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第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

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ファレルは高台にある神殿を中心にして街が同心円状
に広がっていて、その周りをぐるりと囲むように
城壁がある。

私達がいたヨナスの古い神殿がある集落は、その
城壁から外に広がっている森林の中にあるけども
街からそんなに離れていない。

なにしろ高台にあるファレルの神殿から見下ろして
見える位置にあるくらいだから。

そして神殿を中心にしたファレルの街自体もそんなに
広くない。

三、四時間もあれば街全体をぐるっと一回りできる
くらいの大きさしかないのだ。

だからあの紫色の霧が届けば、それは多分あっと
いう間に街全体と神殿を包み込んでしまうだろう。

そうなれば眠れる都市の出来上がりだ。

そしてそこから力を得たヨナスのあの霧がさらに
周りに広がらないとは言えない。

今のうちになんとか食い止めないと。

「今の私の大きさでもファレルの街全体を守れる
ような結界を張れると思います!」

馬上でシェラさんに横抱きに抱えられたままそう
話せば、

「ぜひお願いしたいところですが結界を作るのに
一度力を使い、それからヨナスの力に溢れた魔石を
無効化する作業もして大丈夫ですか?どちらか一つ
の作業にそのお力を集中する方が良いのでは。」

お体に負担がかかるのでは?と心配される。

・・・確かにそうかもしれない。普通の魔物を
祓ったりその力を防いだりするんじゃなくて相手は
ヨナスの力の濃い物だ。

エル君もシェラさんの後ろから顔を覗かせて、

「魔石をどうにかする方に集中した方がいいと
思います。神殿まで行けば結界を張ることも出来る
神官や巫女達がまだ他にもいるはずですから、結界
はその人達にまかせましょう。彼らには王都から
持って来た新しい祭具も守ってもらわなければ
いけませんから。」

そう言った。

「じゃあ私は魔石を無効化して霧をなくしますけど、
こんなにあの集落から離れちゃって大丈夫なんで
しょうか⁉︎」

いくら魔力を込めて鳴らすと言ってもぶっつけ本番
でその効果の範囲もよく分からない。

「大丈夫ですよ、ユーリ様ならその目に見える範囲
全てにあまねく平等に女神のご慈悲を降り注がせる
ことが出来るでしょう。」

緊迫した状況なのになぜかシェラさんがふっと甘い
笑顔を見せる。

「お忘れですか?そのお姿のままユーリ様は王都の
夜に美しい金の雨と雪のような花びらを降らせたでは
ありませんか。あれだけ広範囲にそのお力を奮うこと
の出来るお方が、・・・こう言うのは恐れ多いかも
知れませんが、たかがヨナス神の力の一片に負ける
わけがありません。オレの女神よりも気高く美しい、
これほど素晴らしい力を持つ者はこの世のどこにも
おりませんよ。」

