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閑話休題 お気に召すまま

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王宮で癒し子様と姫巫女の面会した時の様子を
話し始めたダドリーに、サミュエルは一人異様に
興奮している。そしてそんな奴を見たダドリーは
それをさして気にする風でもなく頷いた。

「ああ、やっぱり噂になっているんだ?そういえば
あの時のお二人を描いた絵がいつの間にか市中に
出回っているらしいね。」

「騎士の一人がその絵を持っていて俺も見たぞ!
え?カティヤ様の方からあんな事をしたのか?」

詳しく聞かせろ、とサミュエルがダドリーに
すごい勢いで迫っている。

だけど俺にはあの時の二人とかあんな事とか、
さっぱり話が見えてこない。とりあえずそのまま
二人の会話を見守っていると

「うん、そうなんだよ。祝福を授けると言った
カティヤ様が、突然ユーリ様の顎に男前に指先を
かけて上向かせるとなんの躊躇もなくユーリ様の
あの可愛らしい唇に口付けたんだ。驚き過ぎて
心臓が止まるかと思ったよ。」

ダドリーが耳を疑うようなことを言った。

え?癒し子様って女の子だったよな?
どういうことだ。

ダドリーの話は続く。

「それで、口付けられたユーリ様はあまりにも
驚き過ぎて目をパチパチさせてるのに、そんなのに
お構いなしにカティヤ様は割と長めに口付けてて。
ようやく唇を離したと思ったら、にっこり微笑んで
ユーリ様に・・・」

話すうちにその時の事を思い出してきたのか
ダドリーがどんどん赤くなってきた。人間の顔って
こんなに赤くなるんだな、なんて冷静に眺めている
俺とは違い、サミュエルは興奮して話の先を促す。

「微笑んで?ユーリ様に更にまた何かしたのか⁉︎」

「いや、微笑んでユーリ様を見つめたカティヤ様は
・・・ご、ご馳走様でしたって言ってぺろっと自分の
口元を舐めたんだ・・・っ‼︎」

なんだそのナンパ師みたいな仕草は。姫巫女って
神聖な、イリューディア神様のご神託も預かる
巫女だよな?それがそんな色男みたいな仕草を
すんのかよ。想像がつかない。

限界まで赤くなったダドリーを前に、サミュエルも
興奮で赤くなっていた。

「やべえ・・・まさかカティヤ様がそんな人だとは。
恥ずかしがり屋なユーリ様に、積極的にせまって
攻めるカティヤ様とか推せる・・・推せるし、
尊さがハンパない・・・‼︎」

なんだよ推せるって。二人の中を応援するって事か?
女の子同士なんだろ?

ダドリーのように実際にその現場に居合わせた訳でも
なく、サミュエルのようにそれを絵にしたものを
見た訳でもない俺だけが興奮する二人について
いけていない。いや、ついていけなくていいのかも。

「それでユーリ様は真っ赤になって、自分の口を
あの可愛らしい小さな両手で覆って恥ずかしがって
いたんだけど、それを見るカティヤ様の笑顔がまた、
美しいんだけど色気もあるもんだから二人が一緒に
いるのを見てるこっちの方が背中がむず痒くなるって
言うか、感じたことのない変な気分になるって
いうか・・・」

「分かる!俺も現物じゃなくあの絵を見ただけで
なんかこう、今までに感じたことのない変な気分に
なった‼︎仲間だな俺達‼︎」

サミュエルが同士よ!と言ってダドリーの肩を
がっしと抱いた。

国を代表する高潔な騎士と、神に仕える神聖な
神官が二人揃ってこのザマとは・・・。

あれだ、癒し子様と姫巫女は人の心をたぶらかす
魔物か何かか?

