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第十九章 聖女が街にやって来た

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お酒はあるかと聞いた私が何をしようとしているのか、レジナスさんはすぐに理解したらしい。

「酒なんてここにはないぞ。婦人方の茶会の場だった上にお前の近くに置くわけがないだろう?」

あ・・・デスヨネー。先日の騎士団でのやらかしで禁酒令が出ているから私からお酒を遠ざけているのは当たり前だ。

どうしよう。そう思っている間にも目の前のエリス様は霧にその姿を包まれていき、みるみる人の形をなくしていく。

小山のように大きな紫色の、しっぽが三本に分かれた狐の姿に変わっていっていた。

どうやら本当に魔物めいたものに変化してしまうらしい。

試しに地面に手をついて、イリューディアさんの力を流してみるけど弾かれてしまった。

さっきまではその力を吸収していたみたいなのに、自分に危害や影響を与えそうなものは無意識のうちに弾いてしまっているのか。

それともイリューディアさんの力では優し過ぎて通じないのか。

やっぱり多少強引でもグノーデルさんの力が必要だ。

エリス様からヨナスの力をこう、べりっと剥がせないかな。

その時、私を抱えてくれているレジナスさんがピクリとその意識を森の奥に向けた。

「・・・リオン様達だ。無事で良かった。」

え?と思えばすぐに数頭の馬の蹄の音が聞こえてきた。

「ユーリ‼︎」

現れたのはレジナスさんの言ったようにリオン様で、私の姿を認めるとほっと馬上で息をついた。

その後ろにはアラム陛下や護衛らしい数人の騎士さん達も一緒で、暴れる獣達を討ち払いながら来たせいか着ているものは多少汚れていたり破れていたりするけどみんな無事だ。

リオン様だけでなくアラム陛下やその同行者も霧の影響を受けていないのは、私が謁見の時にパフォーマンスで付けてみせた加護のおかげなんだろうか。

そういえばあの時は大きくなってから初めての、加減出来ずにつけた加護で花まで降っていた。

どうやら思ったよりも大きな加護になっていたらしいのがここに来て都合良くいい方向に働いたみたいだ。

そのアラム陛下はぐるりと辺りを見回して転がっているリスだったものの残骸やら折れた木々、そしてうずくまったままその姿を大きな狐へと変えているエリス様を認めると口の端で笑った。

「・・・あちらも酷かったがこちらも大変な有り様だな。だがユーリ様は無事なようで何よりだ。」

自分のところの聖女様の事には触れないけどいいの⁉︎

そう思って、

「エ、エリス様が・・・!」

レジナスさんの服を握りしめながらやっとのことでそう言えば

「あれが聖女だと?ユーリ様、力というのは使うものであり使われるものではない。それも分からず己を見失うような愚か者は、己がどれだけ望もうがその名を世に知らしめることは出来ない。聖女どころか災厄にしかなれない。そんな輩は遅かれ早かれ国を滅ぼすだけの存在になっていただろうよ。」

エリス様を心配する私をフンと鼻で笑うと馬上で剣を抜いた。

「前から腹に何やら思惑を抱えていそうだとは思っていたが、ここまでだったか。貴国に迷惑をかけてすまないな、それでもはヘイデス国の民だったものだ。私が片付けよう。」

それって。その言い方はないんじゃないかな⁉︎

口ぶりからしてアラム陛下は国を大きくするために、エリス様は自分の名声を高めるために・・・だろうか?

