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第十九章 聖女が街にやって来た

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エリス様が今口にしたそれは、ヨナスを祀っていた古神殿にあった魔石の欠けらだ。

シグウェルさんに修復してもらった時にどうしても見つからなかったあのリレーのバトンほどの大きさの魔石。

あれをどう加工したのかそれは今、目の前で液体で存在していてエリス様はそれを飲んだ。

魔力の増強剤って言ってるけどとんでもない。

飲んだ瞬間、エリス様の赤い瞳は更にその美しい輝きを増す。

と、森のどこかで何か獣の大きな声がして鳥が一斉に飛び立つ音がした。

獣の声に驚いて、きゃあ!と私達の周りにいた他の貴婦人やご令嬢方からも悲鳴が上がり互いに抱き合っている。

「ユーリ!」

レジナスさんは素早く私をその背に庇ってくれたけど、エリス様は平然としていた。

「・・・この湖畔の森は豊かなんですね。あんなに大きな獣の声がするなんて驚きました。」

そう言ってまた魔導士さんが注いだ杯を飲み干した。

二杯も飲んじゃったけどなんで平気なんだろう⁉︎

ヨナスの力が混ざった霧を吸い込むだけでも普通の人は気を失ったり、カイゼル様の時みたいに正気を失ってしまうのに。

「レジナスさん、リオン様は大丈夫ですか?」

レジナスさんの懐に守られたままこっそり聞けば

「シェラが陰から護衛しているから大丈夫なはずだ。それよりこちらの女性陣を避難させないと」

と答えてくれた。

シェラさんは私と一緒にいたいと言ってくれたけどレジナスさんが私といてくれる分、リオン様の護衛が手薄になるのが心配でそちらに行ってもらっていた。

さっきのあの恐ろしく大きな獣の声。

タイミング的にエリス様が薬湯だというあの紫色の液体を飲んだ時に聞こえてきたけどまさか何かしたんだろうか。

遠く王都から離れた場所からでも私の結界に触ることができたなら、同じようにここに座っていながら何か出来たのかも知れない。

そんな事を考えている間にも、私を守りながらレジナスさんは他の騎士さん達に指示をしてみんなをこの場から避難させてくれていた。

その場にいるのはまだ座ったまま落ち着いているエリス様とその後ろに立つ魔導士さんに私とレジナスさんだけになる。

と、そこへエル君が現れた。

「ユーリ様、戻ってください。あの国境沿いに出ていたようなおかしな獣がいくつも暴れていて危険です」

そう教えてくれる。国境沿いにいた変な獣って・・・。

まさか前にシェラさんが教えてくれた、頭が何個かある熊とか殺してもなかなか死なないで暴れる猪とかそういうやつ?

でも、そんなのが王都の中のこんな静かな森に突然現れるなんて。

そういえばその獣を試しにダーヴィゼルドの山に連れて行ったらグノーデルさんの雷が落ちたからヨナスの力が関係してるんじゃないかって言っていたっけ。

「エリス様、まさか・・・‼︎」

普通の獣にヨナスの力を与えて変えた?

でもそんな事、普通の人が出来るんだろうか。いや、エリス様は聖女と呼ばれるほど魔力に優れた人だ。

もしかすると癒しの力を他人に与えるようにヨナスの力も他のものに与えられるのかも。

「狩りの獲物は元気な方が仕留め甲斐があるでしょう?ユーリ様にはそのように素晴らしい騎士がついておられるのですし、何の心配もないと思いますが。」

落ち着いた物腰でそう話すエリス様はレジナスさんを見つめて微笑む。

「レジナス様のご高名はヘイデス国にも聞こえております。たかが森の獣など大したことはないでしょう。それに万が一、他の方々が怪我をされましてもユーリ様の力があれば大丈夫。私もお手伝いいたしますわ。」

