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第十八章 ふしぎの海のユーリ

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屋敷へ戻り、楽しみにしていた夕食の時間になると
テーブルには昼間私の取ったアサリを使ったものを
始めにおいしそうなお料理がずらりと並んだ。

当然、その中には念願の刺身もある。

「赤身も白身もどっちもすごくおいしい・・・!」

綺麗な紅白模様に飾って並べられた刺身を醤油もどき
のチャンユーに付けて食べればそれはもう完全に
元の世界の刺身と同じものだ。

「もっと生臭さがあるかと思ったが鮮度が良いからか
全く感じないな。特に白身の方はむしろほのかな甘み
さえ感じるのが驚きだ。」

初めてお魚の刺身を食べたシグウェルさんは味を
確かめながらそう言っている。

シェラさんは任務であちこちに行くこともあって
すでに刺身は食べたことがあるらしい。

おいしいと感動している私をにこにこと見つめて
いた。

対してユリウスさんは、

「え?マジっすか?ただ生魚を切って並べただけっす
よね?めっちゃ野生的なんすけど・・・」

と恐る恐るフォークを刺していた。

そういえばユリウスさんって海から離れた王都育ちで
いいところのお坊ちゃんだ。刺身なんて見たことも
ないらしい。

それでも一口食べた後は「意外とイケるっすね?」
とか言って食べていたけど。

だけど、あれ?

「シグウェルさんも立派な貴族育ちなのによくなんの
躊躇もなくお刺身を食べましたね?」

生魚をただ皿に盛っただけの料理なんて、本来なら
ユリウスさんみたいに嫌がってもおかしくないはず
だけど。

そうしたらシグウェルさんはああ、と教えてくれた。

「うちの領地では金毛大羊という金色の毛皮を持つ
特別な羊を育てていて、特別な宴席の時にだけその中
から選ばれた子羊をサシミにして振る舞う習慣が
あるからな。肉のサシミは食べたことがあるから
これも似たようなものだ。」

そういえば前にドラグウェル様が、私を何とかして
ユールヴァルト領に招待しようとしてそんな事を
言っていたような気がする。

「特別な時だけ食べられるんですか?」

食い意地が張った私の問いにシグウェルさんは僅かに
目を笑ませた。

「そうだ。本家当主の承継式典や婚姻、本家の人間の
生誕祝いなどだ。だから君がうちの領を訪れた時は
必ず金毛大羊のサシミが供されるだろうな。」

ユールヴァルト本家の人間の結婚時には三日三晩の
宴席が習わしだ、とついでに言われてしまった。

思いがけず結婚の挨拶でそのうちユールヴァルト領へ
一度は行かなければならないらしい事に気付かされて
しまい急に恥ずかしくなる。

「そっ、そういえばドラグウェル様にはもうお会い
しましたけど、シグウェルさんのお母様にはまだ
会ったことがないですね⁉︎どんな人ですか?」

話を逸らそうとしてシグウェルさんちのもっと
突っ込んだことを聞いてしまった。

我ながら話題選びが下手くそ過ぎる。

「母上か?・・・まあ、俺から見ても美しい人では
ある。あとはそうだな、魔力が多くて今は水魔法の
効率化で領地を豊かに出来ないか研究に勤しんで
いる。」

ちょっと考えてそう言ったシグウェルさんに、

「団長、身内まで魔力と魔法でだけ人となりを
語るのやめてもらってもいいっすか?それじゃ
全然エイデル様のことがユーリ様に伝わらない
んすけど?」

とユリウスさんが呆れた。エイデル様と言うのが
シグウェルさんのお母様の名前なんだ。

シグウェルさんが綺麗だと言うくらいならよっぽど
綺麗な人なんだろう。会ったら仲良くできるかな?

そんな事を考えていたらユリウスさんが団長はアテに
ならないっすから、と代わりにおしえてくれた。

「エイデル様もユールヴァルト一族の人で、・・・
まあ団長んちは魔力量の多い一族の中から本家当主の
お嫁さんが決まるみたいなんすけど、だから魔力も
多い上に見た目もめちゃくちゃ綺麗なんす。精霊の
血でも入ってるんじゃないかってくらいの。」

なるほど、ドラグウェル様そっくりのシグウェルさん
だけどその顔の良さはお母様譲りでもあるのか。

魔力も多いっていうしある意味シグウェルさんみたい
に魔法にずば抜けた才能を持つ人が生まれたのも
必然だったのかもしれない。

それに貴族の奥様なのに水魔法の研究に余念がない
とか、すごくシグウェルさんの親らしい。

「エイデル様はいかにも貴族って感じで一見近寄り
難く見えますけど話してみればすごくいい人っす、
それにお互い澄まして見えるけど実はドラグウェル様
とめちゃ仲睦まじくて」