お互いの利益が一致したから今まで一緒に行動していたみたいだけど、それでも今のエリス様を見て助けようとするどころかあっさり見限るなんて。

その名前さえもう呼んであげずに扱いは悲しい。

用済みとみて、これ以上ルーシャ国と自国の関係を悪くしないようにさっさと切り捨てに入るとは思わなかった。

・・・一国の主としてはこの非道さもまた一つの正しい姿なのかも知れないけど。

ダーヴィゼルドではヒルダ様も、カイゼル様をどうしても助けられない時は切り捨てるしかないと同じような決断を下していたし、それとよく似ている。

分かってはいるけど今のこれも、あの時と同じように何だか悲しくて悔しいし、腹立たしい。

胸の内が苦くて熱く、腹が立った。

このふつふつと湧いてくるような怒りの感情と感覚には覚えがある。

ダーヴィゼルドでグノーデルさんの力を初めて使った時みたいだ。

グノーデルさん、また力を貸してくれるかな。

エリス様からヨナスを引き剥がして、この森の中にまだ広がり続けている紫色の霧を一掃する力を。

そう祈り、自分の中にあるはずのグノーデルさんの力を探す。

熱く感じる魔力の流れをお腹の一点に集めて、それを体全体に巡らせるように。

目を閉じて集中していれば、耳をつんざくような大きな獣の叫び声が近くで聞こえて体がグンと移動した。

思わず目を開ければ何かしようとしている気配を感じたのか、私を集中させまいとしたらしいエリス様だった獣・・・

今はもうすっかりその姿を大きな狐に変えたものが伸ばした爪がついさっきまで私がいたところの地面に突き刺さっていた。

レジナスさんが私を抱えて避けてくれたおかげで間一髪で助かった。

「ユーリ様‼︎」

エル君があの細い糸状の武器で狐になったエリス様のその腕を締め上げる。

グノーデルさんの加護が付いている武器だけあってそれはなかなか振り解けないでいる。

すると今度は大きな尻尾の一つが私の方に伸びて来た。

レジナスさんは尾の長さから見てそれが届かない距離にいてくれたはずなのにその尻尾はグンと伸びてまた深々と地面に突き刺さった。な、長さも変わったんですけど⁉︎

他のもう一本の尾は自分を締め上げているエル君を振り払うようにそちらへ動き、最後のもう一本はアラム陛下やリオン様達を攻撃する。

これじゃグノーデルさんの力を引き出すにも集中出来ない。

どうしよう⁉︎と焦る私の耳にその時、艶めいたビロードのように心地良い声が囁いて来た。

「ユーリ様、お酒ですよ」

シェラさんだ。切迫した状況にそぐわない、いつも通りの色気の滲んだ笑顔でにっこりとその片手に小瓶を振って見せている。

「シ、シェラさん⁉︎」

「お前、今頃来たと思えば何だそれは!」

驚いた私と、助かったという思いと苦言を呈したい複雑な思いから眉間の皺を深くしたレジナスさんの二人に声を掛けられてもシェラさんはその飄々とした態度を崩さない。

「殿下達の後払いをしつつ、この事態ではもしかして必要になるかと酒も探しておりました。探せば品行不行届な騎士や護衛の数人はいるものですね。いえ、緊急時の消毒用に持参していたという事にしておきましょうか?」

「さすがシェラさん‼︎」

「ダーヴィゼルドと似たような状況でしたので。ぜひともまたあの星のように美しい金色の瞳を見せていただけますか?」

そう言って嬉しそうに私に小瓶を手渡して来た。

その間にもエリス様の爪や尻尾は暴れているのでそれを避けながらの会話で頭がクラクラする。

この状態でお酒を飲んで大丈夫なのかな⁉︎

そう思っていたのは私だけではないようでレジナスさんも、

「ユーリ、加減してまずは一口だけ飲むんだ」

と声を掛けてくれた。

「た、多分大丈夫じゃないですか?前よりも大きくなってて本当の姿に近い分、そう見境なくなることはないかと」

答えながらも瓶の蓋を抜いてグイとその中身を煽る。

そこでシェラさんがあ、と思い出したかのように声を上げた。

「そうでした、肝心の度数なのですが申し訳ありません。何人分かの物をかき集めて持って来たので度数が分かりません。それなりの高さのアルコール度数だとは思うのですが・・・」

勿論まだ口を付けていないものを集めて来ましたのでその点はご安心を。

そんなことを言ってるけどご安心も何も気遣いするところが違うよね⁉︎

急いで煽ったお酒は一口でも充分過ぎる量が喉の奥に流れ込み、すぐに私の体はかぁっと熱を持って白く光り輝いたのだった。


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