呆れ返ってそこでやっと二人の会話に割って入った。

「・・・で?お前らの尋常じゃない興奮度合いは
よく分かったけど、結局ダドリーは何をしに
今日はここに来たんだよ?俺に何の依頼だって?」

それにダドリーがあっ、と声を上げた。どうやら
本来の目的を忘れていたらしい。お前・・・。

「そ、そうだった!それで、あの時のユーリ様と
カティヤ様の美しい姿をいつまでも思い出の中に
留めておきたくて」

「侍女服は作らないぞ」

「えっ?なにそれ?違うよ、僕が頼みたいのは
刺繍の入ったハンカチだよ。」

思いの外まともだった。

「なんでまたそんなのが欲しいんだよ?」

肩を組んだままサミュエルも不思議そうにしている。
それにダドリーはまだ頬を染めたまま説明をした。

「本当だったらお二人の絵姿を収めた小さめの
ロケットペンダントとか、お二人をイメージした
金や黒の装飾品が欲しいんだけどほら、僕は
神官だろう?そういう装飾品は持っちゃいけないから
代わりにお二人をイメージした意匠を刺繍した
ハンカチ位ならいいかなって思って。」

なんだその乙女思考。ちょっと呆れたが、
少なくとも俺に騎士団に飾って眺める用の
侍女服を頼んで来たサミュエルよりは数倍ましだ。

「で?どんな刺繍を入れて欲しいんだ?」

そう聞けば、顔をぱっと明るくさせて紙を
出してきた。見れば箇条書きでいくつも案が
書いてある。

「薄い青色の生地には金のリンゴと白百合、
黒い布地の物には白い雌鹿に金のリンゴ、それから
白百合と金のリンゴの組み合わせ。白い物には
白い雌鹿と黒猫、白百合と黒猫・・・?」

「白百合と白い雌鹿はカティヤ様で、金のリンゴと
黒猫はユーリ様の意匠なんだ!」

声を弾ませて嬉しそうにダドリーが説明する。
なるほど、それぞれを表す物を刺繍で入れて欲しいと
いうことか。それを見ていたサミュエルも、

「いいなそれ!俺もそのハンカチが欲しい‼︎」

そう言い出した。

「俺の尊敬するレジナス様をイメージした黒狼と
金のリンゴか、黒狼と黒猫の組み合わせで刺繍を
したハンカチを作ってくれよ!」

なあなあ、とねだられる。悪いけどガタイのいい
でかい男がそんなことをしても全然可愛くない。

「まあそれくらいなら、すぐに出来るけど・・・。」

そう答えれば、やった!ありがとう‼︎恩に着る‼︎と
二人とも大層喜んでくれた。

こいつらがそんなに喜ぶならいいか、と俺の頬も
自然と緩む。そうして二人には、出来上がったら
使いに届けさせることを約束してそれぞれが帰路に
ついた。

「あー、騒がしかった・・・。」

静かになった店の扉に本日終了の札を出してほっと
息をつく。

ふと、サミュエルから取り上げたデザイン画が
目に入った。

腰掛けてもう一度それをじっくりと見る。

白いブラウスにたっぷりのフリルが下から覗く、
スカート部分がふんわりと広がった黒いワンピースの
お仕着せだ。一見シンプルだが、上品にも見える。

癒し子様が雨宿りをされた館の侍女服らしいが、
やっぱりどこか名のある貴族に仕えている侍女の
服だろうか。だとすれば、これをそのまま街の
食堂で使うわけにはいかない。ある日突然、
不敬だと番兵にしょっ引かれるのはごめんだ。

うーん、と頭を悩ませる。

「大衆食堂だけど女の子達に揃いの制服を着せて
そのかわいさで話題をさらって客を集めたいって
話だったよな・・・。」

そのために服のデザインは俺に任せられていて、
ある程度好きに作っていいと言われている。

下世話にならない程度に少し色気があって、
それを着る女の子達も恥ずかしがらないような
ものがいい。

むしろそのかわいい服を着たいから働かせてくれと
自ら食堂に来てくれれば、わざわざ従業員を募集
せずにすむんじゃないか?

