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挿話 突撃・隣の夕ごはん

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もうお開きか?そう言って庭園できょろきょろして
いる陛下の横には小山のように大きな茶色い牙の
生えた動物が一頭転がっている。

イノシシかな?と思ってダリウスさんに抱えられた
まま見つめていれば、いつの間にかナイフを構えて
いたセライラ様はすっとそれをしまい

「まったく陛下ときたら・・・」

と呆れてため息をついた。団長さんも気付けば
どこから出したのか大きな斧を手にしていたのを
片付けている。

「ああ驚いた。気配を消したまま我が家の敷地に
入るなどやめていただきたいものですね。」

ゲラルドさんも呆れている。ダリウスさんは私の頭を
あやすように撫でながら、

「結界を張るのが一歩遅れたなユリウス。油断を
するんじゃない。」

とユリウスさんをちらりと見た。

「どーせ周りには脳筋野郎と飛び道具が得意なお袋が
いるんだから、俺は必要ないと思うんすけど⁉︎むしろ
魔導士なんて後衛で回復役するのが普通だし!」

ブーブー文句を言いながらユリウスさんは指を弾くと
壊れた茶器や床に落ちてしまった果物が転がって
めちゃくちゃになった室内が綺麗になった。

その様子をやれやれとため息をついて確かめた
団長さんが庭園へ出る。

「陛下、気配を消して突然我々を驚かすのはやめて
いただけますかな?おかげで一家団欒が台無しに
なるところでしたぞ。ようこそ我が家へ・・・と
言いたいところですが一体これは?魔獣ではない
ですか?」

庭園で陛下の隣に転がっているのはイノシシじゃ
なくて魔獣らしい。

「バカ、今日のオレは国王じゃねーぞ。国王がこんな
気軽に街に出るかよ。ナジムートおじさんと呼べ!」

そう言って胸を張る陛下の服装は、あの羊の毛刈りを
していた時のような平民ぽい服だ。

だけど別に変装しているわけでもないから、一つに
結んでまとめたあの綺麗に波打つ金髪や強い目力を
放つ青い瞳、威厳のある雰囲気はそのままだ。

「ナ、ナジムートおじさん・・・?」

何だろうそれは。思わず口に出して呟けば、笑顔で
陛下は私に向き直った。

「お、それが例のリリちゃん姿ってやつか。本当に
面白いくらいバイラル家の顔立ちだな!どーれ、
おじさんのところにおいで‼︎おじさん、リリちゃん
のために今日は張り切って魔獣を狩りに行ってきた
からな!」

嬉々として腕を広げられた。どうしようか?と
ダリウスさんを見上げれば、大丈夫だと力強く
頷かれる。

「陛下、申し訳ありませんがまだ幼い妹を他の者の
腕に預けることは出来ません。たとえそれが陛下で
あってもです。」

ものすごくきっぱりと断った。その言葉に陛下は
ショックを受けている。

「ちょ、お前・・・!軍人なら仕えている君主の
言うことを聞けよ!何言ってんの⁉︎」

「陛下こそナジムートおじさんなどという戯れを
・・・。それに今は勤務中ではないので命令に従う
義務はございません。」

私を抱いたまま丁寧に頭を下げたダリウスさんに、
団長さんがよく言った!と大きな声で笑った。

「それにしても陛下、なぜこんな獲物を携えて我が家
へおいでになったのですか?差し入れならすでに
リオン殿下より上等なワインを幾つかいただいて
おりますぞ?」

そんな団長さんの疑問に、

「だってお前、この間ドラグウェルと飲んだ時に
決めたじゃねぇか。お前らが夕食にユーリちゃんを
招待してもいいけどその時は必ずオレにも知らせろ
って。だから来たんだよ!」

陛下は平然としてそう答えた。

「ちなみに今日の夕食会は庭で魔獣を料理するって
聞いたからオレも朝から張り切って出かけて来たって
ワケだ‼︎」

自分の横にある茶色くて大きい魔獣をぽんと叩いて
陛下は胸を張った。

団長さんは陛下のその言葉に呆気に取られている。

「あれですか・・・?夕食にユーリ様を招待する
回数制限はなくし、招待に陛下の許可を得るのも
いらないかわりにユーリ様を夕食に招く際は必ず
それを自分に報告するようにと言っていた・・・」

「おう、それそれ!お前もドラグウェルもそれで
いいって規約変更に同意したじゃねぇか!」

なんだろうそれは。どうして私がどこかのおうちの
夕食に招かれるたびに陛下に報告がいるのかな?

