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閑話休題 それはまるでクリープを入れないコーヒー

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ユーリ様がモリー公国へ視察・・・というか加護の力
を使うために旅立って二週間近くになる。

向こうには一週間程度で着くはずだから、計算では
あちらに到着してから数日が経っているはずだ。

「今頃どうしてるっすかねぇ・・・向こうのご飯が
口に合ってればいいんすけど。」

ねえ団長?書類を書く手を止めてそう話しかけた
俺に、

「俺はあの合成飲料がきちんと効いたかの方が気に
なる。というか手を止めるな、この書類の提出が
終わらないと帰れんし俺の実験が中断したままだ。」

「ええー・・・」

いやそもそもアンタが報告するべき書類をほっぽって
自分の魔法実験に夢中になってたから、王宮から
怒られた挙句に今こうして仕事に追われてるわけ
じゃん?

俺、関係ないんすけど・・・。

それに手を止めるなって言ってる団長こそユーリ様が
モリー公国に出掛けて以来、大好物の魔法実験の時
ですらたまに外を見てはその手が止まってる事に俺が
気付いてないとでも思ってんのかな?

それって絶対合成飲料が気になってんじゃなくて
ユーリ様のことが気になってるんでしょうが。

何しろ今回は魔導士が誰も同行していない。

モリー公国自体にもそれほど力のある魔導士はいない
ので鏡を使って向こうとやり取りすることはおろか、
何かあっても転移魔法で道を繋ぐことも出来ない。

だからリアルタイムでの密な連絡は取れなくて、唯一
の俺達との連絡手段は転送魔法がついた便箋だけだ。

モリー公国とその周辺国との関係性を考えた結果、
魔導士を連れて行くと何かと勘ぐられて面倒な事に
なるそうだ。

だから今回は魔導士の同行を見送ったって後から
親父に聞いたけど・・・そんな複雑な政情の国なんか
に行って大丈夫なのかなユーリ様。

「何を心配しているのか知らないが、もし何かあった
時は俺がレジナスを伴ってモリー公国へ飛ぶことに
なっているから考えるだけ無駄だぞ。」

あれこれ考えていた俺の思考を読んだかのように
団長が声をかけてきた。

「え?そうなんすか⁉︎でもモリー公国までは遠すぎて
転移出来ないっすよね?」

「ヤジャナルに話をつけてある。それに殿下やユーリ
に同行した騎士達には紙に描いた魔法陣をもたせた。
不測の事態になった時はまず連絡用の手紙が来る。
そうしたら俺とレジナスがヤジャナルに飛び、更に
そこから準備させた紙の魔法陣へ転移する。その時は
お前が指揮を取る宮廷魔導士団に中央騎士団とキリウ
小隊が王都の要になるから頑張れ」

「何すかそれ、初耳なんですけど⁉︎」

ヤジャナルはルーシャ国の南端に接した国だけど
相当遠い。

そこまで一気に転移するだけでもかなりの魔力を
使うのに、そこを中継に更にモリー公国まで飛ぶ?

しかも紙に書いた魔法陣なんて簡易魔法陣だから
普通はそんな事に使わない。

そんな事をしたら転移魔法に必要な魔力量に紙の方が
耐えられなくて破けてしまうから転移出来なくなる。

てことは紙自体にも転移魔法に耐えられるだけの
魔法耐性を持たせてあるってことだ。

しかも団長の魔力に耐えられるだけのやつを。

そんでもって、連続でめっちゃ遠い場所への転移魔法
を使う上に向こうについたらついたでその何事かの
事態に対処するためにまた魔法を使うんでしょ?

1日にどんだけ魔力を使う気だよ。

人間離れした魔力量を持つ団長だからこそ出来る
離れ技だ。ていうか、団長以外には絶対出来ない。

きっとそこまでして遠いモリー公国まで駆け付けよう
とするのはユーリ様のためだからこそなんだな。

「愛の力は偉大っすねぇ・・・」

しみじみそう言った俺に団長は冷たい視線を投げて
よこした。

「誰がそんな話をしていた?俺は今、万が一俺が
王都を離れた場合の防備の話をしていたはずだが」

「はいはい、そうっすねっと・・・。あ、団長
この後なんすけど出来た書類を王宮に持って行き
ながら騎士団の演習場に寄ってきてもいいっすか?」

この人が無自覚で会話の端々でユーリ様へのお気持ち
表明をするのになんか最近は段々と慣れてきた。

本人が淡々とそれを言う分、そこにユーリ様に対する
気持ちが含まれているのに聞いてるこっちは最初
全然気付かなくて、後から気付いた時にこの人真面目
な顔して何そんな恥ずかしい事言ってんの⁉︎って
ビックリさせられたことが何度あったか。

