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第十八章 ふしぎの海のユーリ

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「ユーリ様がご希望でしたらすぐにでもリオネルへ
出掛ける許可をいただいて参りますからね。休暇と
言っても二、三日程度の日程で移動も魔法陣で
あっという間です。奥の院をそれほど留守にする
わけでもないですし殿下もお許し下さるでしょう。」

花火に合わせて今週末にでも行きましょうかねぇ、
なんてシェラさんはさっそく計画を練り始めている。

・・・ところでずっと気になっていることがある。

「シェラさん、キリウ小隊の仕事って毎日こんなに
遅く行って大丈夫なんですか?それとも今はそんなに
忙しくない時期なんですか?」

ここに越して来てからのシェラさんは朝晩の食事は
私やリオン様と一緒に毎食きちんと取っている。

多忙なリオン様が私と食事の時間がずれて同席
出来ない時もあるので、なんだったらシェラさんの
方が皆勤賞で私と顔を合わせて食事をしている位だ。

それはいいけど、シェラさんは朝食後もこうして
10時のおやつの時間まで毎日必ず私と一緒にいる。

シンシアさん達とおやつの準備をして、こうして
お茶を淹れて私が食べているところまで見届けてから
やっと仕事に行くわけだけど忙しくないんだろうか。

え?サボってるんじゃないよね?ここ何日か、朝食後
にリオン様の後ろに立つレジナスさんが物凄く何か
言いたそうにシェラさんを見てるんだけど。

忙しくないんですかと言う私に、

「仕事と家庭のどちらが大事かなど明白ですからね。
オレにはユーリ様の健康的な生活を見守る義務が
ありますし、忙しかったりどうしてもオレの手が必要
な事態であれば小隊の誰かが呼びに来ますから。
お気遣いありがとうございます。」

胸に手を当ててにっこりと微笑まれた。

いや、気遣ったつもりはないって言うかそれはつまり
私がおやつを食べるところまで見守ってるせいで仕事
に毎日遅刻してるってことでは?

「なっ、何してるんですかシェラさん!デレクさん達
に迷惑をかけてるってことですよね⁉︎」

私に伴侶に選ばれたせいでシェラさんが仕事の時間に
だらしない人になってしまったなんて悪い噂が流れて
しまったら大変だ。

「たった一人いないくらいで仕事が回らなくなるほど
無能な人間の集まりではないので大丈夫ですよ?
むしろいなくても問題なく任務をこなせなければ
この先オレが辞職した時が大変でしょう。ああ
ユーリ様、こちらの果物もどうぞ。ほら、切ると
中にはクリームが詰められているんですよ。爽やか
な果物の酸味に甘いクリームが良く合いますよ。」

話しながらシェラさんは別のおやつを切り分ける。

いやいや、今聞き捨てならないことをサラッと
言ったよね?

「辞職⁉︎キリウ小隊を辞めちゃうんですか?」

「将来的には、です。残念ながらまだ殿下のお許しが
出ませんので今はこうして午前のおやつの時間まで
しか一緒にいられませんが。朝はユーリ様の準備を
して、夜はお休みの時間に髪を櫛削りつつその日一日
あった出来事を話しながらお眠りになるところまでを
見守る日が来るのが待ち遠しいですね。」

モリー公国での比ではないくらい、シェラさんは
文字通りおはようからおやすみまで本気で私を見守る
つもりでいる。

専業主夫っていうか家庭内ストーカー・・・?

「こんなに剣の腕も立って魔法も使えて、手先も
器用な上に商才まであるシェラさんにただ家の中に
いてもらうなんて勿体無いですよ!ダメです、絶対に
働いて社会貢献してもらう方がいいですって!」

