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第十八章 ふしぎの海のユーリ

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「本当にちゃんと手加減して、町の人たちに被害が
出ないようにして下さいよ⁉︎」

「心配性ですねぇユーリ様。その半分でもいいので
オレのことも心配してくださると嬉しいのですが。」

そう言いながらシェラさんは目の前にチーズやハム、
クラッカーなどお酒のおつまみみたいなのをいそいそ
と並べている。

今私たち二人はお世話になっているお屋敷の屋根の
上に並んで座っていた。

シグウェルさんが『魔物の居場所をもう少し正確に
特定できないか調べておくから花火を楽しめ』と
言ったからだ。

だから夕食後に一休みして、

「いくら暖かい地方でも夜はきちんと冷えないように
して下さい」

と言うシンシアさんの手によってまた着替えを
させられた後に、迎えに来たシェラさんに連れて
こられたのがこの屋根の上だった。

てっきりお屋敷の最上階のバルコニーからでも見る
のだろうと思っていたら、ファレルの大鐘楼で鞭を
使ったシェラさんに抱え上げられたまま一息に壁を
登ったように今回も同じような方法で屋根の上へと
登ったのだ。

「もっと上から花火をみますよ」

と言ったシェラさんに突然胸元に抱き寄せられた時は
何事かと思ってドキドキした。

そうして飛び上がった屋根の上は意外と傾斜も緩く
むやみやたらと立って歩き回らずに座っている限りは
足を滑らせて落ちることもなさそうだ。

私の視界も下は屋根しか見えず、上には星空だけが
見えているので地面が見えて地上からの高さに恐怖を
感じることもない。

ちなみにエル君は気を利かせたのか屋根の上まで来て
護衛はせずにその階下に控えている。

だからここには二人きりだ。

「こうしてユーリ様と二人で星空を眺められる日が
くるなどまるで夢のようですね。」

自分のグラスにはお酒を、私の分にはほんのり薄紅色
に色付いたリーモのジュースを注いでくれながら
シェラさんは言った。

欲張ってクラッカーの上にチーズも生ハムも乗せて
食べてみようとしていた私はこちらを見つめて微笑む
シェラさんにたじろぐ。

「本当に、夢でなければいいのですが。」

そう言ったシェラさんが屋根についている私の手に
自分の手を重ねてきたと思ったらそっと唇を重ねて
きた。

ゆっくりと離された顔はまだ距離も近くこちらを
見つめている金色の瞳も至近距離だ。

「リーモの甘い味がします。夢ではないようですね、
良かったです。」

じんわりとその瞳に色気を滲ませてそんなことを
言われた。

「そっ、そういう時は自分をつねるとか叩くとか
して痛みを感じて現実だって確かめるものですよね⁉︎
なんか違いません⁉︎」

「嫌ですよ、どうして痛い思いをしなければいけない
んです?こんなに素敵な確かめ方があるというのに。
ユーリ様も確かめてみませんか?」

「結構です!」

ずいと迫るシェラさんに声を上げる。

「そうですか?」

言うなりもう一つ口付けを落とされた。

「ちょっ・・・!」

避けようと思っても下手に動けば屋根から落ちるかも
しれない。

いや、シェラさんがしっかりと手を重ねているから
心配ないのかな。

よく分からなくなって結局動けないままシェラさんの
好きなようにさせることになっていたその時だ。

ヒューン、と夜空を切り裂くような鋭い音がしたと
思ったらすぐにドーンという体に響くような低音と
共に目の前いっぱいに大輪の花のように大きな花火が
上がった。

「おや、始まりましたね。」

そう言ってシェラさんも花火に向き直る。

赤や黄色、青、紫と色鮮やかな花火が次々と目の前
に打ち上がり飽きずにずっと見ていられる。

魔法もかけられているのかきらきら光りながら
消えていく様子は元の世界の花火よりも持ちがいい
ような気もした。

「こんなに綺麗で豪華な花火が毎週上がるなんて
素敵ですね・・・!」

感心してそう言ったら、こともなげにシェラさんが
答える。

「今回は特別ですよ。多少の寄付を積みましたので
いつもよりも、より華やかなはずです。確か昨日
魔導士団長もオレと無人島へ向かう前に試作品だと
いう花火を一つ町の担当者に渡しておりましたから、
それもまもなく打ち上がるのでは?」