そりゃあ確かに、どんな怪我人が出ようが治してみせるけど。

でもわざと怪我人を作り出そうとするようなこの状況が嫌だ。

どうしてこんな事をするんだろう。まるで私に力を使わせようとしているみたいな。

そう思ったら、なんだか思い当たることが多い気もした。

私にわざと力を使わせてそれを吸収しようとしているのかな。

シグウェルさんはエリス様のことを

『何人もの魔力が入り混じったようないびつさを感じる』

『魅了魔法か催眠魔法か分からないが、人の魔力を自分に差し出させようとしているようにも見える』

って話していたから、もしかするとその可能性はある。

自分の魔力で人に何らかの影響を与えて、他人の魔力を盗むとか吸収も出来る・・・?

エリス様とシグウェルさんが話していた王宮の庭園の枯れていた薔薇の花。

あそこは私が加護の力を使っていた庭園だ。

もしかして王都の結界に触れた時のように私の力を吸収したり影響を与えられないか試した後だったんだろうか。

今更ながらそんな事に気付く。

目の前のエリス様は居住まいを正してきちんと座ったまま落ち着いている。

周りでは飛び立った鳥の声がまだ騒がしくて、ふいに視界の隅に茶色い何かが見えたと思ったら

「ギャッ!」

という甲高い声と共にそれが真っ二つに分かれて転がった。

リスだ。かわいそう、と思うと同時にリスっぽくない鋭い牙がその口から覗いているのと可愛い体に似合わない黒く大きな鉤爪に驚く。

・・・え?リス、だよね・・・?

こんな凶暴な見た目のリスなんてこの森にいたっけ?

前にリオン様達と遠乗りで来た時にお菓子のかけらをあげたリスはもっと小柄でかわいいファンシーな見た目のものだったけど。

思わず食い入るようにそれを見ていたらまたギャッ、という声がして同じようなリスが数匹転がった。

「これではキリがないと思います」

エル君があの白い糸の武器を巻き取ったのが見えたから、凶暴なリスの攻撃から私を守ってくれたらしい。

いつの間にか私達の周りをリスの群れがぐるりと取り囲んでいた。

これがただのリスならメルヘンの世界なのに、現実は鋭い牙を剥き出しにしてヨダレを垂らし唸りながら私達に飛びかかってくるスキを見計らっているホラーみたいな絵面だ。

「大丈夫ですよ、怪我をしてもユーリ様が治して下さいますし獣の攻撃もそのお力で防いでくれるはず。・・・ああでも、結界も通用しませんか?」

エリス様が緊迫したこの場に不釣り合いな微笑みをにっこりとその顔に浮かべた。

その言葉にハッとする。

そういえば私って、今まではラーデウルフだトゲトカゲだ、土竜だって結界を張ってみんなを守って来た時の相手はいつも魔物だった。

今私達に襲いかかって来ているこれは魔物じゃない。

ヨナスの力の影響を受けているけどただの動物だ。そういうものにも私の力は通じるのかな?

レジナスさんの服をぎゅっと握りしめながら自分の力に疑問を持つ。

どこか遠くでは狼の遠吠えのような声が聞こえている。

リオン様も私達のように凶暴化した獣に襲われているんだろうか。

結界が張られた王都の中に魔物は入り込めないけど、元から王都に存在するものをこんな風に作り替えられてしまうとは思わなかった。

「ユーリ様、ご心配ですか?私もお力添えしましょうか?」

エリス様が私に手を差し出す。

「癒しの力でも結界や浄化のお力でも、お好きにお使いください。私もお手伝いさせていただきます。」

そう言ってるけど、その手を取るのはあまりに危険だ。
私が力を使った瞬間、私の力を取り込もうとされたら怖い。

私に魅了魔法が通じなかったりうまく力を吸収できないから、もっとたくさん私に力を使わせて隙を狙おうとでもしているんだろうか。

「早くしないと殿下達のことも心配ではありませんか?」

エリス様はそう言葉を重ねて私に力を使うように促して来た。






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