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第十四章 手のひらを太陽に

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・・・なんだか自分の背中っていうか、腰のあたりに
ごそごそと違和感を感じる。

そんな感覚に、庭園でつい眠り込んでしまった私の
意識は浮上した。

ふわ、とあくびを一つして腰のあたりに手をやれば
ヒヤリと冷たい、何か固いものの感触が自分の手に
当たった。

「あ」

私以外の誰かの声がした。男の人だ。

ビクッとして慌てて振り向けば知らない男の人が
私の着ているシェラさんの色の上着と中の半袖シャツ
との間に剣を差し込んで上着をめくりあげている
ところだった。

「にゃっ、なっ、何ですか⁉︎」

起き抜けで呂律が回らず怪しい問いかけになって
しまった。これは珍獣と言われてもしょうがない。

「にゃっ、て・・・やっぱり人間じゃないのかお前」

一瞬ぽかんとしたその人はぶはっ、と笑った。

リオン様の執務室で見せてもらったモリーの薬花と
同じような青紫色の髪の毛の、まだ歳の若そうな
人だ。リオン様よりもいくつか歳下位だろうか。

立ち居振る舞いが何となく騎士さんぽいけど誰?
どうやってこの庭園に入って来たのか、そしてなぜ
私はこの見ず知らずの人に背中に剣を突き付けられて
いるのか。強盗⁉︎宮殿の中なのに。防犯は大丈夫
なのかと心配していたのが現実になった⁉︎

動いて逃げようとしたら

「おっと、動くなよ。まだ確かめてないんだ。」

そう言われた。確かめる?何を?訳が分からないまま
椅子から腰を半分浮かせたまま固まってしまったら
そのままひょいと背中に突きつけられた剣で上着を
まためくりあげられた。

「何ですか⁉︎」

「・・・尻尾はないんだな。言葉も通じるし、見た
ところ食い物も人間と同じか」

ふーん、とぶつぶつ言っている。これはもしかして
ルーシャ国から珍獣が来たと聞いて確かめに来た
感じなのかな⁉︎

私に尻尾があるかどうかを確かめて満足したのか
その人はやっと剣をしまった。

考えてみれば、誰かに剣を突きつけられるなんて
初めての経験だ。

ほっとしてそのまますとんと椅子に座り込めば、

「うーん、顔が見えないな。それはやっぱり人間と
違うから隠してるのか?」

今度はじっと顔を見つめられた。この人がどこの誰
なのか分からないまま、私のことを色々話しても
いいんだろうか。

「見せろ」

迷っているうちにその手が伸びて来た。

「ダメです!」

反射的にさっと額の辺りを押さえてベールをめくられ
ないようにした。

そうしたら相手はあからさまに不愉快な顔をして
はァ⁉︎と言った。

「俺を誰だと思ってるんだ?いいから黙って言う通り
にしろよ。」

「誰だか知りませんよ!これはシェラさんがいいって
言ったら取ります‼︎」

「シェラぁ?ああ、あの胡散臭い商人か。お前の
ご主人様なのか?」

ご主人様ではない。だけど否定したところでどう説明
するべきかも分からない。

どうしようか。その時、部屋の扉の鍵を開ける音が
した。シェラさんが戻って来たのかな?

相手もそれに気付いたのか、ちっと舌打ちをすると
近くの木に手を伸ばした。

「元々俺はこれを取りに来たんだ。この果実はここに
あるやつが一番甘いのが実るから、お前は絶対に
取るなよ!」

私にそう注意すると、素早くその木から黄色くて丸い
果実を二つ三つもぎ取った。

賓客用の庭園にあるならお客さんである私も取っても
いいんじゃないの?それなのに自分は良くて私はダメ
なんて。

「理不尽です!」

「難しい言葉も知ってるじゃないか。じゃあまたな」

そう言ってその人はあっという間に茂みの中に体を
滑り込ませるとその姿が見えなくなった。

何だ、誰だったんだ一体。ちょっと偉そうな態度
だったから王宮勤めの騎士さんとか?

