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第十九章 聖女が街にやって来た

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迎えに来た陛下の騎士達に案内されて行った先は、これまで他国の使節団や貴族の人達と謁見した宮とはまた違う場所だった。

国王陛下が直々に謁見を受けるための宮殿らしい。

いつもの宮殿よりもっとずっと天井も高く廊下の幅も広い。

白い壁は金の装飾も豪華で、まるで宮殿自体が光を放って輝いているようだった。

「本当だったら私も召喚者として陛下にはここで謁見するはずだったんですよね?」

実際は陛下のプライベートな空間で羊の毛刈りをしているところに居合わせたけど、こんなところで初対面をしていたら緊張してしょうがなかっただろう。

私の後ろでローブを持ってくれているルルーさんがそれに頷いた。

「ええ、ですが現れた召喚者様が幼い子どもだと聞いた陛下はユーリ様の気持ちが落ち着きこの世界に馴染むまで会うのは待とうと仰いまして。」

その話を聞いた時のことを思い出したのか、ルルーさんは柔らかく微笑んだ。

「それに小さな子どもを一人、こんなに大きな宮殿の広間で自分を見上げさせるように圧迫感のある謁見をさせるのは不憫だとも。」

なるほど、適切な時期を待って私と会うつもりでいたらそうこうするうちにリオン様が理由を付けて私に会わせないようにしちゃったんだな。

確かに、この世界に来たばかりの段階でこんなにも立派な場所で一国の王様に謁見していたら怖くて何も話せなかったかも。

陛下って豪快だけどわりとそういう心配りはしてくれるこまやかなところがあるよね・・・と思っていたら、私の前を歩いていたエル君が一つの扉の前で足を止めた。

「ユーリ様、こちらです。中ではすでに陛下とリオン殿下がお待ちですが、ヘイデス国の方達が来るまではあと少し時間があります。僕も護衛として同行しますけどユーリ様の後ろの隅の方にいますから。」

そう言って、エル君は自分より遥かに大きくて重そうな両開きの扉を開いた。

するとすぐにユーリ、というリオン様の声が耳に飛び込んで来る。

声のする方を見ればリオン様が嬉しそうに私に歩み寄ってくるところだった。

先日ヘイデス国の人達を迎えた時と同じような正装姿だったけど、その上着に刺繍されている模様が私の着ているドレスに使われているのと同じ意匠だ。

まさかの刺繍でお揃い・・・というか同じような白い色も相まってペアルックみたいになっている。

「すごく綺麗だ。お化粧もしてる?いつもと少し雰囲気が違うね。」

にこにこと微笑んで、私の両手を取りながら見下ろしてそう言ってくれるリオン様こそまるでおとぎ話に出てくるような王子様オーラに満ち溢れている。

「その美しさをヘイデス国の者達に自慢したいところだけど、そんなに綺麗だと誰の目にも触れないようにもしておきたくなるね。困ったな。」

まるでシェラさんみたいなことを言うリオン様だったけど、その後ろからおーい。と声が掛かった。陛下だ。

「おいリオン、いい加減俺にもそんなに綺麗なユーリちゃんを見せてくんねぇ?俺の死角になるところで立って話してんの、それ、わざとだろ?」

その声にリオン様の後ろを覗き込めば、赤と金で装飾された立派な肘付き椅子に腰掛けながら呆れたようにこちらを見ている陛下がいた。

あの波打つ黄金の髪の毛をきちんとまとめ、白と青を基調にした正装着でその頭上には大きな青い魔石が嵌め込まれた王冠を被っている。

くだけた口調で呆れたように肘をついてこちらを見ているその雰囲気はいつもの陛下だけど、格好が違うと物凄く立派に見える。

いや、実際ルーシャ国の王様だし本当に偉いし立派な人なんだけど。

だけど、

「男の嫉妬は醜いと言っていたのは父上ですよね?」

「なんだとコノヤロー、お前まだ自分の席がユーリちゃんの隣にないのを怒ってんのか⁉︎」

「その配置はおかしいでしょう、まるでユーリが父上の妻のように見えますよ。」

そんな言葉の応酬をしている二人を見ると、とてもじゃないけど国王陛下とその国の第二王子殿下という凄さが伝わって来ない。

まあある意味いつも通りなので変な緊張をしないで済むけど。

「どれユーリちゃん、早くここに座れ!おおーいいねぇ、あの特徴ある目元が強調されて神秘的な色気が漂ってる!上手に化粧をしてもらったなあ‼︎」

陛下の隣の同じように立派なビロード張りの椅子に座ると、ルルーさん達がローブやドレスの裾を整えてくれているのも眺めながら陛下は私の顔もまじまじと見つめて上機嫌だ。

「やっぱり膝の上にユーリちゃんを乗っけたかったなあ」

なんてことも言ったものだからまたリオン様にきつく睨まれていたけど。

そういえばシグウェルさんは同席しないのかな?