頼むからリオン殿下の前ではそんな事しないで
欲しい。聞いてる俺の方が絶対死にそうになるから。

そんな事を考えながら自分で作った飲料を団長に
見せる。

「レジナスに頼まれたんすけどね、キリウ小隊の訓練
で使いたいそうです。どうすか、我ながらわりといい
出来だと思うんすけど。」

小瓶に入ったそれを団長は少しだけ指に垂らして
舐めると目を細めた。お、好感触だ。

「魔力制御の薬か。即効性もありそうだし副作用も
なさそうだな。いいんじゃないか?これをどうする
つもりだ?」

「万が一、相手に魔力を封印された場合の戦闘に
備えた実技訓練に使うそうっすよ。ほら、レジナス
は元から魔力なしだからそういう戦い方には慣れてる
けど他の連中はそうじゃないっすから。魔法を組み
合わせた剣技を使う奴も多いし、完全に魔力がない
状態での実力を見たいってことじゃないすか?」

「面白い事を考えるな。効果の持続時間はどれくらい
なんだ?」

「そりゃあ訓練中だけ魔力制御出来ればいいから
長くても3時間ってとこですかね?」

「なんだつまらん。今度俺にも作らせろ、もっと
長時間の物を作ってやるしついでに擬似魔物も貸して
やると言っておけ。」

「いや、もうそれだけでイヤな予感しかしないっす。
頼むからこれ以上始末書やら顛末書の数を増やすの
止めてもらってもいいっすか?あと頭の下げ過ぎで
俺の腰が痛くなるっす。」

「意味が分からん」

そう言ってイヤそうな顔をした団長に、この人の辞書
に反省の二文字はないのかとびっくりする。

え?ふざけてんの?昔あれだけ国中の魔導士の魔力を
無くしてパニックにさせたのに?

怖いわぁ・・・。

それ以上その会話を続けていると今ある仕事を放り
出して本気で魔力制御の薬を作り始めそうだったから
俺は自分の分の書類をさっさと完成させてその場を
退散した。

団長の分はどうせまだ出来ないから、とりあえず
これだけ出して許してもらおう。

そうして王宮に書類を出して、お小言をくらって、
更にまた新しい依頼を引き受けてと全ての用事を
済ませてから騎士団へと向かう。

道すがら王宮の本殿の向こうに奥の院の屋根が
かすかに見えた。

ユーリ様が不在のそこに、一度用事があって寄った
ことがある。

そこに差し込む日差しはいつもと変わらないし、
建物もいつも通りの美しさだったし迎えてくれた
使用人達もいつもと変わらない笑顔だった。

だけどなんか雰囲気が違った。

なんて言えばいいのか、明るいのに物足りない。

使用人達も気のせいか笑顔のわりに気分が落ちている
っていうか。

こういうのなんて言うんだっけ?

・・・ああそうだ。いつだったか、ユーリ様が王都へ
降りて知ったという「パンを得るには自ら歩け」と
いう言い回しを得意げに教えてくれた時のことだ。

『他にもそんな感じの格言っていうか親しみやすい
言い回しってありますか?ええとクリープを入れない
コーヒーみたいな感じの。』

『何すかそれ』

『それがないと物足りないっていうか味気ない
みたいな?』

『あ、塩の足りない料理みたいな意味っすか?』

『うーん、近いけどちょっと違う・・・?』

そんなやり取りをしたことがあった。

そうだ、ユーリ様のいない奥の院はそんな感じ
だった。

ていうか、さっき書類を出してきた部署の文官達も
何となく気もそぞろっていうかいつもと雰囲気が
違ったなあ。

あそこってリオン殿下の執務室にも近いからユーリ様
が殿下を訪ねて来る時に通る場所だっけ。

つい数ヶ月前まではいなかった人間がたった二週間
程度いないというだけなのに。

ユーリ様の明るさがいつの間にか周りに与えていた
影響に初めて気付いた。

「クリープを入れないコーヒーかあ・・・」

コーヒーは西の国から最近入って来たあのやたら
苦いやつだから分かる。

でもクリープってやつはこの世界にないからユーリ様
に説明されても結局よく分からなかったけど。

牛乳を粉末にして甘い味付けにしたみたいなやつって
言ってたっけ?

紅茶に入れてもすっごく美味しいんですよ!と目を
輝かせて力説していたのを思い出して、あーユーリ様
に会いたいなあ。と思っていた時だ。

「ユリウス様、話があるっす」

「ちょっと顔を貸してもらえないですか?」

まだ騎士団に着いてないのに、いつの間にか周りを
ぐるりと深刻な顔をした騎士達に囲まれてしまって
いた。

「な、何なんすか?格闘訓練ならやらないっす
からね⁉︎」

まさか親父に頼まれて俺のことを拉致ろうとでも
している?

この間、適当な理由をつけて団長ばりに訓練を
サボったのを思い出してしまった。

でもたった一回だぞ?

「おとなしくついて来てくれればそれで良いので
お願いします。」

頭を下げた騎士の後ろで別の奴が

「おい早くしろ、他の奴らに気付かれる!」

と視線も鋭く辺りを警戒していた。

なんだ、何をされるんだ?訓練に連行されるんじゃ
ないのかな⁉︎

訳が分からないので逃げようかと後ずさったら、

「あっ!逃げるぞ‼︎」

「捕まえろ‼︎」

屈強な騎士達に四方八方からまるで犯罪者を捕まえる
かのように飛び掛かられた。

いや、だからなんなんだよ一体⁉︎




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