それに規約変更って何のことだろう。

不思議に思っている私をよそに、陛下はがしがしと
頭をかいた。

「いやぁ、だけど一歩遅かったなあ。まさかもう
お開きになってるとは思わなかった。リリちゃんも
もう腹いっぱいか?」

そう聞かれてこくりと頷く。久しぶりのレアステーキ
にテンションが上がってお腹がはち切れそうなほど
食べた。

多分今の私は胸よりお腹の方がぽっこりと出ているに
違いない。

「はい!何の魔獣かは知らないけど脂も甘くて
すっごくおいしかったです!」

このおいしさよ伝われ!と力説すればユリウスさんが
ぎょっとする。

「え?ユーリ様、何の肉を食べてるか分かって
なかったんすか?よくそんな得体の知れないモノを
喜んで食べてたっすね⁉︎」

つーか親父も説明しろよ!と自分の父親を睨んで
いる。

そういえば魔獣とは聞いてたけど詳しい説明は
なかった。何しろお肉にテンションの上がった私に
喜んだ団長さんはわんこそば状態でどんどんおかわり
のお肉を焼いてくれていただけだ。

ちなみにそんな私を他の人達も笑顔で見ているだけ
だったので誰からも何の説明も受けていない。

「お兄ちゃんだって何にも言わずに私の食べるのを
見ていただけじゃないですか!」

そうユリウスさんに文句を言えば、

「こんな時までお兄ちゃん呼びとか卑怯っす!」

と顔を赤くされた。するとダリウスさんが今更だが、
と教えてくれた。

「あれは水辺や大きな川を泳いで渡るのが得意な、
大きい鹿のような魔獣だ。泳ぐための筋肉がしなやか
に発達しているために崖を跳んで移動する鹿よりも
肉が柔らかく、水温から身を守るためにその脂も厚く
食せば滋味が濃い。」

なるほど。その説明を聞きながら食べればもっと
おいしかったかも知れない。

そう思ったのが顔に出たのかエル君が呆れたように
私を見た。

「ユーリ様、お腹がいっぱいって自分で言ったのに
どうしてまたそんなにも物欲しそうな顔をしている
んですか・・・」

その言葉に陛下はエル君の方をふと見つめた。

「おう、エーギルか。久しぶりだが元気そうで
何よりだ。ユーリちゃんとも仲良くやれてるみたい
で良かったな!イリヤのやる事はたまに首を傾げるが
カンのいい奴だからお前とユーリちゃんの相性が
いいと直感的に思ったんだろうな!」

「イリヤ殿下の采配には感謝しかありません」

そう言ってエル君はぺこりとお辞儀をしたので私に
仕えていることに不満はないらしい。良かった。

そこで陛下は嬉々としてエル君に、

「そうだエーギル、お前グノーデル神様から賜った
もので作った武器を持っているんだよな?オレにも
ちょっと見せてくれるか?」

そんなことを言ってきた。エル君は素直にあの
細い糸状の武器を陛下に渡す。

「ほーん、なるほどなあ。なんていうか手に馴染む
のはやっぱり王家の人間はグノーデル神様の加護を
持つ勇者様の血が入っているからか?どれ」

そう言った陛下は手に取ったエル君の武器に薄く
魔力を流したらしい。

あの糸状の武器がうっすらと淡く輝いた。

「おー、面白い!魔法剣みたいに魔力がよく乗る
なあ。ありがとよ、返すわ。」

武器を返しながら陛下は更にエル君に助言をした。

「グノーデル神様の力を受けた武器だけに王家の
人間の魔力が伝わりやすいぞ。もしこの先リオンと
協力して戦うなりユーリちゃんを守るなりすることが
あれば、その武器にリオンの使う雷魔法を流して
もらえ。そうすれば魔法剣のようになっていつも以上
の力を発揮できるはずだ。」

