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第十九章 聖女が街にやって来た

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ー・・・ああ、まただ。



私の目の前、数段高い位置からさっきまではツンと澄ましていたくせにいまは傲岸不遜にも華やかな微笑みをその美しい顔に浮かべている、癒し子と呼ばれその名を讃えられている女から視線を外して俯く。

この場でその力を私たちに使うとは思いも寄らなかったけど、あの力を吸収出来る丁度いいチャンスだと思った。

一度目は王都の結界で。二度目は奥の院に足を踏み入れる時に。

そのどちらの時も、あの力に触れは出来たがなぜか取り込むことは出来なかった。

私の力が足りない?それともイリューディア神様の力は私を拒絶している?

なぜかは分からない。だけど今、この謁見の場であの女は力を使った。

この大広間いっぱいを満たす癒しの力を。

だから今度こそこれはチャンスだと思ったのに。

あの力を私が取り込む三度目の機会。

生まれ持った私の魔力。なぜか他人の魔力も吸収し、放出も出来る不思議な力。

それを使って癒し子のあの力を吸収しようとしたのにまた出来なかった。



・・・幼い時、生まれ育った土地の神殿に仕えていた神官に見てもらった時には稀にそういう、自分以外の者にも影響を与えられる魔力特性の持ち主もいるのだと聞いた。

他人の魔力を増幅したり、打ち消してしまったり。

あるいは治癒魔法などある一点の魔法にのみ並外れた力を発揮出来たり、はたまた他人を害する攻撃的な魔法しか使えなかったり。

そんな魔力特性の者もいるという。

それを初めて聞いた時、私は選ばれた人間なのだと思って心が躍った。

普通なら自分の魔力しか使えないのに、他人にまで影響を与えられる魔力を持っているなんて。

地方の弱小貴族で、一生王都に行くどころか王族にすら目通りも叶わないと思っていた両親は選ばれた子だと言って特に喜んだ。

中央貴族に舐められないようにと一族みんなから資金を集めて立派な衣服を揃え豪華な馬車を仕立てた。

そしてそれに乗って王都の大神殿に仕える巫女を選ぶ選女の泉での選別へも行ったのだ。

絶対に選ばれるはずだったあの選別。

だって会話を交わした他の子達の中に、私のように他人に影響を与えられるような特別な魔力の持ち主はいなかったもの。

だから、やっぱり私こそがイリューディア神様に選ばれた優れた人間なんだって思っていた。

それなのに。

最初の挫折は、そこで選ばれなかったこと。

王族の姫君、カティヤ様が姫巫女に選ばれてしまった。

ずるい。王族という恵まれた地位に生まれ美しい容姿を持っている上に飛び抜けた魔力まで。

その上イリューディア神様に愛され選ばれた特別な姫巫女だなんて。

結局その年は姫巫女だけが大神殿への奉仕者として選ばれ、私を含めたその他の少女達は地元の神殿への主席神官としての推薦状だけを待たされ帰された。

娘を大神殿の巫女にして、あわよくば王族や中央貴族と繋がりを持とうと考えていた私の両親はそれに深く失望した。

失意の両親に私はそのまま領内でも僻地にあたる地方の裏寂れた神殿へと押し込められた。

それでもいつかはこの力が役立つだろうとその屈辱にも耐えた。

だって私は特別な人間だもの。いつか必ず、私の力が役立ちみんなから必要とされる時が来る。

それから数年後だった。遠く離れた王都で大変な事が起きたという話が風の便りに私のいる僻地にも聞こえて来た。

ルーシャ国の第二王子、リオン殿下が魔物により不治の怪我を負ったのだと。

国中の優れた医師が、神官が、魔導士が・・・全ての者がその治療にあたっていると。

リオン殿下。選女の泉での選別に幼い妹君のカティヤ様を心配して同行された時、初めて遠目にお目にかかった。

あの光輝くように美しく整ったお顔と優雅な所作、柔らかな物腰。

大切に慈しむようにカティヤ様の頭を撫でる優しい手と眼差し。

あの優しい王子様が苦しんでいる。

・・・ああ、なんて痛ましい。そう思って

これこそ私の力が役立ちみんなに必要としてもらえる機会だから。

遠く王都から聞こえてくる噂話では、あの大魔導士シグウェル様が新しい魔法を考案してまで治療と回復を試みているという。

それならまずは様子を見よう。

国で一番の魔導士や大神官、あの姫巫女カティヤ様ですら治せないとなればきっとそれ以外のどんなものにでも縋るに違いない。

私はそれまでに自分の力を高めることに注力しよう。

そうしてそれから一年経っても二年経っても、リオン殿下が回復されたという話は聞こえて来なかった。

その間に私は国の内外を問わずありとあらゆる文献を調べ魔石や魔道具を試し、自分の力を高める物を探した。

その中で手に入れたのは濃い紫色の小さな魔石だった。

渡してきたのは胡散臭い魔導士だった。・・・いえ、神官だったかしら?

イリューディア神様やグノーデル神様の信仰が高まるのは素晴らしいことだけど、それと同じくらい素晴らしく人間に力をもたらしてくれるヨナス神様だけが打ち捨てられ忘れ去られるのが心苦しいと言っていた。

忘れられた女神の力を活かしてくれる方を探していたと。

その魔石を割って出てきた魔力を吸収してみれば、私の魔力はそれ以前よりも格段に力を増した。

これならリオン殿下を救えるかも知れない。

王都へ行き、魔導士団長やカティヤ様の魔力を吸収し、それを増幅した癒しの力を使う。

それはきっと女神にも等しい力になるに違いない。

そうして私のいる神殿を通じて王都の大神殿へ連絡を取ろうとした時だった。

二度目の挫折が訪れた。

姫巫女カティヤ様にイリューディア神様の御神託がくだされ、異世界より勇者様と同じく召喚者が遣わされるという噂が国中を駆け巡った。

そうして現れた癒し子と呼ばれる召喚者は、あっという間にリオン殿下の怪我を治してしまった。

どうして?それは私の役目のはずだったのに。

愕然とし、もうこの国に私の居場所はないと思った。

この国に選ばれないのなら、私が自分で自分を必要とする国を選ぼう。

力さえあれば身分も出自も問わないというヘイデス国へと向かったのはその後だ。

・・・そして今、イリューディア神様とヨナス神様の魔力を元に力を高め、ヘイデス国の聖女となった私の目の前には。

私より数段高い場所から私を見下しリオン殿下に手を取られ、甘く優しいあの青い瞳に見つめられている癒し子がいる。

あの場所にいるのは私のはずだったのに。

あの人と私の一体何が違って私は姫巫女に選ばれず癒し子と讃えられるほどの魔力も得られなかったのだろう?

あの人の力が欲しい。

イリューディア神様の偉大な御力は私のものにならないの?

ヨナス神様の力の一部さえ吸収出来た私なら、きっとあのイリューディア神様の力もうまく使えるはずなのに。

それなのに、何故か癒し子のあの力を吸収出来ない。

まだ力が足りないのかしら。それとも足りないのはヨナス神様への信仰心?

イリューディアは私のものなのに。その力を全部よこしなさい。

ふとした拍子にたまに頭の中に響いてくるそれは一体誰の声なのかしら。

私なのか、それとも別の誰かの声なのか。

分からないまま謁見の場を取り繕うように私はイリューディア神様のような慈愛に溢れた微笑みを顔に乗せて、手を取り合うリオン殿下と癒し子を見つめていた。
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