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第十三章 好きこそものの上手なれ

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俺の拳を片手で止める?しかも女が。

女の細腕一本で、関節を砕こうと力を込めた俺の拳を
止められるなどあり得ない。

それなのに、その手はそのまま俺の拳をぎゅっと
握り締めて掴むとそこを支点に自分の体を浮かせ、
右膝でシグウェルの顎を膝打ちで蹴り上げ隙を作る。

更に左足で、膝打ちでわずかに浮いたあいつの体の
横腹めがけて回し蹴りをした。

左右に揺さぶられながらもそれを防ごうとしたあいつ
はその防御ごと建物の端まで吹き飛ばされる。

それはあまりにも素早い一瞬の出来事で、動体視力
の優れた俺ですら一連の流れを目で追うのがやっとの
あっという間のことだった。

おそらく他の者には女が突然俺とシグウェルの間に
割り込んで来て回し蹴りを一発入れたようにしか
見えなかっただろう。

「おっと」

軽々と蹴飛ばしたように見えたが、どれだけの威力が
そこに込められていたのか勢い余った女は、回転
しながら両手両足をついてまるで獣のように四つ足で
着地した。

俺の目の前に長い黒髪がひるがえり、短いスカート
からは白く艶めかしい太ももが露わになっている。

下着まで見えてしまいそうなその短いスカートの上に
少し遅れて金糸で縁取られた紺色の長い魔導士の上着
と黒髪がふわりと降りてきてその艶めかしい足を
隠した。

誰だ?こんな馬鹿力で体術に優れた女魔導士など
あの場に誰か居合わせていたか?

そう思った俺に埃を払いながら立ち上がって振り返り

「ここが建物の中でなければもっと吹っ飛ばせたかも
知れないな!」

楽しげに無邪気な微笑みを見せたのは、大きい姿の
ユーリだった。

まさかの出来事に目を疑う。

なぜ大きくなっているのか。それに普段のユーリは
子供用の弓矢すら引き絞るのが難しいほど非力だ。

体術だって、俺の動体視力でも追うのが難しいほどの
あんな動きが出来るなんていつものユーリなら絶対に
あり得ない。

体術どころか普通に歩いていても何もないところで
転びそうになるほど普段のユーリは危なっかしくて
目を離せないのだから。

浄化の準備をしていたはずなのに、一体ユーリの身に
何が起きたのか。

よく見ればその瞳の色はいつもと違って金一色に
輝きを放っている。

確かダーヴィゼルドでグノーデル神様の力を使って
いた時はそんな瞳の色になっていたとシェラが話して
いた。まさかと思って話しかければ、ユーリは小首を
傾げて不思議そうな顔をした。

ユーリとはこの体の持ち主か?おれは浄化を手伝う
為だけに存在する者だ。

そんな風にユーリの姿でそれは語る。その声はユーリ
とアドニスで耳にしたグノーデル神様の声の二つが
重なって聞こえる不思議な響きだった。

交わした言葉から察するに、どうやら今のユーリは
グノーデル神様の力の一部に操られている状態の
ようだった。

長い髪を鬱陶しそうに揺らしながら俺に歩み寄る
ぺたぺた、という足音に気付いてその足元を見れば
裸足でこちらへ歩いて来ている。

あの綺麗な白い足が土にまみれて薄汚れ、小石で
傷付いているのに全く気にすることもない。

服だって、上から魔導士団の制服をマントのように
羽織って首元のボタンを二つほどしめただけの姿だ。

だからボタンをとめたその隙間からは自ら引き裂いた
らしい服からあの豊かな胸がまるで放り出されたよう
に半分以上露出しているし、スカートもなぜか横を
引き裂いていて目のやり場に困る。

そんなあられもない姿なのに一向にそれを気にする
風でもなく無頓着にすたすた大股で歩いて来るのだ。

こんな姿でさっきは回し蹴りをしたのか・・・。
我に返った時のユーリが恥ずかしさのあまり動けなく
ならなければいいが。

あまり他人に見せていい姿ではないから早く元に
戻って欲しいが、どうやらあの黒い霧のような魔力を
浄化するまでユーリは元に戻らなそうだった。

そしてその後、浄化の方法について俺と話している間
意識を取り戻したシグウェルに気付いたユーリは、
面白そうにあの金色の瞳を輝かせそちらに向かって
駆け出した。無邪気な笑顔はいつものユーリだった。

