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第十四章 手のひらを太陽に

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ところで、私を癒やし子ではなく単なる愛玩少女の
ように同行すると決めたリオン様はなぜかとても
嬉しそうだ。

「どうしてそんなに上機嫌なんですか?」

モリー公国訪問のための打ち合わせにリオン様や私の
ところを訪れているシェラさんを前に、おやつの甘い
プティングを口にしながら疑問に思えば、

「だってそうすればいくらユーリが恥ずかしがっても
ずっと僕の膝の上に乗せて可愛がることができる
でしょ?そういう片時も離したくない人を同行して
モリー公国を訪れるっていう設定だし。」

ふふ、と微笑むリオン様は本当に楽しげだ。

「そんな風に考えてるとは思いもしませんでした
・・・」

「いつもより華やかな衣装や髪飾りをシンシア達に
たくさん準備させようね」

一応人助けのために訪問するというのに、リオン様は
まるでただ保養地に遊びに行くように楽しそうに
シンシアさんと話している。

そんなリオン様を見てレジナスさんは残念そうに
呟いた。

「俺も同行できないのがまったく悔やまれます。
できれば俺もユーリがいつも以上に着飾った姿で
リオン様と一緒にいるところを見たいものでした。」

そう、シェラさんが私に同行するということは王都の
護衛が手薄になるためにレジナスさんが代わりに
残ることになったのだ。

そのためにシェラさんはリオン様の護衛騎士の代理を
務めて、代わりにレジナスさんは王都に残るキリウ
小隊の臨時の隊長代行をするらしい。

何にも考えずにシェラさんに同行をお願いして悪い事
をした。レジナスさんにそう謝れば、少しだけ
しょんぼりした顔でいいんだと頭を撫でられ、なぜか
それとは対照的にシェラさんはすごく良い笑顔を
浮かべている。

「キリウ小隊の者達もレジナスに指導を受けられる
よい機会ですし、たまにはこういうのもいいもの
ですよ。レジナスの分までオレがしっかりとユーリ様
の愛らしく着飾った姿を目に焼き付けておいて、後で
それを余すところなくこの男に伝えますし。どんな
ご衣装にするか今から考えるのが楽しみですね。」

その言葉にレジナスさんの眉間に深い皺が刻まれた。

まさかまたケンカをするつもりじゃないよね?

「シェラさん、レジナスさんにケンカを売るのは
止めてくださいね⁉︎レジナスさんはリオン様と一緒に
私の髪飾りやネックレスを選んで下さい、それを
持って行って向こうでは身に付けますから!」

どうどう、と二人を牽制すれば王都のカフェで私が
怒ったのを思い出したのか一応二人は大人しく
なった。良い大人が二人で女の子を真ん中において
くだらないケンカをするとかやめて欲しい。

私がレジナスさんに装飾品を選んで欲しいと言った
からか、シェラさんはすっと立ち上がってリオン様へ
礼をした。

「ではオレも商人に扮するための準備で王都へ一度
降ります。ついでにユーリ様に似合う品をいくつか
見繕って参りますので。それから、同行する騎士の
名簿をいただけますか。その中から数人選び出して
商人の変装のために出発まで指南致します。」

そう言うと

「ではユーリ様。次にお会いするのはモリー公国へ
出発する時です。それまでにオレもユーリ様を更に
美しく彩る品を探して来ますので楽しみにしていて
くださいね。」

にこりといつもの色気たっぷりな微笑みを私に向けて
退出した。その様子にリオン様も呆れている。

「ユーリの事になるとシェラは本当におとなげなく
なるね。あの執着心が護衛として良い方向に向いて
くれれば何よりだけどねぇ・・・」

全く同意だ。それにしても、護衛の騎士さんに
商人指南をするってなんだろう?

そんな私の疑問にレジナスさんが答えてくれた。

「騎士や軍人の歩き方や仕草は市井の者達とはまるで
違うからな。見る者が見れば、足の運び方や目付き
一つでも変装していることが一目で分かってしまう。
あいつは一応騎士団の奴ら全員の得意不得意や特徴は
全て把握しているから、その中から商人の変装に
向いていそうな奴らを選んで出発までに徹底的に
商人らしく仕込むつもりなんだろう。」

へえ、と感心していると

「ユーリについて行ける嬉しさから度を越した指南を
しなければいいんだがな・・・」

心配そうにレジナスさんは呟いた。



そうして数日後、いよいよ出発の時を迎えた。

私達の乗る馬車や荷馬車の最終点検をする騎士さん達
に、持っていく物を確認する侍女さんや侍従さんで
奥の院の玄関口はいつもよりたくさんの人達がいて
賑やかだ。

・・・モリー公国へは、まずルーシャ国を訪れていた
宰相さんを送り出してからその一週間後に出発する
ことになっていた。

そうすれば宰相さんがちょうど国に着いた頃に
私達がルーシャ国を出ることになり、宰相さんが
国に着いてから約一週間後に私達がモリー公国に
到着することになる。

大国からのお客様を迎えるにはモリー公国の準備期間
が短か過ぎるけど希少な植物の絶滅の危機がかかって
いるのだ。なるべく早く訪問するようにしようと言う
ことでそうなった。

