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第十一章 働かざる者食うべからず

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「・・・って感じで、予定外のことはありましたけど
とっても楽しい充実した一日でした‼︎」

その日の夜、奥の院の新しく出来た二人の部屋で
仕事を終えて帰ってきたリオン様へ今日のことを
教えてあげた。

夜、それぞれの部屋に戻る前の数時間を一緒に過ごし
その日にあったことを話すのが奥の院が改装されて
からの私達二人の新しい習慣になっている。

「人違いとはいえ、まさか街の食堂で働いて
くるとはね・・・」

リオン様の手には私のお土産の、あの白フクロウの
置物がおさまっていた。

長椅子で私の隣に座りながらそれを優しい手つきで
撫でるリオン様が、

「でもユーリが働いたお金で僕にわざわざ贈り物を
買ってきてくれるなんて嬉しいよ。ありがとう、
大事にするね。」

そう言って笑ってくれたので、嬉しくなって

「今日は新しい言葉も知りましたよ!パンを
得たければ自ら歩け、って言う格言です!
欲しいものは自分の努力で勝ち取ろうって感じの
いい言葉ですね‼︎」

覚えたてのこちらの世界のことわざ的なものを
リオン様にも教えてあげた。

「・・・そうだね。でもユーリ、街に降りて働いて
くるなんてもうしてはいけないよ。どんなトラブルに
巻き込まれるか分からなくて心配になるからね。」

「それは分かってますよ?でも自分の働いたお金で
こうしてリオン様にお土産を買えたり自分のお小遣い
が増えたりするのは嬉しいです。」

そう言ったらちょっと考えたリオン様が私に

「ユーリは僕からお小遣いをただ貰うよりもやっぱり
自分で稼いだお金がお小遣いになる方が嬉しいの?」

そんなことを聞いてきた。

「え、それは・・・もちろんお小遣いを貰えるのは
嬉しいですけど、それだけだとちょっと申し訳ない
っていうか・・・。ほら、さっきの言葉ですよ、
パンを得るには自ら歩け、っていうあれ!
働いて得るお金も、それはそれで嬉しいですよ?」

私の言葉に耳を傾けていたリオン様がふうん、と
何かを考えている。

「じゃあユーリ、お小遣い稼ぎをする?」

「え?」

「実はこの時期、国は地方からの陳情書を取り纏める
期間になっていてね。王宮の執務室は各地方から
送られて来た書類で溢れ返っているんだよ。ユーリが
良ければ、先日のように書類の仕分けを手伝って
もらえるかな?」

「いいんですか?」

「今のところ癒し子として受け入れるべき依頼も
ないし、先日侍女ごっこの時に手伝ってもらった
書類の仕分け方でユーリの働きぶりはよく分かって
いるからね。あの時は助かったよ。仕分けた書類、
僕が何も言わなくても日付け順にまで揃えてくれて
いたでしょ?」

「あ・・・あの時、先に置いてあった仕分け済みの
書類がそうなってたからそうするのかなって。」

元の世界で働いていた時はそこまでするのが
当たり前だったから何にも考えずにそうしていた。

準備した資料や書類はそれを読む人の事まで考えて
仕事しろ、気を使えってよく言われてたなあ、
懐かしい。

「何も言わずともそこまで気配り出来る者もいれば、
言われなければ気付かない者もいるし、何度教えても
そこまで気配り出来ない者もいるんだよ。ユーリは
その点、ごっこ遊びのついでの書類整理でもとても
気配りの行き届いた良い働きをしてくれたからね。
本当に僕の仕事を手伝っても大丈夫だと思うよ。」

リオン様に褒められると元の世界での働きぶりも
認められたようで嬉しい。

王子様のお褒めの言葉は世界線を越えて社畜の心をも
救い癒やすのだ。なんてありがたい。

「リオン様にそう言われるとなんだかとっても
嬉しいです!私がお手伝い出来ることなら何でも
しますよ!」

休憩時間にはお茶も淹れてあげたいくらいだけど、
多分それはリオン様の方が上手だから口には
出さない。

「とりあえず1週間だけでいいから手伝って貰えると
嬉しいかな。そしたらその報酬として銀貨を7枚
あげるよ。1日につき銀貨1枚だね。そうしたら
それを持ってまた王都で好きな本も買えるでしょ?」

「そんなに貰っちゃっていいんですか?ちょっと
多すぎませんか?」

「癒し子に書類整理を手伝わせるんだから、それ位の
対価は必要だよ。僕の補佐官にもこの事を伝えたり
ユーリの服の準備も必要だから、手伝いは3日後から
お願いしようかな。」

「私の服の準備ですか?」

「毎日可愛いドレス姿で僕と同じ部屋で働くユーリも
見てみたい気もするけど、汚したり動きにくかったり
したら不便でしょ?ルルーやシンシアに話して、
制服代わりの服を用意させるよ。」

そう言ったリオン様のキラキラした笑顔に何故か
不安を覚えた。

あれ、なんだろう。たった今までの和やかな雰囲気に
不穏な空気が混ざってきた気がする。

「ち・・・ちなみに制服代わりって言いますけど、
服装って何か決まりでもあるんですか?」

「特に決まってはいないけど、僕としてはー」

「じっ、侍女服はダメですよ⁉︎」

言われる前に声を上げた。まさかという事もある。

「・・・侍女服じゃないよ?」

そう言ってわざとらしく小首を傾げたリオン様の
言葉に間があったのが怪しい。

「侍女服じゃなくて、ユーリが街で着ていたっていう
制服姿を僕も見てみたいんだよね。」

・・・侍女服を着せられるよりももっと悪かった!

