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閑話休題 街で噂のかわいいあの子

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「・・・まあ、こんなもんかね。」

目の前にずらりと並んだ20個のブローチを満足げに
オレは眺めた。

リンゴと矢を組み合わせた意匠のブローチは直線と
曲線の交わり方に優雅さと繊細さを出すのと、服や
体が万が一当たってもすぐに曲がってしまったり
落ちないようにする一工夫は必要だったがいつも
作っている武器に比べれば簡単だ。

体に仕込む暗器にこだわりのあるキリウ小隊のあの
美貌の隊長に無理難題を言われて今まで散々変わった
暗器を作らされてきたが、その技術がまさかこんな
ところで役立つとは思わなかった。

「まさか王宮の侍女さん方も、自分達の付けてる
ブローチが武器作りの技術仕込みとは思わん
だろうなあ・・・」

いや、それでももしかしたらこんな鉄錆くさい
武器屋を嬉々として見ていたあの癒し子様なら
喜ぶかもしれないが。

思いがけず知り合った癒し子ユーリ様が目を輝かせて
店内を見ていたことを思い出せば自然と頬が緩んだ。

最近気に入っている食堂へいつものように顔を出し、
オレの作ったあのリンゴの花の髪飾りを付けた
女の子を見た時は驚いた。

見間違いようもない、ソル貝を加工して作られた
あの髪飾りはここ最近で一番のオレの力作だ。

今まで女性に対して花の一輪もプレゼントなんて
ものをしたことのないレジナスの旦那が突然それを
頼んできた時は天変地異の前触れかと思う位驚いた。

それと同時に、見た目の怖さで人を寄せ付けないが
本当は物凄くいいお人な旦那のことを理解してくれる
人がようやく現れたのかと嬉しく思った。

だから、あの髪飾りはプレゼントした旦那が
振られないように、相手に喜んでもらえるようにと
今のオレの持てる力を全て注ぎ込んで作ったのだ。

その力作を付けた相手が突然目の前に現れた。
一体どんな子なんだろうかと、料理を食べながら
目はずっとその子を追いかけてしまった。

周りから一際小柄なその子は赤毛でふわふわした
猫っ毛をなびかせながら店内をぱたぱた走り回って
いる。客と話すその笑顔は明るく人懐こい。

飛び抜けて美人というわけではないけれどその笑顔に
浮かぶ薄いそばかすがその子の明るい雰囲気によく
似合っていて、つい目を惹く可愛らしさを醸し出して
いた。

なるほど、レジナスの旦那はこの屈託のない明るさに
惹かれたのか?この子ならあの強面の旦那にも臆する
ことなく話しかけるに違いない。

この食堂はかなり忙しいはずなんだが、そんな中でも
笑顔と気遣いを欠かさないのにも感心した。

そんな明るくて気の利く子だからか、本店の経営者の
息子でこの食堂の立ち上げからずっと手伝いに派遣
されて来ているニックもその子のことが気になって
いるようだった。やたらと声をかけてやっている。

でもなあニック、その子の相手は国でも一、二を
争う騎士だぞ・・・。

そんな騎士様と有名な食堂の息子なんて将来有望な
好青年の二人に好意を寄せられるとは大したもんだと
思えばどうしても話してみたくなって声を掛けた。

そしたらその子は頬を染めて嬉しそうに、自分の
恋人からのプレゼントのそれをとても気に入っている
と話してくれるじゃないか。

良かった、旦那はどうやらこの子とうまく
やっているらしい。オレも作った甲斐があった。

その後、その子が厨房で魚の卵を使った見たことも
聞いたこともない料理の話をし出した時は驚いたが。

旦那の付き合ってる子は魔導士らしいとは聞いて
いたが、いやはややっぱり魔導士というのは
物知りなんだなあとさらに感心して食堂を出たら
街の知り合いに捕まった。

「ちょっとイーゴリ、あんたも見たかい⁉︎」

話好きな近所のおばちゃんだ。この人に知られると
朝話したことがその日の夕方にはこの一帯にそれが
広まってしまうくらい顔が広くて世話好き、かつ
噂話が好きな人だ。

「なんだバアさん、今度は何を見た?」

「あんたはまたそうやって人の事をババア扱いして!
アタシと三つしか違わないだろ‼︎それよりもさ、
レジナスだよあの坊や‼︎あの子が珍しく私服で
街に来てたんだけどね。」

レジナスの旦那が騎士団に入る辺りからの付き合いの
オレとは違って、小さい時から旦那のことを知って
いる昔馴染みのこの人にかかれば腕利きで第二王子様
の護衛騎士も坊や扱いだ。

「へえ、休みかな?ならオレのとこにも顔を出すかも
知れないから早く戻っておくか。」

「ちょっと!帰るのは話を聞いてからにしな!
あの子、女の子を連れて歩いてたんだよ!」

「は?」

「赤毛で小柄なかわいい子だよ!仲良さげに腕を
組んで、女の子の買い物に付き合ってやりながら
歩いてたからあれは絶対デートだよ‼︎」

おばちゃんの顔が興奮で赤くなっている。

「二人で顔を寄せて紙切れを見ながら何やら
相談してはあちこちに寄って、マルクの店でも
たくさんハンカチを注文したみたいだけど、
ひょっとすると周りに配る結婚祝いの買い出しか
新居用の買い物かも‼︎間違いない‼︎」

