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第十四章 手のひらを太陽に

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着替えを済ませて、私の足よりはるかに長い裾の
ローブを引きずって歩けばシェラさんが縦抱きにして
馬に乗せてくれた。

「申し訳ありません、大きい姿のユーリ様に合わせた
長さのローブのためどうしても裾が長くなり・・・」

「大丈夫です!これ位の長さがないと足が出ちゃい
ますからね。」

そうして二人でこっそり宮殿を出る。これから何を
するか知っているのはエーリク様とミオ宰相さん、
私達について来たルーシャ国の騎士さん達だけだ。

「途中、渓谷を一つ飛び越えればより時間を短縮
出来ますがらどうしますか?普通に行ってもまだ
時間に余裕はありますが。」

山中を駆けながらそうシェラさんは聞いて来たけど。

「私にそれを聞くってことは私が了承するって
分かってますよね?」

無理な事は聞いてこない人だもん。きっとそうだ。

そう思って聞けば、二人乗りをしている背後で
シェラさんが笑った気配がした。

「さすがオレの女神。その勇ましさには竜すら
ひれ伏すことでしょう。ダーヴィゼルドへの道中で
渓流を飛び越えましたが、あれより少し高さがある
程度です。合図をしましたら、馬のたてがみに身を
伏せて目を瞑っていただければ一瞬で終わります。」

「シェラさんに任せていれば大丈夫な事は分かって
いますから!絶対に私を危ない目に合わせないです
よね⁉︎」

駆ける馬の蹄の音や通り過ぎる風の音に負けないよう
大きな声で言えば、私を後ろから支えながら手綱を
操るシェラさんにぎゅっと抱き締められたような
気がした。

「当然です。ユーリ様には髪の毛一本も傷のつく
ような真似はしませんよ。ですが実際そのように
ユーリ様自らの口から信頼していると言っていただく
とこれ以上の幸福はないほどの幸せを感じますね。」

そんな事を言ったシェラさんの操る馬のスピードが
気持ち上がった。張り切り過ぎじゃないだろうか。

私に信頼されていて嬉しいという気持ちのままに
スピードを上げた馬は、その勢いを落とす事なく
シェラさんの話していた渓谷を飛び越えた。

目をつぶっていたからどれくらいの幅を飛び越えた
のか、谷の深さはどれ程だったのかは分からない。

さすがに着地の時は衝撃で体が揺れてシェラさんに
支えられたけど。

ただ、後日その話をシェラさんの下見に同行した
騎士さん達との会話の中でしたら、みんな急に
しんと静まり返ってしまった。

中には青ざめた顔であり得ない、とつぶやいた
騎士さんもいたのでもしかするとかなりの渓谷
だったのかも知れない。目をつぶっていて良かった。

そうして山中を駆け、渓谷を飛び越えた先で到着
したのは眼下に大森林と山が広がって見える場所
だった。

「まずはお着替えをするためとお休みするための
簡易的な天幕を張りますので少しお待ち下さいね。」

「天幕?」

私としては木と木の間、四隅に布を張って目隠しした
だけの簡単な更衣室もどきで良かったんだけど。
シェラさんが覗きをするとは思えないし。

それなのに、あっという間に目の前には厚めの布地で
風も通さないような割と立派な1人用テントみたいな
天幕が張られてしまった。

「着替えは中に、籠へ入れて置いておきましたので」

そう言われて中を覗けば小さなテーブルと椅子まで
あるし、下には厚い毛織物まで敷いてある。

「足元が冷えてはいけませんからね。」

シェラさんのにこやかな声に

「いや、こんなに立派な着替え用の場所を設置する
なんて昨日の下見の時に騎士さん達に相当負担を
かけたんじゃないですか⁉︎」

必要な物は下見の時に騎士さん達に持たせて置いて
きたって昨日言ってたよね?