私のせいでルーシャ国の貴重な人材が一人いなく
なってしまう。

慌てて説得にかかるけど、シェラさんはオレのような
卑しくも小手先のつまらない能力しかない者に対して
ありがとうございますと謎の卑下をしているだけだ。

あれ、おかしいな?シェラさんを伴侶に選んだら
それで一件落着かと思っていたのに、なぜかまた別の
問題が出て来てしまった気がする。なんでだ。

どこかで何か間違っただろうかと首を捻っていたら
後ろからエル君に声を掛けられた。

「ユーリ様、そろそろお出かけの準備をして下さい。
魔導士院に行く時間が近付いてきました」

「あっ、そうでした!」

急いでシェラさんの切り分けてくれたクリームの
詰まった果物を口に詰め込む。

今日はファレルの神殿から帰って来て初めて魔導士院
に行く日だった。

ヨナスの神殿からユリウスさんに転送してもらった
砕けた魔石の復元が終わったのでそれを見に行く事に
なっている。

復元自体はとっくに終わっていてシグウェルさんは
早く確かめに来いと言ってくれていた。

だけどユリウスさんが

「先に竜の鱗やらその心臓から出来た魔石への
加工方法やらの報告書を上に出す方が先っす!
それが出来るまでユーリ様に会うのは禁止っすよ、
殿下にもそれでちゃんと許可を取ってあるっす
からね!」

と私を馬の鼻先にぶら下げたニンジンよろしく
シグウェルさんが仕事をするためのエサにしていた。

そんなわけで復元された魔石を見に行くのが今頃に
なってしまったのだ。

「オレもぜひお供をしたいところですが、今日は
どうしても外せない訓練があるのが残念です」

とシェラさんは悲しそうに首を振っている。

「えっ!そんなのがあるのにここでゆっくりしてたら
ダメじゃないですか!そういうのはもっと早く言って
下さいよ‼︎」

私と仕事のどっちが大事なの、の問答で仕事を
選ばせるのは社畜根性が過ぎると思うけどさすがに
これは仕事が優先する。

私生活を優先して仕事をダメにさせるなんて、私は
そんなダメ人間製造機になるつもりはない。

「みんなの為にキリウ小隊の任務をこなしてキリッと
している騎士さんのシェラさんをカッコいいと思うし
尊敬してますからね、お仕事頑張って下さい‼︎」

落ち込んでいるわけではないけど励まさなければ
仕事に行きそうにないシェラさんを必死で褒めて
励ます。

いや、ホントおかしいな⁉︎シェラさんを伴侶に選ぶ
前とやってることがそんなに変わらない気がする。

もっとこう、楽になると思ったんだけど。

お仕事頑張って下さい!と必死に言う私に、

「そんなに言われるとまるで追いやられるようで
少し寂しい気もしますが・・・」

と残念そうな顔をしながらシェラさんは立ち上がる。

あ、バレてた。図星を突かれて一瞬動きが止まると
ふいにあの色っぽい顔が近付いた。

近付いた顔はそのまま鼻先に口付けて、ぺろりと
舐めてくる。

「何するんですか!」

悲鳴をあげて鼻先を押さえれば、

「クリームがついておりました。お出掛け前に
シンシア達にきちんと身支度を整えてもらって
くださいね。今日はこれから少し寒くなる天気
ですから厚めの上着もお持ちください」

満足そうに微笑んで礼をされ、シェラさんは優雅な
足取りでその場を後にする。

「油断も隙もない・・・!」

プンプン怒る私にエル君は、「ユーリ様がうかつで
隙だらけなんですよ」とつれないことを言った。

そんな事ないですよとエル君に返した私だったけど、
魔導士院を訪れてみれば今度はシグウェルさんに

「君、約束を守らないのは人としてどうなんだ?」

と説教をされた。腑に落ちない。

そろそろ上にあげる報告書よりも始末書の数の方が
上回りそうっす、とユリウスさんに言われるくらいの
シグウェルさんになぜそんな事を言われなければ
ならないのか。

「約束って、何かしてましたっけ?」

身に覚えがない。するとシグウェルさんはきらりと
鋭く目を光らせた。

「竜の鱗に加工をした謝礼がまだなんだが?」

とぼけるつもりかと詰められた。

「アッ‼︎」

すっかり忘れていた。覚えていたらこんなにのこのこ
と魔導士院を訪れていない。

青くなった私にエル君が、

「だからユーリ様はうかつで隙だらけだって言った
じゃないですか」

と小さくかぶりを振っているのが目の端に見えた。






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