しかし、シグウェルと拳を交えひらり、くるり、と
まるで舞踏をするように軽やかにその攻撃をかわし、
蹴りや拳を叩き込むその姿にいつものユーリの面影は
ない。

ただただ楽しげに闘いを楽しむ様は、それはそれで
いつもと違う美しさがあったがそれ以上に戦闘狂、と
いう単語が脳裏に浮かぶような姿だった。

グノーデル神様は戦いと破壊の加護と力を持つ。

ユーリに降りて来ているその力の一部も、純粋に
戦いを好むものらしかった。

戦いに夢中になり過ぎて、ユーリのあの美しい肌や
髪を傷付けないで欲しいが。さっき見た傷だらけの
足が脳裏に浮かんで心配になった時だった。

ドンと大きな音がしてシグウェルが地面に叩き伏せ
られていた。

うつ伏せに組み敷いたシグウェルの背中を片足で
踏みつけ押さえ込みながら楽しそうな顔で見下ろして
いるその様は、傲岸不遜なその眼差しすら成長した
大人びた姿と相まって、まるで一国の女王のように
迫力ある美しさと色香を放っていた。

俺の後ろで上着を剥ぎ取られたユリウスもその様子を
見て頬を染めてぼうっと呆けているのが分かった。

そのままシグウェルの様子を見ていたユーリは、
今度はあいつを乱暴に蹴り上げて仰向けにすると
どっかりとその腹の上に馬乗りになって座り込む。

暴れるシグウェルをものともせずにその両手首を
地面にしっかりと縫いとめて固定するその馬鹿力は
一体どうなっているのか。

そうして、この体が娘で良かったなどと言うと獣が
獲物を目の前にして舌なめずりをするようにあの赤く
色付いた柔らかな唇をぺろりとひと舐めして、体を
ぐっとシグウェルの顔へと寄せた。

おい、まさか。よしてくれ。

嫌な予感しかしないその仕草に、思わず歩み寄ろうと
した時にはもう、ユーリは俺達の目の前でシグウェル
へ口付けていた。

さらさら流れるユーリの黒髪が、まるで絹のカーテン
のように重なる二人の横顔を隠してしまう。

それと同時に折り重なった二人の体を淡い金色の光が
包み込み、シグウェルの体からは黒い霧が蒸発する
ように立ち昇っては消えていく。

浄化をしているのか。あの口付けはそのためだと
頭では理解出来ても俺の心は早く離れて欲しいと
願い、じりじりしながら待っていた。

実際には数分もなかっただろうが、長く感じるその
行為を終えたユーリは一人でぶつぶつ何事かを呟くと
今度は自分の胸の前で手を組んで祈った。

ユーリの頭の先から、金色の光が抜けては立ち昇り
消えていく。

やがて完全にその光が消えると、組んでいた手を
降ろしたユーリはハッとしたように慌ててシグウェル
の体の上から降りようとした。

そしてそのまま転がるようにして床に顔を打ちつけて
いる。いつものユーリだ。その様子にそう直感した。

その姿はまだ大きいままだったが、つんのめって
したたかに打った鼻先を撫でている様子はなぜか
召喚直後に光の柱から転がり出て来た、あの初めて
会った時を思い出させた。

懐かしい気分になりながら、抱き起こそうとしたら
ユーリは俺の腕を掴んだまま硬直した。

そしてそのままガバッと縋り付くように抱き着いて
こられて驚く。

「どこか痛めているのか⁉︎」

あれだけ普段のユーリとかけ離れた大立ち回りをした
のだ、足が傷付いただけでなくもっとどこか他の部分
を痛めているのかも知れない。

急いで横抱きに抱き上げようとすればユーリはそれを
強く拒む。何故?と聞こうとしたら、いつの間にか
戻っていたいつものあの黒い瞳を潤ませ顔を上気させ
ながら俺にだけ聞こえる声で小さく呟いた。

「下着が、脱げてます・・・多分。」

予想もしないその告白に、抱き上げようとしてユーリ
の腰元に添えていた手が一瞬震えた。

待て、何を言っている?まさか今俺が手を添えている
この薄いドレスの下には何も身に纏っていないという
事なのか⁉︎

手を離した方が良かったのだろうが、そう思うほど
力が入ってしまい腰に添えた手は動かない。

俺の胸元をぎゅっと握りしめて涙目で潤む瞳と羞恥に
染まる赤い頬、僅かにあいた唇。しかもその姿は
しどけなく肌が露わになったまま俺に密着している。

誘われているのか煽られているのか、それとも俺の
自制心が試されているのか。

どうするべきか分からなくなった俺は、情けない
ことにシンシアに助けを求める事しか出来なかった。









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