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第十三章 好きこそものの上手なれ

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そわそわと落ち着かない気持ちのままシグウェルさん
を待っていると申し訳なさそうな顔をしたセディさん
が再び部屋に現れた。

シグウェルさんは一緒じゃない。セディさん一人だ。

「申し訳ございませんユーリ様。坊ちゃまときたら、
手が離せないのでユーリ様に部屋に来て欲しいと仰せ
でして・・・よろしいでしょうか。」

良かった、何かあったのかと思った。

「全然構いませんよ!元々今日はお見舞いに来た
んですから私から会いに行って当然ですし。」

ぱっと立ち上がれば、

「ありがとうございます。もし失礼でなければ
歩かせてしまうのも申し訳ありませんから抱き上げて
移動していただくことも可能ですが?」

セディさんの言葉にさっきの見目麗しい青年侍従さん
が片膝をついて待機した。

人様のお屋敷に来てまで縦抱っこ移動とかない
でしょう⁉︎セディさんの気遣いが怖いくらいだ。

慌ててそれを断ればセディさんも侍従さんも残念そう
な顔をする。

「そんなに気を遣わないで下さい!それよりも
早くシグウェルさんのところに行きましょう‼︎」

「そんなにも坊ちゃまに早く会いたいと思って
いただけるなど嬉しい限りです。あの変わり者の
坊ちゃまのことをそこまで想ってくださる方が現れ、
しかもそれが召喚者様。それを生きているうちに目の
当たりに出来るとは感激もひとしおでございます!」

縦抱っこ移動を断るために何気なく言った言葉にも
大袈裟に反応したセディさんはそっとハンカチで
目を拭っている。

私を縦抱きしようとしていた侍従さんも同じように
感動の面持ちとうっとりするような目で私を見て
静かに頷いているからタチが悪い。

シグウェルさんが私を好きだと言いながらも実家の
人達にそれを知られるのを嫌がったり介入されるのを
嫌うわけがなんとなく分かった気がする。

そこへ突然ユリウスさんの声が割って入ってきた。

「なかなか来ないと思ったらやっぱり!何やってん
すかセディさん!ユーリ様を困らせちゃダメっすよ、
団長も待ってるんですから。」

助かった。ほっとしてユリウスさんにも挨拶をすれば

「ユーリ様もあれだけ派手に立ち回りをした割には
お元気そうで良かったっす。団長もすっかり元気に
なってるっすよ、さあ行きましょう!」

まるで自分の家のようにセディさんを差し置いて
歩き出した。その様子に慌てたのはセディさんだ。

「ユリウス様、召喚者かつ仮にもユールヴァルト家の
若奥様に対して何というぞんざいな扱いを。もっと
大切に、掌中の珠の如き扱いをなさって下さい!」

ええ・・・とユリウスさんが振り向いた。

「若奥様って・・・まさかセディさん、ユーリ様に
対してずっとそんな対応をしてたんすか?通りで
ユーリ様がビミョーな顔付きをしてると思った
っす。」

勝手にそんな事をして団長に怒られても知らないっす
からね!とセディさんに言ったユリウスさんに案内
された部屋では、いつものシグウェルさんが待って
いた。

魔導士の制服姿ではなく、ラフに腕まくりをした
白シャツ姿で腕組みしながら何やらたくさんの
書類が散らかっている丸テーブルを眺めている。

最後に見たのが黒い霧の魔力に囚われ浄化された後に
眠っている姿だったから魔法に夢中になっている
見慣れたその姿に安心した。

「来たか」

短くそう言ってちらりと私を見たシグウェルさんは
すぐにまたテーブルの上に目を落とした。

「元気そうで良かったです!何をしてるんですか?」

「あの黒い霧の魔力量とそれにかかった浄化時間、
消費された魔力など諸々を計算している。あれが
グノーデル神様の力で浄化された事は俺もうっすらと
記憶に残っているし、ユリウス達からも聞いている
からな。また同じような黒い魔力に行き当たった時に
対策が取れるようにしたい。」

「団長、目が覚めてからそればっかりやってるんす、
もう少しちゃんと休んだ方がいいってユーリ様からも
言ってやって下さいよ。」

魔法バカにも限度があるっす、とユリウスさんは
呆れ顔だ。

だけどそんなユリウスさんを見ることもなく、

「これが終わったら次はユーリに増やされた魔力量の
調査でお前やセディを調べるからな」

そんな事を言ってシグウェルさんはまたテーブルの
上の用紙に何かを書き込んでいる。

その様子は見たことのないおもちゃを見つけて夢中で
その遊び方を探している子供みたいだ。

そういえばニセモノの魔石が見せた幻影の中で
グノーデルさんは、ユールヴァルトの家系には
数世代に一人こういった魔力に優れていて魔法バカ
みたいな人が現れるって言ってたなあ。

そんな、好きなことを極めようとするシグウェルさん
だからこそ今回あの魔石に溜まり続けていた黒い魔力
を浄化するのに向いていたのかも知れない。

「とりあえずそっちは置いといてちょっと休憩する
っすよ団長、せっかくユーリ様がお見舞いに来て
くれたんすから。」

ユリウスさんの言葉に、お茶やお菓子を並べ始めて
いたセディさんも同意する。

「そうですよ、いくら坊ちゃまに理解がある方でも
そんなことではいつか愛想を尽かされてしまいます」

二人に苦言を呈されてこれ以上うるさく言われては
敵わないと思ったのか、ため息をついて仕方なさそう
にシグウェルさんは先にお茶をご馳走になっている
私のところへやって来た。

