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第十五章 レニとユーリの神隠し

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自分よりも随分と年下の少女に黙れと言われたのに
気にするでもなくキリウさんは笑っている。

「あはは、辛辣ぅ~。ホントかわいいねお嬢さん。
あと5年・・・いや、3年もしたら周りの男がみんな
放っておかなくなるよ。その前にぜひ結婚しよう!」

「あ・・・失礼な言い方してごめんなさい。でも
結婚はしませんよ?」

話ぶりがあまりにも気安かったのですごい人だと
いうことを忘れてつい普通に文句を言ってしまった。

悪いことをしたとぺこりと頭を下げた私の服の裾を
レニ様がぎゅっと掴む。

「お前、こんな訳わかんない状況でも求婚されるって
どうなってるんだ⁉︎」

いや、気にするのそこ?もっと大事なことがあると
思うんだけど。

「おーい僕?いいなと思った子にはオレを見習って
素直に自分の気持ちを伝えとかないとあっという間に
横から掻っ攫われちゃうぞ?あとこんなご時世だ、
いつ死ぬか分からないから自分の気持ちは伝えられる
時に伝えておかないと。」

まだ子どものレニ様に対してキリウさんの言うことは
意外とシビアだ。

確かに、勇者様のいた時代はヨナスの力の影響で
恐ろしいほど強くて凶暴な魔物が多かったと聞いて
いる。

キリウさんの言うように悔いなく生きるというのは
大事かも知れない。

とはいえ、それで出会って秒で求婚してくるのも
どうかと思うけど。

アドニスの町に現れたグノーデルさんがキリウさんの
ことを『魔法と剣技はずば抜けているけど負けず嫌い
で気取り屋、格好付けの女好き』と評していたのを
思い出す。

「レニ様、キリウさんの言うことは一理ありますけど
こんな時代だからこそ毎日を大事に生きるっていう
ところだけを参考にして下さい。後は参考にしちゃ
ダメです。」

キリウさんの言うことを間に受けて、この先レニ様が
いいなと思った女の子みんなに声をかけて回るような
軟派な王子様になったら大変だ。

真剣にそう言ったら、キリウさんに言われたことを
真面目に反芻していたらしいレニ様は私を見て

「あっ、当たり前だろう⁉︎俺がお前みたいなチビに
かわいいとか言うわけないだろ⁉︎」

顔を赤くしてそう声を上げた。

「あっ、また人のことをチビって言いましたね⁉︎
そういうのはめっ!って前にも注意したのに‼︎」

前回小さい子を叱るように若干小馬鹿にするように
して注意したから、プライドを刺激されてもう二度と
言わないと思ったのに。

仕方ないからまたそう言えば、レニ様は顔を赤くした
まま抗議する。

「俺は幼児か⁉︎」

「幼児扱いが嫌ならちゃんと私の注意を聞いて
下さいよ!」

わあわあ言う私とレニ様を見ていたキリウさんは

「うーん、オレもこんなかわいいお嬢さんにめっ!
って叱られてみたいな。そうしたらなんでも言うこと
聞いちゃう。ていうか、オレわりといい忠告をしてる
と思うんだけどやっぱりお嬢さんは顔に似合わず辛辣
だよね。そういうところがたまんないわー。」

え、何それ怖い。年下の少女に叱られたいとか変態
だろうか。それとも人並み外れて魔力が高いと
変わった性癖を持つのかな。

いやいや、それだとシグウェルさんも変わった性癖の
持ち主って事になってしまうからやっぱりただの
変わり者?

