着をかけようとした時だ。

まだその体全体を薄く紫色の魔力が包んでいるのが見えた。

え?ウソ、まさかまだ終わってなかった?

はっとしてそれを見つめれば、明滅するようにそれは紫の色合いを濃くしたり薄くしたりしながら段々と膨れ上がって来た。

脳裏にファレルの騒ぎの時に集落から勢いよく吹き出してきたあの霧がよぎる。

そしてさっきまでの、この魔力が触れたものを腐食させていた様子も。

ユーリ、と私を呼ぶリオン様の微かな声が聞こえる。

まだ距離はあるようだけど、私を探してここにみんなが集まって来ようとしている。

それなのに今ここであの周りを巻き込む魔力を放出させるのはダメだ。

「エリス様、だめっ‼︎」

私が声を上げたのと、エリス様からヨナスの魔力が放たれたのは同時だった。

私自身はイリューディアさんの加護で守られていて体全体に薄い膜が張っている。

だから何の影響も受けなかったけど、エリス様の体から霧のようにぶわりと広がり始めた濃い紫色の魔力は触れたところから木々を枯れさせていく。

同じように私がつけたイリューディアさんの加護を持つリオン様達も少しの間なら平気かも知れない。

だけどファレルでエル君やユリウスさん達が眠ってしまったみたいに、最初は耐えられてもすぐに限界が来るはずだ。

それにこんな力が王都や王宮にまで届いたら大変だ。

そう思っている間にも、周りの木々は枯れて地面は干上がったように色を無くしてひび割れていく。

世界が死んでいく。ふとそんな思いが脳裏に浮かんだ。

もう一度、グノーデルさんの力でこれを打ち消さないと。

それに死んでいくこの森林も、このままにはしておけない。そこにはヨナスの力の影響が残るはずだからそれを無くして回復させないと。

エリス様に上から覆い被さって、ヨナスの魔力が消え去るようにもう一度祈る。

・・・そういえば過去の世界に行った時、レンさんが粉々にした場所を私はイリューディアさんの加護の力で土地を豊かにしたっけ。

イリューディアさんの豊穣の力・・・再生の力だってグノーデルさんは言っていたあれ。

あの時はレンさんの持つグノーデルさんの力に私の持つイリューディアさんの力を足したけど。

二人の加護を持つ私は元々破壊と再生、両方の力とも使いこなせるはずだ。

だったら、アドニスの山を破壊して消失させたグノーデルさんみたいに今この場に広がったヨナスの魔力ごと枯れて死んでしまった森林を破壊し尽くす。

破壊して、すぐにイリューディアさんの豊穣の力でヨナスの影響なんかまるで受けていない元通りの森林を再生する。

二人の加護の力を立て続けに使うなんて初めてのことだし、それがどれほどの魔力を使うのか分からない。

だけどイリューディアさんは私をこの世界に送り出してくれる時、私に最大限の加護を与えたって言ってくれていたからその言葉を信じよう。きっと出来る。

エリス様だけは消えないように、しっかりと守るように覆い被さったまま願いを言葉にした。

「ヨナスの力を、この森を消し飛ばして‼︎」

その願いを承諾したかのように、頭上でグノーデルさんの唸り声みたいな雷の音が轟いた。

同時にさっきみたいな真っ白な光が降り注いで、地面が細かく砕けて消えていく。

ここで気絶したらさっきと同じだ。

歯を食いしばってそれに耐える。そして雷の音が途切れた一瞬を聞き逃さない。

すかさずエリス様から身を起こして地面だったところに手を付いた。

私やエリス様のいたところは地面が消え失せて、いつの間にか二人とも宙に浮かんでいるような不思議な状態になっていた。

それなのに手を付けばそこには白く輝く硬い床のようなものが手に触れる。

そのままぎゅっと目をつぶってさっきまでの緑豊かな森林や、青々とした水を湛えた輝く湖面の湖を思い浮かべた。

「どうか元通りの再生を‼︎」

私の中の魔力が空っぽになってもいいから。思い切り自分の魔力を見えない地面に注ぎ込む。

すると不思議なことに、目をつぶっているのに瞼の裏には地面や木々が早送りをするようにぐんぐんと伸びたり再生していく様子が見て取れた。

キーンという耳鳴りと頭痛がする。

まだ大丈夫。私の中にイリューディアさんの力がまだあるのを感じるから、もっとそれを流し込める。

ぐっと地面を押すようにすればその手にジャリッ、と土の感触がした。

思わず目を開ければ、俯いた視線の先には地面が見えている。草も生えている。

・・・本当に破壊して再生して、が出来た。

ほっとしたら地面に付いていた手がバチンと弾かれた。これ以上は不要ということだろうか?

ぺたんと座り込んだ私の傍らにはエリス様が気絶したままだ。生きている。

「良かったぁ・・・」

頭はまだズキズキするけど立ち上がる気力はある。

ふらふらになりながら立てば、

「・・・ユーリ‼︎」

リオン様の声が聞こえた。

ゆっくりとそちらを見れば、頬に擦り傷を作り息を切らして立っているリオン様がいた。

馬には乗っていない。走って来たのかな?

さっき私が使った破壊の力にも巻き込まれなかったみたいで良かった。

「・・・っ!そんなにボロボロになって・・・‼︎」

リオン様が顔を歪めて泣きそうになっている。というか、泣いている?

リオン様が泣くのを見るのはその目を治した時以来だ。

「ちゃんと、やりましたよ・・・!」

無事だったからどうか泣かないで欲しい。

安心させるようにへらりと笑って見せたつもりだけど、どうだろうか。

頭がぼんやりする。目の前の景色もぼやけている。

ユーリ、と叫んでリオン様が手を伸ばして駆け寄って来たのがうっすらと見えたけどそのまま私はその日二度目の気絶をした。







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