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第十章 酒とナミダと男と女

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「シグウェルさん、この間から練習している魔法の
弓矢なんですけど・・・」

室内をちょっと駆け寄っただけなのになんだか
クラクラする。しまった、酔いが回ってしまった
のだろうか。

とす、と長椅子のシグウェルさんの隣に腰掛けさせて
もらって話をする。

元々魔物祓いのために練習してる魔法の弓矢だけど、
今回はその矢に加護の力を付けて飛ばせないかなと
いう思い付きだ。ただ、加護をつけてあげたい
ルルーさん達は王宮の中にいるだろうけど正確な
場所が分からない。それでもイケるのかな?

「精霊の力を借りれば、今のユーリなら普段から
親しく自分に縁のある者のところへ力を飛ばすことは
難しくないだろう。」

「そうなんですか?」

「俺達魔導士も普段から伝書鳩代わりに空を飛ぶ
精霊に言伝を持たせてやり取りしているから、
まあその応用のようなものだ。・・・というか、
近いな君。なぜそんなに近いところに座るんだ、
狭くないのか?」

「シグウェルさんが何を書いてるのか気になって。」

話しながらシグウェルさんの手元を覗き込んで
いたら、気付くとくっつくようにその隣に座って
いた。近過ぎて暑かったかな?

「またユーリ様が無意味に絡んでるっす!」

ユリウスさんが声を上げた。別に絡んでるつもりは
ないんだけどなあ。

「これは魔導士の使う速記文字だ、様々な状況で
早く大量の記録を取るために考えられた文字で
魔導士以外は読めな・・・おいやめろ、紙を
取り上げようとするな。」

シグウェルさんの説明にもっとその紙を見たくなって
それに手を伸ばしたら紙を持つ腕を上げられてそれを
遠くへやられてしまった。

「えぇ~見せて下さいよ!」

のしのしと長椅子の上でシグウェルさんに乗り上げる
ようにしてそれを取ろうとふざけたら、

「ユーリ様が団長を襲ってる!止めるっすよ、
押し倒すとか絡み方が酷い‼︎」

ユリウスさんが声を上げた。

「えっ、シグウェルさんより私の方が強いですか⁉︎」

いつもみんなより小さい私がすらりと背の高い
シグウェルさんを組み伏せてるとか、まるで自分が
強くなったみたいで嬉しい。

ユリウスさんの言葉に声が弾んでシグウェルさんを
見てみれば、なるほど長椅子のはじに追いやられて
肘掛け部分を背に私の下になっていた。

でも私より腕が長いのでやっぱりその手に持つ紙には
まだ手が届かない。

「シグウェルさんを見降ろすとか、なかなかないので
新鮮ですね!」

嬉しくなってそう言えば、私の下でさっきから
酔っているように紫色の瞳を潤ませながら光らせた
シグウェルさんに

「俺も組手の訓練以外で他人に組み伏せられた事は
ない。酔いすぎだろう君。そんな状態で本当に力を
使うつもりか?」

そう言われた。

「うーん、でも力はまだまだ有り余ってる感じが
するんですよね。出来るんじゃないかなあ。」

もだもだとシグウェルさんの体の上で紙を取ろうと
動いていたら

「おい、いい加減にしろ。そんなに体を寄せられると
また俺が殿下の不興を買って王宮を出禁にされて
しまうだろうが。」

とうとうシグウェルさんが起き上がってしまった。
片手を私の腰に回すと腹筋の力だけで私ごと
あっさりと身を起こされてつまらない。

やっぱり私だと力負けするんだなあ。

「それで、弓矢だったな?練習は続けていたなら
試しにやってみてもいいんじゃないか。もし間違えて
他人に当たってもその相手に加護の力がつくなら
そう悪いことでもないだろうしな。」

「この離宮にわたしが使えるような子供用の弓矢は
ありますかね?」

「そんなものはそこのバルコニーに生えている樹木の
枝とツルを使って簡易的な弓矢を作ればいい。
大事なのは弓を飛ばすイメージだ。」

そんな話をしてたらまたユリウスさんが声を上げた。

「団長、何やってんすか!ユーリ様の腰から手を
離すっすよ、恋人かなんかですかアンタは‼︎」

やっぱり団長ユーリ様の魔力にあてられてんじゃ
ないっすか、とも言っている。

あれ?そういえばいつもより近いところで話してる
気がするな?そう思ってよく見てみれば、さっき
腰を抱えられて起き上がってからそのままの状態で
くっついたまま話をしていた。

なるほど客観的に見れば恋人同士に見えても
おかしくない。それにしても、こんなに近い距離で
話しているのにいつもなら気になるシグウェルさんの
イケメン度になんの緊張をすることもなく話して
いた。お酒の力ってすごい。

「酔ってるとなんでも出来そうですごいです!」

ついでにシグウェルさんのあの氷の美貌も触って
みる。いつもなら緊張して絶対出来ないけど今なら
出来る。見た目通りにヒンヤリとした顔だけど、
ちょっとだけ熱を持っているような気もするかな?