飛ぶように走り揺れる馬の上でシェラさんは恐ろしく
綺麗な笑顔で誉め殺してくる。

不安になっている私を励ますにしてもちょっと大袈裟
じゃないだろうか。

だけどそうだ、シェラさんに言われるまですっかり
忘れていたけどこのサイズで王都全部に力を使えた
んだった。その後寝込んじゃったけど。

それなら今回も不可能じゃないかもしれない。

王都の時と違って今回は私の力を増幅してくれる
魔石から出来た鐘もある。

「・・・ありがとうございますシェラさん。トマス様
へ結界が壊れて霧がこちらにも向かっていると伝えた
後は大鐘楼へお願いします。」

あそこならこのファレル全体とヨナスの古神殿が
ある集落まで全部見える。鐘の音も遠くまでよく
響いて神殿の中にある魔石まで届くかも。

「ではトマス様へは僕が説明します。すぐに合流
しますからシェラザード様はユーリ様を大鐘楼へ
お願いします。」

エル君がこくりと頷いたかと思うとシェラさんの
後ろで馬上だというのに突然立ち上がった。

「エル君⁉︎」

危ない。何をしているんだと心配すれば、

「ちょうど神殿の近くまで来ました。では行って
きます。」

言うが早いか近くの木に糸を巻きつけると走る馬の
上からそちらへとあっという間に飛び移ってしまう。

気付けば、いつの間にか私達はファレルの城壁の
内側まで戻って来ていた。

全速力で駆け抜ける私達の馬に、一体何事かと
周りの人達も道を開けてくれている。

「さあ、もう少しですよユーリ様」

エル君と別れて二人で大鐘楼を目指す。

途中で「ここは下馬が必要です!」とか「無礼な」
「神聖な場所を土足で踏み荒らすなど」と口々に
言う神官さん達の声や馬に驚いたらしい巫女さん達
のきゃあ、という悲鳴も聞こえて来た。

だけどシェラさんは止めようと立ち塞がる人達の
頭上も馬を操り軽々と飛び越えてしまう。

「ごっ、ごめんなさい!緊急なんですー・・・っ‼︎」

代わりに私が謝れば、シェラさんの前に抱かれていた
私は小さくて目に入っていなかったのか神官さん達は
驚いて固まっていた。

この事態が落ち着いたらちゃんと庭も綺麗に戻すから
今はこのまま見逃して欲しい。

神官さん達が驚いている隙にシェラさんは鮮やかな
手綱捌きでその人達の間をすり抜けて行った。

私が泊まっている宿舎が近くなり、そのすぐそばに
立つ大鐘楼の塔ももうすぐだ。

私の足ではてっぺんまで駆け上がるのはどう考えても
無理だから、またシェラさんに抱えられることに
なるだろう。

それならおんぶしてもらう方が早いかな?と考えて
いた時、シェラさんが馬をピタリと止めた。

「シェラさん⁉︎大鐘楼までまだもう少し距離が
ありますよ?」

どうしたのかと思えばさっと馬を降りたシェラさんは
エル君が降りる前に馬の横腹に結び付けていた鐘の
入った皮袋を自分に結び直した。

そしてそのまま、

「いえ、ここで大丈夫です。飛び移りますので
ユーリ様、怖ければ目をつぶっていて下さい。オレが
しっかりとお支えしますので大鐘楼へはほんの一瞬
ですよ。」

話しながら私を片腕に抱いて強く抱き締める。

「と、飛び移る・・・⁉︎」

何のことかと思えば、密着しているシェラさんの
胸が一つ大きく深呼吸したのが分かった。

そのまま体がぐんと斜め上に強く引き上げられる
のを感じる。

怖いと思うヒマもない一瞬の出来事だ。

まるでジェットコースターに乗っている時のように
目の端に木々の緑と建物の壁らしい物が一瞬の景色
として流れていく。

かと思えばタタ、タンッというリズミカルな振動を
感じてまた景色が変わった。

建物のレンガ色と青空と緑と、色んな色が目の端を
流れて行く。と、

「着きましたよ。大丈夫ですか、酔っていませんか」

気遣うようなシェラさんの声と共にとん、と足が
地面に着いた。

「・・・え?着いた?どこに?」

「大鐘楼です。急いだため少しばかり乱暴になって
しまいました、申し訳ありません。」

そんな風に言いながらシェラさんは私の髪を整えて
くれているけど・・・。

「着いた⁉︎まだ結構手前で馬を止めましたよね⁉︎」

慌てて周りを見渡せば、確かに見学させてもらった
あの塔のてっぺんだ。

目の前には見覚えのある大きな鐘が吊るされている。

「宿舎の壁を伝って飛び移りました。荒々しい
所業になってしまったことをお詫びいたします。」

そんな風に恐縮しているシェラさんを目の前に、
お礼を言いながら急いで眼下を確かめた。

「私は大丈夫ですよ!むしろ早く着いて良かった
です、ありがとうございます!」

ガラスも何もはまっていない吹き抜けの窓に手を
かけて下を確かめれば、あの紫色の霧がファレルの
街を囲む城壁を舐めるように侵食し始めているところ
だった。



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