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第十章 酒とナミダと男と女

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ある日のことだ。
陛下に呼ばれ出掛けて行ったリオン様が珍しく顔に
不満を浮かべて帰ってきた。

王命でユーリがどれくらい酒を摂取すれば元の姿に
戻るのか、またその力にも変化はあるのかを調べる
ことになったと言い、リオン様は陛下にかなり
腹を立てていたし、ユーリのことを心配していた。

『信じられないよレジナス、もしユーリの具合が
悪くなったらどうするつもりなんだろうね⁉︎それに
酔ったユーリほど危なっかしいものはないし。』

王命なので従わざるを得ないが、俺もリオン様と
同意見だ。心配、というのも勿論だが本当に酔った
ユーリは何をするのか分からない。

そしてその心配は現実のものになった。

ユールヴァルト家の差し入れたパウンドケーキと
シグウェルの作った合成飲料を合わせて摂取した
ユーリは、一見すると普通に見えた。

ダーヴィゼルドで鏡越しにリオン様へ管を巻いた時の
ように絡む訳でもなく、話が通じているように
見えたのだ。

・・・しかしそれが全くの思い違いだったと
いうことをすぐに思い知る。

酒を取り姿が変わり大きくなるため、着替えで衝立の
向こうへ姿を消したユーリはよく通る声で、なんで
紐パンなんですか⁉︎と言う聞いたこちらが
いたたまれなくなるような事を大声で言い、それを
聞いてしまった俺は思わずリオン様と二人で顔を
見合わせた。

そのすぐ後にリオン様の髪と瞳の色に合わせた
可憐なドレス姿で現れたユーリを見た時は、その
直前の言葉を思い出してつい夜着のように薄い
その布地の姿をじっと見つめてしまい、多少の
罪悪感を感じてしまう。

そしてユーリはまさか自分が衝立の向こうで話した
内容を俺達に聞かれていたとも知らずに無邪気にも
俺やリオン様達の前でそのドレスを気に入ったのか、
嬉しそうにくるくるとその場で回って見せてくれた。
問題はその後だ。

回り過ぎてよろめいたユーリは俺にぶつかって
したたかに鼻を打ったのだ。怪我をしなかったか
慌てて確かめれば、そんなことはどうでもいいと
言わんばかりになぜか俺の体を撫で回された。
どうやらぶつかった時にその頑丈さと硬さに
驚いたらしい。

『硬いですね、さすが騎士さんです!』

そう言って俺の胸筋から腹筋、腕まであちこち
ぺたぺた触りまくる。つついてみたり、撫でてみたり
力を入れてつまんでみようとしてみたり。

挙げ句の果てにこぶしで叩かれたりもした。
まあ何をされてもユーリの力ではくすぐったいだけで
何ともないのだが。

というか、何ともないどころかユーリの好きなように
させていたら力の強弱をつけてあちこち触られて
いるうちに妙な気分になってきた。

なにより、いつものユーリならこんな事はしないと
いうことにそこでようやく気が付いた。

なまじ会話が出来ていたために気付くのが遅れたが
もしかしてこれは酔っているのではないか?

慌ててまだ俺の胸の辺りを撫で回して筋肉を
確かめていたユーリの手を取る。

その折れそうな細さと、手の平に吸いついてきそうな
肌の滑らかさにどきりとしながら酔っているな⁉︎と
聞けば酔っていないと言い張る。

酔っ払いの常套句だ。

酔っていることを認めないユーリは、よく見ろと
言ってその顔をぐいと俺に近付けてきた。

そのままその勢いで口付けられそうになって
のけぞれば、ユーリの両手を掴んでいたせいで
俺の体に乗り上げるようにその手を引いてしまった。

そうすれば当然軽いユーリの体は俺の上半身に
ぴったりとくっついて難なく乗り上げる。

パンを作る時に練り上げる、まるでよく捏ねた
小麦粉のように柔らかで弾力のある感触を俺の
腹の上に感じてついそこを見てしまえば、それこそ
小麦粉のように白く柔いものがそこにはあった。

淡い黄色のレースの包装紙に包まれた二個の白パン
・・・じゃない、ユーリの胸だ。

しかも目を逸らそうとすればするほどユーリの方から
ちゃんと自分の顔を見ろとぐいぐい擦り付けられた。

やめて欲しい。ユーリが必死ににじり寄ろうとする
たびにその胸は、それこそ小麦粉を捏ねでもするかの
ようにその形を変えてはその柔らかさをいやでも
伝えてくるし、そうなれば気になって自然とそこに
目がいくというものだ。俺の体の間で動き回って
いるのもアレだ。

さすがにこれ以上は、というところで耐えかねて
申し訳ないがリオン様に手渡せば、今度は自分から
ユーリはリオン様に抱きついていた。

やっぱりおかしい、いつもと全然違う。しかも何を
思ったのか突然ユーリはリオン様の首筋に齧り付き、
その白く綺麗に並んだ歯を立ててはむはむと
リオン様の肌に子犬の甘噛みのように噛み付いて
いた。

さすがのリオン様もユーリのその行為にはたまらず
引き剥がす。それでもユーリは楽しそうに、無邪気な
笑い声を上げていた。

これも絡み酒の一種なのだろうか。こんな状態で
イリューディア神の力を使えるのか?