「やめろユリウス、両親がいちゃついている話など
聞きたくもない」

シグウェルさんがユリウスさんを遮って嫌な顔を
する。

「アンタだって俺の前で臆面もなくいつもユーリ様と
いちゃついてるくせに何言ってるんすか!まあ
とにかく、そういうわけでユーリ様がエイデル様に
会う機会があるとすれば直近だとイリヤ皇太子殿下の
戴冠式でしょうね。ユールヴァルトからは本家夫妻が
参加するはずっす。」

その言葉にシェラさんが反応した。

「戴冠式には国内の全ての貴族が参列するはずですが
ユーリ様、その時はぜひオレの養父ともお会いして
くださいね。」

「シェラさんのお父さん?」

このクセの強いシェラさんを育て上げたなんてどんな
人なんだろう。

「ザハリ家は昔から剣術に優れた家でオレもその腕を
買われて養子になったようなものです。今はもう
田舎に引っ込んでいますが、養父はイリヤ殿下や
リオン殿下の剣の師でありレジナスにも直接指導を
しておりました。ですからオレや教え子達の伴侶で
あるユーリ様にお会いするのをとても楽しみにして
おりますよ。」

血は繋がっていないけどお父さんのことを話す
シェラさんの表情や口ぶりからはその人のことを
尊敬して大切に思っていることが伝わってくる。

にしてもそうか、シェラさんやシグウェルさんの
親に会うということはつまり舅や姑に会うという
ことだ。

国王陛下やドラグウェル様はもう会ったことがある
からいいとして、伴侶が四人だとその舅や姑の数も
普通の四倍だ。

みんなと満遍なく仲良く付き合っていけるか急に
不安になってきた。

「レ、レジナスさんのご両親はどんな人ですか?
王都には何度か出掛けたこともあるしレジナスさんも
同行してくれてたのに私、一度も会ったことがない
んですけど⁉︎」

そうだよ。そういえば前にレジナスさんと一緒に王都
に出掛けた時、自分が暮らしていたらしい地区を案内
してくれたのに家に寄って両親に会っていくか?とか
そんな話をレジナスさんは一言も言わなかった。

なんでだろう、私と両親を会わせたくなかった
のかな。

ちょっと不安になった時、ユリウスさんが呑気に
言った。

「あー、レジナスんとこも忙しい人達っすからねぇ。
今は西の辺境にいるんでしたっけ?でも貴族じゃ
ないけど戴冠式には戻って来ないとせっかく自分の
息子が王子殿下の最側近に仕えている晴れ舞台を
見逃しちゃいますからねぇ。レジナスも招待状は
送ってるはずっすからユーリ様はきっとその時に
会えるっすよ?」

「え?王都にいないんですか?」

良かった、私を会わせたくないわけじゃなかった。

ほっとして聞けば、レジナスさんの両親は二人とも
こちらでいうところの大学の教授みたいな優秀な学者
らしい。

「だけど『国力はまず教育から』が信念の人達で、
数年単位で魔物も恐れずに地方に出掛けては辺境の
人達に字や勉強を教えたりするような肝の座った二人
なんすよ。王都にいれば黙っててもレニ殿下の家庭
教師にも選ばれる位の優秀な人達なんすけどねぇ。」

なんでそんな優秀な二人からあんなバカ強い脳筋騎士
が生まれたのか謎っす、とユリウスさんは言ってる
けどレジナスさんは頭もいいよ?

トランタニア領地で領主代行の帳簿の不正を見抜いた
のもレジナスさんだしリオン様の書類仕事も難なく
補佐している。

そういう頭の良さといい、魔物のいる辺境でも
信念を持って住み込みで知識を分け与えようとする
意思の強さや肝の座ったところはすごくレジナスさん
の親らしい。

「もしかしてレジナスさんが小さい頃から剣を握った
のも二人を守りたいからとかそういう・・?」

ふとそう思って呟いたら、

「それであれだけ魔物並みの強さの奴が出来上がった
ら突然変異っすよ、ご両親はいかにも学者って感じの
線の細い人達っすからね」

そうユリウスさんに笑い飛ばされてしまったけど。

王都に帰ったらレジナスさんの小さい頃の話とか
色々聞いてみたいなと思った。

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