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第十三章 好きこそものの上手なれ

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とある日、リオン様は人払いをした執務室で憂鬱そう
にため息をつくと俺に話し始めた。

「レジナス・・・君に話しておきたいことがある。」

こんなにも憂鬱そうな様子を見せるのは滅多にない
ことだ。一体何事かと居住まいを正してリオン様が
話し出すのを待った。

そしてその口から語られだしたことは思いもよらない
話だった。

いわく、シグウェルがユーリに心を寄せていると。
のみならず、その気持ちは既にユーリ本人に伝えて
あり、恐らく次にユーリがシグウェルに会う時は
あいつを伴侶に選ぶかどうかの選択まで迫られる
だろうという話だった。

一体いつからそんなことに?と聞けば、リオン様が
シグウェルの気持ちに気付いたのはノイエ領での
夕食会後のことで、ユーリに幻影魔法をかけた時
だという。

・・・そういえばあの時のリオン様は様子が少し
おかしかった。あれはこういうことだったのか。

それにしても、あのシグウェルが。

どんなに身分が高い者や美しい者に言い寄られても
その辺にある石ころを見るのと同じ視線を投げかけて
誰一人まともに相手にしたことのない奴が。

ただ、言われてみれば確かにあいつはいつからか
ユーリに会う度にその頭を撫でてやり、時には
微笑みを見せて話をし、ユーリが三日も寝込んだ
時は忙しいはずなのに奥の院にも毎日様子を見に
来ていた。

今にして思えば思い当たることばかりだ。

「ユーリはあいつを選ぶでしょうか?」

思わずそんな事を口に出してしまった。

「選ぶと思うよ」

リオン様はまたため息をついた。

「ユーリ自身はまだ自覚してないけど、嫌だったら
とうに答えは出ているはずだからね。でも今はまだ
自分の気持ちに気づかず迷っている、ただそれだけ
だよ。だからレジナス、君もそのつもりでいた方が
いい。アドニスの町でグノーデル神様も言っていた
でしょう?ユーリは今悩んでいるけど、それは悩む
ことじゃない。もう決めているんだって。」

・・・ああ、そうだ。あの時は一体何の話かと
不思議に思っていたが、あれはそういうことだった
のか。

それならば俺も覚悟を決めなければ。

「シグウェルが伴侶になったらユールヴァルト家の
跡継ぎはどうなりますか?あいつとユーリの間に子が
出来て、その子が継ぐまでは今の当主がそのままか、
アントン様がユールヴァルト領へ戻り当主を継ぎ
ますか?」

そう聞けばリオン様は嫌そうな顔をした。

「レジナス、そこまで考えるのはまだ早い。君、
いくらなんでも切り替えが早すぎるよ。やめてよ、
シグウェルとユーリの間の子供がどうのなんて。
それ、ユーリには言わないようにね?」

恥ずかしがったユーリに嫌われるよ、と釘を刺した
リオン様はお茶を一口飲んで続けた。

「シグウェルは元々、他のユールヴァルト家の者達と
違って一族の伝統や血にこだわっていない。だから
本家当主も別に自分でなくとも一族の誰かが継げば
いいとしか思ってないだろうね。彼にとって大事
なのは魔法を極めること、そしてそこに加わったのが
ユーリの存在だ。ユーリの伴侶になれるなら喜んで
ユールヴァルト家もその当主の座も捨てるだろう。」

まあ実際はドラグウェルがそれを許すはずもないから
伴侶でありながら当主業務も兼ねる事になるんだ
ろうね。

そういうリオン様の話を聞いた数日後。魔導士院に
顔を出したというユーリがリオン様の執務室へと
立ち寄った。

シグウェルと話した結果を聞くリオン様にユーリは
戸惑いながら、シグウェルさんの気持ちは分かった
けどまだどうするか決めていないと伝えたら迫られて
とても恥ずかしかったですと教えてくれた。