それにしたって人の服をめくりあげて確かめるなんて
失礼な。

「どうかされましたか?」

部屋に入って来たのはやっぱりシェラさんだった。

プリプリ怒っている私に不思議そうな顔をしている。

そこでさっきの出来事を教えてあげた。

「ユーリ様に剣を突き付けるなど信じられませんね。
一体どこから入り込んで来たのでしょう。薬花と
同じ髪色の者ですと、ここでは王族の者がそうですが
・・・」

「え?じゃあまさか病弱だっていう王子様ですか?」

「ユーリ様の出会った者とは歳が合いません。さて、
どうしましょうか・・・」

考えたままシェラさんは庭園へ出て、さっきの人が
消えた茂みへ足跡を追った。

「ここの枝が折れて、幹に泥もついています。恐らく
その者は塀を乗り越えてこの木を伝い出入りをして
いたようですね。・・・切り倒しますか。」

また侵入されては敵わないと、シェラさんは周辺の
木を2、3本切り倒すことを提案してきた。

いや、いくらなんでも人様の宮殿にそんな簡単に
手を入れるのはどうかな⁉︎

「私が何なのか確認したかったのと、そこにある果実
が欲しかったみたいです。また来ることも考えて、
シェラさんがいない時は庭園には降りないように
します。果実が欲しいんなら勝手に取っていくと
思いますし。」

なんならさっきの庭園のテーブルの上にあの黄色い
果実を籠にいくつか入れて置いとけば勝手に持って
行くんじゃないだろうか。

「それがよろしいでしょう。殿下がいない時に
ユーリ様に何かあっては顔向けが出来ませんから。」

そう言ったシェラさんは私の前にお菓子のたくさん
入った籠を置いた。

「ミオ宰相からのお詫びの品です。恐れ多くも
ユーリ様を魔物扱いしたことへの償いらしいです。
大公閣下は、それほど可愛らしい姿なら早くお会い
したいと仰せでしたよ。閣下には明日の午前中に
執務室を訪れることで調整が出来ました。」

「王子様にもすぐ会えるんですか?それとも薬花に
加護を付ける方が先ですか?」

「王子殿下はお体の調子の良い時を見計らって
お会いすることになりました。ですので薬花の咲く
場所を視察に行くのが先ですね。・・・さあそれでは
ユーリ様、お菓子はもう充分召し上がりましたか?
今夜は歓迎会ですので、お召し替えをしましょう。」

「えっ」

ちょっと待って。ここには侍女さんがいない。
お風呂は一人で入れるし着替えも当然自分で出来る。

だけど背中にリボンやボタンがついていたりする
オシャレなドレスは私だけで着るのは無理だ。
まさかシェラさんが手伝うというのか。

「私も歓迎会に出るんですか?謎の珍獣は人目に
触れない方が・・・」

狼狽えている私を横目に、シェラさんは部屋に運んで
あった荷物をほどくとその中から次々に私のためと
思われる衣装を並べ始めた。

「やはりベールの色に合わせて濃紺や黒ですかね。
それともユーリ様が最近お好きな緑色か、生花を
ふんだんにあしらった明るいお色の方が緑と花の公国
に相応しい装いでしょうか。猫耳が髪型とバレない
ように、ベールも猫耳自体を覆いながらその形を
崩さないような物に工夫しましょうか?」

髪飾りやネックレスはどれにします?そう言って
アクセサリーの入っている小箱も並べ始めた。

「いつの間にこんなにたくさんドレスや宝石を買って
たんですか⁉︎」

ここに来るまでの道中の休憩中にも、シェラさんが
商売で手に入れた物は見せてもらっていたつもり
だったけど、その時にも見たことのない物ばかりだ。

「ユーリ様にお似合いになりそうな物があるとつい
手が出てしまいまして。それらを買うためと思えば
商売にもより一層身が入りましたよ。」

にこにこ笑って私の髪に色々な髪飾りを当てては
どれにするか悩んでいる。

癒し子原理主義者の推し活か。

まさかそんなのがシェラさんの商売の原動力だった
なんて・・・。

「歓迎会には最初だけお顔を見せていただければ
結構です。後はオレにおまかせを。この部屋の隣に、
部屋ごとに備え付けられた浴場があるようですので
まずは入浴を。湯上がり後のお着替えはこちらです。
大丈夫ですか?お一人でお風呂に入れますか?もし
無理でしたらお手伝いいたしますよ、目隠しをしても
お体を洗う手伝いは出来ますので。」

はい、と私に着替えを渡してから猫耳をほどいて
髪を櫛削ってくれるシェラさんは甲斐甲斐しいけど
言葉の端々に私の入浴を手伝いたそうな雰囲気が
見え隠れしている。

「一人で大丈夫です!ついて来ないで下さいね⁉︎」

シェラさんの手から着替えを奪い取って浴場へ繋がる
扉に走れば、後ろからシェラさんの

「お手伝いが必要になりましたらいつでもお声掛け
下さいね。」

という残念そうな声が後ろから追いかけて来た。
いや、絶対に呼びませんから‼︎



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