ちょっと引いていたら突然顔の横にいい匂いのする
串焼きが差し出された。

「かわいいと思ったらこんな子どもにまで声をかける
とか、キリウさんのブレない姿勢はマジですごいと
思う。全然尊敬出来ないですけど。」

呆れたようにそう言ってからはい、おいしいよ?と
串焼きのお肉を握らせてくれたのは勇者様・・・
レンさんだ。

にこりと優しく微笑む姿は好青年そのものだ。

レニ様も同じように串焼きを貰って、ぽーっとした
顔でレンさんを見上げている。

ルーシャ国の人達にとってみれば神様みたいな人
だもんね。しかもレニ様の名前も勇者様にちなんだ
ものだし。

「黙ってても嫁候補がどんどん増えてるお前にオレの
気持ちの何が分かるっての?」

串焼きを受け取ったキリウさんにそう言われた
レンさんはうっ、と言葉に詰まっている。

「好きで増えてるわけじゃないんですけど・・・。
まさかあの全員と結婚しろとかナイですよね?もう
ヤダ、俺、勇者辞めて町で食堂開きたい!」

まさかの泣き言を口にしながらもレンさんの手は
動いていて、焚き火の近くに置いていた葉っぱの
包みを今度は開いた。

「はい、蒸し焼きハンバーグ。今スープも出来るから
待っててね。あー、新鮮なトマトがあればなあ。
ラーデウルフの濃い味にはさっぱりトマトソースが
最高に合いそうなのになー。」

このままでも充分おいしいと思うんだけどレンさんは
私以上に食い意地が張っていそうだ。

少し残念そうにそう言いながら、てきぱきとスープも
配るとようやく腰を落ち着けたレンさんは私とレニ様
を見た。

「ところで、本当にこんな森の中で何を?たまたま
俺たちが通りかかったからいいけどこの辺りは民家も
集落もないよ?王都からは俺たちでも馬で四日は走る
距離なのに、どうして子どもだけでこんなところに
いたの?」

どうしよう、なんて言おうかな。少し考えてから
まだ名前も教えていないのに気がついた。

とりあえず自己紹介だろうか。

「私はユーリって言います。こっちはレニ様。庭園に
いたはずなのに、気付いたらこんな所にいたんです。
助けてくれて本当にありがとうございます。」

ウソは言ってない。その言葉にレンさんは首を傾げて
聞いてきた。

「さっきから気になっていたんだけど・・・。
レニ『様』?その少年はどこかの貴族か何か?
確かによく見ればいい服を着ているし、
立ち居振る舞いも上品だけど。じゃあ君は侍女かな
?」

しまった、どうしよう。適当にルーシャ国の貴族の
家名を出しても大貴族であるユールヴァルト家出身の
キリウさんがここにいるからすぐウソだってバレそう
な気がする。

と、レニ様が私をフォローしてくれた。

「イスラハーンという国は知っていますか?俺はその
国のディア王妃の外戚です。ユーリは俺の家に仕えて
いる魔導士一族の娘で俺の乳母の娘でもあります。」

「イスラハーン?ごめん、俺は知らないなあ。
キリウさんは分かる?」

レニ様、突然どこかの国名を出したけど大丈夫なの
かな?それ、実在する国?

レンさんに話を振られたキリウさんはへえ、とまるで
シグウェルさんのように目をすがめると顎に手を
やった。

「イスラハーンはこの国から見て南西に位置する小国
だよ。現在そこを治めているのはグルネル王で王妃の
名前もディアだかダリアだかだったと思う。でも
ここからはかなり離れているからね。一体どうやって
ここに?」

あれ?レニ様、国名とか適当に言ったんじゃない
んだ。

さらにレニ様はキリウさんの言葉に困ったような
顔をして首を振った。なかなかの演技派だ。

「ユーリの言うように庭園にいて、こいつが練習して
いた転移魔法を見てたんだ。そしたら気が付いた
時にはここにいた。」

え⁉︎せっかく感心してたのに、急に私のせいにしたよ
レニ様!

びっくりしてレニ様を見つめれば、そんな私を見て
キリウさんはなるほどと納得している。

「ああ、お嬢さん・・・ユーリちゃんが持ってる
魔力量からするとイスラハーンからルーシャ国まで
跳べても不思議じゃないね。魔法の練習中だったなら
魔法陣の式に間違いがあったか、込める魔力量の加減
を間違えてこうなったのかな?」

レニ様の出まかせが通じてしまった。原因は私の
せいにされたけど。

でもそれで解決しない問題が一つある。

「どうやって戻りましょう・・・?」

もちろんイスラハーンとかいう国のことじゃない。
元のあの百年後のリオン様達がいるルーシャ国の
ことだ。

何がきっかけでこうなったのか分からなければ、
元に戻る方法も分からない。

レニ様と二人、すっかり困惑してしまった。

















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