ただその様子はどことなくぎこちなくて、俺と
リオン様に何か言いたくない事を隠しているよう
だった。

・・・ユーリが言いたくないことならあえて聞くこと
もないだろう。そう思った俺とは逆に、リオン様は
それがどうしても気になったようで同席していたエル
に聞いた。

『ユーリ様の弱点でもあり魔導士団長の強みでもある
顔の良さを使って伴侶に選ばれるまで言葉責めで
迫るつもりです。』

エルはいつも自分が見た事実だけを話す。

目の前で見た事実と、それから導き出される結果のみ
を推測して動けと剣としての教育で叩き込まれるから
だ。そのエルが言うのだから間違いないのだろう。

まさかシグウェルの顔がユーリの好みだとは・・・。
いや、あいつの顔は女性全般に好まれる作りをして
いるから当たり前と言えば当たり前なんだが。

でもなんとなく胸の辺りがもやもやとする。

エルの言葉に、何を言ってるんですかと顔を赤くして
怒るユーリを見てしまうとなおさら複雑な心境だ。

それはリオン様も同じだったようで、いつも以上に
ユーリを構い倒していた。

シグウェルが伴侶の一人として加わることも覚悟を
しておけと言ったのはリオン様なのに、実際本当に
そうなりそうだとやはり落ち着いてはいられない
らしい。

ユールヴァルト家の家宝だという魔石を返すため、
次にユーリがシグウェルに会う時は伴侶として
その場に同席するようにとまでリオン様は俺に
言ってきた。

有無を言わさぬその言葉に、何をそこまで心配して
いるのかと思っていたら。

ユールヴァルト家は奥の院を訪れず、逆に王都の
タウンハウスへとユーリを招待した。

家宝の杖をユールヴァルト家の管理できる範囲から
持ち出したくない、たとえそれが王宮の敷地内だと
してもだ、などという理由だ。

本来ならば余程の理由がなければユールヴァルト領内
から持ち出すのも憚られる、むしろ領内へ来て欲しい
ほどだったということまでリオン様へ伝えて来た
らしい。随分と強気な発言だ。

こんな事を堂々と言ってのけるのは当主である
ドラグウェル殿しかいない。

領内から持ち出すのも難しい家宝の杖をこの王都へ
運び、わざわざユールヴァルトのタウンハウスへ
ユーリを呼びつけるなど、まさか当主直々に顔を
出すつもりではないだろうか。

もしそうなら侍女とエルだけでは荷が重い。

タウンハウスの中など、魔導士院と違い侍女や侍従は
もちろん門兵から庭師や馬番、料理人に至るまで
全員ユールヴァルト一族の者しかいない。

そんなところにユーリだけを行かせた上にもし
現れるのがドラグウェル殿だったら。

ユーリはあっという間に囲い込まれてしまう。

護衛とは違う立場の、同行者としての訪問に多少
落ち着かない気分になりながらもリオン様の言う通り
一緒に来て良かったと隣で照れ笑いをするユーリを
見つめる。

屋敷の様子がおかしいと気付いたのはその時だった。

俺達に茶を出した侍女が下がると誰も来なくなった。
それどころか、邸内の人の気配が極端に少ない。

部屋どころかタウンハウス全体から余計な人間を全て
人払いしたようだった。感じる気配はほんの数人、
片手で足りるほどだ。それもまともな気配の持ち主
ではない。恐らく魔力だろう、何か強大な力の持ち主
だけが残っているようだった。

これは一体何なんだ?

密かに身構えた時、慌ただしくユールヴァルト家の
家令が入ってきた。確かセディという、当主の忠実な
部下だ。

彼の言葉からやはり当主のドラグウェル殿もこの場に
同席することが分かり厄介な、と内心舌打ちをした
のとその本人が現れたのは同時だった。

ドラグウェル殿は前回ユーリに会った時と同様に
抱き上げて挨拶をした。そこまでは前と全く一緒だ。

違ったのはその後、ユーリを抱き上げたまま俺を見る
その目だ。

ユールヴァルト家を差し置いて一介の騎士風情が、
それもただの庶民上がりがとその目が言っている。

・・・グノーデル神様のお言葉で俺がユーリの伴侶
として認められたと周りに知られて以来、祝福して
くれる者もいればこのような目で俺を見てくる者も
当然いたので、そんな視線には慣れている。

その背後に控える家令はもっとあからさまに悔しげに
俺を見ていた。

俺がアドニスの町でグノーデル神様から直々にお言葉
を賜り、ユーリを頼むと言われたのも勇者様や召喚者
と最も縁が深いのはユールヴァルト家のはずなのにと
いうプライドを刺激したのかもしれない。

冴え冴えとしたドラグウェル殿の鋭い視線やその身に
みなぎる圧を感じる気配は明らかに俺を牽制していた。

それは今までに感じた事のある俺とユーリの関係に
批判的な目を向ける者達のそれよりももっと鋭い、
心臓を貫く氷の刃のような視線と冷ややかさだった。

だがその程度で気圧されることは一切ない。

アドニスで目の前に現れたグノーデル神様の神威に
比べればこの世にあれより恐ろしい畏怖を感じるもの
など何もないのだ。

あの、上から無理やり頭を押さえつけられて平伏
させられるような息苦しいほどの圧力。

顔を上げられるかと問われた時、僅かにその圧が
和らいだおかげでグノーデル神様を見つめる事が
出来たが、あれは俺のために圧を和らげてくれた
グノーデル神様の優しさだったのだろう。

そんな優しくも恐ろしい威厳の持ち主から認められた
俺は自分を誇れるし何者も恐れることはない。

むしろユーリを生涯護り愛し続ける伴侶として、
身分の差がなんだろうと相手が誰であろうとも、
胸を張ってこの手でユーリを護らなければ。

「・・・ご挨拶もお済みのようですので、そろそろ
ユーリを返していただいてもよろしいですか?」

ユーリの伴侶である俺の言葉に
まさか異は唱えないですよね?

言外にそう含めて見つめれば、その意図は正しく
相手に伝わったらしい。

片眉を僅かに動かしたドラグウェル殿の口元が
小さく歪んだ微笑みを浮かべた。





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