「はい?」

「せっかくユーリ様に見ていただくのですから、
より多く長く花火が上がる方がいいでしょう?
楽しんでいただけているようで何よりです。それに
魔導士団長が準備した試作品の花火というのも、
この先のイリヤ皇太子殿下の戴冠式で使うものの
小型版らしいですよ。それも楽しみですね。」

まさかまたシェラさんがこんなところで私にお金を
使っていたとは思わなかった。

付き合ってる人のために花火を上げるとかどこの
富豪?いや、なんか知らないけどシェラさんお金を
たくさん持ってるみたいだけどさあ。

そしてそれよりももっと聞き捨てならないことを今
シェラさんは言った。

シグウェルさんがここに持ち込んだ花火が戴冠式用の
試作品だっていう話だ。

それってまさか、私とシグウェルさんで作った取扱い
注意で持ち出し禁止な、星の砂が混ざっているやつ
じゃないのかな・・・⁉︎

まさかシグウェルさん、王宮の許可ももらわずに
ユリウスさんにも内緒で持ち出した・・・?

あの二人は今、魔物の件で調べ物をしているはず
だから花火は見ていない。

だからユリウスさんは気付かないかもしれないけど
もし見られてたらどうするつもりだったんだろう⁉︎

色々な思いが巡って花火どころじゃなくなりそうな
気持ちになっていたら、そんな私に気付いたのか
シェラさんはおもむろにひょいと私を抱き上げると
自分の膝の間に座らせて寄り掛からせた。

「うわっ、何ですか⁉︎」

背中をシェラさんに預ける格好になって僅かに斜め上
を見上げれば、シェラさんに顔を覗き込まれる。

「この方が楽に花火を見られるでしょう?どうぞ
力を抜いて身を預けてください。ほら、また新しい
花火が上がりましたよ。」

にっこりと微笑む顔の近さに恥ずかしくなって慌てて
目の前の花火を見る。

きらきらと金粉のような光を振り撒きながら空へと
昇るその花火はなんだか今までのものと少し違った。

ドーン、と大きく花開いたそれは最初は赤、それから
青紫、銀色とグラデーションのように色を変えて
鮮やかだ。

今まで上がった花火よりも滞空時間もずっと長く
色褪せない。

あれ、もしかしてこれが星の砂の?

そう思っていたら、後はただ消えていくだけなはずの
それはいくつもの金色の鳥の姿になって空を滑空して
やがて溶けるように金の雨になって降り注いだ。

その様子に花火をみていた町の人達らしい歓声が
わあっと大きく上がったのが離れているこちらまで
聞こえてくる。

間違いない、これが星の砂を混ぜた花火だ。

「こ、こんな派手な花火を勝手に上げちゃって、後で
シグウェルさん怒られるんじゃないですか⁉︎」

「特に映像が記録されているわけでもなく一度きりの
ものですし、所詮花火は消え物ですからね。証拠は
残りませんから何とでも言えますよ。」

シェラさんは全然気にしていない。それどころか、

「これで試作品なら本番ではもっと華やかなんで
しょうね。楽しみです。」

と言っているくらいだった。そして

「さあユーリ様、花火はまだ上がっておりますよ。
こちらの軽食もつまんでみて下さい。」

と私の手にチーズの乗ったクラッカーを持たせる。

そうして他愛もない話をしながら花火を見ながら
とんとんと一定のリズムで肩を叩かれていると背中に
感じるぬくもりやお腹が満たされたのも相まって、
花火の音を聞きながらいつの間にか私は寝落ちして
しまっていた。


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