その言葉にじっと耳を傾けていたエル君は、ご助言
ありがとうございますとまた頭を下げた。

「いいってことよ!オレはみんなのナジムート
おじさんだからな、人のためになるなら何でも
するぜ!」

よーしじゃあこの魔獣は明後日あたりまたここで
焼くってことで!と陛下は上機嫌で勝手に次の
夕食会の日取りを決めてしまう。

「待ってろ、とりあえず解体だけしてあさっては
すぐに焼けるように下処理だけするからな・・・!」

「いや陛下、急に我が家に突撃してきた上にそんな
勝手に予定を決められても」

団長さんが慌てる。

「なーに言ってんだ、またリリちゃんに会える機会
が増えるんだぞ?いいじゃねえか。ユーリちゃん、
じゃなくてリリちゃんもまた魔獣料理食べたい
よな?あとついでにナジムートおじさんって呼んで
みてくれるか?」

「あ、はい。ええと、ナジムートおじさん・・・?」

国王陛下のことをそんな風に呼んでいいのかな?

疑問に思いながらそう呼べば、自然と首を傾けて
上目遣いで見上げていたらしい。

またユリウスさんに「あざといっす!」と叫ばれ
陛下にも

「なんっだそれ、リリちゃん姿でも可愛すぎる‼︎」

と言われた。そして

「よしリリちゃん、やっぱりおじさんの腕にも
おいで・・・!」

と陛下がこちらに歩み寄ろうとした時だ。
突然陛下の後ろにぬっ、と黒い影が立ち肩を掴んだ。

「そこまでです」

失礼します、と言ってそこに立っていたのは
レジナスさんだった。

突然の登場にみんなが驚く。陛下も例外じゃない。

「うわ!何だよお前、気配ナシで背後に立つな、
気持ち悪いな!」

そう言った陛下に

「気取られると陛下の護衛に阻まれてしまうかと
思いまして。許可も得ずお体に触れる無礼をお許し
ください。」

そう言いながらもレジナスさんはまだガッチリと
その肩を掴んだままだ。

「何の用だよ一体。リオンの護衛はどうした?」

口を尖らせた陛下だったけど、レジナスさんの
次の言葉に固まった。

「そのリオン様の命です。一緒にお酒を嗜みたい
とのことでお迎えに上がりました。」

「は?」

「今すぐ、至急、速やかに、です。ユーリの夕食会
に突撃したことについてもお酒を飲みながら話を
ききたいとのことです。」

その言葉に「バレるのが早ぇよ!」と陛下は青く
なった。

これはもしかしてリオン様にお説教をくらう流れ
ではないだろうか。

有無を言わさず陛下を連れて行くレジナスさんは
最後にこっちを振り返って

「邪魔をして申し訳ない。陛下は連れ帰るので
団欒を続けてくれ」

そう頭を下げて帰って行った。

結局その後は陛下が持ち込んで中途半端に解体した
途中の魔獣を最後まで処理したりであっという間に
帰る時間が来てしまった。

「最後はなんだかバタバタしちゃったっすねぇ」

見送りのために馬車のところまで出てきてくれた
ユリウスさんに苦笑いする。

「さっき陛下も言ってたみたいに、あさってまた
お邪魔しますよ!せっかく陛下が持ってきてくれた
魔獣が勿体無いですから。その時は陛下もまた同席
するんですかね?」

「ええー・・・家の中に国王陛下がいるとかすごく
イヤなんすけど・・・。絶対ご飯の味しないっす。」

「陛下じゃなくてナジムートおじさんだと思えば
いいんじゃないですか?」

「ユーリ様って可憐な見た目に反して意外と神経は
図太いっすよね」

「失礼ですね⁉︎」

そんなやり取りをしてその日は別れた。

そしてそれから三日後、もう一度バイラル家を訪問
した私を出迎えたのはなぜかバイラル家の人では
なくナジムートおじさんこと陛下だった。

「ようこそユーリちゃん!さあ食おうぜ‼︎」

さっと抱き上げられて訪れた二度目の夕食会は、再び
リリちゃん姿になった私を誰の膝の上に座らせるか
などで一度目の比ではないくらいそれはそれは賑やか
なものになったのだった。








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