行きは馬車を使ってモリー公国とバロイ国の間に
流れる大きな川沿いに上流へ向かうような道程だけど
帰りはその川を利用して大きな船で川を下るという。

川の勢いを利用して川下りをする分、行きの馬車より
も帰りの方が少し早くルーシャ国まで戻れるだろうと
いう話だった。

なので帰りはちょっとした船旅だ、運河クルーズだ。
社畜のままだったら一生経験できずにいただろう。

「川下りは初めてなので楽しみです!」

まだモリー公国にすら向かっていないのにすでに
帰りの道中に思いを馳せている私に、リオン様は
気が早いと笑う。

「モリー公国はここより南寄りの国だし気候も穏やか
だから良い船旅になると思うよ。船自体にも揺れを
抑える魔法をかけるから船酔いもしないだろうし、
楽しめるといいね。」

魔法すごい。なんて便利なんだろう。感心していると

「お待たせしました。」

シェラさんの声がした。振り向けば、いつもの黒い
騎士服じゃない。

胸元がゆるく開いた白シャツの上にカラフルな布を
ぐるりと巻いていて瞳の色と同じ金色のイヤリングや
じゃらりと音がしそうなほど二重三重につけている
ネックレス、宝石のついたブレスレットもいくつか
腕に嵌めている。中東あたりの行商人みたいだ。

なんて言うか、いつもの色気に軽薄な雰囲気が
上乗せされて艶っぽさが増している。

おかげでそれに目を奪われた侍女さん達の作業の手が
止まってしまった。しかも侍女さんどころか男の人達
も何人かはその姿に見惚れてしまっている。

「え?シェラさんそれはちょっと目立ち過ぎじゃない
ですか?」

「派手好きで軽薄だけどお金に糸目はつけない商人と
いう出立ちを目指しましたからこれでいいんですよ。
後ろの騎士達はオレの使用人や商人仲間ということに
しました。」

にこりと微笑むその背後には、疲れたような顔付きで
胸に手を当て商人ぽいおじぎをしてくれた人達が
数人いた。これがレジナスさんが言っていた商人指南
をシェラさんから受けた騎士さん達かあ。

この日に備えてどれだけシェラさんから指導された
のか知らないけど、みんな立ち姿や出立ちからは
いつものピシッとした騎士さんらしさは消えている。

雰囲気や周りを見る目も鋭さのない、ごく普通の
人達みたいだ。

本当にその辺を歩いている街の人を連れて来たみたい
で違和感がない。

「騎士さん達、頑張ったんですねぇ・・・」

出発前から何となく疲れているその雰囲気からは
シェラさんの変装指南の厳しさがうかがえた。

お疲れ様ですという目でそれを眺めていたら

「ユーリ様」

シェラさんがその手に何かを持って私を見ていた。

「ユーリ様の瞳は特徴があって癒やし子の印のような
ものですから、できれば道中はこちらのベールを
被ってお顔を隠して下さいね。」

そう言って頭にふわりと紫紺色に上品でこまやかな
レース模様の刺繍が入ったベールを乗せられた。

顔の上半分ほどが隠れるそれは、外側から見ると
濃い色で視界が悪そうに見えるのに内側から見れば
意外と外の景色は見やすい。

ベールの端は金糸で刺繍の縁取りがされていて、
まるで私の瞳の色に合わせて作ったかのようだ。

「このお色ならユーリ様の瞳の色も目立ちにくいので
安心です。もし煩わしければ、人前に出る時以外は
ベールは上げてもよろしいかと思いますが。」

シェラさんがちょいちょいとベールの長さを調整
しながら説明してくれる。

ベールの端、横髪の辺りには小さな鈴がおもりの
ようにいくつか付いていてそれはただの飾りの他に
ベールがめくれるのを防ぐ役割もしているようだ。
シェラさんが触る度にちりんと小さく軽やかな音を
響かせる。

「ユーリの顔が見えない格好は初めてだから不思議な
感じだけど、神秘的で似合っているね。」

リオン様の言葉に、見送りに来ていたレジナスさんも

「悔しいですがシェラの見立ては間違いがないです
からね。」

と頷いている。その言葉にシェラさんはご満悦だ。

そうして全ての準備を整えて、レジナスさんに
見送られて私はモリー公国へと出発した。









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