客もかわいい従業員がいてうまい料理があれば
大満足だろう。さて、どうするか。

「・・・もう少しだけ、胸を強調するような形に
変えてみるか?ワンピースの上部を馬の蹄鉄型に
すればわりと胸元が目立つな。
スカート部分も、もう少しだけ短くしてその分
長靴下を履かせて素肌は見えないように・・・
いや。ほんの少しだけ、長靴下とスカートの境目から
素肌がちらっと覗く方が色気があるか。でも
やり過ぎると変な客を寄せ付けるしなあ・・・」

イメージしているところはあるが加減が難しい。
ああでもない、こうでもないと頭を悩ませた
その食堂用の服が完成した結果、そこは開店から
味の良さと従業員の服が評判になってあっという間に
客が引きも切らない繁盛店になった。

そうして無事に依頼をこなせたと安心していた
ある日、突然騎士団から呼び出しがかかった。

呼び出される覚えがない、とビクビクしながら
中央騎士団の本部応接室まで行けば、そこで
待っていたのはサミュエルと気難しいおっかない
顔つきをした坊主頭の騎士だった。

「君がサミュエルの話していた仕立て屋か。俺は
騎士団副団長のトレヴェという。申し訳ないが
君に仕事を頼みたい。」

副団長だというそのおっかない顔つきの人は
そう言って紙の束を出してきた。

「実は君の刺繍したハンカチをサミュエルが自慢気に
見せびらかした結果、騎士団内でも評判になってな。
他の騎士達も君にぜひとも刺繍を頼みたいという
話になった。これはその注文書なんだが、どうだ?
頼まれてくれるか?かなりの数で悪いんだが、納期は
特に急がない。すべて君に任せようと思う。」

「ハンカチですか?それならそんなに時間は
かからないので・・・」

手にした厚い紙の束をぺらりとめくって固まる。

ハンカチは勿論、シャツの襟部分やカフス部分、
外套、靴下へのワンポイントのあしらい。

団服のベルト部分に金の帯を入れて欲しいという
ものまで注文は様々だ。

しかも、どれもかなりの量になる。

「えーと・・・刺繍はともかく、ベルトに金地の
帯を入れるっていうのはどんな意味が・・・?」

疑問に思って聞けば、鼻息荒くサミュエルが

「ユーリ様とお揃いだ‼︎」

と教えてくれた。・・・お揃い?

そんな言葉足らずなサミュエルの話を、更に詳しく
副団長が説明してくれる。上司に補足させるとか
お前・・・。

「先日騎士団の演習を見学に来られたユーリ様が
我々騎士団とお揃いの服を見に纏って現れたのだが、
そこに一工夫されていたんだ。腰のベルト部分に
金糸をあしらい、華やかさを増したその可愛らしい
お姿を真似たいという輩が多くてな。公式な演習や
式典では許されないが、普段使いする分ならまあ
大目に見てやろうかと団長とも話がついたのだ。」

なるほど。好きな相手や憧れの人と同じ物を
持ちたいという気持ちは理解できる。

少なくとも癒し子様サイズの侍女服を木人型に
着せてそれをうっとり眺める変態じみた行為に
比べればずっとましだし健全だ。

「分かりました。時間は少しかかりますがぜひ
やらせて下さい。必ず良い物をお届けしますよ。」

頷いて注文を受ける。

こうして計らずとも国の名誉ある騎士団から大量注文
を受けた俺は、それをきっかけにその後も継続して
細々とした注文を騎士団から受けるようになった。

また、それで知り合った騎士達からも各々の家庭の
仕立て分の注文まで入るようになる。

その結果、気付けば俺の店は従業員を10人以上も
抱える規模にいつの間にか大きくなり、ひと財産
築いてしまったほどだ。

それもこれも、ひとえに一度もお会いしたことのない
癒し子様のおかげである。

いつかどこかでお目にかかった時は、このお礼を
言いたい。

そう思いながらイリューディア神様の神殿へ通い、
いつか癒し子様に会えますようにと願いを捧げては
俺は今日も店でハンカチに黒猫や金のリンゴの刺繍を
入れる日々を過ごすのだった。
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