上 下
475 / 709
第十九章 聖女が街にやって来た

17

しおりを挟む
夜遅くにリオン様とシグウェルさんの訪問を受けて寝不足のまま朝を迎えた。

ふわぁ、とあくびを一つもらせば私の髪を櫛削ってくれている背後のシェラさんが笑みをもらす。

「その分ですと久しぶりに会う殿下達に手を焼いたようですね。」

「知ってたんですか⁉︎」

「直接見たわけではありませんが、二人にはユーリ様が寂しい思いをされていると伝えておきましたから。」

あの二人がそれを聞いてユーリ様を放っておくわけはないでしょう?

シェラさんはそう笑っている。

「おかげで昨日は大変な目に遭いましたけど・・・。でもありがとうございます。」

会えて嬉しかったのは本当だ。

仕事で忙しい合間を縫って来させてしまったのは申し訳ないけど。

「でもレジナスさんは元気ですか?レジナスさんにもここ数日会っていないので気になっているんですけど・・・」

鏡越しにシェラさんを見つめて尋ねれば、ああ。と頷かれた。

「彼はここ数日、王都の周囲の警備に当たっています。」

「そうなんですか⁉︎」

リオン様の側も離れてそんな任務についているとは知らなかった。

「ユーリ様のつけた結界に変化を感じたシグウェル魔導士団長からの依頼です。もし結界が綻んでいたらそこから何が入り込むか分からないとのことで。」

王都ってかなり広いのに。そんな広範囲を警備するのは大変だろう。

「休憩や交代でこっちに戻ってくることはないんですか?疲れが取れるように力を使って上げたいんですけど・・・」

そう聞けば、すいすいと私の髪に複雑な編み込みを施しながらシェラさんは話を続ける。

「今日のユーリ様の謁見の場には立ち会えませんが、明日の夜にある陛下主催の宮中晩餐会までには戻れる予定ですよ。」

宮中晩餐会。そういえば陛下のところへお昼を食べに行った時、色んな話をした中でそんな事もチラッと聞いたなあ。

私は特に挨拶もないから、ただ黙って座っておいしくご飯を食べてればいいっていう話だった。

そう思い出していれば、

「晩餐会にはユーリ様の伴侶としてオレ達四人とも陛下に招待を受けておりますからね。レジナスもそこに向けて万が一にも王都に何もないようにとそれまでは交代もなしで警備に当たっております。」

シェラさんの口から初めて聞く話が出て来た。

「え?わ、私の伴侶で四人とも出席するんですか⁉︎」

王子様や魔導士団長、騎士としてじゃなく?

ふと頭の片隅によぎったのは、謁見の話をした陛下が

『ユーリちゃんの周りに伴侶を侍らせて、モテモテなとこを見てみてぇなあ!』

と面白そうに言っていたことだ。

まさかそれ、謁見では見られないから晩餐会でやろうとしてる⁉︎

「まだ正式な発表も儀式もしておりませんが、ユーリ様にはすでに決められたお相手がいると他国の者達にも知らせる良い機会だと思いますよ。」

「それ、このタイミングで公表する必要あります⁉︎」

「ユーリ様の伴侶を国王陛下も認めているのだと一目瞭然で分かっていいですよね?」

むしろどこに問題が?と鏡の向こうでシェラさんは不思議そうに小首を傾げた。

「晩餐会には他国からの来訪者だけでなくルーシャ国の主だった貴族も出席しますから、公文書を発布したり大々的なお披露目の場を別に設けて伴侶を発表するよりも手っ取り早くて良いと思います。」