「いや、なんでアンタがマルクの店での旦那の
買い物の中身まで知ってんだよ・・・」

「マルクの坊主は昔小さい時に三馬鹿仲間で散々
アタシに迷惑をかけてたから頭が上がらないのさ」

つまりは聞き出したのか。マルクの奴も可哀想に。

「何やってんだよ、客の個人情報を聞き出すとか
マルクの信用にも関わるだろ、やめてやれよ。」

「そこはアタシが窓から覗いて聞き耳立ててた事に
するから大丈夫!それよりも、レジナスは結婚準備も
兼ねて久々に街に来たのかね?癒し子様が召喚されて
からは全然姿を見なかったのに。新居はこっちに
するのかね、それともやっぱり王宮近くか」

「落ち着け、バアさん。あんまり興奮すると早死に
するぞ。それ、本当にレジナスの旦那だったのか?」

興奮して話が止まらないおばちゃんを遮って考える。

赤毛で小柄ってことはさっき食堂で働いていた
あのリリちゃんて子だよな?でもレジナスの旦那は
近くにいたようには思えなかったんだが。

「でもジェイダのカフェに立ち寄って、二人で
お茶もしていたらしいよ。アタシは見てないけど、
たまたま居合わせた人の話だとテラス席に座って
彼女がお茶を飲む様子を熱い目で見つめてたって。」

「ええ?」

あのほぼ無表情な旦那が?熱い目でって言われても
殺人犯みたいな鋭い視線しか想像できないんだが。

「あの鉄仮面みたいに無表情なレジナスがその子には
カフェではまるで世界に自分とその子しかいない
みたいに見つめ合ってたって言うんだから、アタシも
ぜひ見てみたかったねぇ。」

それは本当にレジナスの旦那か?ますます想像
できない。

いや、そういえばあの髪飾りを受け取った時は
うっすらと微笑んでいたな。

「イーゴリ、もしこの後あの坊やがあんたの店に
立ち寄るようなら、その時はきっと彼女が一緒だよ。
もし立ち寄ったら、絶対に馴れ初めだとか結婚の
日取りだとかを聞いといておくれよ!」

それじゃアタシは忙しいから!これから他のみんなと
今日のレジナスの目撃情報をもっと集めてくるよ!
おばちゃんは自分の言いたい事だけ言ってさっさと
いなくなった。

「ありゃあ下手をすれば夕方には旦那の実家に
結婚祝いが届いてたり祝いの挨拶をしに行く奴も
出てくるかもな・・・」

レジナスの旦那もかわいそうに、とんだ災難だ。

そう思いながら自分の店に帰れば、はたして
おばちゃんの言った通りにレジナスの旦那が現れた。

珍しくキリウ小隊の隊長・・・シェラさんも
一緒だ。仲が悪いわけではないが、この二人が
揃ってオレの店に姿を見せるのは珍しい。

さっそく武器の手入れのために自らの魔道具や体に
仕込んでいた暗器をどっさり出してきたシェラさんに
呆れながらそれらを調べる。

相変わらず武器の使い込み方がえげつない。
一体何をどうしたらとびきり頑丈に作ったはずの
オレの武器がここまで曲がっちまうんだ?

そう思っていたらレジナスの旦那の声がオレの耳に
飛び込んできた。

「なんだリリ。シェラの武器が見たいのか?見ても
そう面白くもないものだぞ。」

いつになく優しい声色も気になったが、聞こえてきた
名前にも驚いた。リリってまさか。

「リリちゃん⁉︎」

見れば旦那に縦抱きされてその腕の中にちんまりと
収まっているのはあの食堂で働いていたリリちゃん
だった。向こうも驚いて目を丸くしている。

まさか、おばちゃんの話してた旦那が腕を組んで
歩いてた相手が本当にリリちゃんだったとは。

髪飾りからしてそう思ってはいたが、こうして
目の当たりにするまで信じられなかった。

だけどリリちゃんを抱き上げている旦那の様子や
掴まっているリリちゃんの雰囲気はなんだかすごく
しっくりくる。普段からそうしていつも縦抱きを
してもらっている感じだ。

と、リリちゃんの顔がみるみる赤くなってきた。
食堂でオレに恋人からもらった髪飾りのことを
嬉しげに話したことを思い出してしまったらしい。

誘導尋問、と悔しそうに言われたがそんな様子も
可愛らしくて思わず笑みがこぼれてしまった。

・・・だけどオレが余裕でいられたのもここまで
だった。そのすぐ後に、オレは信じられないものを
目の当たりにすることになる。

いやはや、あんなに驚くことはもう一生ないだろう。
もしあのおばちゃんがいたら、驚き過ぎて
死んじまっていたかもしれないね。

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