そう思っていたら、ユーリは王都に結界を張ると
言い出した。王都周辺に打ち込まれている結界石も
利用するのだと言い、話だけを聞いていれば
至極真っ当だった。

・・・ただ、真っ当なのは話していることだけで
その行動は完全におかしかったが。

結界を張るためにも王都の景色を確かめたいと言い、
突然かがんでいるユリウスの肩に乗り上げた時は
心臓が止まるかと思った。

当然ユーリのその行為にはユリウス本人も、一体いま
自分に何が起きているのかと状況を把握できずに
混乱していた。

成長したユーリの、あの程良い肉付きの長く白い
足がはだけた薄いクリーム色のドレスからすらりと
伸びてユリウスの頭を両側から挟んでいる。

振り落とされないようにと力を入れているらしい
太ももは、乗馬で馬の胴体を締め付ける時のように
しっかりとユリウスの顔を両側から締め上げていた。
しかも頭の上にはあの柔らかそうな胸を乗せている。

・・・そう。人の頭に乗せることができるほど
成長したユーリの胸は豊かだということだ。

それがついさっきまで俺の体の間に擦り付けられて
いたのを思い出せばまた頬が熱を持った。

が、そこで助けを求めるユリウスの声が耳に入った。
今までに聞いたことがないほど切実な声だ。
あいつのあんな声は初めて聞いた。

気持ちはわかる。俺もついさっきまでユーリに迫られ
どうしようもなくなりリオン様へと投げ出して
しまったのだから。

そのため、助けを求めるユリウスを不憫に思い
助け舟を出してやった。

ひょいとユーリを抱え上げれば、せっかく大人びた
美しいその顔を子供のようにふくれっ面にして
不満を漏らしている。

しかしそんな姿でもユーリはうっすらと赤らみ潤む
目元が色っぽい。尖らせて不満をこぼす赤い唇も
魅力的だ。

そして、どうしても高いところから王都の景色を
見たいのだとリオン様の胸元にすがりついて
甘えて見せた。

長いまつ毛に烟る目を潤ませて小首を傾げ、あの
豊かな胸をこれでもかと押し付けられながら
自分の胸元に両手を添える。

そんな風に見上げられながらねだられては、それに
落ちない男はいないだろう。

ましてや相手は普段からユーリに甘いリオン様だ。
当然なんなくそのお願いは通じた。

なぜかとばっちりを食ったのは俺だったが。

驚く俺にユーリはお願いします!と勢いよく
頭を下げた。さらさら流れる、陽の光に艶めく黒髪。
すらりと伸びた肢体を包む、クリーム色の薄手の衣。

その薄い衣装はユーリが頭を下げると胸元に深い
隙間が出来て、レース地の下着に包まれた胸が
ふるりと揺れる様が丸見えになり、それどころか
そのまま腹までその隙間から見えそうなほどだった。

いや、なんでこの服はこんなにも隙間が大きいんだ⁉︎
体の線だけは分かりにくい作りだが、それ以外は
薄手の生地なためにちょっと抱きしめただけでも
あの柔らかく色っぽい身体付きと体温をその手に
感じてしまうと言うのに、そこに更に輪をかけて
襲ってくれと言わんばかりに隙間だらけだ。

思わず服について苦情を言えば、ご丁寧にも
ユーリは中もかわいいのだと自分の胸元を引っ張り
わざわざ俺にその胸を包み込んでいる下着を見せて
にこにこしていた。本当にどうかしている。

言葉は通じているのに話が通じていない。

こんな時、いつものユーリならごめんなさいと
言って慌てて恥ずかしそうに胸元を隠すはずだ。

それなのに、今目の前のユーリは見せなくていい!
と言った俺にかわいいのになあ、と不満そうに
口を尖らせて自分で自分の胸元を撫でている。

そんなユーリに、分かったから王都を見たいなら
早くしろと言えば、はーいと素直に子供っぽい
返事をして抱き上げてもらおうと無邪気に両手を
差し出して来た。

ん、と言って両手を広げるその可愛らしい仕草に、
いつものあの小さいユーリの面影をみる。

そしていつものユーリなら自分からそんな風に
してくることは滅多にないのでなんとなくこちらが
気恥ずかしくなった。

意識をすればユーリを抱き上げる手はいつもにも
増してぎこちなくなる。

だがこの先長い時を俺はユーリとずっと共に過ごす
ことになるのだから、こうして抱き上げることも
口付けることも、・・・いずれは寝室へと運ぶことも
あるのだ、それまでにこのぎこちなさは消えてくれる
だろうか?

そんな事を考えながら慎重にユーリを俺の肩の上に
座らせる。俺にとっての本当の悲劇がここから
始まるとも知らずに。

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