「でも恥ずかしいんですけど!」

「そこは慣れていただきませんと。これから先、将来的には何度もそういう機会があると思いますよ?」

慣れるものなんだろうか。

「勇者様って七人も奥さんがいてそういう時はどうしていたんでしょうね・・・」

思わずぽつりと漏らせば、

「文献に添えられた絵でしか見たことはありませんがそれはもう壮観だったようですよ?両脇に二人のご正妃が座り、更にその両脇にその他のご伴侶様がずらっと」

「一列に横並びですか⁉︎」

まるで企業の圧迫面接だ。

「じゃあ私もそんな風にリオン様やシェラさん達を並ばせるんですか?」

「恐らくそうだと思いますが、席順などは晩餐会当日まで不明ですね。陛下の裁量によるものですからまだ何とも・・・」

黙ってご飯を食べてるだけで気楽なはずの晩餐会に一気に行きたくなくなってきた。

気が重くなった私とは逆にシェラさんは

「公式な場でもユーリ様のお側で気兼ねなくお世話出来るのは嬉しいですねぇ」

と楽しそうにしている。

そして楽しげに機嫌が良いせいかいつも以上にあの器用な指先はよく動き、あっという間に私の髪型は出来上がった。

ドレスや靴の準備をしていたマリーさん達の手が思わず止まってしまい、その工程を見てしまっていたほどの複雑な編み込みが施された髪型だ。

「さて、今回は成長されたことですし公式な場ですからお化粧も少ししましょうか」

そう言うと首元に布をかけられて椅子をくるりとシェラさんの方に回されて目をつぶるよう促される。

「元々ユーリ様は目鼻立ちがはっきりしていらっしゃいますし、今回は聖女との謁見ですからね・・・派手過ぎずごく薄く、目元と口元だけにしますよ」

そんな声がして、目の近くに筆や指の触れている感触がした。

そっとあごにも手を掛けられて、

「少しだけお口を開けていただけますか?」

と言われその通りにすれば唇も筆でなぞられる。

丁寧に何度か筆が唇を往復した後に

「さあ、目を開けてください」

というシェラさんの声がしてパチパチとまばたく。

すると目の前にはシェラさんやシンシアさんがいてその仕上がりを確認するように私を見つめていた。

「まあまあ・・・手を加えたのはほんの少しだけですのにとてもお化粧映えいたしますね。」

シンシアさんがほんのりと赤らめた頬に手を当てている。

マリーさんもドレスに最後につけるローブを手に握りしめ、こくこく頷いて同意してくれた。

さすがイリューディアさん謹製の美少女姿だ。

自分で言うのもなんだけど普段でもなかなかの美人度が化粧をすると更にその度合いが増すらしい。

シェラさんはというと、まだ口紅を塗った筆を手にうっとりと私を見つめていた。

「どうしましょう・・・こんなにも美しいオレの女神を人目に晒すのは惜しくなってまいりました。口付けても良いですか?」

いや最後。

「何でですか、ダメですよ!」

慌てて椅子から立ち上がる。そろそろ陛下の騎士さん達が来る頃だ。

「せめてオレも一緒について行きたかったですね・・・そのローブの裾を持たせていただきたかったです」

そう言いながらまだ残念そうに私の肩口にローブを留めてくれてその裾にうやうやしく口付けられた。

今日はシンシアさんとルルーさんが私のお供をしてくれる。

ドレスの裾より少し長めで床に引きずるような白く薄いローブの端を持ってくれるのだ。

そういう一人だけでは裾を捌けないドレスを着るのもこの世界に来てからは初めてだ。

ドレスには白を基調にイリューディアさんの象徴の白百合や、すっかり私の意匠にされたリンゴの花を金糸でふんだんに刺繍してある。

色の付いた宝石は使われていないかわりに大小の真珠を使って幾何学模様のような飾りも施されていて、清楚ながらもよくよく見れば手間がかかっていて豪華なドレスだ。

「これならヘイデス国の聖女様にも負けませんよ!」

マリーさんはなぜか聖女様に対抗心を持っている。

「当然です。元よりユーリ様の足元にも及びませんが、この美しさではその足元にひれ伏してその足の甲に口付けてもおかしくありませんね。」

そろそろイリューディアさん原理主義が狂信者の域にまで達していそうなシェラさんも相変わらずだ。

そんな面々に送り出されて、私は少し緊張しながら聖女様との初めての謁見に臨んだ。





しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

王太子妃、毒薬を飲まされ意識不明中です。

ゼライス黒糖
恋愛
王太子妃のヘレンは気がつくと幽体離脱して幽霊になっていた。そして自分が毒殺されかけたことがわかった。犯人探しを始めたヘレン。主犯はすぐにわかったが実行犯がわからない。メイドのマリーに憑依して犯人探しを続けて行く。 事件解決後も物語は続いて行きローズの息子セオドアの結婚、マリーの結婚、そしてヘレンの再婚へと物語は続いて行きます。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

処理中です...