そう思って振り向けば、

「とりあえず温かいお茶で体を暖めて下さい。軽食も
歓迎会の時にユーリ様が好んで食べておられた物を
中心に作らせて持参しましたのでどうぞ。」

・・・振り向いた先にもレース編みの布を敷いた
テーブルがあり、その他にも毛皮や敷物、クッション
付きのカウチソファみたいな椅子までもが置いて
あった。

しかもテーブルの上にはアフタヌーンティーよろしく
3段組のお皿の上に軽食が乗っていて、シェラさんは
優雅な手つきで紅茶を淹れている。

どこからどう見ても貴族のお嬢様やお姫様が山へ
ピクニックでもしに来たような様子に見える。

「ええっ⁉︎天幕だけじゃなく、まさかこれ全部
昨日の下見の時に騎士さん達に持たせて準備してた
んじゃないですよね⁉︎」

用意周到過ぎる。そしてもしそうなら、こんなに
たくさん天幕だ椅子だテーブルだ、敷物だのを山の中
まで持たされてきた騎士さん達に悪い事をした。

「まあまあ、ユーリ様に何の心配もなく心穏やかに
加護の力を使っていただくためですよ。ほら、ご覧
ください。」

お茶を手に持たされて椅子に座らされ、眼下の景色を
シェラさんは指し示した。

「右手に見えるあの山とその左奥にもう一つ、更に
その少し奥にも小高い山が見えますでしょう?その
3つが今回ユーリ様に加護をつけていただく場所
です。」

「・・・ここから見ても頂上がどうなっているのか
よく分かりませんね。」

3つともこの場所からは見下ろしている形だけど霧が
かかっていてよく見えない。

「ええ。一応ミオ宰相と打ち合わせてあの3つとも
山裾に朝から兵を待機させております。ユーリ様が
加護を付け終えた後に狼煙をあげますので、それを
確認し次第兵士たちが山へ登り薬花があるかを
確かめる手筈になっておりますので。」

「あと、この近辺で薬花が育ちそうな場所や今現在
薬花がある場所も分かりますか?」

シェラさんはニッコリ微笑んで地図を広げた。

「心得ておりますよ。薬花そのものだけではなく、
それが育つ土壌にも加護を付けるのでしたよね?
一応ここを中心に、ルーシャ国の王都と同じ範囲まで
を印で囲んであります。その中のこの青い点が薬花
のある場所です。」

地図を指差しながらシェラさんが説明してくれた。

それを見るとここからモリー公国の宮殿までの距離は
私の力が確実に届く目安の王都の広さの範囲内から
外れている。

薬花が栽培出来るように、お願いして宮殿の一角に
そのための場所を準備してもらっているんだけど
どうやってあそこまで私の加護を届けようか。

やっぱり金の矢だろうか。

「シェラさん、簡単でいいので弓矢を作ってもらって
いいですか?」

「弓矢ですか?」

「はい。このままだと私の力は宮殿まで届かないので
シェラさん達に加護をつけたあの金の矢を射って
宮殿の土壌に薬花が育つ加護を飛ばします。」

「分かりました、ただいま準備いたします。その間に
例の飲み物を飲んでお待ち下さい。」

シェラさんが、シグウェルさん謹製のあの怪しい
合成飲料をテーブルに置いた。

「軽食で少しお腹を満たしていただいたので、変に
効きすぎることもないと思いますが気をつけて
少しずつお飲みくださいね。」

そう言われて慎重に瓶の蓋を開ける。

匂いを嗅げば、甘い花のような香りがした。

思い切って一口飲む。お酒かと思ったけどアルコール
っぽさは一切感じない。

というか、甘くておいしいけどこの炭酸っぽさに
既視感がある。

「あ・・・!」

「どうかされましたか?」

何かあったのかと弓矢を作っていたシェラさんの手が
止まって心配そうに見られた。

「いえ!何でもないです‼︎」

味がアレに似てるので驚いただけだ。元の世界の
栄養ドリンク、ファイト一発のCMでおなじみの
あれだ。懐かしい。

まさか異世界であの味に出会うとは。

少しずつ様子を見て飲むようにと言われていたのに
ついごくごく飲み干してしまった。

それに気付いたシェラさんが目を丸くする。

「ユーリ様・・・もう全部飲んでしまわれた
のですか?具合が悪いとかはございませんか?」

その言葉にちょっと体に気を付けてみるけど特に
これといった変化はない。

「なんともないですよ。強いて言えば、体が何となく
温かい気はしますけど。でもお酒を飲んだ時みたいに
いつもの訳が分からなくなる高揚感はないですね。」

これでホントに効くのかな?

あの訳のわからない高揚感が私の隠された力を解き
放って元の姿に戻しているとしたら、今さっき飲んだ
アレだけでは元に戻れなかったりして。

そう思っていたら、なんだか体がじわじわ暑くなって
きた。さっきまでは温かいだけだったのに。

「あれ?」

手を見ればうっすら光っている。もしかして大きく
なれるのだろうか。

「シェラさん、天幕を借りますね!」

急いで天幕の中へ飛び込んでローブを着たまま
その中でワンピースや下着を脱ぐ。

もし大きくなるならとりあえずこのローブさえ
羽織っておけば大丈夫だろう。

体の暑さはまだ続いていた。私を包む金色の光は
さらに明るさを増している。

深呼吸をして落ち着く。離宮で大きくなった時の
ことを思い出す。

元の姿の私をイメージして、あの姿になりたいと
願う。そうすれば、瞼の裏に一際強く明るい光が
輝いた。
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