「何でですか⁉︎どうしてその事を‼︎」

抗議しながら、そういえばレジナスさん今日の事は
全部リオン様に報告するって言ってたっけ・・・と
思い出した。

「街の食堂で、知らない人達の前でとても可愛い
制服姿で働いたんでしょう?みんな目を奪われて
いたって聞いてるよ。僕にそれを報告をした時の
レジナスの落ち込み具合と言ったら、それはもう
気の毒なほどだった。」

レ、レジナスさん!せめて普通に報告してくれれば
良かったのに、リオン様がつまらない焼きもちを
焼いてしまっているよ⁉︎

「それはつまり、自分以外の人達が私のあの格好を
見てるのに、自分だけ見ていないのが不満とか
そういう事ですか⁉︎」

「まあそうなるのかな?」

「それなら何も他の人達がいる前でなくても、
この部屋でちょっと着替えて見せるだけで・・・!」

「それも考えたんだけどね。だけどその姿で働いて
動き回るユーリっていうのをやっぱりどうしても
見てみたくて。」

執務室だから僕以外の政務官だとか補佐官にも
その姿を見られるのはちょっと嫌だけど。

そんな事を言った。それならやめればいいのに、
それを上回る程度にはどうやら私のあのウェイトレス
姿が気になるらしい。

「で、でもあれは忙しい店内だったからスカート丈の
短さも気にならなかっただけで、あの格好で立ったり
座ったりとかは・・・」

往生際が悪く断ろうとする私に、ふーん?と
リオン様がぽつりと呟いた。

「ランプの魔神は3つの願いを叶えてくれる。
そうだったよね?」

・・・え?急に何の話だろう?

そう思ったら、ちょっと待っててね。そう言った
リオン様は自分の部屋に行ってしまった。

そのまま少し待っていると、リオン様が何やら
綺麗に表紙をつけた書類らしきものを持って来た。

「これだよ。」

見せてもらうと、そこには

『私、ユーリはランプの魔神のようにリオン様の
下記の3つの願いを叶えることをここに誓います。
1、リオン様の望んだ時に、リオン様が指定する
好きな格好をすること。』

そんなことがちょっと歪んでいるけど私の字で
書いてあった。ちなみに2と3はまだ空欄だ。

「なんですかこれ⁉︎」

驚きすぎて、夜だと言うのについ大きな声が出て
しまった。

えっ、偽造⁉︎私をからかうためにリオン様が偽造した
書類なのかな⁉︎

そう思って、穴が開くほどそれを眺めたけど
どこをどう見てもそれは間違いなく私の筆跡だった。

しかも用紙の最後には漢字で書かれた私の名前で
サインまで入っている。

この世界の人達は私のフルネームは知ってても
漢字は書けない。

てことはやっぱり、全然記憶にないけどこれを
書いたのは私?

「こんなの書いた覚えは全くないんですけど・・・」

「ああ、やっぱり覚えていないんだね。先日、離宮で
大きくなったユーリの力を試したでしょう?あの時に
ユーリが僕にランプの魔神の話と3つの願いについて
教えてくれて、それを書いたんだよ。」

うわあ、酔っていたから全然覚えてないけど何を
しているんだ私は。

「ち、ちなみにあとの2つのお願いごとの欄が
空欄なのは・・・?」

何となく予想は出来るけど一応聞いてみた。

「あの時はまだ残り2つの願い事は決めきれなくて、
後で思いついた時に書こうということになったんだ。
・・・まさかと思ったけど、本当に覚えていない
んだね?僕の好きな格好をするっていうのもあの時
ユーリが自分から言い出したんだよ?」

「私が⁉︎」

「そう。あの場にいた全員に聞いて確かめても
いいけど、ユーリは自分から進んでそんな事を
言ってたし、その紙も自分から書いていたよ。」

「ええ・・・」

ホントに、何をやっているんだ私は。呆然とした
そんな私に更に追い討ちをかけるようにリオン様は
信じられない事を言った。

「あの時ユーリは、僕が望むならまた侍女服姿に
なりましょうか?って言って、まるで侍女ごっこを
するみたいにお帰りなさい、お風呂にしますか?
食事にしますか?それとも私にしますか?って
僕に向かって言って来たんだよ。必要なら眠るまで
膝を貸しますか、なんて事まで言ってたなあ。」

「~何ですかそれ⁉︎そ、そんな恥ずかしいこと、
本当に私が言ったんですか⁉︎」

「膝枕や食事はともかく、ユーリを選ぶのはまだ
早いよねぇ。」

そう言って笑うリオン様の目には色気が滲んでいる。

「そんな目で見ないで下さいっ‼︎」

恥ずかし過ぎて思わずリオン様の顔に両手を当てて
その綺麗な青い瞳を隠してしまった。

・・・酔った私って相当タチが悪くないかな⁉︎

改めて自分でそう思い知った。


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