前に話した時は私と聖女様が二人並んだところを見て相手が本当に聖女と呼ばれるほどの者かどうか確かめたい、なんて言ってたんだよね。

きょろきょろすれば、それに気付いたリオン様がどうしたの?と聞いてきた。

そこで前にシグウェルさんと話した事を説明すれば

「ああ・・・」

と何か思い当たる節でもあるのか頷かれた。

「それについてはもう大丈夫。昨日、大神殿のカティヤのところへ急遽シグウェルも同行したのは聞いてる?」

そうだ、確か魔導士院に行こうとした私にルルーさんがそう教えてくれた。

こくりと頷けば、

「それも今ユーリが教えてくれた話の一環だったんだよ。聖女様と姫巫女であるカティヤの両方を自分の目で見比べたかったらしい。それで自分なりの結論が出たんだろうね、今日シグウェルはここに立ち会わないよ。」

リオン様の言葉にそうだったのか、とやっと理解する。

てっきり聖女様と親しくなったから大神殿にまで急に一緒について行くと言ったのかと思っていた。

とんだ勘違いだ、恥ずかしい。

「え?なんでそこで赤くなるの?どうかしたユーリ、大丈夫?緊張で熱でも出てきた?」

ポンと赤くなった顔は薄化粧でも隠し切れなかったらしくリオン様に心配される。

「い、いえ何でもないです・・・ただ暑くなっただけですから・・・。」

そんな私を面白そうに見ている陛下の視線が・・・これはなんか、色々と私の勘違いを察していそうな。

「そういえば、」

肘をつきながら私を面白そうに眺めていた陛下が口を開いた。

「シグウェルがその魔力を気にするほどの聖女様、なかなかのタマらしいな。あのイリヤが『あの女は好かん!』ときっぱり言い切ってレニも近付けるなと護衛達に命じてたぞ?」

「兄上が?それは意外ですね。」

陛下の話にリオン様はちょっと驚いている。

だけどあのデリカシーのない大声殿下なら人の好き嫌いはハッキリしてそうだし、それくらい言いそうなんですけど?

そんな私の気持ちが分かったのか、陛下は大きな声で笑った。

「ユーリちゃんの考えてることは何となく分かる。
だけどあいつはああ見えて見た目や雰囲気に誤魔化されずに相手の真実を見抜く目と直感力は優れてるからな。
そんな奴が歓迎式典でちょっと会っただけの相手をそう判断するってことは何かあるんだろうよ。」

「・・・レニまで遠ざけるように言われたのですか。」

面白そうな陛下とは逆にリオン様は難しい顔をしている。

「そ、だから一体どんな聖女様なのか俺も会うのが楽しみなわけよ。な?ユーリちゃんも興味が湧いてきただろ?」

「ユーリを焚きつけないでください!」

陛下から庇うようにリオン様は私の肩に手をおいて、それを見た陛下はちぇっ、と口を尖らせた。

「今のお前みたいに警戒心丸出しで顔を合わせるより、面白そうだなーって好奇心の溢れた顔で会う方がいいだろうが」

「謁見の直前で警戒させるような事を言ったのは誰だと思ってるんですか?」

二人のやり取りを聞いていると、一体どんな顔をしてヘイデス国の人達を迎え入れればいいのか分からなくなってくる。

むにむにと頬を触りながら

「え?私、どんな顔してればいいですか?真面目な顔をした方が?それとも笑ってる方がいいですか?」

困惑しているとその手をリオン様に止められた。

「せっかくのお化粧が取れるからそれ以上は触らない方がいいよ。
・・・そうだね、最初は笑わないでいていいと思う。もしかすると相手を見て驚くかも知れないから、それが顔に出ないように少し無表情に努めるくらいでもいいだろうし。」

「見て驚く?どうしてですか?」

おかしな事を言うなと座ったままリオン様を見上げれば、陛下も興味深そうにしている。

うーん、と一瞬言い淀んだリオン様が

「なんて言うか、ユーリに似てるんだ。」

と思いがけないことを言った。

「え?」

「いや、顔がそっくりって訳じゃないんだけど雰囲気かな。パッと見た瞬間は一瞬ユーリかと思うんだけど、よく見れば全然違うんだよね。だからもしかするとユーリが見てもそう見えるのかなって。」

言葉を選びながら話すリオン様に陛下はますます面白そうな顔をした。

「幻影魔法か?」

「いえ、そうではないんです。本当に瞬間的にそう見えるだけで。もしかするとそれが違和感になって兄上は聖女様を好ましく思わなかったのかも知れません。」

私に似てる人が現れたと思って驚いた顔をすればそれで足元を見られたり何か勘ぐられたりするかも知れないということだろうか。

私は感情が顔に出やすいとシグウェルさんによく言われているから気を付けないと。

「頑張ります!」

キリッと顔を引き締めて頷いた。

それなのにそんな私を見た陛下とリオン様は目を丸くすると次の瞬間、二人揃って笑ってきた。

「・・・っ、うん、頑張ろうね。」

「なんっだそれ面白れぇなあ!真面目に見えねー、可愛いだけじゃねぇか‼︎」

大丈夫かあ?と陛下は私の頬をつついてくる。

どうやらいたって真面目な顔をしても、普段の私を知る二人には全然その真剣さは伝わらないらしかった。
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