それにしても、なぜかその顔をペタペタ触る
私のことをシグウェルさんは怒らない。

おいやめろ、と嫌そうにはしてるけど。

「え?これ団長も酔ってないっすか?
団長もなんかおかしいっすよ?」

ユリウスさんが恐る恐るそう言った。

「なんでシグウェルさんが酔うんですか?」

シグウェルさんの頬に手を当てたまま不思議に
思って聞けば、シグウェルさん本人がふむ、と
少し考えて話した。

「なるほど言われてみれば酔っている感覚に近いか。
ユーリの魔力の影響で俺の魔力の制御の効きにも
影響が出ているのかもしれない。おい君、すぐに
離れてくれないか?これ以上俺の魔力に影響が
あっても困る。」

「なら団長がその手を離すっすよ⁉︎いつまで
ユーリ様の腰を抱いてんすか⁉︎えーとそうだ、
レジナス!あんたの出番っす!」

ユリウスさんが行くっす!とぐいとレジナスさんを
押し出した。

「こっちに来いユーリ。そんなにシグウェルの顔を
撫で回すんじゃない。」

若干不機嫌そうな顔をしたレジナスさんが私を
抱え上げて、元々私が座っていた長椅子の上に
すとんと降ろした。隣にはリオン様だ。

「まったく、本当に目を離せないんだから。
いくら酔ってると言ってもあんなにシグウェルに
近づくことはないよね?押し倒して喜んでるとか、
やっぱり酔い過ぎだよ。はい、お茶でも飲んで少し
落ち着いて。」

リオン様にティーカップを握らせられた。
そんな私を見ながらまだ頭痛がするとでも言いたげに
額に手を当てながらシグウェルさんが、

「おいレジナス。悪いがそこのバルコニーで適当に
木の枝とツルを取って来てくれないか。それで
ユーリの手に合う簡単な弓矢を一つ作ってくれ。」

そう頼んでいた。どうやら今の俺ではうまく
作れそうにない、とも言ってるからやっぱり
いつもと少し調子が違うらしい。

「それで誰にどんな加護をつけるの?」

リオン様に聞かれて考える。おかしな強化人間を
作らないように、余計なことは考えないように
しなくちゃ。シンプルに単純なものを。

えーと・・・家内安全、交通安全、商売繁盛、
恋愛成就、安産祈願・・・。

なんとなくお守りの四字熟語を思い出す。

「あっ!無病息災‼︎」

「え?」

それだ。一番無難で当たり障りがない。シンプルだし
これなら余計なオマケの加護をつけることも
なさそうだ。

「元気で健康でいてね、っていう私のいた世界での
お祈りの言葉みたいなものです!これをルルーさんや
マリーさん達に付けたいです‼︎」

出来ればお世話になっている騎士団の団長さん
始め騎士のみんなや大神官のおじいちゃん、
可能ならカティヤ様や陛下にも加護を付けたいと
思うのは図々しいかな?今どこにいるか分からない
シェラさんにも届くといいんだけど。

そう話したら、試せるだけ試してみればいいと
シグウェルさんに言われた。

レジナスさんが私の手に木で出来た簡単な弓矢を
手渡してくれる。もう作っちゃうとか、さすが
レジナスさん。

「じゃあちょっとやってみます!」

バルコニーへともう一度出てみる。多少ふらついた
のはご愛嬌だ。危ないからとレジナスさんが腰を
支えてくれた。弓矢を構えて目を閉じる。

思い浮かべるのは魔導士院でシグウェルさんが
やって見せてくれた光の矢だ。

うっすらと光を纏い、空に放つと数本の光の矢に
分かれて的に当たっていた。

あんな感じで、空に向かって射った矢が分かれて
飛んで行って、みんなの体に吸収されていく感じ。

そこにつく効果は無病息災だ。いつも元気で健康で
いますように。精霊が私に力を貸してくれて、
遠く離れたところにいる人達のところにもこの
力と願いを届けてくれますように。

そう念じながら、閉じていた瞳を開くと王都の空を
しっかりと見つめ、その中空に向かって矢を放つ。

魔導士院で見たシグウェルさんの放った矢よりも
強く明るい金色の光に包まれた矢が王都の空高く
放たれたと思うとふっ、とその姿を消した。

次の瞬間、まるで花火のようにたくさんの光の矢が
空に現れるとそれは四方八方へと飛び散っていく。
まるで夜空に輝く星が流れ星になって落ちていく
みたいだった。

「あれ?」

星のようにたくさんの光の矢とか、私が思ってたより
だいぶ多くなったような・・・。

リオン様達は凄いと言って見つめていたけど、
大丈夫かなこれ・・・。




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