そこで私達を見守っている・・・というか私達の
会話に耳を澄ませて何一つ聞き逃すまいとしていた
セディさんに気付くと、物凄く嫌そうな顔をした。

「セディ、お前は出ていろ。お前がいると落ち着いて
話が出来ない。」

「なっ・・・!坊ちゃま達の仲睦まじいご様子は全て
旦那様にお伝えしなければならないというのにそれは
ないでしょう⁉︎」

「今すぐ出て行かなければ俺がここから出て行くが
それでいいか?」

どちらか選べ、と言われたセディさんは渋々部屋から
退出したけど物凄く名残惜しそうだ。

ユリウスさんに背中を押されて出ていきながらも、
お茶とお菓子のおかわりが必要な時は遠慮なくお呼び
下さいね!と言われた。

「やっと静かになったな。」

やれやれと私の正面に座ってお茶を口にした
シグウェルさんをじっと見る。うん、どこも悪く
なさそうだ。

「なんだ?」

あまりにも見つめていたせいか不思議そうに逆に
見つめ返されて狼狽える。やっぱりこの顔にこうして
見つめられるとどうしていいか分からなくなる。
意識してからはなおさらだ。

「い、いえ!元気そうで良かったです!あの時は私も
操られてたとはいえ思い切り蹴ったり殴ったりしてた
ので・・・」

その言葉にああ、と頷かれる。

「その時の事は記憶にないんだが、後でユリウスや
レジナスから大体のやり取りは聞いた。あのレジナス
が目で追うのもやっとの体術を使っていたらしいな。
覚えていないのが残念だ。」

シグウェルさんにとってはグノーデルさんの力に
操られた状態の私も観察対象の一つだったらしい。

普段と全く違う動きをした私の体捌きを、聞いた話
からユリウスさん相手にもう一度組手で再現してみた
という。

「スピードを落とせばなんとか出来る程度だが、
俺も君もまともな状態では到底あの動きは無理だな。
まあ、貴重な体験ではあった。」

その言葉にユリウスさんがなぜか頬を染めて力説
した。

「あの時のユーリ様、めちゃカッコ良かったっすよ!
特に最後、団長を足蹴にして転がした時は女王様
みたいな色っぽさだったっす!俺もちょっと踏まれて
みたいって思っちゃいましたから!」

「ユリウスさん、それ他の人の前であんまり言わない
方がいいですよ・・・」

変態街道まっしぐらだから。と言う言葉はさすがに
飲み込んだ。

それよりも、私と格闘していた時の記憶がないと
シグウェルさんは言うけど、グノーデルさんの力で
浄化された事はうっすらと覚えているとも言った。

「あの時の事はどの辺りから記憶にあるんですか?」

気になって聞いてみたら

「君に口付けられて浄化している半ばくらいか?
随分と乱暴な口付けをしてくれたな。」

そう言ったシグウェルさんは自分の唇をとんと
指し示した。そこはもう傷一つない綺麗な唇だった
けど、あの時のことを思い出すとウッと思わず赤面
してしまう。

「あれは私じゃなくてグノーデルさんの力が勝手に
したことで・・・」

「君の思念なのか気持ちなのか分からないが、
そういうものも一緒に流れ込んで来たぞ」

「えっ⁉︎」

驚きで目を見張る。私の中にシグウェルさんの想いが
流れ込んで来たあの時、シグウェルさんの中には逆に
私の気持ちが入り込んでいたの?

「それって、どんな・・・?」

私ですら気付いていないシグウェルさんに対する
気持ちだ。ちょっと気になる。

「君の視点から見たらしい俺とのやり取りや表情が
見えてその後に君の気持ちらしいものが流れ込んで
来たんだが、悪くはなかった。」

私の時と似ている。その時のことを思い出したのか
ニヤリとらしくない笑みを浮かべたシグウェルさんは

「詳しくは俺の胸の内にだけしまっておくが、君、
思ったより俺のことが好きだったんだな。それに
俺の顔に弱いと言うのも改めて確認した。燃える氷
という表現も面白い。」

そんな事を言ってきた。

「なっ・・・な、何言ってるんです・・・⁉︎」

「素直に認めた方が気は楽じゃないか?」

真っ赤になって狼狽える私を面白そうに眺めて
そんなことを言われた。

そんなことを言われても、と思う反面これは私が
シグウェルさんを伴侶にすると話すいいきっかけ
じゃないかと思い当たる。

さっきまでセディさんに散々若奥様扱いで余計な
プレッシャーをかけられていたので、すっかり出鼻を
挫かれてしまったけど今しかない。

よし、女は度胸だ。

「分かりました、認めますよ!私はシグウェルさん
みたいな顔に弱いですよ、ちょろくてごめんなさい!
だからシグウェルさん、私の伴侶になって下さい‼︎」

「は?」

今の今までニヤリとして私をからかっていた
シグウェルさんが呆気に取られた。

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